ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

27 / 47
STAGE:27 運命の翼

 

オーブのオノゴロ島、アークエンジェルが羽を休める秘密ドックに、プラントから飛来した一機のシャトルが降り立った。

 

本来、主権国家であるオーブにプラント軍の最新兵器を直接搬入することは、外交上の重大な摩擦を引き起こしかねない。しかし、この場にはその「壁」を容易く取り払う存在がいた。

 

「オーブ軍、および入国管理官諸君。心配はいらない。これはプラント特務隊FAITHの権限に基づき、中立地帯における合同防衛戦力の強化を目的とした、最高機密の補給物資だ。責任はすべて、このハイネ・ヴェステンフルスが持とう」

 

アークエンジェルに乗り込んでいたハイネが、その卓越した交渉術と、議長直属の特権を掲げて道を切り開く。それを見計らって、アークエンジェルの大型ハッチへと、厳重に梱包された巨大なコンテナが運び込まれた。

 

「……これ、なのか? 議長が俺に送ったっていう、新しい力は」

 

シン・アスカは、重厚な機械音と共にコンテナの装甲板が左右に展開されるのを、固唾を飲んで見守っていた。

 

そこから現れたのは、デスティニーインパルスの意匠を継承しつつも、より洗練され、より凶暴なまでの闘争本能を剥き出しにした様な機影であった。

 

【ZGMF-X42S デスティニー】

 

デスティニーインパルスが抱えていた「換装機能ゆえの剛性不足」や「エネルギー効率の限界」というすべての呪縛から解き放たれた、正真正銘の完成形。

 

大型化されたヴォワチュール・リュミエールのウイング。手足のように扱えるほど調整されたアロンダイトと高エネルギー長射程ビーム砲。そして、パイロットの神経系と直結するかのような高精度のセンサーユニット。

 

「凄い……インパルスとは、放っているプレッシャーがまるで違う……」

 

シンが震える手でその装甲に触れる。

 

この機体は、ギルバート・デュランダル議長が、シン・アスカという一人の少年を「世界の守護者」として完成させるために、その資質のすべてを計算し尽くして鍛え上げた最強の剣であった。

 

「シン、それは貴方の想いを受け止めるための器ですわ」

 

傍らで見守っていたミーアが、穏やかに告げた。

 

「貴方が何を守りたいのか。その『意志』こそが、この翼を真に羽ばたかせるエネルギーになります。……議長は、貴方にすべてを託したのですわよ」

 

「……分かっています」

 

シンは、そびえ立つ鋼鉄の巨神を見上げた。

 

かつては家族を失った怒りだけを燃料にして飛んでいた。

 

だが今の自分には、隣で戦う仲間が、信じてくれる「歌姫」が、そして守り抜かなければならない故郷がある。

 

「これなら、どんな理不尽が襲ってきても……俺が、この手で、運命を切り開いてみせる!」

 

シンの瞳に宿ったのは、破壊を求める狂気ではなく、明日を掴み取るための強固な決意。

 

真の「運命」の翼を手に入れた少年は、かつての悲劇の物語を自らの手で葬り去るべく、静かに、けれど烈火のような闘志を胸に秘めて、新たな操縦席へとその身を沈めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

アークエンジェルの格納庫では、新たな主を迎える機体の整備が進められていた。

 

シンの元を離れた『デスティニーインパルス』。

 

そのコクピットに座り、システムチェックを行っているのは、ハイネ・ヴェステンフルスである。

 

「へぇ……こいつはすげぇな。出力の桁が違う」

 

モニターに流れる数値を眺め、ハイネは口笛を吹いた。

 

本来の歴史であれば、彼はデュランダル議長が構想した精鋭部隊「コンクルーダーズ」の一員として、デスティニーを駆るはずの男だった。

 

その資質を持つ彼にとって、デスティニーのコンセプトモデルであるこの機体は、まるで手足のように馴染むものだった。

 

「お下がりの機体とはいえ、まさか核動力搭載機とはな。……棚からぼた餅にしては、極上の餡が詰まってやがる」

 

リフトから見守るシンに、ハイネはニヤリとサムズアップを送った。

 

「ありがたく使わせてもらうぜ、シン。……俺の『グフ』じゃあ、少々火力不足を感じていたところだ。こいつなら、FAITHの赤服として、より一層鼻が高いってもんだ」

 

「ハイネなら、きっと俺以上に使いこなせますよ」

 

シンもまた、頼れる兄貴分が自分の愛機の後継者となったことを、心から喜んでいた。

 

一方、オーブ軍令部・統合作戦室。

 

張り詰めた空気の中、ミーアはカガリと軍首脳陣を前に、次なる脅威の正体を明かしていた。

 

「……レクイエム?」

 

カガリが怪訝な顔でモニターを見つめる。

 

そこに映し出されているのは、月の裏側にあるダイダロス基地の断面図と、奇妙な中継ステーションの配置図だった。

 

「はい。連合が密かに建造を進めている、戦略級大型ビーム砲です」

 

ミーアは指示棒で図面を指し示した。

 

「本体は月の裏側にありますが、恐ろしいのはその射撃システムです。……廃棄されたコロニーなどを改造した中継ステーション。これには大出力のゲシュマイディッヒ・パンツァーが搭載されています」

 

「ゲシュマイディッヒ・パンツァー……! あのビームを曲げるやつか!」

 

カガリが驚愕の声を上げる。

 

「ええ。ビームを自在に屈曲させることで、月の裏側から……地球の『あらゆる場所』を、死角なしで狙撃することが可能です」

 

会議室に戦慄が走る。

 

それはつまり、地球上のどの都市も、事前警告なしに宇宙からの極太ビームで蒸発させられることを意味していた。

 

「そんなものを完成させられたら……もはや戦争ですらない。一方的な虐殺と脅迫で世界は支配されるぞ」

 

キサカが呻くように言った。

 

「ええ。だからこそ、今なのです」

 

ミーアは強い視線でカガリを見据えた。

 

「大西洋連邦の太平洋艦隊は、先の戦いで壊滅的打撃を受け、現在再編の最中です。……彼らが動けないこの『間隙』こそが、最初で最後のチャンスですわ」

 

ミーアは地図上の「宇宙」を指した。

 

「アークエンジェルには、また無茶な航海を強いることになりますが……。直ちに宇宙へ上がり、ダイダロス基地を強襲。レクイエムを破壊しなければなりません」

 

「……放置すれば、いつ頭上から焼かれるか分からない、か」

 

カガリは腕を組み、決断を下した。

 

オーブを守るためにも、その凶器を宇宙に残しておくわけにはいかない。

 

「分かった。……行こう、宇宙へ。連合の野望を、月の裏側ごと粉砕する!」

 

休息も束の間。

 

オーブの、そして世界の運命を賭けた戦いの舞台は、重力の外へと移されようとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

月軌道へと急行するナスカ級高速艦『ヴォルテール』。

 

その艦橋で、ジュール隊隊長イザーク・ジュールは、手元の端末に表示された極秘公文書を鋭い眼光で睨みつけていた。

 

差出人の名は、ラクス・クライン。特務隊FAITHとしての権限を最大限に行使したその上申書には、地球連合軍がダイダロス基地で建造を進めている戦略級兵器『レクイエム』の概要と、その攻略任務に就くアークエンジェルへの支援要請が克明に記されていた。

 

「……月の裏側から地球、そしてプラントの全土を射程に収めるだと? ふざけた代物を造ってくれたものだ、連合の連中は」

 

イザークの傍らで、副官のディアッカ・エルスマンが肩をすくめる。

 

「レクイエム──死者のための鎮魂歌か。トリガーを握る連中からすりゃ、俺たちはいつでも好きな時に葬れるってわけだ。笑えない冗談だな」

 

ディアッカの言う通りであった。

 

この兵器が実戦投入されれば、プラントの各コロニーは連合の脅迫に無防備に晒されることになる。

 

それはもはや戦争ではなく、一方的な虐殺の始まりを意味していた。

 

「……素直に認めるのは癪だが、この危急の折に我らジュール隊へ声を掛けたその眼力だけは、認めてやる」

 

イザークは端末を閉じ、前方の漆黒の宇宙を見据えた。

 

かつては敵対し、幾度となく追ったアークエンジェル。

 

しかし今、プラントを焼きかねない業火の火元を消しに行くという大義の前では、過去の因縁など些末な問題に過ぎなかった。

 

「ヴォルテール、最大戦速! これよりアークエンジェルと合流し、ダイダロス基地へ強行突入する!」

 

イザークの号令が艦内に響き渡る。

 

ミーア・キャンベルの放った要請は、プラント軍最強の盾と矛であるジュール隊を動かし、月面を舞台とした最終決戦の盤面を急速に整えつつあった。

 

偽物の歌姫が描いた「救済」の旋律に、歴戦の戦士たちが呼応する。

 

レクイエムの咆哮が世界を断ち切る前に、運命の歯車を叩き潰すための、連合部隊の再編が完了したのである。

 

 

◇◇◇

 

 

静寂に包まれた月面。

 

無数のクレーターが刻まれた灰色の荒野を、二つの巨大な影が滑るように疾走していた。

 

「遅れるなよ、アークエンジェル! ……貴様らの足の遅さで、我々の隠密行動が露見しては笑えんからな!」

 

ナスカ級高速艦『ヴォルテール』の艦橋で、イザーク・ジュールが通信機越しに吠える。

 

しかし、その操艦は見事なものだった。

 

凹凸の激しい月の地形に対し、艦底が接触するギリギリの高度を保ちながら、レーダーの死角となる谷間を縫うように突き進んでいる。

 

「ふふ、相変わらずね彼は。……ノイマン、遅れないでよ?」

 

「了解! ……へへっ、ナスカ級と追いかけっこなんて、昔を思い出しますねえ!」

 

アークエンジェルの操舵士アーノルド・ノイマンもまた、不敵な笑みを浮かべて操縦桿を握る。

 

400m級の巨体を持つアークエンジェルを、まるで戦闘機のように操り、ヴォルテールの機動にピッタリと追随していく。

 

二隻の艦は、息を殺し、気配を消して、月の裏側にあるダイダロス基地へと忍び寄っていた。

 

一方、プラント本国、最高評議会議長執務室。

 

ギルバート・デュランダルは、ミーアから届いた作戦概要書に目を通し、満足げに頷いた。

 

彼は手元の通信パネルを開き、月軌道に駐留するザフト軍艦隊司令部への直通回線を開いた。

 

「議長、命令を」

 

「うむ。……作戦を開始してくれたまえ」

 

デュランダルは、盤上の駒を動かすように、静かに、しかし冷徹に告げた。

 

「ザフト月軌道艦隊は、これより月の表側にある地球軍の重要拠点、アルザッヘル基地へ向けて進軍。……派手にやってくれたまえ」

 

『はっ! アルザッヘルへの陽動攻撃ですね?』

 

「そうだ。……裏側で『本命』が仕事をしやすいよう、敵の目を表側に釘付けにするのだ。ダイダロスへの増援を許してはならない」

 

それは、アークエンジェルとヴォルテールを支援するための、最大級の援護射撃だった。

 

ザフトの正規艦隊がアルザッヘルという喉元に食らいつけば、連合軍はパニックに陥り、裏側の守りは手薄になる。

 

「行ってくれたまえ。……私の可愛い歌姫と、かつての英雄たちが奏でる『鎮魂歌(レクイエム)』のために、最高の舞台を整えてやろうではないか」

 

デュランダルの号令と共に、月軌道に展開していたザフトの大艦隊が一斉に動き出した。

 

月の表と裏。

 

二つの戦場で同時に火蓋が切られようとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ダイダロス基地の防空識別圏に突入すると同時に、静寂だった月面は極彩色の戦場へと変貌した。

 

「全機、発進! 遅れるなよ!」

 

ヴォルテールからイザークの号令が飛び、アークエンジェルからも次々とMSが射出される。

 

後方では、ジュール隊の「赤」の一点、シホ・ハーネンフースを中心とした別動隊が展開し、母艦である二隻を鉄壁の守りで固める。

 

その安心感を背に、攻撃部隊は解き放たれた獣のように敵陣へと食らいついた。

 

「これが……デスティニー! 俺の、新しい力……ッ!」 

 

先陣を切ったのは、真新しい翼を広げたシン・アスカのデスティニーだった。

 

インパルスの時とは次元の違うレスポンス。思考に機体が直結しているかのような追従性。

 

シンは残像を纏いながらウィンダムの部隊の中へ突っ込むと、ビームライフルやビームブーメラン、長射程ビーム砲、アロンダイトを操り、すれ違いざまに次々と敵機を爆散させていく。

 

それはまさに、獅子奮迅の働きだった。

 

「……ここなら、この『手』は自由に動く」

 

続いて、レイ・ザ・バレルのプロヴィデンスザクが冷徹に戦場を支配する。

 

無重力空間を得て、背中のドラグーンシステムがフル稼働する。

 

迫りくる巨大なザムザザー。その四方八方を取り囲むように端末を展開し、一斉射撃。

 

ザムザザーが慌てて陽電子リフレクターを展開し、ビームを防いだその瞬間──防御に意識を集中させた隙を見逃さず、レイはドラグーンの一機を懐へ滑り込ませた。

 

ビームスパイクが作動し、装甲を貫いて本体を串刺しにする。

 

「邪魔ですわ! 道を開けなさい!」

 

「そこだッ!」

 

中央では、光の嵐が吹き荒れていた。

 

ミーアの駆るプロヴィデンスから放たれたドラグーンが、不規則な軌道で敵を撹乱し、逃げ場を失った敵機を、キラのフリーダムによるハイマット・フルバーストが正確無比に撃ち抜く。

 

「面」の制圧射撃。

 

二つの最強の矛が合わさり、連合のMS部隊は近づくことすら許されずに溶かされていく。

 

「ヒューッ! こいつはたまんねぇな!」

 

戦場を高速で駆け抜けるオレンジの機体、ハイネのデスティニーインパルス。

 

彼はゲルズゲーの巨体を、ヴォワチュール・リュミエールの超加速で翻弄していた。

 

核エンジンによる無尽蔵のパワー供給は、ビーム兵器の威力を底上げし、スラスター推力を維持し続ける。

 

すれ違いざま、対艦刀の一撃がゲルズゲーの多脚を胴体ごと両断した。

 

「核動力に光の翼……。シンのお下がりたぁ言えねぇな。極上の駿馬だぜ!」

 

そして、歴戦のコンビもまた、新型MAを相手に「狩り」を行っていた。

 

「逃がすかァッ!!」

 

イザークのグフイグナイテッドが唸りを上げる。

 

射出されたスレイヤーウィップが、ユークリッドの陽電子リフレクターの発振器を、鞭の一撃でそれが砕かれた。

 

「イザーク、そこ退け!」

 

「チッ、命令するな!」

 

絶妙なタイミングでディアッカのブレイズザクファントムが割り込む。

 

振るわれたビームトマホークがユークリッドの装甲を切り裂き、さらに反転したイザークのグフがテンペスト・ビームソードで逆袈裟に斬り下ろす。

 

深々と刻まれた傷口から誘爆し、ユークリッドは火球となって四散した。

 

「ふん、(なまく)らが!」

 

一騎当千。

 

アークエンジェルとヴォルテールの精鋭たちは、圧倒的多数のダイダロス基地守備隊を、まるで紙細工のように引き裂き、食い荒らしながら、レクイエムの制御中枢へと突き進んでいった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。