ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:43 王国の影

 

オーブ連合首長国、モルゲンレーテ社地下ドック。

 

極秘裏に運び込まれたストライクフリーダムの傍らには、もう一つ、異様な「積荷」が横たわっていた。

 

それは、ブラックナイトスコード・ルドラの右腕。

 

フェムテク装甲に覆われた、漆黒の残骸だ。

 

「……ふふっ。転んでもただでは起きない。我ながら強欲ね」

 

ミーアは、回収班によって厳重に封印されるその「宝の山」を見下ろして、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

ルドラの襲撃を退け、アコードによる精神干渉のデータ(証拠)を入手できたのは大きい。

 

だが、それ以上にこの右腕は、今後の戦局を左右する特大のジョーカーだ。

 

ビームを無効化し、レールガンやミサイルすら防ぐ鉄壁の防御力。

 

まともにやり合えば、こちらの攻撃は通じず、相手の攻撃だけが一方的に通るという理不尽なゲームを強いられる。

 

けれど、現物が手元にあれば話は別だ。

 

「お願いね、エリカさん。このチート装甲を丸裸にして。……弱点のひとつやふたつ、必ず見つけ出して」

 

「ええ、任せておいて。ビームを通さない理屈、必ず解明してみせるわ」

 

モルゲンレーテの技術主任、エリカ・シモンズが頼もしく頷く。

 

これで「対フェムテク装甲用兵装」の開発に目処が立つ。

 

ブラックナイツが誇る無敵の盾は、もはや絶対的なものではなくなるのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

オーブ行政府、代表首長執務室。

 

「……なるほどな。状況は理解した」

 

カガリ・ユラ・アスハは、ミーアから渡されたデータチップをデスクに置き、険しい表情で腕を組んだ。

 

「お前の脳波データを見る限り、向こうから何らかの精神干渉があったのは間違いない。だが……」

 

「ええ。先に火を吹いたのは私のドラグーン。向こうには『正当防衛』という大義名分がある」

 

ミーアは紅茶を一口飲み、冷静に頷いた。

 

ファウンデーション側がこの件を公にするとは思えない。

 

彼らは自分たちが「アコード」であることを隠しているし、精神干渉を行った事実を伏せたままで「ザフトの大佐に撃たれた」と騒げば、藪蛇になりかねないからだ。

 

「お互いに腹を探り合う、沈黙の冷戦……ってところね」

 

「ああ。だからこそ、表立った調査はできない。……だが、放っておくわけにもいかん」

 

カガリは懐から端末を取り出し、ある回線へと繋いだ。

 

「出番だぞ、アスラン。……それに、メイリンも」

 

モニターに映し出されたのは、秘密情報機関『ターミナル』に出向中のアスラン・ザラ。

 

そして、その隣にはかつてミネルバのCICを担当していたメイリン・ホークの姿があった。

 

「やれやれ。ようやく俺の出番か」

 

アスランは苦笑しながらも、その目は鋭く光っている。

 

「話は聞いているよ、ミーア。……君を精神的に追い詰めようとした輩だ。徹底的に調べ上げさせてもらう」

 

「久しぶりね、ミーアさん! 私も協力します!」

 

メイリンが元気よく手を振る。

 

彼女は、本来の歴史ではアスランと共に脱走劇を繰り広げたが、この世界ではメイリン自身の適性を見抜いたミーアの采配により、早期にターミナルへと移籍していた。

 

情報戦のスペシャリストとして、彼女のハッキング能力は今やアスランの潜入活動に不可欠なものとなっている。

 

「頼んだわよ、二人とも。……ファウンデーション王国、そして『アコード』。その化けの皮を剥がしてちょうだい」

 

「了解だ。……ブラックナイトスコード、ファウンデーション独立戦争の英雄たちか。その英雄の裏の顔、暴いてみせるさ」

 

通信が切れる。

 

最強の諜報員と、天才ハッカー。

 

この二人が動けば、どんな国家機密も丸裸にされるのも時間の問題だ。

 

「さて……」

 

ミーアは窓の外、オーブの青い空を見上げた。

 

フェムテク装甲の解析、アコードの調査。

 

着々と「反撃」の準備は整いつつある。

 

(待っていなさい、オルフェ・ラム・タオ。……貴方たちが描く『完璧な未来』なんて、私が全部ひっくり返してあげるんだから!)

 

戦いの舞台は、MSによる武力衝突から、情報と技術を巡る暗闘へと静かに移行しつつあった。

 

 

◇◇◇

 

 

オーブ連合首長国、モルゲンレーテ社地下開発局。

 

回収されたブラックナイトスコード ルドラの右腕──その漆黒の装甲板を前に、主任技師であるエリカ・シモンズは、珍しくお手上げといった様子で肩をすくめた。

 

「……驚いたわね。解析結果が出たわ」

 

彼女がメインモニターに表示させたのは、電子顕微鏡レベルで拡大された装甲の断面図だった。

 

「ナノレベルの特殊粒子を多層的に定着させ、さらにフェムトメートル──つまり原子核レベルの精度でエネルギー干渉を制御しているわ。ビームが当たった瞬間、そのエネルギーを表面で『滑らせて』拡散し、無効化している」

 

「それが、フェムテク装甲の正体……」

 

同席していたキラが、モニターを見上げて息を呑む。

 

通常のPS装甲が「物理的な衝撃」をエネルギー消費で無効化するのに対し、フェムテク装甲は「ビームエネルギー」を物理構造と微細フィールドで無効化する。

 

真逆であり、MS戦の常識を覆す技術だ。

 

「ええ。ビームサーベルのような、高密度のプラズマを直接押し付けるような攻撃なら、許容限界を超えて焼き切れるでしょうけど……」

 

エリカは厳しい現実を突きつけた。

 

「ライフルやキャノンといった『飛び道具』としてのビーム兵器でこれを貫くのは、現状の理論では不可能よ。対抗兵器をゼロから開発するとなれば……そうね、基礎研究だけで年単位の時間が必要になるわ」

 

「年単位……」

 

キラの表情が曇る。

 

敵は待ってくれない。

 

現状では、ビームライフルはただの光の演出にしかならず、有効打を与えるには危険な接近戦か、弾数制限のある実体弾しかない。

 

それは、「不殺」を貫こうとするキラにとって、そして多数の敵を相手にする戦場において、圧倒的な不利を意味していた。

 

「……いいえ、エリカさん。ゼロから作る必要はありませんわ」

 

沈黙を破ったのは、腕組みをしてデータを見ていたミーアだった。

 

彼女は不敵な笑みを浮かべ、ストライクフリーダムの改修プランが表示された別のモニターを指差した。

 

「私たちがここに来た本来の目的……ストライクフリーダムの『弐式』への改修。その目玉となる新武装があるはずです」

 

「……ああ、アレのこと?」

 

エリカが少し渋い顔をする。

 

「頭部に搭載予定の、原子崩壊を利用した収束重核子ビーム砲……通称『ディスラプター』。でもアレは、理論上は可能でも、制御が難しすぎて実用化には程遠い欠陥兵器よ? それこそ、未完成のまま搭載しても自爆するのがオチだわ」

 

「だからこそ、です」

 

ミーアは一歩前に出た。

 

「フェムテク装甲は『ビームエネルギーを拡散』する。なら、拡散する暇も与えないほど鋭利に、原子の結びつきそのものを断ち切る刃ならどうかしら?」

 

ディスラプター。

 

それは装甲を「焼く」のではなく、空間ごと「裂く」次元の兵器。

 

防御などという概念の外側から、対象を両断する禁断の力。

 

「制御の問題は、新型の融合炉と、……そして、キラのOS調整能力があればクリアできます」

 

ミーアは確信を持って断言した。

 

年単位の研究など待っていられない。

 

ゴールは分かっているのだから、そこへの最短ルートを舗装して走ればいいだけだ。

 

「エリカさん、ディスラプターの実装を最優先でお願いします。……あれこそが、あの黒い騎士たちの『無敵』を終わらせる、唯一の鍵になりますわ」

 

「……ふふっ、貴女にそう言われると、なんだか明日には完成しそうな気がしてくるから不思議ね」

 

エリカは苦笑しながらも、その瞳には技術者としての闘志が灯っていた。

 

「分かったわ。……やってみましょう。最強の矛と最強の盾、どちらが上か。オーブの技術屋の意地、見せてあげるわ」

 

こうして、フェムテク装甲という絶望的な壁は、「ディスラプターの実戦投入」という明確な打開策へと繋がった。

 

ストライクフリーダム弐式の完成。

 

それが、来るべき決戦の狼煙となる。

 

 

◇◇◇

 

 

ファウンデーション王国の宰相、オルフェ・ラム・タオは、静寂に包まれた自室のテラスで、夜の王宮を見下ろしていた。その手元の端末には、大気圏内でストライクフリーダム──ミーア・キャンベルに強襲を仕掛け、敗走したリュー・シェンチアンからの戦闘報告が詳細に記されていた。

 

「……アコードの精神干渉が、効かなかった、だと?」

 

オルフェの声は低く、平坦だったが、その瞳には未知の事象に対するかすかな困惑が宿っていた。

 

アコードは、遺伝子的に「他者の思考を読み、導く」ために設計された、コーディネーターを超える存在だ。不完全な旧人類であるコーディネーターが、その「絶対的な意志」を撥ね退けるなど、彼らの存在定義からすれば、理論上あり得ないはずのことだった。

 

「申し訳ありません、オルフェ。あの女……ミーア・キャンベルの精神を汚染しようとした瞬間、得体の知れないノイズに弾き出されました。まるで、彼女の背後に別の、もっと強大な『亡霊』が潜んでいるような……」

 

膝をつき、屈辱に顔を歪めるリューに対し、オルフェは静かに首を振った。

 

「いい、気にするなリュー。君を責めるつもりはない。……右腕の一本くらい、今の我々には安い代償だ」

 

オルフェは端末の画面をスワイプし、ミーアの肖像を映し出した。

 

プラントの歌姫、ラクス・クラインの代役。ただの、容姿を似せただけの駒。当初の調査ではその程度の認識でしかなかった。

 

「ただのコーディネーターがアコードに抗う術を持つはずがない。……だが、現実にリューの干渉を無効化し、あまつさえフェムテク装甲の隙を突いて機体を損傷させた。……これは興味深いサンプルだ」

 

オルフェの頭脳は、即座に次の算盤を叩き始めた。

 

自分たちの目的は、同じアコードの血を持つラクス・クラインを迎え入れ、デスティニープランによって世界をあるべき秩序へ導くこと。

 

そのラクスの最も近くに、アコードの特権的支配を無力化する「不確定要素」が居座っている。それを知ることができただけでも、軍事機密の流出という損害を補って余りある収穫だった。

 

「……ラクス・クラインという光の傍に、彼女を影で守る、触れられぬ闇がいるというわけか。面白い。もし彼女の『特性』が人為的なもの、あるいは偶発的な突然変異であるなら、それはアコードにとって最大の脅威、あるいは新たな進化の鍵になる」

 

オルフェは、俯いたままのリューの肩に優しく手を置いた。

 

「立て、リュー。機体は修復させればいい。我々はアコードだ……失敗さえも糧にして、真理へと到達する義務がある。君の持ち帰ったこの『恐怖』こそが、我々の計画をより完璧なものにするだろう」

 

「……オルフェ。感謝します」

 

リューが退室した後、オルフェは再び暗い夜の海を見つめた。

 

「ミーア・キャンベル。……君は一体、何を見て、何を知っているのだね? 我々の『運命』の中に、君のようなイレギュラーは用意されていないはずなのだが」

 

アコードの絶対的な優位性が揺らいだ一刻。

 

オルフェ・ラム・タオは、傲慢な新人類の長としてではなく、獲物を狙う冷徹な観察者として、ミーア・キャンベルという名の「解釈違い」を、その標的リストの最上位へと刻み込んだ。

 

平和監視機構コンパス。そして、その懐に潜む異質な守護者。

 

ファウンデーションの奏でる「調和」の旋律に、いま、不気味な不協和音が混じり始めていた。

 

 

 

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