ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:25 黄金の意志

 

ヘブンズベース、ロゴス幹部会専用サロン。

 

最高級のクリスタルグラスが壁に叩きつけられ、派手な音を立てて砕け散った。

 

赤ワインがまるで血飛沫のように、高価な絨毯と壁紙を汚していく。

 

「──馬鹿め! どいつもこいつも、使えん猿ばかりか!!」

 

ブルーコスモス盟主にして、軍産複合体ロゴスの首魁、ロード・ジブリールは、怒りで顔を歪めながら叫び散らしていた。

 

彼の目の前の大型モニターには、まだカガリ・ユラ・アスハの演説の録画映像が繰り返し流されている。

 

その横には、オーブ本国でセイラン一派が拘束されたという緊急ニュースのテロップ。

 

「セイランの小僧……! あれほど手厚く支援してやり、飼い慣らしていたはずが、たかが小娘一人の演説でひっくり返されるだと!? 軟弱者がッ!」

 

ジブリールにとって、オーブは単なる一国家ではない。

 

マスドライバーと高度な技術力、そして何より豊富な資金源を持つ、ロゴスの支配体制を維持するための「優良な工場兼財布」であるはずだった。

 

それが、あろうことか地球連合に牙を剥き、独立を宣言したのだ。

 

「それに、なんだこのふざけた映像は……」

 

ジブリールは、画面に並ぶ二人のラクス・クラインを指差し、忌々しげに吐き捨てた。

 

「ラクス・クラインが二人? 分身か? それとも双子か? ……フン、コーディネイターどものやることは理解不能だ。だが、この大衆扇動(ポピュリズム)……実に不愉快だ」

 

理屈ではない。

 

画面から溢れ出る「希望」や「結束」といった空気が、世界を裏から操る彼にとっては、鼻持ちならない悪臭のように感じられたのだ。

 

「『オーブの理念』だと? 『国を取り戻す』だと? ……笑わせるな」

 

ジブリールは、新しいグラスに自ら酒を注ぎ、一気に呷った。

 

その瞳には、冷酷でサディスティックな光が宿り始めていた。

 

「我々ロゴスの管理下から外れるということは、即ち『死』を意味すると教えてやらねばならんようだな」

 

彼は通信パネルを操作し、現場の軍司令部へと回線を繋いだ。

 

「スエズの部隊はどうなっている? ……ほう、オーブ艦隊が離脱し、戦線に穴が空いたか。ザフトが勢いづいていると」

 

報告を聞きながら、ジブリールは口元を三日月のように歪めた。

 

「構わんよ。……所詮、オーブの艦隊など捨て駒だ。裏切り者が出たのなら、まとめて焼き払えばいい」

 

彼の脳裏には、既に準備が進められている「切り札」の存在があった。

 

巨大可変モビルアーマー『デストロイ』。

 

そして、それを運用するファントムペインの部隊。

 

「ネオ・ロアノークはどうした? ……行方不明だと? ……チッ、あの仮面男も役に立たん。だが、機体と『エクステンデッド』の予備はあるのだろうな?」

 

ジブリールは、チェス盤の上の駒を乱暴に払い除けるような仕草をした。

 

「オーブよ……。大人しく我々の財布でいれば、平和に生かしてやったものを」

 

グラスの中の氷がカラン、と音を立てる。

 

「獅子は目覚めたなどと浮かれているようだが……。その首、すぐに剥製にして飾ってやる。……徹底的に、な」

 

ロゴスの支配に逆らう者がどうなるか。

 

その見せしめとして、オーブは再び「焼かれるべき場所」としてロックオンされたのである。

 

 

◇◇◇

 

 

決戦の時が刻一刻と迫る中、カガリはレドニル・キサカ一佐とエリカ・シモンズに導かれ、アカツキ島の地下深くにある極秘施設へと足を運んでいた。

 

冷やりとした空気が漂う地下ドック。

 

その最奥にある重厚な隔壁の前で、三人は足を止めた。

 

扉には、ウズミ・ナラ・アスハの筆跡で、一つの祈りが刻まれていた。

 

『この扉、開かれる時が来ぬ事を切に願わん』

 

「お父様……」

 

カガリは、その文字をなぞるように見つめた。

 

平和を願いながらも、それが破られる時を予見し、備えなければならなかった父の苦悩。

 

エリカが静かにコンソールを操作すると、重苦しい駆動音と共に、その封印が解かれた。

 

暗闇に包まれていたハンガーに、照明が灯る。

 

と同時に、カガリの耳に、懐かしく、そして二度と聞くことは叶わないと思っていた声が響き渡った。

 

『──カガリよ』

 

「お、父様……!?」

 

カガリは息を呑み、ハンガーを見上げた。

 

それは、ウズミが遺した最期のメッセージだった。

 

『もしお前が力を欲する日来たれば、その希求に応え、私はこれを贈ろう』

 

厳格でありながら、深い愛情に満ちた父の声。

 

それがカガリの胸を締め付ける。

 

『教えられなかった事は多くある。が、お前が学ぼうとさえすれば、それは必ずやお前を愛し、支えてくれる人々から受け取る事が出来るだろう』

 

カガリの脳裏に、キラやアスラン、ラクス、キサカ、エリカ、そしてマリューや今の仲間たちの顔が浮かぶ。

 

一人ではなかった。父がいない間も、自分は多くの人に支えられて生きてきたのだ。

 

『故に、私は唯一つ、これのみを贈る』

 

ドックの照明が完全に点灯し、鎮座していた機体を照らし出した。

 

その瞬間、カガリの瞳が黄金の輝きに灼かれた。

 

『力はただ力。多く望むのも愚かなれど、無闇と厭うのもまた愚か』

 

闇の中に浮かび上がる、全身が黄金に輝くモビルスーツ。

 

圧倒的な存在感と、神々しいまでの威光。

 

『守る為の剣──今必要ならばこれを執れ。未知のまま、お前が為すべき事を為す為ならば』

 

ウズミの言葉は、力の是非に悩み、迷い続けたカガリへの、最後の教えだった。

 

力を否定するのではなく、何のために使うか。

 

守るための剣として振るうならば、それを恐れるな、と。

 

『……が、真に願うならば、お前がこれを聞く日が来ぬ事だ。今、この扉を開けしお前には、届かぬ願いかもしれないが……』

 

声のトーンが、わずかに揺らいだように聞こえた。

 

指導者としての言葉から、一人の親としての願いへ。

 

『どうか、幸せに生きよ。カガリ』

 

その言葉を最後に、音声は途切れた。

 

「お父様……っ、お父様ぁ……っ!!」

 

カガリはその場に泣き崩れた。

 

国のために死を選んだ父。けれど、その最期の瞬間まで、娘の幸せを案じ、未来を託してくれていた。

 

その愛の深さが、黄金の輝きと共に降り注いでいた。

 

「……ORB-01、アカツキです」

 

エリカ・シモンズが、涙を拭いながら説明した。

 

「あの黄金の装甲は鏡面装甲『ヤタノカガミ』。敵のビーム兵器をそのまま弾き返し、相手に返す機能を持っています。……まさに、オーブの理念の守り神です」

 

「アカツキ……」

 

カガリは立ち上がり、涙に濡れた顔で機体を見上げた。

 

黄金の機体は、カガリの姿を鏡のように映し出していた。

 

守るための剣。

 

父が遺した、最強の力。

 

カガリは拳を握りしめ、その輝きを受け入れた。

 

迷いは消えた。

 

彼女は今、真の意味でウズミの遺志を継ぎ、オーブの黄金の獅子として、その身に金色の翼を纏う覚悟を決めたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

オーブ領海、水平線の彼方。

 

鏡のように穏やかだった海面を、大西洋連邦太平洋艦隊の放った「死の翼」たちが埋め尽くしていく。

 

レーダーに映る光点は、主力機ウィンダムを筆頭に、ダガーL、105ダガーといったジェットストライカー装備のMS群が40機。

 

さらにその背後には、巨大な質量と火力を誇るMA部隊──陽電子リフレクターを誇るザムザザー、ゲルズゲー、そしてユークリッドが計6機、海面を滑るように迫っていた。

 

「……敵機、捕捉。1人あたり約7機のノルマですわね」

 

プロヴィデンスのコクピットで、私は全天周囲モニターを冷静に見渡しながら告げた。

 

2年前の絶望的な物量攻撃を知っている身としては、この数は「絶望」ではなく、あくまで「計算可能な数値」に過ぎない。

 

『おいおい、ラクス様。冗談キツいぜ。お兄さんのグフ、核動力でもなけりゃドラグーンも付いてない、フツーの機体なんだぜ?』

 

通信回線からハイネの軽快な声が返ってくる。

 

言葉の内容こそ泣き言だが、その声音には微塵の恐怖も焦燥もない。むしろ「その程度で、俺を満足させられるのか?」と言わんばかりの、エースパイロット特有の不敵な愉悦が混じっていた。

 

「フフ、ハイネさんなら問題ありませんわ。……シン、準備はよろしくて?」

 

『……ああ! あの時とは違うんだ。あんな奴らに、この島は一歩も踏ませないッ!!』

 

そして、司令部のあるオノゴロ島から、ひときわ眩い「黄金」の光が立ち昇った。

 

「我らオーブ軍もこれより介入する! オーブに死の刃を向けるものを、決して許すな!」

 

カガリの駆るアカツキが、オーブ国防軍のムラサメ隊を引き連れて戦列に加わる。

 

その黄金の装甲が太陽光を反射し、海面を煌々と照らし出した。

 

「キラはMS部隊の無力化を。シンはあの大型MAの処理をお願いしますわ。……レイ、ハイネは私とカガリさんのフォローを」

 

私はFAITHの権限を以て、淀みなく命令を下した。

 

偽物の歌姫が率いる「あり得ない混成部隊」が、ロゴスの野望を真っ向から撃ち砕くための壁となる。

 

「……始めましょうか。オーブの『不戦の誓い』が、どれほど強固な力の上に成り立っているのか、思い知らせてあげますわ!」

 

神意、摂理、自由、運命、暁、炎、村雨──。

 

すべての「力」が一つに束ねられ、太平洋の静寂は、一瞬にして閃光と爆鳴の坩堝へと叩き落とされた。

 

 

◇◇◇

 

 

オーブ領海上空は、一瞬にして光り輝く死の庭園へと変貌した。

 

「そうら、落ちろぉぉぉ!!」

 

ハイネ・ヴェステンフルスの駆るオレンジ色のグフ・イグナイテッドが、大気を切り裂き踊る。スレイヤーウィップが、ウィンダムの編隊を強引に絡め取り、次々と爆散させていく。

 

バッテリー機でありながらその機動は一切の無駄がなく、エースの技量が量産機の物量を圧倒していた。

 

それと呼応するように、戦場の中央で「制圧」の光が炸裂する。

 

「いけーーー!!」

 

「そこですわ!」

 

「当たれッ!」

 

キラ・ヤマトのフリーダムによるハイマットフルバースト、ミーアのプロヴィデンス、そしてレイのプロヴィデンスザクから放たれた計二十基近いドラグーン端末による全方位射撃。

 

閃光が幾重にも重なり合い、空を埋め尽くしていたウィンダム隊は、反撃の暇さえ与えられずに次々とその機影を消していく。

 

かつてのオーブ戦において、フリーダム一機のみが担っていた「広域制圧」という役割が、今は三機の特火戦力によって三倍以上の効率で遂行されていた。

 

連合の将兵からすれば、それは戦いではなく一方的な処刑に近い光景であった。

 

「ええい!」

 

カガリ・ユラ・アスハの駆る黄金の機体、アカツキが戦場を横断する。

 

近接防御兵装を持たない新型MAユークリッドに対し、カガリは迷いなく懐へと飛び込んだ。

 

黄金の装甲が敵の対空砲火を無慈悲に跳ね返し、引き抜かれたビームサーベルが巨大な機体を両断する。

 

父の遺した力が、侵略者の野心を物理的に切り裂いていった。

 

そして、その最先端で「破壊」を具現化していたのは、シン・アスカであった。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

デスティニーインパルスの背部から溢れ出すヴォワチュール・リュミエールの光が、空間に無数の残像を刻みつける。

 

陽電子リフレクターを備えた巨躯、ザムザザーとゲルズゲー。

 

本来ならば一隻の戦艦に匹敵する脅威となるはずの巨大MA群であったが、シンの速度の前では単なる固定標的に過ぎなかった。

 

光の翼が空を奔るたび、エクスカリバーが閃光を放ち、リフレクターの基部を、そして動力部を正確に貫いていく。

 

かつての戦いではブーステッドマンの駆る三機のガンダムがキラやアスランの足を止め、その間に物量がオーブを押し潰した。

 

しかし今、この戦場にそれほどの重石となる敵は存在しない。

 

大型MAという「贅沢な標的」は、絶好調のシンという狩人の前で無残に海の藻屑と化すのみであった。

 

「……ノルマ以上ですわね」

 

プロヴィデンスのコクピットで、ミーアは冷徹に戦況を分析していた。

 

わずか数分の交戦で、太平洋艦隊の先遣部隊は壊滅。

 

二年前、絶望の淵に立たされたオーブ国防軍が目の当たりにしているのは、かつての救世主たちがさらなる「力」を伴って再臨し、侵略者を文字通り一掃する神話の再現であった。

 

大西洋連邦の傲慢が生み出した鉄の塊は、今やオーブの青い海を汚す汚濁となって、次々と水面へと沈んでいった。

 

 

◇◇◇

 

 

空を裂くような不快なアラートが、全機のコクピットに鳴り響いた。

 

次の瞬間、水平線の彼方から放たれた極太の熱線が、オーブの蒼い空を焼き払いながら迫る。

 

「……来ましたわね、ロゴスの『絶望』が!」

 

ミーアが叫ぶと同時に、三機がそれぞれの「盾」を展開した。 

 

カガリのアカツキは、ヤタノカガミによる黄金の鏡面装甲で直撃を四方へと跳ね返し、シンのデスティニーインパルスは、核動力によって強化されたビームシールドを前面に張り出す。

 

そしてミーアは、プロヴィデンスのドラグーンを自機の周囲に配置し、三次元的なビームバリアを構築して、その余波さえも完全に遮断してみせた。

 

爆炎の向こうから姿を現したのは、島一つを容易に踏み潰せるほどの巨躯──巨大可変MA「デストロイ」。

 

円盤状の背装を背負い、逆関節の脚部が海面を叩くその威容は、まさに地獄から這い出てきた死神そのものであった。

 

機体は重々しい駆動音を立ててMS形態へと変形。全身の火門が一斉に開き、指先から、背中から、胸部から、狂ったような光の豪雨を撒き散らす。

 

だが、その死の弾幕の中に、一筋の「紅い残像」が躍り出た。

 

「……あんなデカいだけの的に、このオーブをやらせるもんかッ!」

 

シンのデスティニーインパルスが、背部のヴォワチュール・リュミエールを最大出力で展開した。

 

大気を焼くほどの光の翼を広げ、ミラージュコロイドによる無数の実体残像を空に撒き散らす。デストロイの火器管制システムは、あまりにも多方向から迫る「シン・アスカ」の影を捉えきれず、放たれるビームは虚空を虚しく撃ち抜くばかりであった。

 

デストロイが飛ばした両腕の無線式ビーム砲が、逃げ場を奪うようにシンの進路を塞ぐ。

 

だが、シンはその隙間を紙一重の機動で潜り抜け、最短距離で巨神の懐へと飛び込んだ。

 

「これで……終わりだぁぁぁッ!!」

 

シンは背中から二本のエクスカリバーを引き抜き、柄を連結させて一本の巨大な光の槍へと変えた。

 

デストロイの頭上から一閃。

 

ヴォワチュール・リュミエールの加速を乗せた一撃は、トランスフェイズ装甲すら紙細工のように切り裂き、巨神の胴体を脳頂から股下まで真っ二つに両断した。

 

轟音と共に、連合の最終兵器は海面で巨大な火柱へと変わる。

 

「……信じられん。我らのデストロイが、あれほど一方的に……」

 

旗艦のブリッジでその光景を目の当たりにした連合艦隊司令官は、震える声で撤退命令を下した。

 

切り札を失い、戦意を完全に喪失した太平洋艦隊は、蜘蛛の子を散らすように水平線の彼方へと逃げ去っていった。

 

オーブの海に、束の間の静寂が戻る。

 

ミーアはプロヴィデンスのモニター越しに、爆炎の残光を背に空に浮くデスティニーインパルスを見つめていた。

 

本来の物語ではステラの命と引き換えに、凄惨な傷跡を残して終わったデストロイ戦。

 

だが今、目の前にあるのは、一人の少年の成長と、守るべき故郷を傷一つ付けずに守り抜いたという「確かな勝利」であった。

 

運命の強制力は、今、完全に粉砕されたのである。

 

 

 

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