ミネルバの艦長室。
そこに張り詰めていた空気は、アスラン・ザラによる淡々とした、しかし内容はあまりに劇薬じみた報告によって、ガラス細工のように粉砕された。
「……えぇぇぇぇぇぇっ!? ほ、本気ですかアスラン!?」
アーサー・トライン副長の素っ頓狂な絶叫が、防音壁の施された室内に反響した。
彼は自身の端末を抱えたまま、信じられないものを見る目で目の前の特務隊員を凝視していた。
「ハイネ隊長だけでなく、シンとレイまでアークエンジェルへ移乗!? そ、それにラクス様まで!? いくらなんでも無茶苦茶ですよ!」
アーサーの混乱はもっともであった。
正規軍の最新鋭艦から、主力パイロット三人──それもデスティニー、プロヴィデンスザク、そしてグフというトップエースたちが、友軍でもないまったく別の指揮系統の艦へ引き抜かれるなど、通常の手続きではあり得ぬ暴挙である。
しかし、艦長席に座るタリア・グラディスは、額に手を当てて深く嘆息しつつも、冷静さを保っていた。
「……アーサー、静かになさい。……アスラン。それはつまり、FAITHとしての『命令』および『合意』ということでいいのね?」
「はい、艦長。ハイネはFAITHとしての判断で同行を決めました。シンとレイに関しては、現場指揮官である私とハイネ、そして同じくFAITH権限を持つラクス嬢の三名の連名により、特別任務部隊としてアークエンジェルへの出向を承認しました」
アスランは淀みなく答えた。
軍規の隙間を縫うような、しかしFAITHという超法規的権限を盾にした、反論の余地のない論理構成であった。
「……頭が痛くなるわね。本国への報告書、どう書けばいいのかしら」
タリアは手元のコーヒーカップに視線を落とした。
主力のエースをごっそりと持っていかれる形だが、代わりに艦内には「人道支援」という名目で収容したエクステンデッドの三名と、ムウ・ラ・フラガ少佐がいる。
戦力的な収支で言えば、決してマイナスではないのがまた悩ましいところであった。
「それに……まだ続きがあるのでしょう?」
タリアの鋭い指摘に、アスランは短く頷いた。
「はい。……作戦の推移次第では、本艦ミネルバもオーブへ向けて出撃する必要があります」
「なっ……! 軍令部の許可なく、領海侵犯をしてオーブ本国へ突っ込むと言うんですか!?」
再びアーサーが悲鳴を上げる。
だが、アスランはその瞳を逸らさず、タリアを真っ直ぐに見据えて告げた。
「その際は、私と……グラディス艦長。貴女のFAITH権限も併用し、二名の連名による『緊急事態における超法規的措置』として出撃申請を行います。……ご協力、いただけますか」
それは要請という名の、共犯者への勧誘であった。
デュランダル議長のシナリオから外れ、自らの意志で世界を変えようとする流れに、ミネルバも乗る覚悟があるかと問うているのである。
タリアは数秒の沈黙の後、ふっ、と艶然たる笑みを浮かべた。
「……いいでしょう。元より、あの『お転婆な歌姫』のワガママに付き合うと決めた時から、一蓮托生だと思っていたわ」
「艦長ぉぉぉ……!」
「アーサー、胃薬なら後であげるからシャキッとしなさい! ……アスラン、話は通ったわ。彼らを……シンたちを頼むわね」
「はッ! 感謝します!」
敬礼を交わす二人。
その背後で、アーサーはその場に崩れ落ちそうになっていた。
正規の手続きも、軍の常識も、もはやこの艦においては紙切れ同然となり果てていた。
ただ確かなことは、ミネルバもまた、時代の激流へとその舵を大きく切ったという事実のみであった。
◇◇◇
ディオキア基地の上空。
雲一つない青空に、その巨大な白い威容を誇示するように、強襲機動特装艦アークエンジェルが静止していた。
その艦橋内は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。
本来は戦闘指揮所であるその場所が、今は歴史の転換点を伝えるための特設スタジオとなっていた。
カメラの前に立つのは、カガリ・ユラ・アスハ。
彼女はオーブ連合首長国代表としての正装──獅子の紋章が刻まれた軍服を纏い、緊張で僅かに震える拳を、見えない場所で強く握りしめていた。
だが、その光景が全世界の視聴者を驚愕させたのは、カガリの帰還だけが理由ではなかった。
彼女の右側には、プラントの、いや、全コーディネイターの精神的支柱である「ラクス・クライン」が、静謐な微笑を湛えて立っていた。
そして左側には、もう一人の「ラクス・クライン」──世界中を熱狂させている歌姫、ミーア・キャンベルが、決意に満ちた瞳で並び立っていたのである。
二人のラクス・クラインが、オーブの代表を挟んで並び立つ。
そのあり得ない、しかし強烈な視覚的メッセージは、言葉よりも雄弁に事態の異常さと、そこに込められた並々ならぬ意志を伝えていた。
さらに、その背後には、一人の青年が控えていた。
キラ・ヤマト。
先の大戦の英雄であり、オーブの技術的繁栄の礎を築いた、救国のパイロット。
彼がそこにいるという事実は、オーブ軍人にとって、どんな政治的言葉よりも重い意味を持っていた。
「……時間です」
カメラの横で、ミリアリアが声を潜めて合図を送る。
放送開始のランプが赤く灯った。
ザフトの回線を通じて、ディオキアから全世界へ。
あらゆる通常の放送に割り込む形で、緊急特別放送が開始された。
カガリは大きく息を吸い込み、カメラのレンズを──その向こうにいる、自国の民と兵士たちを真っ直ぐに見据えた。
「全世界の皆さん。そして、オーブ連合首長国の国民、ならびにオーブ国防軍の将兵たちに告ぐ。……私は、オーブ代表首長、カガリ・ユラ・アスハである」
その凛とした声が、電波に乗って世界中へ響き渡る。
「私は今、プラントの協力者たちの助けを借り、この場所に立っている。……私が国を不在にしていた間、オーブは道を誤った」
カガリの言葉に、隣に立つ本物のラクスが静かに頷き、ミーアが手を胸元で握りしめる。
「現政権を担うセイラン家は、我が国の崇高な理念である『他国を侵さず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』という原則を破り、大西洋連邦との屈辱的な同盟を結んだ。……そして今、我が国の精鋭たる艦隊が、他国を侵略するための尖兵として利用されようとしている!」
カガリの悲痛な叫びが、モニター越しに人々の胸を打つ。
「これは、ウズミ・ナラ・アスハの遺志に対する裏切りであり、オーブの魂を売り渡す国賊的行為である! 私は代表として、この暴挙を断じて認めることはできない!」
彼女は一際強く言葉に力を込め、宣言した。
「オーブ国防軍、遠征艦隊司令部および全将兵に命じる! 直ちに現空域での戦闘行為を停止し、大西洋連邦軍との連携を解除せよ! 貴様たちが守るべきは、他国の利益ではない! オーブの理念と、民の未来だ!」
そして、最後に彼女は、自分自身への誓いを込めて告げた。
「私はこれより、オーブ本国へと帰還する。……理念を歪め、国を売り渡した者たちから、我々のオーブを取り戻すために。……国民よ、そして誇り高き兵士たちよ。今一度、私に力を貸してくれ!」
放送が終了し、カメラのランプが消える。
その瞬間、カガリは糸が切れたように大きく肩で息をした。
「……お疲れ様ですわ、カガリさん」
ラクスが優しく声をかけ、肩に手を置く。
「ええ。とても……立派な『王の宣言』でしたわ」
ミーアもまた、潤んだ瞳でカガリを称えた。
「ああ……。あとは、やるだけだ」
カガリは顔を上げ、艦長席のマリューへと視線を向けた。
「ラミアス艦長!頼む!」
「ええ、任せて!」
マリュー・ラミアスが力強く頷き、全艦に号令を発した。
「アークエンジェル、発進! ローエングリン、起動! 一気に駆け上がるわよッ!!」
白い巨体が唸りを上げ、重力という鎖を引きちぎるように、蒼穹へと向かって上昇を開始した。
その頃、オーブ本国、行政府の代表執務室。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!?」
全世界に流れた放送を見て、ユウナ・ロマ・セイランは顔面蒼白で絶叫していた。
「カガリだと!? 偽物だ! あれはザフトが作った巧妙なCGだ! そうに決まっている!」
彼は錯乱したように端末を叩き、わめき散らす。
「なぜだ! なぜあんな所に、ラクス・クラインが二人もいるんだ!? ええい、軍令部は何をしている! タケミカズチに連絡しろ! あの放送を止めさせろ! 撃ち落とせと言えぇぇぇッ!!」
だが、彼のヒステリックな命令が届くよりも早く、事態は動いていた。
カガリの「声」は、既に前線の兵士たちの心に、決定的な楔を打ち込んでいたのである。
◇◇◇
地中海、クレタ沖を航行中のオーブ派遣艦隊。
その旗艦である空母『タケミカズチ』のブリッジは、カガリの演説放送が終わった後、波の音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。
本来であれば、ここで「あれは偽物だ!」「撃ち落とせ!」とヒステリックに喚き散らすはずのユウナ・ロマ・セイランは、幸運なことにここにはいない。彼は本国で、安全な執務室から遠隔で指示を出しているに過ぎなかった。
だからこそ、この場にあるのは、純粋な軍人としての「判断」と「忠義」のみだった。
「…………」
艦隊司令官であるトダカ一佐は、目を閉じて深く息を吐き、そしてゆっくりと目を開いた。
その瞳には、迷いではなく、待ちわびた時が来たという安堵と決意の光が宿っていた。
「司令……」
副長のアマギが、恐る恐る声をかける。
だが、ブリッジのクルーたちの顔を見れば、彼らが何を求めているかは明白だった。
彼らは皆、自分たちが何のために、誰のために戦っているのか、ずっと疑問を抱いていたのだ。
そして今、その答えが──本物の主が、空から呼びかけてくれた。
トダカは立ち上がり、帽子を被り直すと、静かに、しかし艦橋の隅々まで届く明瞭な声で命じた。
「全艦に通達。……これより本艦隊は、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ様の指揮下に入る」
「司令!?」
「疑う余地などない。あれは、ウズミ様が手塩にかけて育てた、我らが姫様の声だ」
トダカはモニターに映る、カガリと二人のラクス、そして英雄キラ・ヤマトの姿を見つめた。
「あの幼かった姫様が、あのような立派な『王』になられたのだ。……我ら軍人が、これに応えずして何とする」
邪魔者はいない。
ユウナというノイズがない今、オーブ軍の意思決定はあまりにも迅速で、強固だった。
「通信手、ディオキア基地及びアークエンジェルへ返信! 暗号回線を使用、宛先はカガリ代表ご本人だ!」
「は、はいッ!」
「文面は短く、こう打て。『第一機動護衛艦群、即時カガリ様の指揮下に入る準備は整っております』……とな」
「了解!!」
通信手の弾んだ声が響く。
それは命令されたからではない。彼ら自身の意思が、その指を走らせていた。
直後、タケミカズチのマストから、見えない敬礼のような信号が発信された。
「タケミカズチより入電! トダカ一佐からです!」
ミリアリアの興奮した声が響く。
『──第一機動護衛艦群、即時カガリ様の指揮下に入る準備は整っております。我ら、オーブの獅子の帰還を、心よりお待ち申し上げておりました──』
そのメッセージが読み上げられた瞬間、カガリはその場に崩れ落ちそうになり、慌ててコンソールに手をついた。
「トダカ一佐……! ああ……!」
涙が、ボロボロとこぼれ落ちる。
国から離れた自分を、彼らは見捨ててはいなかった。
邪魔な「首輪」さえなければ、オーブの軍人たちの魂は、何一つ錆びついてはいなかったのだ。
「よかったね、カガリ」
キラが優しく肩を抱く。
ミーアも安堵のあまり潤んだ瞳を拭っていた。
「ええ……。これで、最強の盾が味方につきましたわ」
「ああ! ……みんな、ありがとう!」
カガリは涙を拭い、顔を上げた。
その表情は、もう迷える少女のものではない。
「行くぞ! 我々の家へ! オーブへ!!」
「了解!!」
ノイマンの号令と共にアークエンジェルのエンジンが最大出力で唸りを上げる。
オーブ艦隊の離反という劇的な結末を残し、白い翼は宇宙へと駆け上がっていった。
歴史を変える逆クーデターの火蓋は、これ以上ない形で切られたのである。
◇◇◇
蒼穹を切り裂き、宇宙へと駆け上がったアークエンジェル。
その白い翼が頂点に達した一瞬の静寂の中、一機のムラサメがカタパルトから滑り出した。
「では、行って参りますわ。……必ず、貴方たちに必要な『剣』を届けます」
後部座席のラクス・クラインが、通信越しに祈るような声を届ける。
操縦桿を握るアンドリュー・バルトフェルドが、ニヤリと笑ってサムズアップを送った。
「土産は特大のを頼むぜ、虎さん!」
「ああ、期待して待ってな。……死ぬなよ、坊主ども!」
ハイネの声を背に、ムラサメはバーニアを噴射し、デブリ帯に潜むピンクの高速戦艦エターナルへと針路を取る。
それを見送ると同時に、アークエンジェルは艦首を反転させた。
重力という巨大な手が、再び彼らを地上へと引き戻す。
眼下に広がるのは、青き星。
そして目指す場所は、南太平洋に浮かぶ小さな島国。
「突入角調整、良好! ……行きますよ、オーブへ!!」
ノイマンの叫びと共に、艦は紅蓮の炎を纏いながら、一直線に「家」へと舞い降りていく。
オーブ領空。
アークエンジェルのモニターには、無数の接近警報が赤く輝いていた。
「オーブ軍、スクランブル機多数! 本国からムラサメ隊です!」
ミリアリアの声が緊迫する。
トダカ一佐の艦隊は味方についた。だが、本国を守る守備隊までもが、ユウナの命令を無視できる保証はない。
「……構わん! そのまま進め!」
カガリが座席の肘掛けを強く握りしめ、叫ぶ。
信じるのだ。自分の声を。そして、父が愛したこの国の民を。
雲を突き抜け、アークエンジェルの巨体が空に姿を現した、その時だった。
接近してきたムラサメ隊は、攻撃態勢を取るどころか、アークエンジェルの左右と後方に、整然とした編隊を組んで並走を始めたのだ。
『──アークエンジェル、目視確認。……おかえりなさいませ、カガリ様!』
通信回線から聞こえてきたのは、実直なパイロットの声だった。
『これより貴艦を、行政府までエスコート致します。……我らオーブ国防空軍、この時をお待ちしておりました』
「……っ、ああ!」
カガリの瞳から、堪えきれない涙が溢れ出した。
彼らは待っていたのだ。
自分たちが誇れる主が、帰ってくるその日を。
そして、その流れはもはや誰にも止められなかった。
「通信、入ります! オーブ軍令部より入電!」
ミリアリアが弾んだ声で報告する。
「『国家反逆罪および外患誘致の容疑により、元宰相ユウナ・ロマ・セイランを拘束』! ……続いて行政府より、『ウナト・エマ・セイランおよびその一派の身柄を確保完了』とのことです!」
「……そうか」
カガリは深く、深く息を吐いた。
戦うことすらなく、勝負は決した。
偽りの権力者たちは、目覚めた獅子の咆哮の前に、為す術もなく崩れ去ったのだ。
「すごい……。本当に、一度も引き金を引かずに……」
シンが、窓の外を飛ぶ護衛のムラサメを見つめながら呆然と呟く。
「ええ。これが『王の帰還』ですわ」
ミーアが、満足げに頷いた。
彼女の隣では、キラが優しくカガリの背中に手を添えている。
アークエンジェルは、まるで凱旋パレードのように、護衛機を従えて輝く海の上を進んでいく。
その先には、懐かしいオーブの島々が、変わらぬ姿で彼らを迎え入れようとしていた。
眠れる獅子は目覚めた。
そして世界は、真のオーブの復活を知ることとなる。
◇◇◇
プラント、アプリリウス市。
最高評議会議長執務室。
広大な執務室の壁面を覆う巨大なメインモニター。
そこに映し出されていたのは、鮮やかすぎるほどの「敗北」と、皮肉すぎるほどの「希望」の光景だった。
『──国民よ、そして誇り高き兵士たちよ。今一度、私に力を貸してくれ!』
画面の中で、カガリ・ユラ・アスハが叫ぶ。
その右には本物のラクス・クライン。
左には、自分が作り上げた影であるはずのミーア・キャンベル。
そして背後には、最高のコーディネイター、キラ・ヤマト。
放送が終わり、映像が消えるその瞬間まで、ギルバート・デュランダルは彫像のように動かず、ただその画面を見つめていた。
静寂が支配する部屋に、プツリ、と映像が途切れる音が響く。
「…………」
デュランダルは、手元のチェス駒──クイーンを指先で弄びながら、ゆっくりと、そして深々と息を吐いた。
「……ふっ、くくく……」
低く、押し殺したような笑い声が漏れる。
それは次第に大きくなり、やがて執務室の天井を仰いでの高笑いへと変わった。
「ははははは! いやはや、参ったな。これは一本取られたよ」
彼は涙が滲むほど笑い、そして椅子に深く身体を沈めた。
怒りはない。あるのは、あまりにも予想外な展開に対する、ある種の感動すら伴う驚嘆だった。
「光と影が、手を携えて並び立つとはね……」
彼の視線は、既に消えたモニターの残像に向けられている。
「私が与えた『ラクス・クライン』という役割。ミーア・キャンベルはそれを演じきるあまり、ついに本物と共鳴し、私のシナリオすら食い破ってしまったか」
デュランダルは、自分の計画の綻びを冷静に分析した。
ミーアはただの代用品だった。操り人形だった。
だが、その人形が自らの意志で糸を切り、あろうことか本物の主役の手を取って、舞台の脚本を書き換えてしまった。
「カガリ・ユラ・アスハの復権。キラ・ヤマトの参戦。そして、二人の歌姫の共闘……。さらには、私の懐刀であったレイまでもが、あちら側にいるときた」
ミネルバからの報告書はまだ届いていない。
だが、見るまでもない。
あのアスラン・ザラが動き、ハイネが動き、そしてレイまでもが動いたのだ。
タリアもまた、私情と母性で彼らを送り出したに違いない。
「……全ては、『人の想い』という不確定要素か」
デュランダルは弄んでいたクイーンの駒を、盤上の「キング」の横に、強引に置いた。
本来のルールではあり得ない配置。
だが、今起きているのは、ルール無用の盤面だ。
「私が導入しようとしている『デスティニープラン』は、そんな不確定な感情を排除し、誰もが幸福になれる役割を与えるシステムだ。……だが」
彼は目を細め、どこか遠くを見つめるような表情をした。
「役割を捨て、傷つきながらも自ら道を選び取る姿が……これほどまでに人々を熱狂させ、世界を動かすとはね」
オーブは解放された。
タケミカズチは寝返り、ユウナは失脚しただろう。
地球連合の勢力図は塗り替わり、ロゴスへの包囲網は、予期せぬ方向から完成しつつある。
「いいだろう。……君たちが選び取った『運命』が、私の提示する『運命』より優れているというのなら、証明してみせたまえ」
デュランダルは立ち上がり、窓の外に広がるプラントの市街地を見下ろした。
その瞳の奥には、冷徹な計算と、かつてない強敵と対峙する高揚感が宿っていた。
「さあ、始めようか。……ここからは、台本なしの真剣勝負だ」
歴史という名の奔流は、デュランダルという管理者ですら予測不能な、未知の領域へと突入していた。