ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:40 荒れ狂う自由とミーア

 

シミュレーターのハッチがプシュウという音と共に開放される。

 

そこから現れたアグネス・ギーベンラートの顔は、悔しさで真っ赤に染まっていたが、決して涙は見せていなかった。

 

全身を震わせ、拳を握りしめ、しかしその瞳に宿る炎は消えていない。

 

完膚なきまでの敗北。

 

得意の接近戦でいなされ、蹴り飛ばされ、最後は蜂の巣にされた屈辱。

 

だが、彼女はエリートである「赤服」だ。

 

ただめそめそと泣いて逃げ出すような軟なプライドで、今日まで生きてきたわけではない。

 

「……卑怯よ!」

 

アグネスは、涼しい顔でザクのシミュレーターから降りてきたミーアの元へ、カツカツと足音を荒立てて詰め寄った。

 

「なっ、何がですの?」

 

「あんな……あんな隠し球(サマーソルト)を持ってるなら最初から使いなさいよ! こっちは新型の調整中だったのよ!? 慣れない機体の挙動を確認している隙を突くなんて、補佐官ともあろうお方のすること!?」

 

開口一番、彼女が口にしたのは「負け惜しみ」だった。

 

だが、その声には湿っぽい哀れさはなく、むしろ逆ギレに近いエネルギーが満ち溢れている。

 

「それにあのドラグーン! あんな至近距離で展開するなんて正気!? 巻き添えになったらどうするつもりだったのよ! 荒っぽいにも程があるわ!」

 

「……実戦なら、死んで終わりですわよ、アグネス中尉」

 

ミーアが淡々と返すが、アグネスはふんっ! と長い髪を払いのけた。

 

「ふん! 今回は私が『油断してあげた』だけよ。ザク相手だと思って手加減してたら、泥沼に引きずり込まれただけ!」

 

彼女はビシッとミーアを指差した。

 

「勘違いしないでよね。機体性能はこっちが上。私の腕も上! ただ、貴女のその……底意地の悪い戦い方に慣れてなかっただけなんだから!」

 

凄まじいメンタル回復力だ。

 

先ほどまで宇宙の塵にされていたとは思えないほど、彼女の自己肯定感は傷つくどころか、「次は絶対に殺す」という怒りを燃料に再燃焼していた。

 

「ぷっ……だっせぇ。ボコボコにされといて、よく言うよ」

 

後ろで見ていたシンが、堪えきれずに吹き出したのが運の尽きだった。

 

「黙りなさいよ、山猿!!」

 

アグネスの怒りの矛先が、瞬時にシンへと向く。

 

「あんたこそ、いつもミーアやレイに守ってもらってる分際で! 私が本気出せば、あんたのインパルスなんか3分でスクラップにしてやるわよ!」

 

「あぁん!? やんのかコラ!」

 

「やめないか二人とも!」

 

ギャーギャーと喚き始めた二人を、ハイネが慌てて仲裁に入る。

 

その騒ぎの中、アグネスはスッと表情を変え、今度はキラの方へと振り返った。

 

「キラ隊長ぉ~……」

 

先ほどの剣幕が嘘のように、潤んだ瞳でキラを見上げる。

 

「見てくださいました? 私、新型のパワーに振り回されちゃって……。やっぱり、キラ隊長にマンツーマンで教えていただかないと、ダメみたいですぅ」

 

「え、あ、うん……(負けたのに、なんでこんなに自信満々なんだろう……)」

 

キラもそのメンタルの太さに圧倒され、苦笑いで後ずさりするしかない。

 

(……はぁ。元気なこと)

 

その様子を見ていたミーアは、深いため息をついた。

 

鼻っ面をへし折り、プライドを粉砕したつもりだったが、どうやらアグネス・ギーベンラートという生物は、粉砕されたプライドを即座に接着剤で固めて、「次は勝つ!」という執念に変える生き物らしい。

 

「覚えてらっしゃい、ミーア・キャンベル! 次は絶対に、そのすました顔を歪ませてやるんだから!」

 

捨て台詞を残し、アグネスはロッカールームへと去っていった。

 

その背中は、負け犬のそれではなく、新たな獲物を狙う狩人のように、不敵に聳え立っていた。

 

(……結局、私の胃痛の種は無くならないってことね)

 

ミーアは再び胃を押さえ、遠い目をするしかなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

ミレニアムのあるいはブリーフィングルーム。

 

そこには、以前の殺伐とした空気とは少し違う、奇妙な「均衡」が生まれていた。

 

「……了解しました。貴女の指示通りに展開すればいいんでしょう?」

 

アグネス・ギーベンラートは、ふんっと鼻を鳴らしながらも、ミーアの提示した作戦案を受け取った。

 

「ただし! 私のギャンの性能を無駄に殺すような真似はしないでよね? 『補佐官』殿」

 

「ええ、分かっていますわ。貴女の突破力には期待していますから」

 

「……ふん。せいぜい上手く使いこなしなさいよ」

 

以前なら「なんで私がザク乗りの指図なんか!」と食って掛かっていた場面だが、今は不承不承ながらも従うようにはなった。

 

あの完敗は、彼女の中で「ミーア・キャンベルは(ムカつくけど)実力は本物」という認識を植え付けるには十分だったようだ。

 

もちろん、嫌味が完全に消えたわけではない。

 

かつての粘着質な「ネチネチ」した攻撃から、すれ違いざまに針で刺すような「チクチク」した小言へと変化していた。

 

「あら補佐官、またコーヒー? カフェインの摂りすぎはお肌に悪くってよ? 折角の『その顔』が台無しになりますわ」

 

「隊長にべったりで、自分のお仕事は大丈夫なのかしら? 過労で倒れても知りませんわよ」

 

マイルドにはなったが、相変わらず一言多い。

 

だが、ミーアにしてみれば、実戦で命令無視をされるリスクが減っただけでも、胃薬の量は半分以下に減っていた。

 

そして、何より大きな変化は――。

 

「……よし、今ならキラ隊長は一人……!」

 

休憩時間。

 

アグネスは廊下の角から、キラの姿を見つけて目を輝かせた。

 

今こそ、英雄の心を慰め、あわよくばその懐に入り込むチャンス。

 

意気揚々と踏み出そうとした、その時。

 

「あ、キラ。次のスケジュールの確認なんだけど」

 

スッ、とキラの隣にピンクの髪の女性が現れる。

 

ミーア・キャンベル。

 

彼女はキラの補佐官だ。

 

業務の打ち合わせ、スケジュール管理、他部署との調整。

 

彼女がキラの傍を離れる瞬間など、トイレと睡眠時間以外、ほぼ皆無と言っていい。

 

「……チッ!」

 

アグネスは盛大に舌打ちをすると、くるりと回れ右をして去っていった。

 

ミーアがいる場に行けば、またあの笑顔で「業務の邪魔ですわよ?」と追い払われるか、最悪の場合、また「ご指導(シミュレーション)」を提案されかねない。

 

野生の勘が「今は引け」と告げているのだ。

 

「……行った、かな?」

 

その気配が遠ざかったのを確認して、キラ・ヤマトは深く、深く息を吐き出した。

 

「ふぅぅぅ……。助かったよ、ミーア」

 

「あら、何のことですの?」

 

とぼけて見せるミーアだが、その表情も安堵に緩んでいる。

 

「アグネスのことだよ。君がいてくれるおかげで、彼女も無茶なアプローチをしてこなくなった」

 

キラは苦笑しながら、隣に立つミーアを見つめた。

 

その顔は、自分の最愛の恋人であるラクス・クラインと瓜二つ。

 

けれど、キラの瞳に映っているのは「ラクスの影」ではない。

 

「君は本当に凄いね。MSの操縦も、仕事も、そしてあの手強いアグネスの扱いまで……。ラクスとはまた違う強さで、僕を支えてくれている」

 

「キラ……」

 

「ありがとう、ミーア。君が補佐官で、本当に良かった」

 

キラの飾り気のない感謝の言葉。

 

それは、アグネスの「チクチク」でささくれ立っていたミーアの心に、一番よく効く特効薬だった。

 

「お礼なんていりませんわ。……私はキラの『壁』兼『防虫剤』ですから」

 

ミーアはウィンクして笑ってみせた。

 

レイという最愛の人がいながらも、友人として、戦友として、この優しすぎる英雄を守り抜く。

 

アグネス・ギーベンラートがどれだけ隙を窺おうとも、この鉄壁のガード(補佐官業務)がある限り、キラ・ヤマトの平穏は守られ続けるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

ミレニアムの格納庫が、いつになく色めき立っていた。

 

搬入された新たな機体。その姿を見た整備兵たちの間から、感嘆と畏敬の混じった溜息が漏れる。

 

白と青のトリコロール。背中に広がる特徴的な翼。

 

それはかつて、ヤキン・ドゥーエ戦役で戦場を駆け抜け、伝説となった名機『フリーダムガンダム』そのものに見えた。

 

「凄い……! まさか、フリーダムが配備されるなんて!」

 

ミーアは目を輝かせ、その機体を見上げながら隣に立つキラに声を弾ませた。

 

「良かったですね、キラ! ストライクも名機ですけど、やっぱり貴方には『自由』の翼が一番似合いますわ!」

 

ユニウス条約により、オリジナルのフリーダムに搭載されていた核エンジンは降ろされ、最新型のバッテリー駆動システムへと換装されている。

 

しかし、ただの劣化版ではない。

 

その中身は、コンパスが現在開発中の次世代機『ライジングフリーダム』に実装予定の最新技術を詰め込んだ、実戦用テストベッド機だった。

 

「見てください、あのシールド。……あれ、簡易ドラグーンシステムを搭載した『攻盾』でしょう? それに背中のウイングも、簡易的な可変機構でMA形態になれると聞きましたわ」

 

これはライジングフリーダムへと至るミッシングリンク。

 

即応展開能力と、トリッキーな武装。

 

バッテリー駆動に最適化された武装構成。

 

まさに、キラ・ヤマトが次なる愛機を受領するまでの「繋ぎ」として、これ以上ない機体だ。

 

「さあ、キラ。早く登録を──」

 

「ううん。違うよ、ミーア」

 

しかし、キラは静かに首を横に振った。

 

そして、驚くべき言葉を口にした。

 

「この機体……『レイジングフリーダム』に乗るのは、僕じゃない。君だよ、ミーア」

 

「……は?」

 

ミーアはポカンと口を開けた。

 

思考が停止する。

 

フリーダムといえばキラ。キラといえばフリーダム。

 

それは宇宙世紀で言えばアムロにガンダムを渡さないようなものではないか。

 

「な、何を仰っていますの!? これは次世代機のテスト機! 貴方が乗ってデータを取ってこそ、次の『ライジングフリーダム』に活かせるんですのよ!?」

 

「うん。でも僕には、いずれ専用のライジングフリーダムが来る手はずになっているからね。それまでは、使い慣れたストライクで十分だよ」

 

キラは穏やかに微笑むと、ミーアの肩に手を置いた。

 

「それに……君にこそ、この力が必要だ」

 

「私、に……?」

 

「君はいつも、シンやルナマリア、そしてアグネスのフォローに回ってくれている。誰よりも戦場全体を見て、誰よりも早く駆けつけ、味方を守っている」

 

キラの瞳は真剣そのものだった。

 

彼は知っているのだ。

 

型落ちのザクウォーリアで、アグネスの突出をカバーし、シンの死角を埋め、敵を牽制し続ける彼女の献身と、それを可能にしている卓越した技量を。

 

「ザクが悪い機体だとは言わない。でも、君の反応速度と空間認識能力を活かすには、もっと高い機動性が必要だ。……この機体の可変機構と、遠隔操作できるシールドなら、君のその力を最大限に引き出せるはずだ」

 

「キラ……」

 

「受け取ってほしい。……僕の代わりに、この『自由の剣』を」

 

ミーアは、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

かつてはラクス・クラインの「偽物」として用意された自分が。

 

今、本物の英雄から、その象徴であるガンダムを託されようとしている。

 

(……レイジング──激昂する、荒れ狂うフリーダム)

 

その名は、優雅に空を舞う「ライジング(昇る)」とは対照的な、戦場を嵐のように駆け抜ける荒々しい名。

 

だが、今の自分には──綺麗事だけでは守れないものを守ろうとする自分には、その名が悪くない響きに思えた。

 

「……分かりましたわ」

 

ミーアは、目の前の白い巨人にきっぱりと向き直った。

 

「預からせていただきます。貴方の新しい翼が完成するまで……この『レイジングフリーダム』は、私が歌わせてみせますわ!」

 

「うん。頼んだよ、ミーア」

 

こうして、ミレニアムのMSデッキに新たな伝説が生まれた。

 

ピンクのザクから、自由の翼へ。

 

ミーア・キャンベル専用機『レイジングフリーダム』。

 

その翼はまさに、今の混迷渦巻く世界を導く天使の姿だった。

 

 

◇◇◇

 

 

本来の歴史であれば、デュランダル議長による『デスティニープラン』の強行と、それに対する各国の反発により、世界は疑心暗鬼の闇に包まれていたはずだ。

 

そんな中で、超法規的な武力組織である『世界平和監視機構コンパス』が設立されたとしても、各国はそれを新たな覇権主義の現れと捉え、活動は困難を極めただろう。

 

だが、この世界は違った。

 

デスティニープランは「強制的な管理」ではなく、「より良い明日を選ぶための道標」として、人々の生活に浸透していた。

 

職業選択の自由を奪わず、健康といきがいをサポートするそのシステムは、戦後の混乱した社会におけるセーフティネットとして機能し、人々の心に余裕を生んでいたのだ。

 

その中心にいたのは、常に人々の痛みに寄り添い、希望を歌い続けたミーア・キャンベル。

 

彼女の存在が潤滑油となり、コンパスは設立当初から、現地の駐留軍とも良好な関係を築きながら活動することができていた。

 

しかし、光あるところには必ず影が落ちる。

 

ブルーコスモス残党。

 

ミケール大佐率いる彼らは、世界の安定を憎むかのように、親プラント地域に対して散発的なテロを繰り返していた。

 

「救援要請! 駐留軍のジンとディンでは歯が立ちません! 敵は大型MAです!」

 

市街地を蹂躙するのは、四本足の怪物『ザムザザー』や、多脚型MA『ゲルズゲー』。

 

対MS戦を想定した一般兵の装備では、陽電子リフレクターを纏った巨体を止めることはできない。

 

この圧倒的な「暴力の不均衡」を是正し、火消しを行うことこそが、コンパスの主任務だった。

 

「チッ、どいつもこいつもデカブツばっかり持ち出して!」

 

戦場に滑り込んだシン・アスカのインパルスがビームライフルを撃ちながら悪態をつく。

 

バッテリー駆動のインパルスは、かつての愛機デスティニーや、デスティニーインパルスに比べれば、パワーも稼働時間も劣る。

 

対艦刀エクスカリバーで一刀両断したくとも、陽電子リフレクターの前では迂闊な接近は死を招く。

 

(あの翼があれば……!)

 

一瞬、脳裏に紅蓮の翼がよぎるが、シンはすぐに頭を振った。

 

「無い物ねだりしても仕方ない! やりますよハイネ!」

 

「おうよ! 囮は任せな!」

 

ハイネのグフイグナイテッドがスレイヤーウィップを振るい、ゲルズゲーの脚部を絡め取る。

 

動きが止まった一瞬の隙を突き、シンのインパルスが懐に飛び込み、コクピットをビームサーベルで突き刺した。

 

「よし、一機撃破!」

 

だが、その背後から、もう一機の影──巨大な鋏を持つザムザザーが迫っていた。

 

陽電子リフレクターを展開し、全ての射撃を無効化しながら突進してくる。

 

「させるもんですか!」

 

上空から、純白の翼が舞い降りた。

 

それは、キラのフリーダムとは異なる、混じりけのない白。

 

ミーア・キャンベルが、自らの識別カラーとしてVPS装甲の電圧を調整し、青い翼を「白」へと染め上げた『レイジングフリーダム』だ。

 

「リフレクターなんて、こじ開けますわ!」

 

ミーアは操縦桿を引き絞り、左腕に装備された複合兵装シールドを射出した。

 

簡易ドラグーンシステムによって遠隔操作されるその盾は、ビームシールドを展開するのではない。

 

実体盾としての「質量」と、その側面に展開した「ビーム刃」を併用した、巨大なブーメランとして敵へと殺到する。

 

ビームを弾く陽電子リフレクターも、実体質量による物理的打撃までは防ぎきれない。

 

超高速で叩きつけられたシールドが、陽電子の障壁を物理的に粉砕し、ザムザザーの装甲をひしゃげさせる。

 

防御が崩れたその刹那。

 

白き自由の翼は、既に懐へと踏み込んでいた。

 

「これで……終わりッ!」

 

抜刀されたビームサーベルの一閃。

 

カニのような巨体は十字に切り裂かれ、爆炎の中に沈んでいった。

 

「……すげぇ」

 

「あれが、ミーア様のフリーダム……」

 

現地のザフト兵たちが、呆然と空を見上げる。

 

かつて「偽物」と呼ばれた歌姫は今、その可憐な姿からは想像もつかない強さで、人々を守る「剣」となっていた。

 

コンパス総裁として、平和の理念を説くラクス・クライン。

 

そして現場指揮官として、自由の翼で敵を討つミーア・キャンベル。

 

二人の歌姫は、それぞれのやり方で、この不確かな世界を支える双璧の象徴となっていた。

 

 

 

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