岩塊に埋もれたミネルバを救い出すため、私はそのままピンクのザクウォーリアを動かし続けた。
巨大なマニュピレーターで岩を退かし、進路を確保する。
本来なら、私のような「素人」が戦力に数えられるはずはない。けれど、正規パイロットを二人も失ったミネルバにとって、先ほどの戦果と、その人手不足が、私をこの場に留めていた。
(……動いている方が、いいわ)
指先を動かし、ペダルを踏む。機械的な作業に没頭することで、先ほど奪った命の感触を、心の隅に追いやりたかった。
原作では、絶体絶命のミネルバを救うためにアスランが提案した「右舷火力を小惑星に集中させ、その爆風で脱出する」という荒業が行われた。けれど、今回は私とアスランが外で暴れたおかげで、ボギーワン(ガーティー・ルー)は早々に撤退した。ミネルバは傷だらけではあるけれど、自力で脱出できるだけの余裕がある。
「流石、綺麗事はアスハのお家芸だな!」
補給のためにハッチを開けていた格納庫に、シンの鋭い叫びが響き渡った。
私は作業の手を止め、モニター越しにその光景を見つめる。
シン・アスカ。
かつてオーブで、連合の侵攻によって家族を失った少年。
カガリの掲げる「理念」が、彼の家族を守れなかった。その事実は、どんな言葉を尽くしても消えることはない。
カガリ、貴女の言う通り、強すぎる力は争いを呼ぶわ。
でもね……その理念を聞いてくれる「良識」を持たない相手には、言葉は届かないのよ。
ブルーコスモス、ロゴス。
彼らが作り上げた「コーディネイターは排除すべき異物」というルールが支配するこの世界で、丸腰の理想はただの標的でしかない。
(デスティニープラン……結局、それは高度な職業斡旋システムに過ぎない)
議長が目指す世界を、私は知っている。
遺伝子で役割を決め、争いの火種となる「欲望」や「競争」を管理する。
けれど、そんなことで人は縛れない。
現に、本来ならアイドルとして踊らされるだけの運命だった「ミーア・キャンベル」という存在が、今こうして戦場に立ち、運命を塗り替えている。それが何よりの証拠だ。
人は、他者より強く、他者より先へ、他者より上へ行こうとする生き物。
ラウ・ル・クルーゼが嘲笑ったその「業」こそが、人類が歩んできた歴史そのもの。
だからこそ、守りたいものを守るための「力」が必要になる。
カガリは、危ういバランスで保たれている今の世界を壊したくないから慎重になっている。それも痛いほど分かる。
けれど、被災したプラントに平然と核を撃ち込むロゴスが支配するこの世界で、守るための力を持たないことは、死を受け入れることと同義だ。
「……だから、私は戦うわ」
私は独り言を呟き、再び操縦桿を握りしめた。
もし、力を持った誰かが間違えるなら、私がそれを止める。
人が人を撃たずに済む世の中。
争いの火種を消して回る「コンパス」のような意志を、今この時点から私が体現していく。
「……だって、それが『ラクス・クライン』の役目だもの」
ミーア・キャンベルという一人の女の子としての私は、まだ震えている。
けれど、ラクス・クラインという偶像を纏った私は、もう迷わない。
私は再びザクの腕を動かし、ミネルバを覆う暗い岩塊を一つ一つ取り除いていった。
いつか、この暗闇の向こうに、誰もが自分の意志で歩める本当の光を見つけるために。
「見てなさいよ、議長。……あんたの書いた『運命』なんて、私が全部書き換えてやるんだから」
格納庫に響くシンの怒声と、カガリの沈黙。
その狭間で、私は静かに、けれど誰よりも強く「ラクス・クライン」として生きる決意を固めていた。
◇◇◇
緊急警報がミネルバの艦内に鳴り響く。
その音は、これまでの局地的な戦闘とは違う、世界そのものが破滅へ向かうカウントダウンのようだった。
「ユニウスセブンが、動いている……」
モニターに映し出された、かつての悲劇の残骸。それが今、地球という揺りかごを叩き潰すための質量兵器として牙を剥いた。
私は知っている。これが単なる事故ではないことを。パトリック・ザラを信奉し、ナチュラルへの憎悪を募らせたザフト脱走兵たちによる「テロ」であることを。
「……行きましょう、ピンクちゃん」
私は、支給されたばかりの赤服のパイロットスーツに袖を通した。
ザフトのエース、レッド。エリートの証。
鏡を見ると、身体のラインが強調されるスーツ姿の「ラクス・クライン」がそこにいた。
(……ちょっと、やっぱり胸がキツいわね。ラクス様より私の方が上だって、こういう時に物理的に分からされるなんて)
不謹慎なことを考えて、少しだけ笑みが漏れる。
けれど、笑っていられるのも今のうちだ。今回の作戦は、大気圏突入という過酷な環境下での岩塊破砕作業。ノーマルスーツを着ていなければ、コックピットの中で私が焼き上がってしまう。
「大丈夫か?」
隣で同じようにヘルメットを抱えたアスランが、心配そうに声をかけてきた。
「ええ。……それより、カガリさんは?」
「……寝てるよ。ずっと気を張っていたからな。それに、ちょっと少し……あった」
アスランの翳りのある表情で、何が起きたか察しがついた。
原作通り、シンはカガリにその怒りをぶつけたのだろう。アスハの掲げた理想が、守るべき国民の命すら救えなかったという、あまりにも残酷な真実を。
(八つ当たりだなんて、誰にも言わせないわ)
私は心の中で、シンの横顔を思い浮かべる。
妹の腕だけが残った、あの日の絶望。
やり場のない怒りを、せめて「原因」であるはずの指導者にぶつけなければ、彼は今この瞬間を生きることすらできなかったかもしれない。
奪われた者の正当な怒り。それを「綺麗事」で塗り潰すことなんて、私にはできない。
気付くと、私は口ずさんでいた。
ミネルバの格納庫へと向かう、重苦しい静寂の通路で。
「……君の姿は、僕に似ている。静かに泣いてるように、胸に響く……」
「……その歌」
アスランが立ち止まり、私を見る。
私は足を止めず、前を見つめたまま歌い続けた。
「……何も知らない方が幸せというけれど、僕はきっと満足しないはずだから……」
そう。
地味な女の子として、何も知らず、ただ「運命」に流されて死ぬ方が、本当は幸せだったのかもしれない。
けれど、私は知ってしまった。
この世界の結末を。ラクスという少女の孤独を。そして、今この手の中に、運命を切り拓くための「力」があることを。
「……君に僕から約束しよう。いつか僕に向かって走ってくる時は、君の視線を外さずにいよう。きっと誰より上手に、受け止めるよ」
シン・アスカ。
過去に縛られ、怒りに焼かれながら、それでも力を求めて戦場に立つ少年。
カガリ・ユラ・アスハ。
理想を掲げ、平和を願いながら、現実の無慈悲さに打ちのめされる少女。
そして、アスラン・ザラ。
かつての親友と殺し合い、父を否定し、それでも正義を求めて彷徨う戦士。
みんな、似ている。
どうしても楽じゃない道を選んで、砂にまみれて、傷ついて。
それでも「僕が選んだ今を生きたい」と足掻いている。
「何も知らない方が幸せ……か」
アスランが歌詞の一節を反芻するように呟く。
その瞳には、かつてのキラ・ヤマトとの記憶、そして今まさに苦悩しているカガリやシンの姿が映っているようだった。
「でも、私たちは選んでしまいました。知ることを。そして、戦うことを」
私は立ち上がり、少しきつめのパイロットスーツの胸元を整える。
鏡に映る私は、フリフリのアイドル衣装ではなく、ザフトの赤服を纏った一人のパイロットだった。
このスーツを着る意味。それは、死地へ赴くという覚悟の証だ。
歌い終えると、格納庫の気密扉が開いた。
そこには、再整備を終えたピンクのザクウォーリアが、出撃の刻を待っていた。
「アスラン。私は、選んだ『今』を降ろしたりしないわ」
「ラクス……」
「行きましょう。世界が壊れるのを、ただ眺めているだけなんて……私、満足できませんもの」
私はヘルメットを被り、バイザーを下ろした。
そこに映る私は、もう震えていなかった。
誰に似ているわけでもない。
本物のラクスでも、ただの替え玉のミーアでもない。
私は「私」として、この地獄のような空を翔けて、死ぬはずだった人たちの命を、そして私自身の未来を繋ぎ止めてみせる。
ミネルバが、激しい振動と共に岩塊を突き破って加速する。
かつての悲劇の象徴──ユニウスセブンへと向かって。
私の、本当の意味での「