ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:46 月下の怨嗟

 

燃え盛るオルドリンの夜空を、巨大な影が支配していた。

 

デストロイガンダムの両腕が分離し、スラスターを噴射して宙を舞う。

 

それは本体とは独立して動き回る、高出力ビーム砲のオールレンジ攻撃端末『シュトゥルムファウスト』だ。

 

「来なさい! 私たちが相手よ!」

 

ミーアの駆る白き翼──レイジングフリーダムが、敢えて敵の懐に飛び込むように加速する。

 

五指の砲門から放たれるビームの雨を、紙一重のロール機動で回避しながら、ビームライフルを連射して敵の注意を一身に集める。

 

「そこだッ!」

 

その一瞬の隙を見逃すキラではない。

 

ミーアに気を取られた飛行アームの死角──陽電子リフレクターが展開されていない裏側へと、ライジングフリーダムが滑り込む。

 

抜刀されたビームサーベルが夜闇に閃き、鋼鉄の腕を一刀両断にした。

 

「上!? ──させるか!」

もう片方のアームが、死角となる頭上から二機を強襲しようと迫る。

 

だが、キラとミーアは振り返りもしない。

 

二機のフリーダムから既に射出されていたシールドブーメランが、意思を持つ猛禽のように空を駆け、襲い来るアームを側面から叩き落とし、爆散させた。

 

「行くよ、ミーア!」

 

「ええ、合わせますわ!」

 

邪魔な腕を排除した二機は、速度を緩めることなくデストロイの本体へと肉薄する。

 

眼前に迫る二つの「自由」。

 

デストロイのパイロットは恐怖に駆られたように、胸部の複相ビーム砲へのエネルギー充填を開始した。

 

都市一つを焼き払う紅蓮の光が、不吉な輝きを増す。

 

だが、その発射シークエンスが完了するよりも、二人のコーディネイターの反応速度が遥かに上回っていた。

 

ライジングとレイジング、二機のフリーダムが展開する全砲門が火を噴いた。

 

レールガンが、ビームキャノンが、正確無比にデストロイの全身に配置された砲門やセンサー、関節部を狙い撃つ。

 

「ダルマ」にするための、精密すぎる破壊の嵐。

 

無数の爆発が巨体の表面で弾け、デストロイの動きが止まる。

 

そこへ、空を旋回していた二枚のシールドブーメランが戻ってきた。

 

加速した質量とビーム刃の複合攻撃が、デストロイの頭部を刎ね飛ばし、そのまま胸部のビーム砲発射口を横一閃に切り裂いた。

 

断末魔のような爆音と共に、要塞のごとき巨神が膝から崩れ落ちる。

 

炎を噴き上げ、大地に倒れ伏すデストロイ。

 

その上空には、傷一つ負わず、悠然と翼を広げる二機のフリーダムの姿があった。

 

「…………」

 

その圧倒的な光景を、少し離れた位置から見ていたシン・アスカは、握りしめていた操縦桿から力を抜いた。

 

「くそっ……出る幕ないじゃん……」

 

援護しなければ、と焦り、スラスターを吹かそうとしていたイモータルジャスティスは、行き場を失ったように空中に漂っている。

 

連携、火力、速度、判断力。

 

その全てが次元違い。

 

自分が入る隙間など、最初からどこにもなかったのだと思い知らされ、シンはただ呆然と呟くしかなかった。

 

炎上するデストロイの残骸を背に、優雅に翼を休める二機のフリーダムの姿を、ただ唇を噛んで見つめるしかなかった。

 

「……追いつけないのかよ、俺は。……また、あんな風に……」

 

シンの独り言は、勝利に沸く通信ノイズの中に、誰にも届かず消えていった。

 

 

◇◇◇

 

 

デストロイが轟音と共に崩れ落ち、その巨体が爆炎に包まれると、形勢は一気に傾いた。

 

要塞のごとき後ろ盾を失ったロゴスの攻撃部隊は、蜘蛛の子を散らすように撤退を始めた。

 

逃げる先は、隣接する旧市街──ユーラシア連邦の領土であり、現在は緩衝地帯となっているカナジの方角だ。

 

すると、オルドリン守備軍の開いていた回線に、怒号のような通信が飛び込んできた。

 

『オルドリン防衛司令部より達する! この戦闘の裏にはミケールがいるとの情報あり! 総員、追撃せよ! カナジを制圧し、ミケールを引きずり出せ!』

 

「なんだって!?」

 

イモータルジャスティスのコクピットで、シンは息を呑んだ。

 

ミケール大佐。現在、ブルーコスモス残党を統率しているとされる男だ。

 

残党とはいえ、その戦力は未だに侮れない。現にデストロイや大型MAを隠し持っていたことが何よりの証拠だ。

 

その首魁が、すぐそこの街に潜んでいるというのか。

 

もし本当なら、これは戦争を終わらせる千載一遇のチャンスだ。

 

だが、シンはそれを素直に喜べなかった。

 

彼の視線の先で、これまで防戦一方だったオルドリン守備軍のジンやザウートが、鬼の形相でカナジ市街地へと雪崩れ込んでいくのが見えたからだ。

 

「うおおおおッ! 逃がすかぁッ!!」

 

復讐の連鎖。

 

オルドリン自治区が焼かれたように、今度はカナジの市街地が、ザフトの手によって焼かれ始めていた。

 

『警告します。進軍を中止してください。ミケール大佐はここにはいません!』

 

上空からキラの必死の声が響く。

 

だが、血走った目の兵士たちには届かない。

 

国境線を越え、彼らはロゴス残党──いや、それを匿っている(ように見える)街そのものに牙を剥いた。

 

一機のジンが、逃げ遅れたダガーを捕まえ、重斬刀を何度も何度も叩きつけている。

 

それは戦闘不能にするための攻撃ではない。積年の恨みを、肉片になるまで叩き潰して晴らそうとする、私怨による処刑だった。

 

別の機体からはD装備の大型ミサイルが放たれ、その爆風がカナジの居住区を吹き飛ばし、逃げ惑う人々を巻き込んでいく。

 

「やめろッ……!」

 

シンは叫び、止めようと機体を動かそうとした。

 

その時だった。

 

戦場全体を頭上から抑えつけるような、凛とした、しかし冷徹なまでのプレッシャーが降ってきた。

 

『私はザフト軍統合参謀本部、及び世界平和監視機構コンパス所属、ミーア・キャンベル大佐です』

 

透き通るような声。

 

けれど、その響きは紛れもなく、プラントの指導者『ラクス・クライン』のそれだった。

 

『オルドリン守備軍に通告致します。これ以上の争いは無意味です。あなた方のその血の恨みを、無関係な無辜の人々に向けてはなりません』

 

白き翼、レイジングフリーダムが、燃えるカナジの街と、進撃するザフト軍の間に舞い降りる。

 

その姿は、両手を広げて争いを止める天使のようであり、同時に、命令に背く者を断罪する女神のようでもあった。

 

『そしてこの場にはミケール大佐もおりません。その胸の冥い焔を、どうかお鎮めください。このまま進軍し、軍事境界線を越えてしまえば、それこそミケール大佐の思う壺です』

 

彼女は知っている。そこに敵将はおらず、これは憎しみを煽り、戦争を再開させるための罠だと。

 

『これは命令です。オルドリン守備軍は直ちに戦闘を停止し、自治区内へ後退なさい。繰り返します。戦闘を停止し、後退なさい』

 

絶対的な命令。

 

その言葉の重みに、振り上げられた重斬刀が空で止まる。

 

傷ついたジンたちが、行き場を失った怒りや憎しみを機体の震えに変えながら、それでも「ラクス・クライン」の命令ならばと、後ろ髪を引かれる思いでトボトボと引き返し始めた。

 

その背中を、敵の残党に撃たれないように。

 

そして、彼らが再び暴走して撃たないように。

 

ミーアのレイジングフリーダムは、武器を構えることなく、ただその場で睨みを利かせていた。

 

言葉だけで、戦いを止めた。

 

流れるはずだった血を止めた。

 

けれど、行き場をなくしたドス黒い感情は、どこへ向かうのか。

 

その矛先は、全て「止めた者」へと向けられた。

 

『なんで止めるんですか! 奴らは俺の家族を!』

 

『ミランが殺されたんだぞ! 目の前で! 仇を討たせてくれよ!』

 

『綺麗事ばかり言うな! あんたに俺たちの何が分かるんだ!』

 

通信回線には、兵士たちの悲痛な叫びと、ミーアへの罵倒が溢れかえっていた。

 

称賛などない。感謝もない。あるのは、復讐を邪魔された恨みだけ。

 

ミーアはそれに対し、一切の弁明をしなかった。

 

ただ沈黙し、その白い機体の背中で、彼らの呪詛を一身に受け止め続けていた。

 

「…………」

 

シンは、その姿があまりにも痛々しくて、言葉を失った。

 

何か言おうとして、喉の奥で止まる。

 

「俺たちが正しいんだ」と言えば、彼女は救われるのか。

 

「仕方ない」と言えば、彼女の背負った十字架は軽くなるのか。

 

自分の言葉で、あの背中の重さを分けられるとは思えなかった。

 

『ミーア。……ありがとう。君が止めてくれなかったら、もっと燃えてた』

 

キラの声が入った。

 

いつもより少しだけ硬い、けれど慈愛に満ちた声。

 

止めたから、守れた命がある。

 

止めたから、憎まれる。

 

その矛盾と痛みを、キラだけは正しく理解し、肯定した。

 

『……でも、君が全部背負う必要はない』

 

それは、ミーアだけでなく、自分自身に言い聞かせるような響きでもあった。

 

続いて、ハイネのドスの効いた声が割り込む。

 

『オルドリン守備軍。聞こえてるか? お前らの怒りが本物なのは分かる。だが、今それを市街地でやったら、仇じゃなく“次の仇”を生むだけだ。……その責任、誰が取る?』

 

荒っぽい物言いだが、その芯は冷たいほどに論理的で、正しい。

 

ハイネは兵士たちの怒りを否定しなかった。

 

ただ、その怒りをぶつける場所が「今、ここではない」と、戦士としての理屈で諭した。

 

『今夜は引け。敵は逃げた。追うのは俺たちの仕事だ。お前らの仕事は住民を守ることだ。違うか?』

 

通信が一瞬だけ詰まる。

 

罵倒が止み、納得とはいかないまでも、彼らが武器を収めるための「理由」が与えられた沈黙。

 

それが、この戦場の最後の緊張だった。

 

やがて、ザフト軍は完全に撤退を開始した。

 

それでも、通信の向こうに残る痛みは消えない。

 

「止めた者」としてのミーア・キャンベルの名は、彼らの記憶に「恨むべき上官」として刻まれたかもしれない。

 

「……あんなの……止めなきゃいけないのに、止めたら憎まれるって……最悪ね」

 

ルナマリアが小さく息を吐き、ポツリと漏らした。

 

それはミーアへの批判ではない。

 

正しさを貫こうとする者が、泥を被らなければならない、この世界の歪な構造への呪いだった。

 

「………………」

 

白き翼が、罵声を浴びながらも毅然と空に佇んでいる。

 

そんな世界と、その中心で傷つきながら戦う最愛の人の姿を、レイはザクファントムのコクピットから、何も言わずにただ静かに見守っていた。

 

「ホント、綺麗事だけはお得意様ね。だからムカつくのよ」

 

ギャンシュトロームのコックピットで、白き翼を広げるフリーダムを見上げながら、アグネスは呆れたように吐き捨てた。

 

 

 

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