「迎撃成功率、ほぼ100%! ……本国への着弾予測、ゼロです!!」
メサイアの司令室に、勝利を確信したオペレーターの声が響き渡る。
後先を考えず、ただ憎しみと恐怖だけで撃ち放たれた「死の雨」。
その全ては、ミーアたちの必死の防衛と、最後に舞い降りた二機の「自由」と「正義」によって、宇宙の塵へと還元された。
「……勝ったな」
デュランダルは静かに呟いた。
ザフト軍も無傷ではない。
味方ごと巻き込む狂気の核攻撃により、多くのMSが爆風に飲まれ、全体の消耗率は20%に達しようとしていた。
だが、重要なのは「戦線が崩壊していない」という一点だ。
指揮系統は健在。エースたちは意気軒昂。そして守るべきプラントは無傷。
対する地球連合軍の惨状は、目を覆うばかりだった。
前衛のMS部隊は、核の炎とエースたちの猛攻により全滅。
中衛を支えていた大型MA部隊や艦隊も、三機のデスティニーと比翼連理の天帝によって壊滅状態。
残る後衛艦隊も、虎の子の核ミサイルを撃ち尽くし、ただの漂流物同然となりつつあった。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁッ!!」
月面アルザッヘル基地。
ジブリールは、髪を振り乱し、モニターにかじりついていた。
「なぜだ! なぜ当たらない! 数だぞ!? 戦いは数だろうが!! なぜあの不愉快な砂時計がまだ残っているんだ!!」
「そ、それが……フリーダムとジャスティスに装備された大型兵装の火力が桁外れで……!」
「ええい、言い訳など聞きたくない! 残りの核を撃て! まだあるだろう!」
「も、もうありません! 全弾、撃ち尽くしました!」
「な……」
ジブリールは絶句し、力なく椅子へと崩れ落ちた。
手駒は全て使った。
金に糸目をつけず揃えたMSも、MAも、戦艦も、そして禁断の核兵器さえも。
その全てが、コーディネイターという種が持つ力と意志の前に、脆くも砕け散ったのだ。
「……終わり、なのか? この私が……世界の支配者たるこの私が……?」
モニターの中では、キラのストライクフリーダムとアスランのインフィニットジャスティスが、残存する連合艦隊の中を、まるで無人の野を行くが如く突き進んでいた。
それはもはや戦争ではない。
誰の目にも明らかな、地球連合宇宙軍の完全なる敗北だった。
◇◇◇
機動要塞メサイア、司令室。
モニターに映し出されるのは、戦意を喪失しつつある残存艦艇の姿だった。
圧倒的な勝利。
しかし、ギルバート・デュランダル議長の表情に驕りはない。彼は静かにグラスを置き、立ち上がった。
「頃合いだな」
彼は傍らのオペレーターに短く指示を出した。
「全回線、オープン。……生き残った全ての地球軍将兵、及び月面アルザッヘル基地へ向けて、私からの言葉を送る」
「はっ! 全チャンネル開放します!」
ノイズが走った後、宇宙空間にデュランダルの落ち着いた、しかし威厳に満ちた声が響き渡った。
『地球連合軍の勇敢なる将兵諸君。……私はプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルだ』
その声は、戦闘で疲弊し、混乱の極みにあった連合兵たちの耳に、不思議なほど鮮明に届いた。
『今の戦況は、君たち自身が一番よく理解していることだろう。……君たちは勇敢に戦った。だが、その勇気は裏切られた』
デュランダルは言葉を続ける。
『君たちの指導者たるロード・ジブリールは、君たちを盾にし、あろうことか味方ごと核の炎で焼き払うよう命じた。……それが、君たちが命を懸けて守るべき「正義」なのか?』
戦場のあちこちで、連合軍のMSや艦艇が動きを止める。
目の前で仲間が、味方の撃った核で蒸発した光景。そのトラウマが、デュランダルの言葉によって抉り出される。
『これ以上の流血は無意味だ。……私は、君たちとの戦闘を望まない。直ちに武装を解除し、投降することを勧告する』
そして、デュランダルの声は一段低く、冷徹な響きを帯びた。
『ただし、一つだけ条件がある』
モニター越しに、彼が月面アルザッヘル基地を指差したかのような錯覚を、聴く者全てに与えた。
『この悲劇の元凶、ロード・ジブリールの身柄を引き渡してもらいたい。……彼は今、安全なアルザッヘル基地の奥深くに隠れている』
『世界を、そして君たち自身を破滅させようとした男を庇う義理が、まだ君たちにあるかね?』
その言葉は、慈悲深い提案であると同時に、残酷な引導でもあった。
生き残りたければ、親玉を差し出せ。
そう突きつけられた連合軍兵士たちの視線が、一斉に背後の月面──アルザッヘル基地へと向けられた。
それは、ロード・ジブリールにとって、ザフトのMS隊に囲まれるよりも遥かに恐ろしい、「身内からの殺意」に包囲された瞬間だった。
◇◇◇
戦場の空気が、凍りついた静寂から、灼熱の怒りへと相転移した瞬間だった。
オープン回線となった通信網に、名もなき連合兵士の、血を吐くような絶叫が響き渡った。
『俺たちの仲間ごと撃った……! 安全な場所から、俺たちをゴミのように焼いた!』
『赦せるか……! 赦せるかよ、そんなふざけた命令を!』
『──あの男を、ロード・ジブリールを逃がすなァァッ!!』
その言葉は、導火線に火をつけるどころか、火薬庫そのものを爆発させたかのような熱量で全軍に伝播した。
暗黒の宇宙に、信号弾が打ち上がる。
ザフト軍に向けて放たれたのは、戦意喪失と降伏を意味する「白」の閃光。
そして直後、月面アルザッヘル基地に向けて放たれたのは、全軍帰還、あるいは突撃を意味する「赤」の信号弾だった。
「み、見ろ! 連合軍が反転していくぞ!」
ザフト兵が驚きの声を上げる目の前で、信じがたい光景が繰り広げられた。
残存していた連合の艦艇が、きしむような急旋回で艦首を月へと向ける。
宇宙空間に取り残されていたストライクダガーやウィンダムたちは、もはや正規の着艦手順など待っていられなかった。
近くの戦艦の甲板に滑り込み、あるいは船体に直接しがみつく。
それだけではない。
先ほどまで脅威だったザムザザーやゲルズゲーといった大型MAの背中に、数機のMSが無理やり飛び乗り、あたかも相乗りバスのように月を目指す。
さらには、生き残ったメビウスの背中にウィンダムが取り付き、それを即席のSFS(サブフライトシステム)として利用し、推進剤の続く限り加速していく。
彼らを突き動かしているのは、軍規でも忠誠でもない。
ただ純粋で、巨大な「殺意」だった。
『ふんぞり返って命令するだけの豚に、俺たちの痛みを教えてやる!!』
自分たちを死地へ追いやり、盾にし、あろうことか核の炎にくべた狂人。
基地の最深部でぬくぬくとワインを飲んでいるであろう支配者への、烈火の如き怒り。
もはやそれは軍隊ではない。
裏切られた兵士たちによる、歴史上類を見ない規模の「武装暴動」であり、一人の独裁者を処刑するために放たれた、数万の復讐鬼の群れだった。
ザフト軍は一発も撃つことなく、ただその怒りの奔流が月へと殺到する様を、呆然と見送るしかなかった。
◇◇◇
月面アルザッヘル基地、最深部司令室。
かつて「絶対の安全圏」と彼が信じて疑わなかったその場所は今、世界で最も孤独で、最も絶望的な檻へと変貌していた。
「な、なんなのだ……何なのだこれはぁぁぁッ!!」
ロード・ジブリールは、巨大モニターに映し出される光景に、泡を飛ばして絶叫した。
画面を埋め尽くしているのは、敵であるザフト軍ではない。
先ほどまで自分の手足として動いていたはずの、地球連合軍のMSや艦艇だ。
それらが、蟻の群れのように、イナゴの大群のように、雪崩を打ってこの基地へと殺到している。
信号弾の赤が意味するのは「突撃」。
その切っ先は、間違いなく自分に向けられていた。
「反乱だ! 暴動だ! クーデターだ!!」
ジブリールは操作盤に組み付き、マイクに向かって怒鳴り散らした。
「撃て! 撃ち落とせ! 近づけるな! あれは最早軍隊ではない、反逆者の群れだ! 基地防衛隊、何をしている! 迎撃しろぉッ!!」
だが、彼の命令に応える声は、スピーカーから一つも返ってこなかった。
「……おい、どうした! 返事をしろ! 誰かいないのか!!」
彼は血走った目で周囲を見渡す。
だが、司令室のオペレーター席は、いつの間にか無人になっていた。
側近も、護衛も、誰もいない。
彼が「味方ごと撃て」と命じた瞬間、あるいは戦況が決したと悟った瞬間、金で雇われた忠誠心など霧散し、皆一目散に逃げ出したのだ。
「おのれ……おのれぇッ! 下賤な傭兵風情が、この私を見捨てる気か!」
ジブリールは震える手で、自ら基地防衛システムのコンソールを叩いた。
『全自動迎撃モード』起動。
基地の周囲に設置された対空砲座やミサイルランチャーが、無機質な駆動音と共に鎌首をもたげる。
だが、その砲座に座る人間の姿は一人もいない。
兵士たちはボイコットしたのだ。
狂った独裁者を守るために引き金を引く者など、もはやこの宇宙に一人として存在しなかった。
機械的に制御された対空砲火が、殺到する味方の群れに向けて放たれる。
しかし、所詮はプログラムされた予測射撃だ。
基地の地形を知り尽くし、怒りに燃えるベテランパイロットたちが操るMSの前では、その弾幕はあまりに薄く、無力だった。
「ひっ、ひぃっ……!」
モニターの中で、先頭のウィンダムが、防衛砲台をビームサーベルで叩き斬るのが見えた。
続くダガーLが、ゲートをこじ開けようとライフルを撃ち込んでいる。
メビウスまでもが、特攻同然に基地の滑走路へ突っ込んでくる。
「来るな……来るなァ! 私はロード・ジブリールだぞ! ロゴスの盟主だぞ! 世界そのものなんだぞ!!」
遠くから、重い振動が響き始めた。
隔壁は重く、分厚い。核攻撃にも耐えうるシェルターだ。
だが、MSのビームと実弾の雨、そして何より数万の兵士の「殺意」の前には、それが破られるのは時間の問題だった。
「金か!? 金ならやる! 望むだけやるから! だから……だから私を助けろぉぉぉッ!!」
誰もいない部屋で、男の悲鳴だけが虚しく木霊する。
かつてアズラエルの死を「愚か」と嘲笑った男は今、誰よりも惨めに、誰よりも孤独に、自らが撒いた憎悪の種によって食い殺されようとしていた。
◇◇◇
宇宙空間に漂う、数多の意思の残滓。
宇宙に上がったことで、ミーア・キャンベルの空間認識能力はかつてないほど鋭敏に研ぎ澄まされていた。
その感覚の網に、一際汚濁した、耳障りな絶叫が引っかかった。
『助けてくれ! 私は世界の王だぞ! 金ならある! 言うことを聞けェェッ!!』
言葉にならない恐怖と、肥大化した自我が崩壊していく様。
それは、アルザッヘル基地の奥深くで、自分の部下たちに扉を破られたロード・ジブリールの魂の断末魔だった。
「……哀れね」
ミーアはプロヴィデンスのコクピットの中で、氷のように冷めた瞳でそう呟いた。
怒りすら湧かない。ただ、あまりの浅ましさに呆れるばかりだった。
「貴方は世界を変える『運命』の担い手なんかじゃなかった。ただ、時代の裂け目に湧いた膿に過ぎなかったのよ」
戦争は、終わった。
ユニウスセブンの落下テロ。
世界中が恐怖と悲しみに暮れたあの悲劇すら、自らの利益のための好機と捉え、プラントに、そして世界中に弓を引いた男。
多くの命を奪い、最後には味方すら焼こうとした男の末路。
その後、全チャンネルを通じて配信された映像は、かつての支配者の見る影もない姿だった。
「歩け! この豚野郎!」
「こいつが……こいつのせいで、あいつは……!」
怒り狂う連合兵士たちによって引きずり出されたジブリール。
その顔は殴打されて紫色に腫れ上がり、高級なスーツはズタズタに引き裂かれ、泥と血にまみれていた。
殺さない程度に、しかし徹底的に加えられた私刑の跡。
それは、彼が今まで踏みつけにしてきた人々の痛みの総量には遠く及ばないが、彼自身のプライドを粉砕するには十分すぎる屈辱だった。
カメラに向けられたその瞳は、もはや狂気すら宿しておらず、ただ怯えきった小動物のように泳いでいる。
「……これが、時代の敗北者の姿」
ミーアはふっと息を吐き、シートに深く身体を預けた。
原作の知識を使い、シナリオを書き換え、走り抜けた戦いの日々。
モニターの向こうで、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスが、そしてデスティニーたちが、武器を下げて静かに漂っている。
「お疲れ様。……さあ、エンディングの時間よ」
ミーア・キャンベルは、ようやく訪れた静寂の中で、かつてないほど穏やかに微笑んだ。