ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:38 戦後とミーア

 

プラントの広報チャンネル、および全世界のニュースネットワークが、一人の男の会見を生中継していた。

 

かつてプラント最高評議会議長を務めた男、ギルバート・デュランダル。

 

現在は議長の座を退き、新たに設立された『包括的社会福祉・人材支援機構』の初代長官として、穏やかな表情で演台に立っていた。

 

「……人は誰しも、迷い、悩み、時に道を見失います」

 

彼の語り口は、かつての扇動的な演説とは異なり、まるで医師が患者に語りかけるような温かさを帯びていた。

 

「自分は何に向いているのか。自分にはどんな可能性があるのか。……その答えが見つからず、不安な日々を過ごす方々に、私は一つの『地図』を提案したい」

 

彼が手元のパネルを操作すると、画面に大きなロゴが浮かび上がった。

 

『デスティニープラン(包括的遺伝子解析・生活支援システム)』

 

「──その名を、『デスティニープラン』と言います」

 

世界中の人々が、その聞き慣れない名前に耳を傾けた。

 

彼らにとって、それは忌まわしい管理社会の代名詞ではなく、初めて耳にする新しい公共サービスの名前だった。

 

「これは決して、皆様の生き方を強制するものではありません」

 

デュランダルは力強く断言する。

 

「貴方の遺伝子を解析し、眠っている才能や適性を『発見』する。……貴方は音楽の才能があるかもしれない。あるいは、精密機械を扱う手腕に長けているかもしれない。それを一つの指標として提示する、高度な職業適性検査システムです」

 

そこまでは、多くの視聴者が「ふうん、高精度な占いみたいなものか」「就職活動の参考にはなるな」程度の反応だった。

 

だが、デュランダルが続けた言葉が、人々の関心を爆発的に引きつけた。

 

「そして、このプランの恩恵は、職業選択だけにとどまりません。……皆様の『健康』と『寿命』を守る、最強の主治医にもなり得るのです」

 

画面が切り替わり、詳細な健康データのサンプルが表示される。

 

「遺伝子配列には、貴方の身体の『設計図』が記されています。……それを解析することで、将来のリスクを先回りして知ることができるのです」

 

デュランダルは具体例を挙げ始めた。

 

「例えば、『貴方は太りやすい体質なので、糖質の摂取バランスをこのように調整しましょう』。

『貴方は将来的に高血圧のリスクが高い遺伝子を持っています。今のうちから塩分を控えめにし、カリウムを多く含む食事を心がけましょう』。

あるいは、『特定のガンの発症リスクがありますが、この成分を摂取し定期検診を受けることで、発症率を劇的に下げられます』……」

 

お茶の間で見ていた人々が、一斉に身を乗り出した。

 

「自分に向いている仕事」以上に、「病気にならず長生きする方法」は、老若男女問わず、全ての人間にとって切実な関心事だったからだ。

 

「不安に怯えるのではなく、自分の身体を知り、対策を打つ。……デスティニープランは、貴方が健やかに、自分らしく生きるための、人生のパートナーなのです」

 

会見が終わる頃には、問い合わせ窓口のサーバーがパンク寸前になるほどのアクセスが殺到していた。

 

「……ふふっ、凄いわね」

 

ラウンジで中継を見ていたミーアは、ミルクティーを吹き出しそうになるのを堪えて笑った。

 

「まさか、あの『デスティニープラン』が、こんな大人気健康アプリみたいになっちゃうなんて!」

 

本来の歴史では、遺伝子ですべての階級と役割を固定し、逆らう者を排除する恐怖の管理システムだったはずだ。

 

それが今や、

 

『あなたの適職はパティシエです!』

 

『脂っこいものは控えて! メタボ注意報!』

 

と、親切にアドバイスしてくれる、国民的健康管理ツールになっている。

 

「でも……これでいいのよね」

 

強制ではなく、選択肢としての提示。

 

支配ではなく、支援。

 

それは、デュランダルが本来持っていた「人々を救いたい」という純粋な願いが、歪むことなく、正しい形で結実した姿だった。

 

「長官、申し込みが殺到しています。解析センターの増設が必要です」

 

機構の執務室。

 

かつてミネルバの艦長を務めていたタリア・グラディスが、呆れたような、しかし嬉しそうな声で報告書を置いた。

 

「嬉しい悲鳴だね、タリア」

 

デュランダルは、山のような申請データを見ながら目を細めた。

 

そこには、世界征服の野望も、コーディネイターとナチュラルの対立もない。

 

ただ、「自分を知りたい」「健康でいたい」と願う、人々のささやかな生活の記録があるだけだ。

 

「……私が本当に作りたかったのは、こういう世界だったのかもしれないな」

 

彼は窓の外を見上げた。

 

そこには、誰も管理しない、しかし誰もが見捨てられない、自由で優しい世界が広がっていた。

 

「さて、仕事だ。……まずはこの『糖尿病予備軍』の方々に、美味しい減塩レシピの提案メールを送るとしようか」

 

元・悪役のラスボスは、今や世界で一番忙しく、そして頼りにされる行政官として、充実した日々を送っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

『戦いは終わった。しかし、平和が訪れたわけではない』

 

議長代行の任を降り、コンパスの一員としてミネルバのデッキに立ったミーア・キャンベルは、宇宙を見上げながら、脳裏に響くあの男──ラウ・ル・クルーゼの言葉を反芻していた。

 

『それが人の望み、人の夢、人の業』

 

ザフトからの脱走兵、ブルーコスモスの残党、そしてユーラシア連邦から独立を宣言したファウンデーション王国。

 

世界はまだ、火種だらけだ。

 

それでも、私たちは進まなくてはならない。

 

「……期待していてくださいな、クルーゼ隊長。貴方の絶望した世界で、私たちがどうあがくのかを」

 

ミーアは小さく呟くと、視線をデッキ内のMSたちへと戻した。

 

世界平和監視機構コンパス。

 

その理念に従い、ユニウス条約が遵守され、彼女たちが駆った最強の力──『核動力』は全て封印された。

 

デスティニー、レジェンド、ストライクフリーダム、インフィニットジャスティス、プロヴィデンス、デスティニーインパルス。

 

それらは厳重にロックされ、代わりに並んでいるのは、懐かしくも頼りないバッテリー駆動の機体たちだ。

 

「まさか、またこれに乗ることになるとはな……」

 

シン・アスカが、整備中のインパルスを見上げながら複雑そうな顔をしている。

 

隣ではルナマリアもまた、インパルスの調整を行っていた。

 

「仕方ないでしょ、シン。条約は絶対なんだから。……それに、バッテリー管理さえしっかりすれば、インパルスだってまだ十分現役よ」

 

「分かってるけどさ……」

 

ハイネはグフイグナイテッド、レイはザクファントム。

 

そしてミーア自身も、ピンクに塗装されたザクウォーリアだ。

 

ただし、ミーア機とレイ機には技術部の奮闘により、無線誘導兵器ドラグーンを搭載した『ドラグーンウィザード』が装備されている。

 

プロヴィデンスやレジェンドほどの稼働時間は望めないが、2人の「空間認識能力」を活かすための特注品だ。

 

「やあ、みんな。調子はどうだい?」

 

そこへ、爽やかな声が掛かる。

 

現れたのは、ミネルバMS隊の隊長に就任した、キラ・ヤマトだ。

 

その背後には、なんと綺麗に修復され、最新のOSとバッテリーパックに換装された『ストライクガンダム』が鎮座している。

 

(き、キラ様がストライク……! 原点回帰にも程がありますわ!)

 

ミーアは内心でツッコミを入れた。

 

フリーダムという最強の翼を失っても、この人の強さは機体性能に依存しないことを知ってはいるが、それでも隊長機が一番旧式というのは、ビジュアル的にシュールだ。

 

だが、問題は機体の性能差ではない。

 

もっとドロドロとした、人間関係の「爆弾」がこの艦には積み込まれていた。

 

「あら、シンじゃない。相変わらず冴えない顔してるわねぇ」

 

鈴を転がすような、しかしどこか棘のある声。

 

整備班の男性陣を侍らせて歩いてきたのは、ギャンシュトローム……ではなく、専用カラーのグフイグナイテッドのパイロット、アグネス・ギーベンラートだ。

 

「アグネス……」

 

シンが露骨に嫌な顔をする。

 

彼女はシンやルナマリア、レイと同期の赤服エリートであり、『月光のワルキューレ』の異名を持つ凄腕だ。

 

しかし、その性格は……。

 

「せっかく隊長がキラ・ヤマト准将なのに、その部下が山猿のシンじゃ、隊長の足手まといになっちゃうんじゃないかしら? ねぇ、ルナマリアもそう思わない?」

 

「……アグネス、あんまりシンを馬鹿にしないでくれる?」

 

ルナマリアがピキリとこめかみに青筋を浮かべる。

 

かつてルナマリアの彼氏を横取りしたという「前科」を持つ彼女は、常に自分が世界の中心でなければ気が済まないタイプだ。

 

(あのレイが、デュランダル議長に「彼女はシンの精神衛生上極めて有害である」と進言したほどの逸材……!)

 

ミーアはこっそりとレイの様子を伺う。

 

彼は無表情で整備マニュアルを読んでいるふりをしているが、その背中からは「関わりたくない」というオーラが全力で出ていた。

 

あの何事にも動じないレイにここまで思わせるとは、ある意味でラスボス級のメンタルだ。

 

(ああっ、もう! 戦力はダウン、人間関係はギスギス、世界情勢は火薬庫!)

 

ミーアはこめかみを押さえた。

 

キラの補佐官として、この個性派集団をまとめ上げなければならない自分。

 

そして、これから直面するであろうファウンデーションやブラックナイトスコードという脅威。

 

(お願いだから技術部の皆さん! 早く開発して! ライジングフリーダムとかイモータルジャスティスとか! あと私のためにギャンとかゲルググとか、もっと強い新型をぉぉぉッ!!)

 

ミーアの心の叫びは虚しくミネルバの格納庫で響いていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ミネルバのブリッジ。

 

作戦会議を終えたミーアは、キリキリと痛む胃を押さえながら、深いため息をついた。

 

「……はぁ。胃薬、貰ってこようかしら」

 

彼女の憂鬱の原因は、目の前にある報告書──ザフト脱走兵による海賊行為の被害状況──だけではない。

 

その報告書を読み上げる際、隣から突き刺さってきた「棘」のような言葉のせいだった。

 

「あらぁ、大変ですわねぇ、補佐官? 確か終戦の時、彼らを見逃すように指示したのは貴女でしたわよね?」

 

アグネス・ギーベンラート。

 

美しい顔立ちに、冷ややかな嘲笑を浮かべた彼女は、艶のある声で続けた。

 

「自分で野に放った獲物を、自分で狩って点数稼ぎ……ふふっ、これぞまさしく『マッチポンプ』ってやつ? 政治的なパフォーマンスがお上手で羨ましいわ」

 

「……彼らを追い詰めれば、内戦が泥沼化する恐れがあったからですわ。これは必要な処置でした」

 

ミーアは毅然と言い返したが、アグネスは「はいはい、高尚な理念ご苦労さま」とばかりに肩をすくめるだけ。

 

その態度には、上官に対する敬意など欠片もない。

 

(……くっ! 正論なだけに反論しづらいのが腹立つわね! でも、あの時はそうするしかなかったのよ!)

 

ミーアの内心での叫びも虚しく、アグネスのターゲットはすぐに切り替わる。

 

彼女の視線の先には、MS隊隊長であるキラ・ヤマトがいた。

 

「ねぇ、キラ隊長~」

 

猫なで声と共に、アグネスはキラの腕に自然な動作で触れ、上目遣いで密着する。

 

「私のグフ、どうもスラスターの反応がしっくりこなくて。キラ隊長のような凄腕の方に、個人的に調整を見てもらいたいんですけどぉ……ダメですかぁ?」

 

「え? あ、うん、データを見るくらいなら……」

 

苦笑いして距離を取ろうとするキラだが、アグネスはさらに距離を詰める。

 

それを見たミーアが、すかさず割って入った。

 

「アグネス中尉、隊長は多忙です。機体の調整なら整備班に──」

 

「あら、また邪魔するの?」

 

アグネスの瞳から、スッと甘えの色が消え、冷たい光が宿る。

 

「貴女にはレイって彼氏がいるんでしょう? なのにキラ隊長まで独占しようとするなんて……実はとんだ浮気者なのかしら? 『ラクス・クライン』の名を騙る人は、やっぱり欲張りねぇ」

 

「なッ……! 私は業務として……!」

 

「はいはい。私の恋路を邪魔しないでくれる? 整備班の男たちじゃ話にならないのよ。私に釣り合うのは、英雄であるキラ隊長くらいなんだから」

 

そう言い放ち、髪をなびかせて去っていくアグネス。

 

その背中からは、「私は特別」「周りは私の引き立て役」という強烈な自意識のオーラが立ち上っていた。

 

ミーアの鋭敏になった空間認識能力が、そのドス黒くねっとりとした「自己愛」の波動を感知し、物理的な吐き気を催させる。

 

(ううっ……何この波動! 毒電波!? メンタル汚染レベルが高すぎるわよ!)

 

実戦になればなったで、彼女は優秀だが協調性皆無だ。

 

『なんで私が山猿(シン)のカバーなんてしなきゃならないのよ!』

 

『邪魔よシン! 射線に入らないで!』

 

シンとの相性は最悪。罵り合いながら戦う二人の間に入り、ドラグーンで敵を牽制しつつ、味方討ちを防ぐのがミーアとレイの日課となっていた。

 

『チッ、使えない……。だいたい、補佐官もレイも、いつまでそんな型落ちのザクに乗ってるんです? 隊長のストライクといい、貧乏くさい部隊よねぇ』

 

最新鋭のグフに乗る彼女にとって、ザクは「雑魚の乗り物」。

 

ドラグーンシステムという超高等技術が搭載されていようが、見た目がザクである以上、彼女の中では「格下」なのだ。

 

(……分かったわ。ようやく分かった)

 

レイがアグネスと関わりたくない理由と、わざわざデュランダル議長に、シンの精神衛生上劇薬になるから同じ部隊への配属は推奨しないとまで提言した事実(本人から聞いた)。

 

あれは単なる好き嫌いではない。

 

生真面目なレイが、「任務に支障をきたすレベルの災害(ハザード)」として認定したのだ。

 

あの何事にも動じないレイが、アグネスと顔を合わせるたびにスッと気配を消して視界からフェードアウトする理由も、今なら痛いほど理解できる。

 

「……レイ、貴方は正しかったわ」

 

ミーアはフラフラと自室へ戻ると、待っていたレイの背中に勢いよく抱きついた。

 

「ミ、ミーア……? どうした?」

 

「充電……レイ成分を充電させて……! もう無理、あの子の相手してると、私のSAN値が削れ切っちゃう……!」

 

「……アグネスか。……苦労をかける」

 

レイは全てを察したように、優しくミーアの頭を撫でた。

 

世界の危機は去ったが、ミネルバ艦内の人間関係という局地戦は、泥沼の様相を呈していた。

 

新型機と平和が来るのが先か、ミーアの胃に穴が空くのが先か。

 

戦いは、まだ終わっていなかった。

 

現場管理職となった元・偽物の歌姫の、切実な心の悲鳴は、誰に届くこともなくミネルバの自室に吸い込まれていった。

 

 

 




年末年始なのでゆるりと緩やかに更新していこうと思います。

そして書いてて思う。

アグネスがめっちゃ問題児で辛たん。

ホント、映画で良く桑島ボイスで死ななかったなこの娘。

てか二次創作にあったりする素っぴんアグネスの方が可愛いと思うのは私だけではないと思う。
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