ヘブンズベース、中央司令部前広場。
硝煙とオイルの臭いが立ち込める中、かつて世界の頂点に君臨していたロゴスのメンバーたちが、無惨な姿で連行されていく。
「離せ! 私を誰だと思っている!」
「金なら払う! 助けてくれ!」
見苦しい命乞いと罵声を浴びせながら、ザフト兵に両脇を抱えられ、護送車へと押し込まれていく老人たち。
圧倒的な戦力差を見せつけられた守備隊は白旗を掲げ、武装解除に応じた。
デストロイも、MAも、もはやここにはない。
勝敗は決したのだ。
だが、その勝利の光景を見下ろすミーア・キャンベルの表情は、晴れるどころか険しく曇っていた。
「……いない」
彼女の呟きに、隣に立ったアスランが怪訝な顔を向ける。
「ミーア? どうした」
「ロード・ジブリールが……あの中にいませんわ」
その言葉を裏付けるように、慌てた様子の士官が駆け寄ってきた。
「報告! 拘束したロゴスメンバーの中に、ロード・ジブリールの姿がありません! 施設内を捜索中ですが、現在のところ発見に至らず……!」
「やはり……逃げたか」
ハイネが舌打ちをする。
悪運の強い男だとは分かっていたが、この包囲網をどうやって抜け出したのか。
(……分かっていたわ。彼がここで終わるようなタマじゃないってことは)
ミーアは唇を噛んだ。
『原作』の知識において、ジブリールはこのヘブンズベースを脱出し、オーブへと逃げ込む手はずだった。
当時のオーブはセイラン家が実権を握っており、ロゴスと癒着していたからだ。
だが、今のオーブは違う。
カガリ・ユラ・アスハが代表として君臨し、アークエンジェルが睨みを利かせている。
ジブリールが逃げ込んだところで、即座に捕縛されるか、あるいは入国すら拒否されるだろう。
彼にとってオーブはもはや安全地帯ではない。
(じゃあ、次は? ダイダロス基地?)
『原作』では、オーブを追われたジブリールは月へ上がり、ダイダロス基地のレクイエムを起動させた。
けれど、そのダイダロス基地は既に陥落し、レクイエムはミーア自身の手によって破壊されている。
(オーブもダメ。月もダメ。……じゃあ、彼はどこへ行くの?)
ミーアの背筋に、冷たい汗が伝った。
これまでは『未来を知っている』というアドバンテージがあった。
だから先手を打ち、レクイエムを壊し、デストロイを狩ることができた。
しかし、歴史を変えた代償として、その先の道標は消失したのだ。
追い詰められた鼠は、猫の予想もしない穴へと逃げ込む。
あるいは、窮鼠となって予期せぬ場所から噛みついてくるかもしれない。
(私の『
「……総員、索敵を続行! 決して逃がしてはなりません!」
ミーアは声を張り上げたが、その胸中は不安で埋め尽くされていた。
ここからは未知の領域。
何が起こるか分からない、本当の戦争が始まろうとしていた。
◇◇◇
ヘブンズベースの作戦室。
ミーアは一人、デスクに広げられた世界地図と睨めっこをしていた。
(落ち着いて、私。……思い出せ、そして考えろ。私の「前世」のスキルをフル稼働させるのよ!)
彼女の脳裏にあるのは、単なる『ガンダムSEED DESTINY』の知識だけではない。
かつて一人の「ヲタク」として培ってきた、作品への深い考察、キャラクター心理の深読み、そして「もしも」を語り合った数々の妄想──という名のシミュレーション。
それらが今、最強の演算能力となって彼女の思考を加速させていく。
(まず、ジブリールの性格。彼は典型的な特権階級意識の塊。ドブネズミのように地下水道を這いずり回って逃げ延びたり、レジスタンスとして潜伏生活を送るなんてプライドが許さない)
彼はあくまで「支配者」として君臨し続けなければ気が済まない男だ。
負け犬として隠れるくらいなら、世界を道連れにしてでも反撃に出る。
(オーブはカガリさんが抑えているから無理。ダイダロスも私が壊した。……なら、地上に彼の居場所はない。目指すのは宇宙!)
ジブリールが再起を図るには、まだ無傷に近い戦力が残っている場所へ行くしかない。
月の表側、アルザッヘル基地だ。
そこには、ザフト軍と睨み合っている地球連合軍の月軌道艦隊が温存されている。
(地球から宇宙へ上がるルートは限られる。……マスドライバー、あるいは大規模な宇宙港がある場所)
原作では、ヘブンズベースから逃げた後にパナマ基地への逃亡が示唆されていた。
あそこには、先の大戦で破壊された後に復旧されたマスドライバーがある。
あるいは、台湾のカオシュン宇宙港。
オーブまで逃げたのならば地理的に候補に入れるべき場所だ。大型シャトルを打ち上げられる施設はこの二点に絞られる。ギガフロートも考えたが、アチラはジャンク屋組合の管轄で、ジブリールが使える場所ではない。
(もし彼が宇宙へ上がったらどうする? レクイエムはない。デストロイもない。……でも、数だけはある連合宇宙軍を掌握したら?)
ミーアの背筋が凍りついた。
質で勝るザフトだが、数は連合が圧倒的に上だ。
物量で押し包み、プラント本国へ進軍する。
その時、彼が使う最後の手段は何か。
(……核だ)
レクイエムという「長距離狙撃銃」を失った彼が、次に手に取るのは、より原始的で、しかし確実な破壊力を持つ「核ミサイル」という名の鈍器。
ニュートロンジャマーキャンセラー搭載型の核ミサイルを大量に抱え、数の暴力で防衛ラインを突破し、プラントのコロニー群を直接爆撃する。
それは、2年前の悪夢。
「第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦」の焼き直し。
ジェネシスもレクイエムもない純粋な殴り合いになれば、国力と物量に勝る連合が、最終的にプラントを焦土に変える可能性は高い。
(最悪だわ……。そんな「罪悪のシナリオ」、絶対に見たくない!)
ミーアは震える手でペンを走らせた。
これはもう「予言」ではない。「必然」の予測だ。
彼女はヲタクとしての考察力を、軍事的な「意見具申書」へと変換し、書き上げていく。
【ロード・ジブリール逃亡先および今後の行動予測に関する意見書】
想定逃亡先: パナマ宇宙港(最有力)、またはカオシュン宇宙港。
目的: 月面アルザッヘル基地への合流および、月軌道艦隊の掌握。
脅威予測: 全軍を用いたプラント本国への総攻撃。レクイエム喪失に伴う代替手段としての「核弾頭」使用の可能性、極めて大。
推奨作戦: 上記宇宙港の即時封鎖、および宇宙へ上がるシャトルの徹底的な撃墜。
「……これでいい」
ミーアは書き上げたレポートを掴み、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
統合参謀本部、そしてデュランダル議長へこれを叩きつけなければならない。
ジブリールが宇宙へ上がる前に、その翼をもがなければ、世界は再び核の炎に包まれることになる。
「待ってなさいよ、ジブリール! ……貴方の描く三文芝居のラストなんて、私が書き換えてやるんだから!」
彼女は決意を瞳に宿し、作戦司令室へと駆け出した。
◇◇◇
ミネルバ艦内、作戦会議室。
モニターにはジブラルタル基地、そして制圧したばかりのヘブンズベース司令部の各司令官たちが映し出され、ジブリールの逃亡先を巡って激論が交わされていた。
「潜水艦による脱出が確認されている! 海流から見て、向かう先はパナマだ!」
「いや、南米のジャングルに潜伏する可能性もある。地下壕をしらみつぶしに探すべきだ!」
「各地のレジスタンスと合流されたら厄介だぞ……!」
彼らの議論は、あくまで「地球上のどこに隠れているか」という点に終始していた。
ジブリールを「逃げ回る犯罪者」としてしか捉えておらず、彼を捕まえることだけに意識が集中していたのだ。
そんな中、上座に座るギルバート・デュランダルは、手元に届いた一通の電子レポートに目を落とし、静かに感嘆の息を漏らしていた。
(……素晴らしいな、ミーア)
それは、先ほどミーア・キャンベルから提出された意見書だった。
そこには、参謀たちが誰一人として挙げなかった「カオシュン宇宙港」の名前と、さらにその先にある恐るべきシナリオが記されていた。
参謀たちが「地図」を見ている間に、彼女は「人間」を見ていた。
ロード・ジブリールという、プライドが高く、特権意識の塊である男のプロファイリング。
彼が地下水道を這いずり回るような逃亡生活を選ぶはずがないという洞察。
そして、虎の子のレクイエムを失った彼が、次に何を使って世界に復讐するかという予測。
『第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の再現。核によるプラント本国への総攻撃』
デュランダルの背筋に戦慄が走ると同時に、彼女への評価は決定的なものとなった。
誰もが足元の足跡探しに躍起になっている段階で、彼女だけは遥か宇宙を見上げ、未来の分岐点を見据えている。
その視座の高さは、もはや単なるアイドルの模倣などではない。
「……諸君。少し、よろしいかな」
デュランダルの静かな、しかしよく通る声が、喧騒を遮った。
モニター越しの参謀たちが一斉に口を閉ざす。
「議論が『点』に集中しすぎているようだね。……我々はもっと、『線』で、そして『面』で物事を捉えなくてはならない」
彼は手元のレポートを掲げて見せた。
「ラクス・クライン嬢より、極めて重要な分析報告が届いた。これを共有する」
「ラクス様より……ですか?」
「ああ。彼女は、ジブリールが地上に潜伏することはあり得ないと断言している。……彼の自尊心がそれを許さない、とな」
デュランダルは、ミーアの考察をあたかも「ラクス・クラインとしての神託」のように語り始めた。
「彼が目指すのは宇宙だ。パナマ、あるいは台湾のカオシュン宇宙港。……そこから月へ上がり、アルザッヘル基地の残存艦隊を掌握。そして……」
彼は一度言葉を切り、全員の顔を見渡してから、重々しく告げた。
「レクイエムの代替として、大量の核ミサイルを抱えてプラントへ特攻を仕掛けるつもりだろう、と」
「なッ……!?」
会議室に衝撃が走った。
核。その単語が出た瞬間、場の空気が一変した。
単なる「犯人確保」のミッションが、「ジェノサイド阻止」という極限の防衛戦へと変貌したのだ。
「カオシュン……確かに、あそこなら大型シャトルも運用可能です!」
「アルザッヘル艦隊は無傷……数で押されれば、核を防ぎきれない可能性も!」
「第二次ヤキン・ドゥーエの再来だと言うのか……!」
参謀たちの顔色が変わる。
ようやく彼らも、ミーアと同じ視座に立ち、事態の深刻さを理解したのだ。
「流石はラクス様だ……我々が見落としていた心理的死角を、完璧に見抜いておられる」
「直ちにカオシュン方面へも部隊を派遣しろ! 宇宙へ上げるな! 蟻一匹通すな!」
現場の指揮官たちの目の色が変わったのを確認し、デュランダルは満足げに頷いた。
この危機感の共有こそが、勝利への鍵となる。
(ありがとう、ミーア。君のおかげで、我々は最悪の未来を回避できるかもしれない)
彼は心の中で、自分以上の「脚本家」へと成長した歌姫に、最高の賛辞を送っていた。
◇◇◇
台湾、カオシュン宇宙港周辺。
カーペンタリア基地から緊急展開したザフト軍の大部隊が、港湾施設を完全に包囲していた。
「パナマへのルートは囮。本命はここだ!」
「シャトルを一機たりとも飛ばすな! 滑走路を封鎖しろ!」
ミーア・キャンベルの読みは見事に的中した。
パナマへ向かうと見せかけて、太平洋側へ大きく迂回し、カオシュンからの脱出を図る。
常人ならば考えつかない、しかしプライドの高いジブリールなら選びそうな「裏の裏」。
それを完全に先読みしたザフトの網は、カオシュン宇宙港という出口を完璧に塞いでいた。
だが、ロード・ジブリールという男の執念、いや、己の保身に対する嗅覚は、その網の目すらも強引に食い破るものだった。
大西洋連邦内陸部、地図にも載っていない旧時代の廃棄された実験場。
そこに、錆びついた発射台と、博物館に飾られるような旧式の大推力ロケットが天を仰いでいた。
「はぁ……はぁ……! おのれ、おのれぇぇッ! ラクス・クライン……ギルバート・デュランダルめぇ!!」
ジブリールは、きしむ狭いカプセルシートに身体を押し込めながら、怨嗟の声を漏らしていた。
「パナマもダメ、カオシュンもダメ……! なぜだ! なぜ私の思考が読める!? 私の頭の中に盗聴器でも仕掛けたと言うのか!?」
カオシュンが封鎖されたとの報を聞いた時、彼は戦慄した。
自分の行動パターンが完全に解析されている。
このままでは殺される。
その恐怖が、彼に最も非効率で、最も危険で、しかし唯一監視の目が届かない手段を選ばせた。
「ええい、出せ! 点火だ! 早く私を宇宙へ逃がせぇぇッ!!」
轟音。
マスドライバーのような洗練された加速ではない。
化学燃料を爆発的に燃焼させ、暴力的なGで大気を引き裂く、旧世紀の遺物。
広大な大西洋連邦の領土の真ん中、まさかそんな場所から宇宙船が飛び立つなど、最新の監視網を以てしても「想定外」だった。
ミネルバのブリッジに、オペレーターの驚愕の声が響く。
「ね、熱源探知! 場所は北米大陸東岸、旧実験施設跡地! ……このスペクトルは、ロケットです!!」
「なんですって!?」
ミーアが立ち上がる。
モニターに映し出されたのは、優雅なシャトルではなく、煙を噴き上げて垂直に上昇する鉄の塊だった。
「マスドライバーも使わず、あんな旧式で……!?」
「ジブリールだ! あのロケットに奴が乗っているぞ!」
アスランが叫ぶが、もう遅い。
ロケットは既に迎撃高度を突破し、成層圏へと突き抜けていく。
広大な国土の何処かにある「点」から打ち上げられたたった一機のロケットを、リアルタイムで捕捉し撃ち落とすことは、神業に近い。
「くっ……! 読み切れなかった!」
ミーアは拳を握りしめた。
主要な玄関口は全て閉じた。
だが、ジブリールは壁に穴を開けて飛び出したのだ。
「逃げられたか……!」
デュランダルが低い声で唸る。
ロケットの軌道は、間違いなく月──アルザッヘル基地へと向かっている。
ジブリールの執念が、ミーアの完全な包囲網を紙一重で上回った瞬間だった。
だが、その代償として彼は、多くの側近も、資産も、そして威信も地上に置き去りにして、身一つで宇宙へ放り出されることとなった。
月にはまだ、牙が残っている。
戦いの舞台は、最終章である宇宙へと移された。
◇◇◇
ミネルバのブリッジ。
モニターに映し出される、成層圏へと消えていく旧式ロケットの軌跡を見上げながら、ミーア・キャンベルは盛大に舌打ちをした。
「チッ……! まさか、あんな博物館に飾るような骨董品で逃げるなんて……!」
彼女の顔には、悔しさと同時に、底知れぬ呆れの色が浮かんでいた。
(生き汚い……! ホント、どこまで生き汚いのよ、あの男は!)
ミーアの脳裏に、かつての敵役──前大戦のブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルの姿がよぎる。
危険な男だったが、彼は自らドミニオンに座乗し、最前線で指揮を執る胆力があった。
そして最後は、アークエンジェルのローエングリンを受け、艦と運命を共にして散った。
敵ながら、その信念への殉じ方と、逃げずに立ち向かった最期は、ある種の潔さを感じさせるものだった。
(それに引き換え、ロード・ジブリール! 貴方は何なのよ!)
追い詰められれば部下を捨て、拠点を捨て、プライドかなぐり捨てて、自分一人が助かるためだけに旧世紀のロケットにしがみつく。
そのなりふり構わぬ姿は、まさに「小物」。
どんなに権力を誇示しても、ファンから「アズラエルの足元にも及ばない」「三流悪役」と揶揄される理由がこれだ。
(でも……その『小物の生き汚さ』を、私が読みきれなかった)
「ボスとしての魅力」など欠片もない。だが、その「ゴキブリのような生存本能」だけは、ミーアの予想を上回っていたのだ。
自分の敗因は、彼を「敵の総帥」として評価しすぎたこと。
もっと「卑小な臆病者」として扱うべきだったのだ。
「……はぁ。悔やんでも仕方ありませんわね」
ミーアは瞬時に思考を切り替えた。
ロケットが上がってしまった以上、ジブリールは宇宙へ行く。
月面アルザッヘル基地へ入り、そこにある強大な宇宙戦力を手に入れるだろう。
ミーアは踵を返し、艦長席のタリア・グラディスへと詰め寄った。
「グラディス艦長! 直ちにミネルバを宇宙へ上げてください! 追いかけないと手遅れになりますわ!」
「宇宙へ? しかし、軍令部からの指示を待たずに独断では……」
タリアが躊躇したその時、彼女の後ろから落ち着いた声が響いた。
「いや、彼女の言う通りだ、タリア」
ギルバート・デュランダル議長だった。彼はモニターの空を睨み据えたまま、重々しく頷いた。
「ジブリールが月に着けば、次は核の雨が降る。……議論している時間はない。ミネルバは直ちに宇宙へ上がり、月軌道艦隊と合流せよ」
「……了解しました!」
議長の承認が出れば、タリアに迷いはない。
彼女は直ちに艦内に警報を鳴り響かせた。
「総員、第一戦闘配備のまま、大気圏離脱用意! ミネルバはこれより、逃亡したロード・ジブリールを追撃し、宇宙へと上がる!」
「りょ、了解!マスドライバーの使用許可、最短で通します!」
慌ただしく復唱するアーサーの声を聞きながら、ミーアは再びモニターを見上げた。
(逃がさないわよ、ジブリール。……貴方が月で何を用意していようと、私たちがそのシナリオ、全部叩き潰してあげる!)
ミネルバの巨体が震動を始める。
舞台は地上から、星の海へ。
ミーアたちにとっての本当の最終決戦が、今始まろうとしていた。
皆様、明けましておめでとうございます。
つきましてはこの場を借りて新年の挨拶と致しまして、今年もよろしくお願い致します。
やっと種割れが終わった様で更新スピードも落ち着くと思います。
流石に昨日はもう頭が働き過ぎた後で睡魔が押し寄せてきていつの間にか寝落ちしてましたわ。
この物語がどうなっていくのか、応援していただきますと幸いです。