ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:34 選んだ路

宇宙空間の暗礁宙域に潜伏していた高速戦艦エターナル。

 

そのブリッジには、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 

「……酷い話だねぇ。こりゃ」

 

アンドリュー・バルトフェルドが、ターミナルから送られてきた暗号通信を読み解き、苦々しい顔で呟いた。

 

モニターには、地上から送られてきた「ミーア・キャンベルによる情勢分析レポート」が表示されている。

 

そこには、ジブリールの宇宙への逃亡と、レクイエムを失った彼が次に選ぶであろう「核によるプラント殲滅」という最悪のシナリオが記されていた。

 

「ジブリールが月に着けば、連合の月軌道艦隊が動く。……そうなれば、ジェネシスのないプラントは、今度こそ核の炎に包まれる」

 

ラクス・クラインは、そのレポートを見つめ、静かに、しかし強く拳を握りしめた。

 

「カガリさんは動けません。……オーブは今、国家として再建の途上にあり、軽率に宇宙へ軍を送れば、再び世界大戦の引き金を引くことになります」

 

アークエンジェルもまた、オーブの守護という鎖に繋がれている。

 

動けるのは、国家に属さず、影として平和を見守るこの艦だけだ。

 

「行きましょう。……私たちが、プラントの『盾』にならなくては」

 

ラクスは決断を下すと、ブリッジを後にし、格納庫へと向かった。

 

そこには、黄金の関節を持ち、純白と蒼穹の翼を広げた新たな剣──『ZGMF-X20A ストライクフリーダム』が静かに眠っていた。

 

そしてその足元には、キラ・ヤマトが佇んでいた。

 

「キラ」

 

「ラクス……」

 

キラは振り返る。その瞳には、既に覚悟の光が宿っていた。

 

ラクスは歩み寄り、悲しげに、けれど愛おしげに彼の顔を見上げた。

 

「……私には、ミーアさんのような力はありません」

 

ラクスは自嘲気味に微笑んだ。

 

あの代役の少女は、歌うだけでなく、自らMSを駆り、前線で人々を守って戦っている。

 

その姿は、ある意味でラクスが理想とする「戦う女神」の姿そのものだったかもしれない。

 

「私はMSに乗って、貴方と共に剣を振るうことは出来ません。……ただ、祈り、願い、そして貴方に戦いを強いることしか出来ない」

 

彼女の手が、キラの手に重ねられる。

 

それは、愛する人に再び修羅の道を行かせることへの懺悔であり、絶対の信頼の証でもあった。

 

「ですから……お願いします、キラ。どうか、その力を貸してください。……世界を、あの悲しい光から守るために」

 

キラは、ラクスの震える手を両手で包み込んだ。

 

「分かっているよ、ラクス。……君がMSに乗る必要なんてない」

 

彼の声は穏やかだった。

 

「君には君の戦いがある。……僕は、君の剣になろう。君が守りたい世界を、僕が守る」

 

「キラ……」

 

「行こう。……僕たちの新しい翼で」

 

キラはストライクフリーダムを見上げた。

 

隣には、親友が来ることを信じて用意された『インフィニットジャスティス』も並んでいる。

 

「エターナル、発進準備! 目標、月軌道!」

 

艦内放送が響く。

 

歌姫と最強の調整者。

 

彼らもまた、それぞれの役割を胸に、滅びの未来を書き換えるために動き出した。

 

 

◇◇◇

 

 

ミネルバのブリーフィングルーム。

 

宇宙への発進準備が進む中、アスランはミーアとハイネを密かに呼び出した。

 

「……こんな時に悪いが、俺は別行動を取りたい」

 

アスランは開口一番、そう切り出した。

 

これから決戦だというタイミングでの離脱宣言。

 

普通なら利敵行為や逃亡と取られかねない発言だが、ハイネは眉をひそめつつも、冷静に問い返した。

 

「おいおい、何処へ行く気だ? 敵前逃亡ってタマじゃねぇだろうが」

 

「ああ。……俺には、確認しなければならないことがある」

 

アスランが言葉を続けようとしたその時、それまで黙って聞いていたミーアが、まるで台本を読み上げるかのように先回りして答えた。

 

「『エターナル』へ行って、新しい力……『ジャスティス』を受け取るため、ですわよね?」

 

「……!」

 

アスランは目を見開いたが、すぐにふっと口元を緩めた。

 

「驚いたな。……いや、あのジブリールの思考すら読み切ってカオシュンを封鎖させた君だ。俺の考えくらい、お見通しか」

 

「ええ。……貴方の親友のキラとラクスのことですもの。きっと、貴方のための『翼』も用意しているはずだと、そう確信しているのでしょう?」

 

「ああ」

 

アスランは力強く頷いた。

 

セイバーは優秀な機体だ。だが、今の戦況、そしてこれから待ち受けるであろう「核」と「大量破壊兵器」の嵐の中で、何かを守り抜くには、決定的な何かが足りないと感じていた。

 

そして、その「何か」を持っているのは、かつての戦友と、かつての婚約者であると、彼の魂が告げていたのだ。

 

「……セイバーでは、力不足を感じ始めている。だから、守るための力として、俺はジャスティスを受け取りに行く」

 

その迷いのない瞳を見て、ミーアはニッコリと微笑んだ。

止める理由など、どこにもない。

 

キラのストライクフリーダム、そしてアスランのインフィニットジャスティス。

 

この二機が揃えば、それは何者をも寄せ付けない最強の「盾」となり、あらゆる絶望を貫く最強の「矛」となることを、彼女は誰よりも知っているからだ。

 

「……へっ、なるほどな」

 

ハイネもまた、ニヤリと笑ってアスランの肩を叩いた。

 

「ま、俺たちFAITHには特権がある。独自の判断での単独行動、大いに結構じゃねぇか」

 

「ハイネ……」

 

「ただし!」

 

ハイネは指を一本立て、釘を刺すように言った。

 

「ちゃんと『祭り』には間に合わせろよ? 遅刻なんてカッコ悪い真似したら、俺とシンが美味しいところ全部平らげちまうからな」

 

「フフ、そうですわね。……最高の舞台を用意して待っていますから、主役の一人として遅れないでくださいね?」

 

「……ああ、約束する」

 

アスランは二人に深く頷くと、敬礼を交わした。

 

その足取りには、もう迷いはない。

 

数分後、紅きMSセイバーガンダムがミネルバのカタパルトから射出された。

 

目指すは歌姫と親友が待つエターナル。

 

かつての正義の名を受け継ぐため、アスラン・ザラは一路、星の海を駆け抜けていった。

 

 

◇◇◇

 

 

月面、アルザッヘル基地。

 

旧式ロケットでの強行脱出という、支配者にあるまじき過酷な旅路を経て、ロード・ジブリールはようやくこの「安全圏」へと辿り着いていた。

 

高級なスーツはヨレヨレになり、髪も乱れていたが、その瞳に宿る狂気と執念だけは、以前よりもギラギラと輝きを増していた。

 

「コープランド大統領! 何を躊躇っている! さっさと動かせと言っているんだ!」

 

彼は基地の最深部にある司令室から、地球にいる大西洋連邦大統領ジョセフ・コープランドに向けて怒声を浴びせていた。

 

『し、しかし……レクイエムも失われ、ヘブンズベースも陥落した今、これ以上の戦闘は……』

 

「馬鹿者! 終わってなどいない! 我々にはまだ、アルザッヘルがある! 月軌道艦隊がある! そして……『核』があるだろう!」

 

『なッ……!』

 

「プラントなどという不潔な砂時計、核の炎で焼き払ってしまえばいいのだ! 躊躇うな! これは命令だ! ロゴスに逆らって、君の政治生命……いや、君自身の命がどうなるか、分からんわけではあるまい!?」

 

恫喝。

 

腐ってもロゴスの盟主。その長年にわたる支配の恐怖は、未だコープランド大統領を縛り付ける鎖として機能していた。

 

『……わ、分かりました。月軌道艦隊に、出撃命令を……』

 

通信が切れると、ジブリールは鼻を鳴らし、ふんぞり返るように椅子に深々と座り直した。

 

窓の外では、月面から無数の艦艇が浮上していくのが見える。

 

アガメムノン級、ドレイク級、ネルソン級。

 

質ではザフトに劣るかもしれないが、その数は圧倒的だ。

 

 

「行け、行って焼き払え。私の世界を汚す害虫どもを」

 

彼はワイングラス(基地に到着して真っ先に要求したものだ)を揺らしながら、高みの見物を決め込んでいた。

 

自らが前線に出るつもりなど、毛頭ない。

 

「フン……ムルタ・アズラエル。奴は優秀だったが、最後は愚かだった」

 

ジブリールは独りごちる。

 

かつての盟友であり、前大戦のブルーコスモス盟主。

 

彼は自ら旗艦ドミニオンに乗り込み、最前線で指揮を執り、そして艦と共に散った。

 

「指導者がノコノコと最前線に出て、命を落とすなど言語道断だ。……王は常に、最も安全な場所から盤面を動かしてこそ、王なのだよ」

 

彼はアズラエルの死に様を「潔さ」ではなく「蛮勇による犬死に」と断じた。

 

自分は違う。

 

自分は生き残る。

 

どんなに泥水を啜ろうと、他人を盾にしようと、最後に玉座に座っている者が勝者なのだ。

 

「私は死なん。……勝つのは私だ、デュランダル。そしてラクス・クライン!」

 

アルザッヘル基地の安楽椅子の上で、ジブリールは歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

◇◇◇

 

 

アルザッヘル基地の巨大なハッチから吐き出された連合宇宙軍の物量は、もはや「艦隊」という言葉では形容しきれない、漆黒の宇宙を埋め尽くす鉄の潮流であった。

 

その圧倒的な数に、プラント軍統合参謀本部は戦慄した。当初予定していた月軌道での迎撃は不可能と判断。分散して各個撃破を狙えば、あの大波に防衛線を食い破られ、無防備なプラント各コロニーを蹂躙される。

 

「全艦隊、プラント最終防衛ラインへ後退! 水際での背水の陣を敷く!」

 

デュランダル議長の冷徹な号令が飛び、ザフトの月軌道艦隊は本国防衛軍と合流。かつて多くの命が散った宙域──ヤキン・ドゥーエ近海へと引き下がる。

 

これは、核ミサイルの射程圏内にプラントを招き入れるという極めて危険な「愚策」に近い選択であった。

 

しかし、数で圧倒的に劣るザフトにとって、機動要塞メサイアと、前大戦後に仮復旧させていた旧要塞ヤキン・ドゥーエを拠点とした高密度な防衛網を構築する以外に、あの荒波を受け止める術はなかった。

 

対する連合宇宙軍艦隊もまた、後がないのは同じであった。

 

前衛にはウィンダム、ダガーLといった現役機に加え、旧式のストライクダガー、さらにはバスターダガーやデュエルダガーまでもが動員された。

 

ロゴスが全貯蔵庫から掻き集めた、まさに「博物館」のような総力戦の陣容。

 

そして、その奥に控えるのは、かつて「ピースメーカー隊」が用いたモビルアーマー、メビウスの群れ。

 

「MSを核の運搬に使うのは無駄だ。あんなものはメビウスで充分よ。一機でも多くのMSで、プラントの化け物どもを足止めしろ!」

 

ジブリールの冷酷な判断により、退役していたはずのメビウスが核ミサイルを抱いて再び宇宙に舞った。

 

それは、二年前の惨劇を再び実行するための死神の行列であった。

 

プラントの「砂時計」を背後に背負ったザフト。

 

ロゴスの「執念」を核に変えて突き進む連合。

 

デュランダル議長はミネルバを降り、要塞メサイアの指揮官席に座った。

 

「……始めようか。これが、古い時代の最後の不協和音だ」

 

全天を取り囲むような無数の熱源反応。

 

かつての悪夢をさらに塗り替えるような惨劇の幕が、いま再び上がろうとしていた。

 

世に言う『第三次ヤキン・ドゥーエ攻防戦』。

 

ミーア・キャンベルが書き換え続けてきた運命が、最大かつ最後の激突へと、ついにその火蓋を切ったのである。

 

 

 

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