ヤキン・ドゥーエ近海。かつて多くの命が散り、今なお戦士たちの血の匂いが染み付いているかのようなその宙域で、ジュール隊は再び絶望的な物量との対峙を強いられていた。
「チッ、次から次へと! 貴様らには『引く』という言葉がないのか!」
イザーク・ジュールの駆る純白のグフイグナイテッドが、漆黒の宇宙で鮮烈な光を放つ。
両腕のドラウプニル4連装ビームガンが火を吹き、迫り来るウィンダムの編隊を次々と穴だらけにしていく。
その横を固めるのは、ディアッカ・エルスマンの黒いザクファントムだ。
普段の機動重視のブレイズウィザードではなく、今日は重火力のガナーウィザードを背負っている。
「贅沢言うなよイザーク。向こうは文字通り死に物狂いなんだからさ」
ディアッカは冷静にターゲットをロックすると、オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲のトリガーを引いた。
極太の閃光が空間を貫き、直線上のウィンダム数機を一瞬で蒸発させる。
「……はぁ。にしても、こういう大群が相手だと、流石にあの頃の相棒が恋しくなるな」
ディアッカの脳裏に、かつての愛機バスターガンダムの多色な火線がよぎる。
今のザクは性能こそ向上しているが、砲撃戦における「小回りの利く手数」という点では、やはりバスターに軍配が上がる。
「無い物ねだりをしても始まらん! 今ある力でプラントを守り抜けッ!!」
イザークの叱咤と共に、グフのスレイヤーウィップが猛威を振るった。
超振動する電熱鞭が、真正面から突っ込んできた一機のMSを強引に絡め取り、そのまま一刀両断に引き裂く。
その時、イザークのメインモニターに、撃破した機体の機種名が映し出された。
『GAT-01 ストライクダガー』
「ストライクダガー……!? 二年前の旧式まで引っ張り出してきているというのか!」
イザークは戦慄した。
最新鋭のウィンダムだけでなく、本来なら既に退役、あるいは予備機となっているはずの旧世代機までもが、波打ち際を埋め尽くす流木のように押し寄せてきている。
「数さえ揃えばいいってか。……ロゴスの執念、いや、ジブリールの狂気か」
ディアッカが吐き捨てるように言い、再びオルトロスをチャージする。
連合は、兵士の命を、機体の性能を、もはや考慮していない。
ただ「質量」という暴力でプラントの防衛線を圧殺し、核を叩き込む。その一点のみに全神経を集中させている。
「……恐ろしいな。死を恐れぬ兵士など、人形と同じだ」
イザークは冷や汗を流しながら、ドラウプニルの弾幕をさらに厚くした。
かつての悪夢の再現。だが、今の彼らには、背中を預けられる仲間と、この理不尽な運命を書き換えようとする「歌姫」の意志が共にある。
「通さん……ここから先は、一機たりとも通させんぞ!!」
白いグフと黒いザク。
プラントの門番たちは、迫り来る絶望の潮流に抗い、決死の防衛戦を繰り広げていた。
その背後では、物語の主役たちが宇宙を翔け、引導を渡すための刃を研ぎ澄ませていることを信じて。
◇◇◇
プラントの最終防衛ラインであるヤキン・ドゥーエ宙域。
連合宇宙軍による鉄の津波が押し寄せる中、ザフト軍にとって唯一の救いと言えたのは、そこに「巨神」デストロイの姿がなかったことである。
デストロイの稼働に不可欠な生体CPU──エクステンデッドは、ロゴスの直轄地であるダイダロスやヘブンズベースといった「影の拠点」にのみ秘匿されていた禁忌の存在。
公的な連合宇宙軍の本拠地であるアルザッヘル基地においては、そのような非人道的な兵器を平然と並べておく政治的余力は、最早彼らには残されていなかったのである。
だが、その欠落を埋めるかのように投入された大型MA部隊の規模は、ヘブンズベースのそれを遥かに凌駕していた。ザムザザー、ゲルズゲー、ユークリッド──。
陽電子リフレクターを幾重にも展開し、強引にザフトの防衛線を食い破らんとするその威容は、一個艦隊に匹敵する圧力を放っていた。
「行かせるかよぉッ!!」
その鉄壁の陣を真っ向から引き裂いたのは、シン・アスカの駆るデスティニーであった。
紅蓮の翼から放出される光の粒子が、漆黒の宇宙に残像を刻む。
ミラージュコロイドを用いた分身機動は、大型MAの鈍重な火器管制システムを完全に翻弄し、その死角からアロンダイトの閃光を突き立てていった。
しかし、この戦場に「運命の翼」は一機ではなかった。
「お兄さんの新しい翼……存分に羽撃かせてもらうぜ!」
シンの背後から躍り出たのは、ハイネ・ヴェステンフルス専用の、燃えるようなオレンジ色に染め上げられたもう一機のデスティニーであった。
デュランダル議長から直接託されたその「力」を、ハイネは水を得た魚のように使いこなす。
シンの紅とハイネの橙──二つの残像が交差するたび、連合の誇る大型MAは防禦の暇さえ与えられず、爆光へと変わっていった。
そして、その二機の「翼」の直下で、正確無比な追撃を加える機体があった。
「フッ……数奇な運命ってのも、ここまで来れば立派な
デスティニーインパルスの操縦席に座るムウ・ラ・フラガは、自嘲気味に、けれど不敵に口角を上げた。
二年前、彼はエール、ソード、ランチャーの三機能を統合した「パーフェクトストライク」で戦場を駆けた経験を持つ。
あの頃、機体重量の増大とバッテリー消費に苦しめられたその設計思想は、今、核動力とヴォワチュール・リュミエールを搭載したこの「運命の脈動」によって、完全なる上位互換へと昇華されていた。
ストライクと同じトリコロールを纏ったその機体は、ムウの卓越した空間認識能力によって、ある時は一撃必殺の大剣、ある時は圧倒的弾幕の長射程砲として機能する。
「不可能を可能にするのも、運命を切り拓くのも……最後は、想いのある方が勝つんだよ!」
紅、橙、そして三色の「運命」。
三機の高性能機が奏でるカマイタチの旋律は、連合宇宙軍が絶対の自信を持って展開した大型MA部隊を、端から無慈悲に、そして徹底的に蹂躙していった。
◇◇◇
3つの「運命」が、その名の通り運命を切り開く先兵だとするならば、その抉じ開けられた突破口を維持し、誰一人として通さない鉄壁の門番こそが、彼らの役目だった。
「レイ、右翼からダガーの小隊!」
「捉えている。……落ちろ」
ミーアの声に反応するよりも早く、レイの『レジェンド』から放たれたドラグーン端末が、空間を滑るように駆け抜ける。
ビームスパイクの刺突が、穴を塞ごうと殺到したウィンダム部隊を次々と串刺しにし、爆炎の花を咲かせた。
その爆風の陰から、死角を突いて接近しようとしたストライクダガーの群れに対し、今度は『プロヴィデンス』の巨大なバックパックから無数の砲口が牙を剥く。
「この領域は、渡しませんわ!」
ミーアの研ぎ澄まされた空間認識能力が、戦場を俯瞰する3Dマップとして脳内に描かれる。
彼女の意思に従い、ドラグーンが円舞を描くように展開。
全方位からの十字砲火が、敵MSを十字架に架けるように焼き尽くした。
「凄いな……ミーア。君のその感覚、まるで未来を見ているようだ」
「ふふ、レイこそ。私の撃ち漏らしなんて一つもないじゃない」
通信回線越しに交わされる言葉は短く、しかし絶対的な信頼に満ちている。
二機は互いに背中を預け合い、付かず離れずの絶妙な距離を保ちながら、戦場という名の盤面を支配していた。
縦横無尽に駆け回るドラグーンの光跡は、連合軍にとって決して越えられない結界の檻。
三機のデスティニーが開けた穴を塞ごうと躍起になる敵軍を、その火線の網が片っ端から絡め取り、粉砕していく。
「摂理」の名を持つ機体が理を示し、「伝説」の名を持つ機体がそれを歴史に刻む。
その姿はまさに『比翼連理』。
かつては恐怖の象徴であった「天帝」の力は今、愛し合う二人の手によって、敵対する者すべてに逃れられぬ「審判」を下す、最強の守護神として宇宙に君臨していた。
◇◇◇
月面アルザッヘル基地、司令室。
分厚い装甲と岩盤に守られたこの場所は、無重力の死闘が繰り広げられる宇宙空間とは無縁の、快適な室温と静寂が保たれていた。
ロード・ジブリールは、最高級の革張りの椅子に深々と背を預け、目の前の巨大モニターを見下ろしていた。
手にはヴィンテージワイン。
彼はこの戦いを、まるでオペラかスポーツ観戦かのように優雅に楽しむつもりでいたのだ。
「フフフ……そうだ、行け。数ですり潰せ。所詮はコーディネイターなどという出来損ない、物量という『正義』の前には無力なのだよ」
しかし、その優越感は、開戦からわずか数十分で急速に萎みつつあった。
モニター上の戦況図。
本来なら青い光点(連合軍)が赤い光点(ザフト軍)を飲み込むはずだったその図が、あり得ない速度で赤に侵食されていたからだ。
「……おい。なんだこれは?」
ジブリールの眉がピクリと跳ねた。
「ど、どうなっている! 前衛のMS部隊の反応が消えていくぞ!?」
オペレーターの悲鳴のような報告が響く。
「報告! 大型MA部隊、半数が撃破されました! 敵・新型機と思われる3機のMSにより防衛ラインが突破されています!」
「さらに、突破口を塞ぐように展開したドラグーン搭載機により、中衛部隊も捕まっています! 被害甚大! 損耗率、まもなく30%に達します!!」
「30%だとぉ!?」
ジブリールは持っていたワイングラスを床に叩きつけた。
紅い液体が絨毯に広がるが、今の彼にはそんなことを気にする余裕などない。
「馬鹿な! ありえん! あの数はどうした! 旧式までかき集めて、通常の三倍の戦力を投入したのだぞ!? なぜたった数機のMSに蹂躙されている!」
彼は立ち上がり、マイクに向かって唾を飛ばした。
「ええい、役立たずどもめ! 金をいくら掛けてやったと思っている! 期待値通りの働きをしろ! 死ぬ気で戦え!」
彼にとって兵士は、投資した資産であり、消耗品だ。
コストを掛けたのにリターンがないことに、彼は経営者としての、そして支配者としての激しい憤りを感じていた。
前線で兵士たちが、「運命」と「天帝」という名の死神を相手にどれほどの絶望を味わっているかなど、想像すら及ばない。
「前線が崩壊寸前です! このままでは本隊に突入されます!」
「……チッ、使えん屑鉄どもが!」
ジブリールはギリギリと歯ぎしりをした後、狂気を帯びた瞳で吠えた。
「もういい! MS隊は見捨てろ! 核攻撃隊を前に出せ!」
「は、はい!? し、しかし、まだ前線には味方のMSが多数残っており……」
「構わんッ!!」
ジブリールの絶叫が司令室に響き渡る。
「敵ごと吹き飛ばせばいいのだ! 雑兵の命など幾らでも代わりがきく! 重要なのはプラントを焼くことだ! さっさと撃て! 全弾撃ち尽くせぇぇッ!!」
味方ごと焼き払えという命令。
その冷酷さと、自分の命だけは絶対に安全な場所に置くという卑小さ。
ムルタ・アズラエルが持っていた、狂気の中にある種のカリスマ性すら感じさせた「覚悟」など欠片もない。
ただの怯えた小悪党の癇癪が、最悪のトリガーを引かせようとしていた。
◇◇◇
戦場の空気が、おぞましいものへと一変した。
MSの隊列の隙間を縫うように、旧時代の亡霊たちが突撃してくる。
MAメビウス。
かつてヤキン・ドゥーエで無数に散った棺桶が、リニアガンを撃ちまくり、有線誘導ミサイルをばら撒きながら、死に場所を求めるように殺到してくるのだ。
「……ッ! 貴様ら、そんな鉄屑で!」
イザークは歯噛みした。
性能差は歴然だ。グフなら造作もなく落とせる。
だが、その特攻じみた動きからは、パイロットたちの絶望と恐怖、そして強制された死への行進が透けて見え、かつては敵への憎悪しかなかったイザークの胸にすら、哀れみと同情の念が去来した。
その時だった。
宇宙の暗闇に、禍々しい輝きを放つ「小さな太陽」が生まれた。
『う、うわぁぁぁッ!?』
『やめろ! 味方がいるんだぞッ!?』
断末魔の叫びと共に、光が膨張する。
メビウスから放たれた核ミサイルが、迎撃しようとしたザフトMSだけでなく、乱戦状態にあった連合のウィンダムやダガーまでも巻き込んで炸裂したのだ。
「なッ……!?」
イザークは戦慄した。
味方ごと吹き飛ばした。
勝つためなら、自軍の兵士すら核の炎にくべる薪にするというのか。
「……狂ってやがる!」
後方でディアッカが心底嫌悪に満ちた悪態を吐いた。
黒いザクファントムが『オルトロス』を構え、長距離狙撃で核ミサイルを抱えたメビウスを撃ち抜く。
誘爆した核が、さらに幾つもの「太陽」を生み出し、戦場を白く焼き尽くしていく。
「ディアッカ! 貴様は
イザークは即座に通信機へ怒号を飛ばした。
「長距離砲を持つ機体は核ミサイルの迎撃を最優先しろ!! 懐に入られたら終わりだぞ!!」
核の閃光に目が眩み、混乱する戦場。
その中で、イザークは自らのグフイグナイテッドを加速させ、ディアッカの前に躍り出た。
「邪魔だッ!!」
ビームソード『テンペスト』が一閃。
ディアッカを狙って突っ込んできたストライクダガーが、袈裟懸けに両断される。
「俺が露払いをやる! 貴様は余計なことを考えず、あの忌々しい亡霊どもを撃ち落とせ!」
「了解だ、隊長! ……まったく、とんでもねぇ汚れ仕事だぜ!」
ディアッカが毒づきながらも、正確無比な射撃で核の運び屋を次々と葬っていく。
その背中を、イザークが白銀の剣となって守り抜く。
かつてのデュエルとバスターのコンビネーションは、機体を変えてもなお、狂気の戦場で唯一無二の輝きを放っていた。
◇◇◇
「憎しみの光、ね……」
宇宙を焦がす無数の閃光。
味方であるはずの兵士ごと敵を焼き払うその狂気を見て、ミーアはプロヴィデンスのコクピットで吐き捨てるように呟いた。
ドラグーンが幾重にも防衛網を張るが、敵の殺意はそれを上回っていた。
特攻を仕掛けるメビウスだけではない。
後方に控えるアガメムノン級戦艦のミサイルハッチが一斉に開く。
放たれたのは、対艦ミサイルなどではない。そのすべてが、核弾頭だ。
「撃て! 撃ち尽くせ! 数で押し潰せ!」
ジブリールの狂乱が乗り移ったかのような、飽和攻撃。
死の雨が、プラント本国へ向かって降り注ぐ。
「くっ……多すぎる!」
レイの悲痛な叫びが響く。
レジェンドとプロヴィデンスのドラグーンをフル稼働させ、ディアッカたちが砲身が焼き付くほど撃ちまくっても、その全てを撃ち落とすことは物理的に不可能だった。
迎撃率が限界を超え、数発の核弾頭が防御ラインをすり抜ける。
(──ダメ、間に合わない!)
ミーアが奥歯を噛み締め、絶望が脳裏をよぎったその瞬間。
戦場の側面、暗黒の宙域から、幾条もの光の奔流が突き抜けた。
「──ッ!?」
それは、ただのビームライフルではない。
戦艦の主砲すら凌駕する極太の熱量が、精確無比なマルチロックオンによって誘導され、漏れ出た核ミサイルを次々とピンポイントで刺し貫いたのだ。
連鎖する爆発。
プラントに届くはずだった死の光が、遥か手前で無害な花火へと変わる。
「この感覚……!」
ミーアの優れた空間認識能力が、その圧倒的なプレッシャーの正体を捉えた。
彼女はモニターの拡大映像を見るまでもなく、その名を叫んでいた。
「キラ! アスラン!」
爆炎を切り裂き、二つの巨大な翼が現れる。
一機は、黄金のフレームを輝かせ、蒼穹の翼を広げた『自由』。
もう一機は、銀色の輝きを纏い、紅蓮の翼を背負った『正義』。
そして、その背中には『ミーティア』がドッキングされていた。
「遅くなってごめん! ……これ以上、勝手な真似はさせない!」
「ああ! 俺たちが、未来を守る!」
キラ・ヤマトのストライクフリーダムと、アスラン・ザラのインフィニットジャスティス。
最強の剣と盾、そして巨大な外装を纏った二人の英雄が、絶望的な戦場を覆すために舞い降りたのだった。