ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:39 天帝の歌姫と月光のワルキューレ

 

ミネルバの士官用室。

 

任務の合間の短い休息時間、テーブルを囲む3人の姿があった。

 

MS隊隊長、キラ・ヤマト。

 

ベテランパイロットにして頼れる兄貴分、ハイネ・ヴェステンフルス。

 

そして、彼らの補佐官を務める、ミーア・キャンベル。

 

一見すると、コンパスの主力メンバーが談笑しているような和やかな光景だ。

 

しかし、その中心にいるミーアの表情は、化粧で巧みに隠してはいるものの、纏うオーラが完全にお葬式状態のようにげっそりとやつれていた。

 

「……はぁ。もう、胃薬が主食になりそう」

 

ミーアがテーブルに突っ伏して呻く。

 

キラは困ったように眉を下げ、ハイネはコーヒーを啜りながら苦笑した。

 

「ごめんね、ミーア。……僕がもっとしっかりしていれば、君にそんな苦労をかけずに済むのに」

 

キラが心底申し訳なさそうに謝る。

 

彼はMSの操縦技術こそ神懸かっているが、正規の士官教育を受けたわけではない。

 

部隊の運用、書類仕事、補給の管理といった「軍の実務」に関しては、素人に近いのだ。

 

それを補っているのが、前世のヲタク知識と持ち前の政治能力をフル回転させるミーアであり、現場の叩き上げとして経験豊富なハイネのサポートだった。

 

三人はいわば「一蓮托生」のチームだ。

 

だが、その関係性が、あの問題児──アグネスの逆鱗に触れていた。

 

「キラは友達、ハイネは先輩。……私にはレイという最愛の人がいるのに。どうしてアグネスは、私が男を侍らせてるなんて思うのかしら」

 

ミーアは深い溜息をついた。

 

アグネス・ギーベンラートは、ミーアがキラの側にいるだけで「自分の獲物を邪魔する女」と認定し、ハイネと話していれば「男好きの八方美人」と陰口を叩く。

 

キラへの露骨なアプローチを、補佐官としての職務でガードするたびに、彼女からの言葉のナイフは鋭さを増していくのだ。

 

『あら、またお邪魔虫? ラクス・クラインの真似事は、男を囲うことまでセットなのかしら?』

 

そんな嫌味を毎日浴びせられれば、胃に穴の一つや二つ、空きもする。

 

「まぁ、ああいうタイプは大変だよなぁ。自分が世界の中心じゃなきゃ気が済まないお姫様だ」

 

ハイネは呆れたように肩をすくめた。

 

彼もまた、アグネスの身勝手な振る舞いには手を焼いている一人だ。

 

「僕からも、彼女には注意しているんだけど……」

 

「キラの注意なんて、彼女には『愛の鞭』くらいにしか聞こえてないわよ。むしろ『私を見てくれてる!』って喜んでる始末だし」

 

「うーん……困ったな」

 

優しすぎるキラには、アグネスのような劇薬の扱いは荷が重い。

 

テーブルに沈黙が落ちた時、ハイネが不敵な笑みを浮かべて、身を乗り出した。

 

「なぁ、ミーア。……ここらで一発、ガス抜きしとかねぇか?」

「え? ガス抜き? どうやって?」

 

「ああ。近々、本国から試験運用の新型機……確か『ギャンシュトローム』だったか、アレが回ってくる手はずになってる」

 

ハイネは悪戯っ子のような目で、ミーアとキラを交互に見た。

 

「そのピカピカの新型を、一番にアグネスに回してやるんだよ」

 

「えっ? そんなことしたら、彼女ますます増長しちゃわない?」

 

「そこが狙い目さ」

 

ハイネはニヤリと笑った。

 

「最新鋭機を手に入れて、鼻高々になってるあいつに、模擬戦を吹っかけるんだ。……『型落ち』のザクに乗ったお前がな」

 

「ええっ!? 私が!?」

 

「ああ。お前ならやれるだろ? あのプロヴィデンスで戦場を支配した腕があればな」

 

ハイネは親指でミーアを指した。

 

「ああいうプライドだけで生きてる奴にはな、言葉で言っても無駄だ。一回その鼻っ面をへし折って、実力の差ってのを骨の髄まで分からせてやるのが一番効果的なのさ」

 

「で、でも……私が勝っちゃったら、それこそ恨まれない?」

 

「その時は俺やキラが『機体の性能差じゃない、パイロットの腕だ』って言ってやるよ。……それに、俺もあいつが可愛い後輩をイジメてんのが、正直面白くねぇんだわ」

 

ハイネの言葉に、キラも少し考えてから、静かに頷いた。

 

「……そうだね。彼女は自分の強さを過信して、周りを見ようとしない。一度、手痛い敗北を知るのも、彼女のためかもしれない」

 

「キラまで……」

 

二人の信頼と、隠しきれない「お仕置き」への期待。

 

ミーアは少し迷ったが、日々のストレスを思い出し、拳を握りしめた。

 

「……分かったわ。やりましょう」

 

ミーアの瞳に、久しぶりに好戦的な光が宿る。

 

「伊達に地獄の戦場を潜り抜けてませんわよ。……あのワガママお嬢様に、本当の『戦場(リアル)』を教えて差し上げますわ!」

 

「へっ、その意気だ!」

 

ハイネが満足げに笑い、キラもほっとしたように微笑む。

 

ミネルバの格納庫に新型機が届くその日が、アグネス・ギーベンラートにとっての「審判の日」になることが決定した瞬間だった。

 

 

◇◇◇

 

 

プラント本国、アプリリウス市管轄の宇宙港。

 

そこに停泊するのは、ザフトの技術の粋を集めて建造されたスーパーミネルバ級新造戦艦『ミレニアム』。

 

ミネルバのクルーたちは、この真新しい巨艦へと引っ越しを済ませ、慣熟訓練の真っ最中だった。

 

そして、MSデッキには新たな「力」が並んでいた。

 

ルナマリア・ホークに与えられた『ゲルググメナース』。

 

そして、アグネス・ギーベンラートに与えられた『ギャンシュトローム』だ。

 

「ふふっ、素晴らしいわ。この反応速度、パワー……これこそ私に相応しい剣!」

 

シミュレーター室。

 

アグネスは、真新しいコクピットの中で恍惚の表情を浮かべていた。

 

最新鋭のギャンシュトローム。その性能は、旧大戦の機体はもちろん、ザクシリーズをも遥かに凌駕する。

 

「さて、と。……悪いけどミーア補佐官、新型のデータ取りのついでに、引退勧告をしてあげるわ」

 

対戦相手は、ミーア・キャンベル。

 

搭乗機は、ピンクに塗装された『ザクウォーリア(ドラグーンウィザード装備)』。

 

ドラグーンがついているとはいえ、ベースは旧式のザクだ。

 

性能差は歴然。勝敗など戦う前から決まっている──と、アグネスは確信していた。

 

「シミュレーション、スタート!」

 

ハイネの掛け声と共に、電子の宇宙が展開される。

 

アグネスのギャンは、スタートの合図と同時にスラスターを最大出力で噴射した。

 

「遅いッ!」

 

一瞬で距離を詰める。

 

ドラグーンを展開させる暇も与えない超接近戦。これこそがギャンの真骨頂だ。

 

アグネスはビームアックスを振りかぶり、ミーアのザクへと叩きつける。

 

「あら、お元気ですこと」

 

ミーアのザクは、シールドでその一撃を受け止めた。

 

火花が散り、鍔迫り合いとなる。

 

パワーではギャンが上。押し込めば勝てる。

 

「やっぱりザクね! パワーが違うのよ!」

 

「ええ、いい機体ですわ。……乗り手が未熟でなければ、ね」

 

「なんですってぇ!?」

 

アグネスは怒りに任せ、ギャンの胸部に搭載されたビームガトリングのハッチを開いた。

 

至近距離からの不意打ち。回避不能のゼロ距離射撃。

 

勝利を確信した、その刹那。

 

「──甘いですわ」

 

ザクが、舞った。

 

バーニアを逆噴射しつつ、機体を後方へ宙返りさせるサマーソルトの挙動。

 

その遠心力を乗せたザクの脚部が、ガトリングを撃とうとしたギャンの胸板を強烈に蹴り上げたのだ。

 

「ぐあっ!?」

 

鈍い衝撃音と共に、ギャンが後方へ弾き飛ばされる。

 

強制的に作られた距離。

 

アグネスが体勢を立て直そうとレバーを引いた時、彼女は見た。

 

ピンク色のザクの周囲から、既に無数の砲口が展開されているのを。

 

「いつの間に……!?」

 

アグネスは知らなかったのだ。

 

実戦において、ミーアが展開していたドラグーンが、常に「防御」と「牽制」のために手加減されていたことを。

 

シンとアグネスという相性最悪の二人をカバーし、バッテリーを温存するための「接待プレイ」だったことを。

 

だが、今は一対一。

 

邪魔者はいない。バッテリー残量を気にする必要もないシミュレーター。

 

そしてミーア・キャンベルは、キラ・ヤマトやアスラン・ザラと比肩する、この世界最高峰のトップエースパイロットそのものだった。

 

『──では少々、灸を据えるとしようか』

 

アグネスの耳に、ふと、冷徹な仮面の男の声が響いた気がした。

 

「落ちなさい」

 

ミーアの声が、指揮者のように空を切る。

 

瞬間、ドラグーンが一斉に火を噴いた。

 

「きゃあああっ!?」

 

右腕が弾け飛ぶ。

 

左足が千切れ飛ぶ。

 

回避しようと吹かしたバックパックが、ピンポイントで撃ち抜かれ爆発する。

 

それは「乱射」ではない。外科手術のように正確無比な、部位破壊の嵐。

 

ダルマ状態となり、宇宙空間で自由を失ったギャンの目の前に、分離したドラグーン端末が殺到する。

 

先端から伸びるビームスパイク。

 

かつて「天帝」が振るった、絶対的な死の檻。

 

「う、嘘……いやぁぁぁッ!!」

 

アグネスの絶叫と共に、無数のビーム刃がギャンの胴体を串刺しにした。

 

シミュレーターの画面に『LOSE』の文字が浮かび、ギャンはデブリとなって爆散した。

 

完全なる敗北。

 

手も足も出ない、子供扱いのような完封劇だった。

 

「……ふぅ。新型の性能、しかと拝見しましたわ。いいカカシでした」

 

静まり返るシミュレーター室に、ミーアの涼やかな声だけが響いていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ミレニアムのシミュレーター管制室。

 

モニターに映し出された『LOSE』の文字と、無惨に爆散したギャンの残骸データの映像を前に、そこには重苦しい、いや、戦慄にも似た沈黙が支配していた。

 

鼻っ面をへし折る、という生温い表現ではない。

 

それは、相手のプライド、自信、そしてパイロットとしての存在意義までもを、徹底的に粉砕する「処刑」だった。

 

「……うわぁ」

 

最初に沈黙を破ったのは、この模擬戦の発案者であるハイネ・ヴェステンフルスだった。

 

彼はモニターを見上げながら、頬を引きつらせて乾いた笑い声を漏らした。

 

「俺はさ、『ちょっと鼻っ面を折ってやれ』とは言ったよ? 言ったけどさぁ……」

 

彼はコーヒーカップを持つ手がわずかに震えているのを隠すように、大袈裟に肩をすくめた。

 

「なにも『魂までミンチにしろ』とは言ってねぇぞ……。ありゃあ、相当溜まってたな、ストレス」

 

完膚なきまでのオーバーキル。

 

それも、ただ力で捻じ伏せたのではない。

 

相手の得意分野である格闘戦で誘い込み、カウンターで心を折り、最後はドラグーンによる一方的な蹂躙。

 

あの人当たりの良いミーアの中に眠る、修羅の一面を垣間見た気分だった。

 

「……すごいや」

 

キラ・ヤマトは、感嘆と、そして僅かな悪寒(チル)を同時に感じていた。

 

モニター越しに見るミーアのドラグーン捌き。

 

それは、プロヴィデンスやレジェンドといった「天帝」の系譜そのものだった。

 

慈悲など欠片もない。敵をただの(ターゲット)として処理する、冷徹な機械のような挙動。

 

(あの動き……あの時のあの人と重なる……)

 

キラは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

普段は明るく振る舞い、補佐官として自分を支えてくれている彼女。

 

だが、その本質は、かつて自分たちを苦しめた「世界を呪う男」の戦闘技術を、最も色濃く受け継いでいる怪物(エース)なのだと、改めて思い知らされた。

 

「怒らせちゃいけない人を、本気で怒らせたね……アグネス」

 

キラは心の中で、プライドを粉々にされたであろう部下に、そっと合掌した。

 

一方、その後ろで放心状態になっていたのは、シン・アスカとルナマリア・ホークだ。

 

「す、すげぇ……」

 

シンは口をあんぐりと開けたまま、言葉を失っていた。

 

彼は知っていたつもりだった。ミーアが上手いことは。

 

自分とアグネスが喧嘩しながら突っ込んでも、絶妙なタイミングでカバーを入れてくれる、優しいお姉さん的な強さ。

 

だが、違った。

 

あれは「カバー」などではない。

 

自分たちのレベルに合わせて、手加減してくれていただけだったのだ。

 

(あんなのが本気で殺しに来たら……俺でも……!)

 

シンはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

もし自分がアグネスの立場で、調子に乗ってミーアを挑発していたらと思うと、ゾッとする。

 

山猿と馬鹿にされることには腹が立つが、あのピンクのザクに睨まれる恐怖に比べれば、アグネスの嫌味など幼児の戯言に等しい。

 

「シン……私たち、ミーアさんのこと、全然分かってなかったみたいね……」

 

ルナマリアもまた、顔色を青くしていた。

 

新型機ゲルググメナースを受領し、少し浮かれていた気分が一気に吹き飛んだ。

 

ザクだとか、ゲルググだとか、機体の性能差など関係ない。

 

『本物』が乗れば、ザクは最新鋭機すら狩る魔獣になる。

 

「私……ミーアさんには絶対、逆らわないようにしよう」

 

「俺も……あと、レイにも優しくしよう……」

 

二人は顔を見合わせ、深く頷き合った。

 

あのミーアを手懐け(恋人にし)、あの強さを当たり前のものとして受け入れているレイ・ザ・バレルという男の底知れなさにも、二人は改めて畏怖の念を抱いていた。

 

その頃、ハンガーデッキ。

 

「……終わったか」

 

機体の調整を行っていたレイは、艦内放送で模擬戦終了のアナウンスを聞いても、手を止めることはなかった。

 

モニターを見る必要などない。

 

彼女が勝つことは、彼にとって太陽が東から昇るのと同じくらい、自明の理だったからだ。

 

「少しはスッキリしただろうか」

 

レイは愛機のコックピットハッチを閉じながら、愛しい恋人が戻ってきたら、その勝利を一番に労ってやろうと、微かに口元を緩めるのだった。

 

 

 

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