ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:41 白服のミーア

 

ミレニアムのブリッジに、凛とした靴音が響く。

 

自動ドアが開き、現れた人物の姿に、クルーたちの視線が一斉に釘付けになった。

 

「──お待たせしました。これより業務に戻ります」

 

そこに立っていたのは、いつもの華やかなステージ衣装や、ラフな私服姿のミーア・キャンベルではない。

 

彼女が身に纏っていたのは、ザフト軍において指揮官クラスのみに許された、純白の軍服。

 

そしてその襟元には、アレクセイ・コノエ艦長と同じ『大佐』の階級章が輝いていた。

 

「……似合ってるじゃないか、ミーア大佐」

 

コノエ艦長が、ニヤリと笑って敬礼を送る。

 

ミーアは少し照れくさそうに、しかし堂々とした所作で答礼を返した。

 

これまで彼女は「民間協力者」という曖昧な立場でコンパスに参加していた。

 

しかし、現場での即断即決が求められる戦場において、民間人が軍隊に指示を出すという構図は、指揮系統に不要な摩擦(ラグ)を生んでいた。

 

特に、ザフト以外の連合軍兵士にとって、彼女は「有名人」ではあっても「上官」ではなかったからだ。

 

そこで、ザフト軍上層部は決断した。

 

彼女を正式に軍人とし、その功績に見合う階級を与えることを。

 

当初は黒服を与え中佐の階級に据えるのも検討されたが、彼女の残した「実績」を見返した時、人事局の誰もが口を閉ざし、そして白服を用意したのだ。

 

スエズ攻略戦における兵站線構築の看破にはじまり。

 

オーブ解放戦での歴史的な政治的パフォーマンスの立役者。

 

ダイダロス基地急襲によるレクイエムの早期無力化。

 

そしてジブリールの逃走経路予測と、第三次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の予見。

 

これらは全て、一介のパイロットや歌姫の領域を遥かに超えている。

 

彼女はただの「ラクス・クラインの代弁者」から始まり、今や軍部をして「敵に回せば全てを見通され、丸裸にされる」と恐れられる、稀代の『天才軍師』としての評価を確立していたのだ。

 

「すっげぇ……白服だ!」

 

シン・アスカが目を輝かせる。

 

かつては「議長のお気に入り」という色眼鏡で見られていた彼女だが、今やその実力を疑う者はいない。

 

「へぇ……。ま、少しは格好がついたんじゃない?」

 

アグネス・ギーベンラートは、悔しそうに唇を噛みながらも、そっぽを向いた。

 

彼女のプライドをもってしても、流石に『大佐』という階級、そしてザフト統合参謀本部すら熱望するその軍略の才能の前には、軽口を叩くことができなかったのだ。

 

「キラ准将、これからは対等の階級として、存分にこき使ってくださいね?」

 

ミーアは悪戯っぽく微笑み、隣に立つキラ・ヤマトに声をかけた。

 

「あはは……お手柔らかに頼むよ、ミーア大佐」

 

キラは苦笑しながらも、その瞳には頼もしいパートナーへの信頼が溢れていた。

 

コンパスMS隊隊長補佐官兼総帥補佐官、ザフト軍大佐、ミーア・キャンベル。

 

その白き軍服は、彼女が「運命」だけでなく、「世界」そのものと渡り合うための新たなドレスコードだった。

 

 

◇◇◇

 

 

コンパス本部、総裁執務室。

 

重厚なデスクと、窓の外に広がる平和な街並み。

 

しかし、その部屋に漂う空気は、少しだけ湿り気を帯びていた。

 

「……とても、よく似合っていますわ。ミーアさん」

 

ラクス・クラインは、目の前に立つミーアを見上げ、寂しげに微笑んだ。

 

真っ白なザフトの指揮官服。

 

その肩に輝く大佐の階級章。

 

それは彼女の功績を称える栄誉であると同時に、彼女がこれからも最前線で血を流し、火の粉を振り払わなければならないという「呪い」のようにも、ラクスには見えていた。

 

「ですが……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

 

ラクスは俯き、震える声で謝罪を口にした。

 

「本来なら、私が背負うべき重圧(もの)です。戦場の恐怖も、指揮官としての責任も……。貴女に私の『代わり』をさせて、私だけが安全な場所で綺麗な言葉を並べて……」

 

彼女は、ミーアが「ラクス・クライン」として振る舞うたびに、心が削られる思いだった。

 

友人が、自分の顔と名前を使って命を懸けている。

 

それを止めることもできず、むしろ頼ってしまっている自分への無力感と自己嫌悪。

 

「もう……ラクスってば」

 

その時、ふわりと温かいものがラクスを包み込んだ。

 

ミーアが、椅子に座るラクスを正面から抱きしめたのだ。

 

「そんな顔しないでよ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」

 

耳元で響く声は、演説の時の凛としたトーンでも、貴族のようなお嬢様言葉でもない。

 

年相応の、快活で、少し茶目っ気のある「普通の女の子」の声。

 

「ミ、ミーアさん……」

 

「謝らないで。気に病むことなんて、これっぽっちもないんだから」

 

ミーアはラクスを抱きしめる腕に、ぎゅっと力を込めた。

 

「私ね、嬉しいの。……ラクスには、ラクスにしか出来ないことがある。貴女の歌が、言葉が、世界中の人たちの心を動かして、平和への祈りを繋いでる。それは、MSに乗ってビームを撃つことよりも、ずっとずっと難しくて、大切な戦いだよ」

 

ミーアは体を離し、両手でラクスの頬を包み込んで、真っ直ぐにその瞳を見つめた。

 

「私は、その歌が届くように雑音を消す係。……言ってみれば、最強のボディガード兼、ステージの露払い役ってとこかな?」

 

「ミーアさん……」

 

「それにね、ラクスがいてくれるから……私は『独り』じゃないの」

 

ミーアは少し照れくさそうに笑った。

 

「もし私一人だったら、世界中からの期待に押しつぶされて、仮面を被り続けて、きっと心が壊れてた。……でも、貴女がいる。本物のラクス・クラインが、私の背中を支えてくれている」

 

彼女は自分の胸に手を当てた。

 

「貴女がいるから、私は戦場でも『ミーア・キャンベル』という一人の人間として、自分の意志で戦えるの。……だから、ありがとう。私を信じて、背中を任せてくれて」

 

「……っ」

 

ラクスの瞳から、堪えきれずに涙がこぼれ落ちた。

 

ミーアは優しくその涙を指で拭う。

 

「さあ、笑って? 私たち二人が揃えば、世界だって動かせる。……そうでしょ?」

 

「……はい。はい、そうですわね……ミーア」

 

ラクスは涙を拭い、今度は自分からミーアの手を握り返した。

 

世界が求める「ラクス・クライン」という巨大な偶像。

 

そのあまりに重く、孤独な玉座(椅子)は、一人で座るには広すぎる。

 

だが、二人ならば。

 

痛みを分かち合い、役割を支え合い、互いに「ただの少女」に戻れる場所を守りながら、共に歩んでいける。

 

「行きましょう、ラクス。私たちの歌を、届けに」

 

「ええ。参りましょう、ミーア」

 

白服の軍師と、平和の歌姫。

 

二人のラクス・クラインは、互いに誰かのために歌わなくて良い世界を願いながら、それでも今は、手を取り合って明日への扉を開くのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

ミケール大佐の潜伏先──ユーラシア連邦の軍事緩衝地帯。

ミーアはその「正解」を知っている。

 

彼らがそこで何を目論んでいるのかも。

 

しかし、知っていることと、それを証明できることは別だ。

 

確たる証拠もなしに軍を動かせば、それこそが新たな火種となり、彼らの思う壺となる。

 

「……やり口が汚いのよ、本当に」

 

ミレニアムのブリッジ。

 

ミーアは作戦卓に広げられた地図を睨みつけながら、ギリリと奥歯を噛み締めた。

 

ミケール率いるブルーコスモス残党の戦術は、狂信的かつ自爆的だ。

 

母艦を持たず、補給も帰還も考慮しない。

 

MSやMAだけでプラント関連施設や居住区へ特攻を仕掛け、民間人を巻き込む無差別破壊を行う。

 

その目的はただ一つ。

 

『怒り狂ったザフト軍に、軍事境界線を越えさせること』。

 

もしザフトが報復のためにユーラシア領内へ足を踏み入れれば、それは明白な「国境侵犯」となる。

 

独立機運の高まるユーラシア連邦内の情勢と相まって、再び世界を巻き込む大戦の引き金になりかねない。

 

「だからこそ……越えさせるわけにはいかないのよ」

 

ミーアは白服の襟を正し、通信マイクを握った。

 

彼女の持つFAITHの権限、そしてザフト軍大佐としての階級。

 

その全てを行使し、ユーラシア国境付近に展開する全ザフト部隊へ厳命を下す。

 

『こちらザフト統合参謀本部、ミーア・キャンベル大佐です。現時刻をもって、国境付近の全部隊に対し第一級警戒態勢を発令します』

 

彼女の声は冷徹で、かつ絶対的な威厳を帯びていた。

 

『敵の挑発には一切乗らないこと。如何なる事態においても、許可なく軍事境界線を越えることを禁じます。……これは「要請」ではありません。「命令」です』

 

『繰り返します。一歩でも越えれば、それは敵のシナリオ通りになると思ってください。耐えなさい。貴官らの家族と未来を守るために、今は耐えるのです』

 

通信を終え、ふぅ、と息を吐く。

 

これで、ひとまずはザフト側の暴発を防げるはずだ。

 

だが、人の心は計算式ではない。

 

目の前で同胞を殺され、家族を焼かれた時、兵士が理性を保てる保証など何処にもない。

 

「……急がないと」

 

警報音が鳴り響く。

 

今日もまた、ブルーコスモスのテロ部隊が出現したという報告だ。

 

「コンパス、出るわよ! 火の粉は私たちが払う!」

 

「了解! 行くよ、シン、ルナマリア、アグネス!」

 

「了解! 今日こそあのデカブツどもを全滅させてやる!」

 

キラの号令と共に、シンの元気な声が響く。

 

ミレニアムのカタパルトから、次々と機体が射出されていく。

 

青い翼を白く染めた『レイジングフリーダム』のコクピットで、ミーアは決意を新たにした。

 

自分たちの役割は、ただ敵を倒すことではない。

 

憎しみの連鎖を断ち切り、世界が再び業火に包まれるのを防ぐ「防波堤」となることだ。

 

「さあ、お仕事の時間よ……!」

 

平和の歌を届けるために、歌姫は今日もまた、修羅の戦場へと舞い降りる。

 

 

◇◇◇

 

 

ミレニアムの格納庫は今、まさに「戦場のメリークリスマス」ならぬ「ガンダムの展示会」のような様相を呈していた。

 

「……壮観ね。本当に、壮観だわ」

 

私は搬入作業の喧騒を忘れて、思わずほうっと溜息を漏らした。

 

目の前に並ぶのは、三世代にわたる『自由の翼』たち。

 

右翼には、ロールアウトしたばかりの最新鋭機『ライジングフリーダム』。

 

全天周モニターと最新のバッテリー駆動システムを搭載し、スマートで鋭角的なフォルムが美しい次世代の主役機。

 

左翼には、私が現在駆っている『レイジングフリーダム』。

 

初代フリーダムをベースに、ライジングへの技術的架け橋として魔改造された、武骨ながらも信頼性の高い私の相棒。

 

そして中央に鎮座するのは、金色の関節が鈍く輝く伝説の機体、『ストライクフリーダム』。

 

前大戦の切り札であり、キラと共に修羅場を潜り抜けた最強のMS。

 

「初代、二代目、そして三代目……。こんな光景、今しか見れないわよ!」

 

ミーアは脳内でシャッターを切りまくっていた。

 

歴史の教科書に載るレベルの「三役揃い踏み」だ。

 

整備兵たちも、作業の手を止めてこの奇跡の並びに見入っている。

 

しかし、感傷に浸っている時間はない。

 

中央のストライクフリーダムは、これからアークエンジェルに移送され、オーブのモルゲンレーテ社へと運ばれる。

 

目的は『弐式』への改修。

 

新型核融合炉への換装、バックパックの換装システム追加、そして禁断の戦略兵器『ディスラプター』の実装。

 

さらに、対戦略級兵器用装備『ゼウスシルエット』の運用試験も兼ねている。

 

私は白服の裾を翻し、急ぎ足でデッキを横切った。

 

「キラ! 『ライジング』の受領確認は済みましたか?」

 

「あ、ミーア。うん、シミュレーターとのリンクも問題ないよ。……でも、本当に君もアークエンジェルへ行くの?」

 

キラが新しい愛機となるライジングフリーダムの足元で振り返る。

 

「ええ。ストライクフリーダムは世界のパワーバランスを崩しかねない『危険物』ですもの。護衛には私が付きます」

 

私はニッコリと笑って、自分のレイジングフリーダムを指差した。

 

「それに、ゼウスシルエットのデータも気になりますしね。……ラミアス艦長には私から連絡済みです。ミレニアムの方は、キラとコノエ艦長にお任せしますわ」

 

「分かった。……気をつけてね、ミーア。嫌な予感がするんだ」

 

「ええ、私もですわ。……虫が知らせる、というやつです」

 

キラの勘は鋭い。

 

だが、私には「予感」ではなく「確信」がある。

 

ストライクフリーダムがオーブに渡るその道中、あるいは到着直後。

 

必ず「何か」が仕掛けられる。

 

慌ただしく飛び交う指示の声。

 

整備班の怒号。

 

そして、静かに佇む三機のフリーダム。

 

この壮観な眺めを記憶に焼き付け、私は次なる舞台へと動き出した。

 

 

 

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