「キラ・ヤマト……准将以下6名、乗艦許可願います」
アークエンジェルのMSデッキにて。
キラは少しだけ言いにくそうに、しかし努めて背筋を伸ばして敬礼した。
未だにこの『准将』という肩書が、彼の背中には少し広すぎるように感じられるのだろう。
その後ろに控えるミーア、ハイネ、レイ、シン、ルナマリア、アグネスも、キラに倣って一斉に敬礼する。
白服のミーア、赤服のシンたちとFAITHのハイネ。
数奇な運命を辿り、彼らは今は同じ平和の意志の下に並んでいる。
「許可します。お疲れ様、みんな」
出迎えたマリュー・ラミアス艦長が、柔らかい微笑みと共に答礼を返した。
宇宙空間で待機している母艦ミレニアムに戻る前に、彼らはオルドリン自治区の復興支援と後詰めの引き継ぎのために急行していたアークエンジェルに立ち寄ったのだ。
補給と、そして直接顔を合わせての報告が必要だったからだ。
「よう。全機無事帰還、何よりだ。特に問題はなさそうだな」
マリューの隣に立っていたムウ・ラ・フラガが、いつも通りの気さくな調子で片手を挙げる。
その視線は、若いパイロットたちへと向けられた。
「どうだ? 新型には慣れたか?」
「はい、シミュレーション通りです!」
ルナマリアがハキハキと頷く。彼女にとってゲルググメナースの重厚な操作感は相性が良いらしい。
「ええ、まぁ……」
対照的に、シンは言葉を濁した。
イモータルジャスティス。
最新鋭の素晴らしい機体だ。高機動で、変形もできて、武装も豊富だ。
だが、心のどこかで燻る違和感。
あの紅蓮の翼──デスティニーなら、もっと上手くやれたのではないか。
あの翼があれば、もっと速く、もっと強く、あの二人──キラとミーアの隣に立てたのではないか。
そんな「無い物ねだり」が、彼に素直な称賛を口にさせるのを躊躇わせていた。
一行はマリューとムウに先導され、艦橋へと続く通路を歩き出す。
「被害の状況は、どの様に?」
歩きながら、ミーアが静かに訊ねた。その声音は、現場指揮官としての冷静さと、一人の人間としての痛みが混じっていた。
「今のところは死者257名、内民間人が68名。オルドリン自治区だけでそれだけ……。瓦礫の下にはまだ大勢いる。たぶん、もっと増えるわ」
マリューの表情が暗く沈む。
軍人だけでなく、逃げ遅れた民間人が多数犠牲になった。
「今回も母艦は無し。MS部隊だけで一気に奇襲だ」
ムウが苦々しい顔で補足する。
「……ミケールのネットワークですね」
キラが重いため息をついた。
「ええ。だけど、彼の参戦情報はフェイク。ザフトに国境侵犯させるのが真の狙いでしょう」
マリューの言葉に、シンは肩を落とした。
やはり、カナジにミケールはいなかった。
あのオルドリン守備軍の暴走も、カナジの民間人が巻き込まれたのも、全ては仕組まれた茶番だったのか。
見えない敵の掌の上で踊らされ、失われた命の重さに、遣る瀬無い想いが込み上げてくる。
「自分の名前をエサにすりゃ釣り出せると確信してるんだろ。ドマ、エーロン、ライハ……毎度同じ手口だ」
ムウが吐き捨てるように言う。
「ええ。……国境侵犯を避けるよう厳命は出していますが、現場の感情まではコントロールできません。オルドリン守備軍のように、命令がどこまで効果を持つか……」
ミーアの声にも、焦燥の色が滲む。
いくら彼女が「ラクス・クライン」の声で止めたとしても、人の心に植え付けられた憎悪の種までは摘み取れない。
「アイツら、こんなこといつまで続けるんすか!?」
たまらず、シンは声を荒げた。
「最初っから帰還を想定しない作戦なんて! パイロットも機体ももちませんよ!」
コンパスが発足してから、ずっとこれだ。
ロゴス残党の戦法は、常に一方通行。
母艦を持たず、補給も退路も断った状態での、自爆特攻染みた破壊活動。
そんなテロに巻き込まれる民間人はもちろん哀れだ。
だが、シンは同時に考えてしまう。
ただ「暴れて死んでこい」と命令され、使い捨ての駒として散っていく敵パイロットたちのことを。
彼らにも家族がいたかもしれない。守りたいものがあったかもしれない。
それなのに、憎しみの道具として消費されるだけの命。
シンの優しさは、敵の痛みさえも想像してしまい、自らの心を傷つけていた。
「でも、続いてる。……だから問題なんだ」
キラが静かに、けれど痛切に呟く。
その言葉に、シンはハッとして口を噤んだ。
非人道的な作戦。それでも志願する者が後を絶たないほど、ナチュラルとコーディネーターの溝は深く、憎しみは根深いのだ。
一行はブリッジへと向かうエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まり、上昇を始める独特の浮遊感。
「根の深い問題だぜ、実際」
ムウが天井を見上げながら、やり切れないといった風にため息を吐く。
エレベーターが上へと昇っていくのに反比例して、シンの腹の底は鉛を飲み込んだように重く沈んでいく。
ナチュラルがコーディネーターを憎み、コーディネーターがナチュラルを憎む。
戦えば戦うほど、新たな遺族が生まれ、新たな復讐者が生まれる。
この無限に続く負の連鎖を、いったいいつ、どうやって断ち切ればいいのか。
自分たちの戦いは、本当に平和に繋がっているのか。
「ま、考えたって仕方ねぇ。俺たちに出来るのは、連中のMSの在庫がスッカラカンになるまで叩いて回るしかない。今は、な」
不意に、背中に温かい衝撃が走った。
「ハイネ……」
振り返ると、ハイネがシンの肩をポンと叩き、ニカッと笑っていた。
複雑な政治や思想の話で空気が重くなった時、この先輩の底抜けの明るさと割り切りの良さは、いつもシンの救いだった。
単純化しているのではない。
「今できること」に集中させてくれているのだ。
「シン。余計な事は考えるな、とは言わない。だが、考え過ぎれば次に撃たれるのはお前だ」
「レイ……」
反対側からは、レイが静かな瞳でシンを見つめていた。
冷淡にも聞こえる言葉だが、その奥にあるのは、親友を失いたくないという深い情愛だ。
戦場で迷えば死ぬ。
それを誰よりも知る彼だからこその、実直なアドバイスだった。
「……はい。ありがとうございます」
二人の先輩と親友に支えられ、シンは少しだけ顔を上げた。
答えは見えない。
それでも、隣にいてくれる人たちがいる限り、まだ戦える。
シンは拳を握りしめ、エレベーターの扉が開くのを待った。
◇◇◇
プラント最高評議会の議場には、雷鳴のような怒声が叩きつけられていた。
「我が軍の被害を、クライン総裁はご存知ないのか!? ブルーコスモスの一方的な侵攻を受け、同胞が焼かれたのはこちらなのだぞ!」
演壇に拳を叩きつけ、激昂を露わにしているのは現国防委員長、ハリ・ジャガンナート中佐である。彼の鋭い視線は、議場の中央に座すラクス・クラインへと向けられていた。
「現場の兵の心情を慮れば、キャンベル大佐の下した命令は……仇が目の前にいるというのに撃つな、追うなとは、あまりにも無慈悲に過ぎる! 誇り高きザフトの兵を、コンパスの、そして貴女の『理想』の生贄にするつもりか!」
ラクスは背筋を伸ばし、ジャガンナートの激しい糾弾を正面から受け止めていた。その表情は神妙であり、静かに目を伏せている。
ジャガンナートは当初からコンパスの存在を、ひいてはナチュラルとの融和という路そのものを、生理的なまでの嫌悪感を持って否定し続けてきた。
(……痛みは、確かにそこにありますわ)
ラクスは心の中で呟く。
ザフト内部でも、先日のオルドリン自治区襲撃事件におけるミーアの「追撃禁止」の命令を疑問視する声は大きい。
「統合参謀本部大佐」という重い肩書きを背負っていても、それが前線の兵士たちの、家族や友を殺された剥き出しの怨恨を鎮める盾にはなり得なかった。
「悪いのはブルーコスモスだ! なぜ被害者である我々が、加害者の逃走を黙って見送らねばならんのだ!」
議場の一部からも、それに同調する野次が飛ぶ。
一方で、コンパスとザフトの戦闘に巻き込まれたユーラシア側の旧市街カナジからも、連日、激しい抗議と非難が届いていた。
ラクスはそれら全ての非難に対し、沈鬱な表情を崩さず、丁寧な謝罪と見舞いの言葉を贈る。
前線でレイジングフリーダムを駆り、兵士たちの呪詛を文字通りその背中で一身に受けているミーアを想えば、議場という安全な場所で言葉を紡ぐだけの仕事に、痛みなど感じてはならない。そう自分に言い聞かせていた。
誰もが傷を負っている。その傷が何かの拍子に開けば、また憎しみの血が流れ出す。
その危うさを理解しながらも、ラクスは「それでも」と願わずにはいられない。
ジャガンナートがさらに言葉を重ねようとした、その時だった。
「ですが、ジャガンナート委員長。……コンパスの働きによって、最悪の事態である『国境侵犯』は食い止められたのではありませんかな?」
穏やかだが、議場の空気を一瞬で鎮めるほどの重みを持った声。
発言したのは、最高評議会議長ワルター・ド・ラメントであった。
「もし、あのまま軍が暴走し、カナジを焼き払った後で……そこにミケール大佐がいなかった、ということにでもなれば。我がプラントの国際的立場はどうなっていたでしょう?」
ラメントの鋭い指摘に、ジャガンナートは言葉を詰まらせた。
そうなれば、プラントは「テロリストの掃討」という大義を失い、単なる「隣国への侵略者」として世界中の非難の矢面に立たされていただろう。
それはブルーコスモスが最も望んでいた、全面戦争への引き金そのものだった。
議員たちの間に、慎重な沈黙が広がる。それを引き継ぐように、一人の男がゆっくりと立ち上がった。
元議長にして、今は一行政官としてデスティニープランの管理に携わるギルバート・デュランダルである。
「ラメント議長の懸念は、もっともなことです」
デュランダルはかつてのような野心を感じさせない、隠者のような微笑を浮かべて言葉を続けた。
「皆さんの怒りも、そして兵士たちの嘆きも正しい。しかし……我々大人が今、ここで『仇を撃て』と命じてしまえば、前線で憎しみの連鎖を食い止めようと忍耐を重ねる若者たちの献身に、誰が報いると言うのですか?」
デュランダルは議場を見渡した。
「我々大人は、過去に二度、同じ過ちを犯しました。ジェネシス、レクイエム、そして核ミサイル。……数えきれないほどの負債を積み上げ、それを清算するために、彼ら若者たちは血を流して戦ってくれた。……今は、彼らの言葉を信じ、その忍耐を支えることこそが、我ら大人がなすべき唯一の『罪滅ぼし』ではないでしょうか」
その静かな、けれど有無を言わせぬ重みを帯びた言葉に、議場の空気は完全に氷解した。
ジェネシスや核ミサイルという凄惨な記憶。
それらを引き起こしたのが自分たち年長者の世代であり、それを止めたのが今のコンパスの中核にいる若者たちであることを、否定できる者はここにはいなかった。
ジャガンナートは悔しげに座席へ沈み込み、議論は一時の落ち着きを取り戻した。
ラクスは胸中で深く息を吐き、静かにデュランダルへと視線を送った。
彼は行政官として働きながらも、その言葉の刃を、今もなお世界をあるべき形へ導くために使い続けている。
(……ありがとうございます、デュランダル長官)
ラクスは再び前を見据えた。
プラントの議場で言葉の嵐を凌ぐ自分と、戦場で憎悪の嵐を凌ぐミーア。
二人のラクス・クラインの戦いは、形を変えながらも、この危うい均衡を守るために続いていた。
アカン、てんで話が進まないというか、内容を大きく動かせるのが中盤から終盤だから、序盤の今が映画と殆ど同じ内容になってしまっていて、DESTINY時期のダイナミックオリチャーが発動出来ないのが悔しい。
いや、中盤と終盤でもそこまで大胆なオリチャー発動にはならんから、FREEDOMが蛇足みたいになってしまっている。
DESTINYで終わらせてた方が美しかったまで自分で感じてしまっているのもマズい。
ミーアたちが加わった所で世界が変わらないなんて現状。
皆さんどう思います?
小説の方向性について
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このまま進みは遅いがゆっくりと書く
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ある程度端折って駆け抜ける