ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:42 フリーダム対黒騎士

 

ミレニアムの格納庫で、三世代のフリーダムが並ぶ壮観な光景を前に、私──ミーア・キャンベルの脳裏に、ある「妙案」が閃いた。

 

(待って。ストライクフリーダムが移送中に強奪される歴史が確定しているなら……いっそ、私が乗って行ってしまえばいいんじゃない!?)

 

我ながら天才的な発想だと思った。

 

無人の機体を輸送するから狙われるのだ。

 

ならば、今やザフトの白服にして「天才軍師」と(不本意ながらも)呼ばれる私が中身に入っていれば、これ以上のセキュリティはない。

 

もし襲撃者が現れても、私が撃退してしまえば「強奪事件」は未遂に終わる。完璧な作戦だ!

 

「キラ! ストライクフリーダムの移送、パイロットは私が務めますわ!」

 

「あ、ちょっとミーア!?」

 

周囲の制止も聞かず、私は半ば強引に金色のフレームを持つ伝説の機体へと乗り込んだ。

 

さらに、今回のオーブ行きはストライクフリーダムの改修だけでなく、ある新型装備の試験も兼ねている。

 

私の背中に接続された巨大なユニット──『ゼウスシルエット』。

 

本来はデスティニーガンダム用に開発されたこの装備は、マルチジョイントシステムにより他機体でも運用可能な優れものだ。

 

その実態は、地下深くの目標を貫通破壊するための超大型バンカーバスター。

 

大気圏外から直接降下し、地表の重要拠点を一撃で粉砕する。

 

もしレクイエムが存在しなければ、デュランダル議長はこの装備をデスティニープランの「抑止力」として用いるつもりだったのだろう。

 

そんな戦略級の破壊兵器を背負い、私はストライクフリーダムと共に大気圏へと突入した。

 

灼熱の断熱圧縮に耐え、機体が赤熱する。

 

やがて振動が収まり、眼下に青い海と空が広がった。

 

「……ふぅ。大気圏突入は、何度やっても慣れませんわね」

 

一息ついて、回復した通信回線を開く。

 

「こちらストライクフリーダム、ミーア・キャンベル。アークエンジェル、聞こえますか? これより合流コースへ──」

 

その時だった。

 

レーダーがけたたましいアラートを鳴らす。

 

雲を突き破り、黒い影が急速接近してくる。

 

「あれは……ブラックナイトスコード、ルドラ!?」

 

来るなら移送先のオーブかと思っていたけれど、まさか降下直後を狙ってくるなんて!

 

迎撃体勢を取ろうとした瞬間、私の心に、冷たくて粘着質な「何か」が触れた。

 

「──っ!?」

 

物理的な衝撃ではない。

 

脳の中に直接、泥水を流し込まれたような不快感。

 

視界が歪み、コクピットの風景が溶けていく。

 

フラッシュバックする、かつての記憶。

 

私がまだ、ただのミーア・キャンベルだった頃の不安と恐怖。

 

『パパ、ママ……生きてるの? 会いたいよ……』

 

『私はラクス・クライン。完璧に演じなきゃ。失敗したら、用済みになっちゃう……』

 

『議長の目が冷たい。……私、もういらない子なの?』

 

そして、前世の記憶として知っている、本来の私の最期。

冷たい石畳の上。

 

本物のラクス・クラインの腕の中で、血を吐きながら息絶えていく自分。

 

『あぁ……死にたく、ない……』

 

心の奥底に封じ込めていた弱さ、恐怖、絶望。

 

それらが強制的に引きずり出され、私の自我を塗りつぶそうとする。

 

これがアコードの能力、精神感応による洗脳攻撃──!

 

(くっ、負ける、もんか……! 私はもう、ただの替え玉じゃ……!)

 

必死に抵抗するけれど、心の闇は深く、重い。

 

意識が暗い底へと沈んでいきそうになった、その時。

 

『やれやれ。淑女の心を暴こうなどとは。……無粋な輩にはご退場願おう』

 

頭の中に、冷ややかで、皮肉っぽくて、けれどどこか懐かしい声が響いた。

 

仮面の男──ラウ・ル・クルーゼの声が。

 

次の瞬間。

 

私の意志とは無関係に、ストライクフリーダムの背部からスーパードラグーンが射出された。

 

火器管制が勝手にロックオンし、ビームが放たれる。

 

直撃コース。

 

だが、ルドラの装甲はビームを弾き返し、傷一つ付かない。

 

「……っ、はぁ、はぁ!」

 

ビームは効かなかった。

 

けれど、ドラグーンが勝手に動いたショックで、私を縛り付けていた精神干渉が解けた。

 

荒い息を吐きながら、私は脂汗にまみれた顔を上げる。

 

「……随分と、卑怯な手を使ってくれるじゃない」

 

過ぎ去った過去のトラウマをほじくり返して、強制的に闇落ちさせようだなんて。

 

アコードのやり口は、私が思っていたよりもずっと安っぽくて、下劣だ。

 

モニターの向こうで、ルドラが戦闘態勢を取るのが見えた。

 

どうやら、精神攻撃が破られた後も、やる気満々らしい。

 

「中身の私が正気に戻ったって、分かってないのかしら?」

 

このまま戦闘になれば、ファウンデーションがザフトの移送機を攻撃したという決定的な証拠が残る。彼らにとって不利なはずだ。

 

(……いえ、違うわね)

 

私はすぐに考えを改める。

 

ドラグーンが(勝手にとはいえ)先に発砲してしまった。

 

向こうは「攻撃されたから反撃した」という「自己防衛」の言い訳が立ってしまう。

 

あるいは、精神攻撃が効かなかった私を「バグ」と見なして、口封じに始末するつもりか。

 

「……上等じゃないの」

 

私は唇を噛み締め、慣れないストライクフリーダムの操縦桿を握りしめた。

 

「この私を見縊らないでよ……! 相手がブラックナイトだろうと、簡単に墜とされてなんてあげないんだから!」

 

白服の歌姫は、眼前の黒い騎士を見据え、トリガーに指をかけた。

 

 

◇◇◇

 

 

「チッ……! いったいなんなんですか、貴女はァッ!!」

 

ブラックナイトスコード ルドラ、そのコクピットの中で、リュー・シェンチアンは焦燥と怒号を吐き出した。

 

コンソールを叩きつけるように操作し、機体を急旋回させる。

 

本来の計画は完璧だったはずだ。

 

輸送中のトラブルを装い、手引きした工作員を使ってフリーダムのデータを奪取。

 

その後、証拠隠滅ついでに機体を破壊し、我々ファウンデーションが「たまたま通りかかって助けようとしたが間に合わなかった」という既成事実を作り、恩を売る。

 

実にスマートで、我らアコードに相応しいシナリオだった。

 

だが、舞台に立っていたのは、工作員ではなく、あのミーア・キャンベル。

 

ザフトの白き歌姫にして、近年急速に評価を上げている天才軍師。

 

「思考を読んで、絶望に突き落としてやるつもりだったのに……!」

 

リューは歯ぎしりした。

 

アコードの能力、精神感応による思考誘導。

 

過去のトラウマを呼び起こし、心を壊す。それはコーディネイター相手なら赤子の手をひねるより容易い作業のはずだった。

 

だが、彼女の精神の奥底に触れようとした瞬間、突き当たったのだ。

 

あの、「底知れぬ闇」に。

 

『フフフ……。人の業とは、かくも深く、愚かしいものだな』

 

彼女の記憶でも、人格でもない。

 

まるで亡霊のように彼女の深層心理に張り付いていた、仮面の男の嘲笑。

 

それがノイズとなり、リューの精神干渉を強引に遮断した。

 

そればかりか、逆にこちらの精神が侵食されそうなほどの、どす黒い虚無を感じさせたのだ。

 

「なんだあの男は! 貴女の中に、何がいるッ!?」

 

リューの苛立ちは頂点に達していた。

 

思考が読めない。いや、読もうとするとあの仮面男の哄笑がかき消す。

 

さらに、彼女自身の思考もまた、異常だった。

 

(ええい、ビームが効かないならレールガン! でもフェムテク装甲って物理も軽減するんだっけ? いや、質量で殴ればワンチャン! あと今日のラッキーカラーは赤だから……ああっ、もう! クルーゼ隊長、うるさいですわよ!)

 

思考が散漫で、多重構造になっており、しかもノイズ混じり。

 

アコードの予測演算をもってしても、次に何をしてくるかが完全に読みきれない。

 

「ふざけるな! 我々はアコードだぞ! 旧人類ごときに!」

 

リューは叫び、ルドラの重斬刀を振りかぶった。

 

フェムテク装甲がある限り、ビーム主体のストライクフリーダムに勝ち目はない。

 

距離を詰め、その首を刎ねれば終わりだ。

 

「くっ……!」

 

ミーアのストライクフリーダムが、背負った重装備──ゼウスシルエットを揺らしながら回避行動を取る。

 

慣れない機体、慣れない装備。

 

動きはぎこちない。

 

だが、ドラグーンがまるで自律した生物のように動き回り、予測できないタイミングで火線をばら撒いてリューの視界を塞ぐ。

 

「当たりはしない! ……だが、鬱陶しいッ!」

 

ビームは無効化できる。しかし、着弾の衝撃や閃光までは消せない。

 

視界を焼かれ、センサーが乱れる。

 

「ビームがダメなら……これならどうッ!?」

 

ミーアの叫びと共に、ストライクフリーダムの腰部レールガン『クスィフィアス3』が展開される。

 

さらに、連結された二丁のビームライフルが放たれるのではなく、投げつけられた。

 

「なっ!?」

 

ライフルを囮に、実体弾であるレールガンの連射がルドラを襲う。

 

フェムテク装甲はビームには無敵だが、物理衝撃に対しては完全無敵ではない。

 

激しい衝撃が走り、ルドラの姿勢が崩れる。

 

「こ、この女ァ……!」

 

リュー・シェンチアンは戦慄した。

 

思考が読めない恐怖。

 

そして、セオリーを無視して泥臭く食らいついてくる執念。

ミーア・キャンベル。

 

彼女はただの歌姫でも、ただの軍人でもない。

 

アコードである自分ですら理解の及ばない、「何か」を飼っている異質な存在なのだと、彼は認めざるを得なかった。

 

 

◇◇◇

 

 

ビームは弾かれる。実体弾のレールガンも、フェムテク装甲の異常な防御力の前では決定打にならない。

 

文字通りの「チート装甲」。

 

開発者の顔が見てみたいわ、本当に!

 

(でも、知識は裏切らない。あの装甲だって万能じゃない……!)

 

ビームサーベルのような高出力のビーム刃による直接斬撃、あるいは至近距離からの高熱干渉なら通用する。

 

なら、やることは一つ!

 

「出力最大! 振り切られるんじゃないわよ!」

 

私はゼウスシルエットのスラスターを限界まで吹かした。

 

背中に巨大なバンカーバスターを背負ったままの強引な機動。

 

機体全体が軋む音が聞こえるけれど、構うもんか!

 

「落ちろぉぉッ!」

 

腹部のカリドゥス複相ビーム砲を放ち、腰のレールガンを乱射する。

 

当然、ルドラはそれをフェムテク装甲で受け流そうとする。

その隙だ。

 

「今ッ!」

 

私はストライクフリーダムの周囲に展開していたスーパードラグーンを一斉に敵機へと殺到させた。

 

相手はまたビームの雨が降ると思っているはず。

 

でも、違う。

 

「貫けぇッ!!」

 

ドラグーンの先端からビーム刃を形成。

 

射撃ではなく、質量弾そのものをビームの刃で包んだ「槍」として突撃させる。

 

かつてプロヴィデンスが、そしてレジェンドが得意としたビームスパイク戦法!

 

「なっ、何ッ!?」

 

リューの狼狽した声が通信越しに漏れ聞こえる。

 

対処が遅れたルドラの右腕を、青白い光の槍が深々と貫き、そのまま引きちぎった。

 

空に舞うルドラの右腕。

 

機体を傷つけられることなど想定していなかったのか、それとも未知の戦法に恐怖したのか。

 

黒い翼が、空の彼方へと消えていく。

 

フェムテク装甲という理不尽な防御力を持つブラックナイトスコードルドラ。

 

ビームも実体弾も決定打にならないあのチート装甲を前に、唯一の有効打であるビームサーベル技術を応用したドラグーンの「ビームスパイク」で右腕を奪い、撤退に追い込んだ。

 

「……ふぅ。……はぁ……」

 

コクピットの中で、私は全身の力が抜けてシートに沈み込んだ。

 

勝った。いや、追い払った。

 

慣れない機体、重たいゼウスシルエット、そして初見のチート機体相手に、これ以上の戦果はないだろう。

 

「……ありがとう、クルーゼ隊長。貴方の嫌味な笑い声のおかげで助かったわ」

 

私は頭の片隅に居座る仮面の男の気配に、皮肉交じりの感謝を捧げた。

 

もし彼が思考への侵入を遮断してくれなければ、私は今頃、過去のトラウマに押し潰されて海面に叩きつけられていただろう。

 

コンソールを操作し、戦闘データをチェックする。

 

アラートと共に記録された、私の脳波データ。

 

ルドラが接近し、精神干渉を受けた瞬間の波形は、てんかん発作か何かのように異常なスパイクを描いていた。

 

(……これなら、いける)

 

「心を読まれた」「精神攻撃を受けた」なんて、普通ならオカルト扱いで一笑に付される話だ。

 

でも、私の周りにはキラやラクス、ムウさんといった「勘」の鋭い人たちがいる。

 

そして何より、この異常なバイタルデータという「物証」がある。

 

これを見せれば、少なくともオーブ代表のカガリや、アスランなら動いてくれるはずだ。

 

ファウンデーション王国。

 

あのアウラ・マハ・ハイバルが統べる国が、ただの独立国家ではなく、何かとんでもない存在(アコード)と野望を隠し持っていることを調査させる大義名分になる。

 

『こちらアークエンジェル。ストライクフリーダム、応答願います! ミーア大佐、無事ですか!?』

 

通信機から、焦燥したマリューさんの声が響く。

 

「こちらミーア。……ええ、なんとか無事ですわ」

 

私は震える手を抑え、努めて冷静な「指揮官」の声を作った。

 

「所属不明機の襲撃を受けましたが、撃退しました。……ですが、手土産と、厄介な宿題を貰ってしまいましたけれど」

 

私はモニターに映るアークエンジェルの姿を確認し、ストライクフリーダムのスラスターを吹かした。

 

右腕のないルドラが持ち帰った情報は、ファウンデーション側にも衝撃を与えるはずだ。

 

「思考が読めないイレギュラー」の存在。

 

彼らが警戒を強めるか、それとも躍起になって潰しに来るか。

 

(どちらにせよ、もう賽は投げられた)

 

フリーダム強奪事件は、私の乱入で「未遂」かつ「謎の襲撃事件」へと書き換わった。

 

ここからは、MSの操縦技術だけでなく、私の「知識」と政治力を総動員した情報戦だ。

 

「……待ってなさいよ、アコードたち。貴方たちのシナリオ通りには、絶対にさせないんだから」

 

青い海の上、金色の翼を広げ、私はアークエンジェルへと着艦コースを取った。

 

 

 

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