「お気をつけて、アスラン。手強いですわよ!」
「ラクスこそ、前に出過ぎるなよ!」
通信越しに交わされる短い言葉。
私の乗るスラッシュザクウォーリアは、ライブ用のド派手なマーキングを塗り替え、戦場に馴染む無機質な装甲へと姿を変えていた。
ここは、プラントの悲劇の象徴──ユニウスセブン。
そこを「墓標」としてではなく「武器」として利用しようとする者たちを相手に、ふざけた見た目で挑めるほど、私は傲慢じゃない。
前方のデブリ帯では、イザークやディアッカ率いるジュール隊が、正体不明のアンノウン──ジンハイマニューバ2型と激しい交戦を繰り広げていた。
(ジンハイマニューバ2型……。旧式機だなんて思ったら大間違いよ。中身は決死の覚悟を持ったベテラン兵なんだから!)
「くっ、言っておいて、こうも……っ!」
加速するジンの鋭い一撃を、ビームアックスで辛うじて受け止める。
凄まじい衝撃が操縦桿を通じて腕に伝わる。
先ほどのダガーLとは格が違う。彼らは、自らの命をユニウスセブンという巨大な質量に変えてでも、地球を焼き尽くそうとする狂信者だ。
「ラクス!」
「上っ!」
アスランの援護射撃が、私の頭上を狙っていたジンの動きを一瞬だけ止める。
私はその隙を逃さず、背部のスラッシュウィザードからハイドラ・ビームガトリングを掃射した。
回避したジンが姿勢を崩す。そこへアスランのビームが機体脚部を貫く。
だが、ジンは止まらない。足を失ってもなお、こちらを道連れにせんと突っ込んでくる。
それを私のザクが切り裂く。
「ラクス!?」
「アスラン! 彼らは決死隊です。手心を加えても、傷ついた機体でも向かってきます。破砕作業を妨害されないためには……撃たなければなりませんわ!」
「っ……ええい!」
私の叫びに、アスランの動きが「不殺」から「殲滅」へと切り替わった。
非情なようだけど、こうしなければメテオブレイカーを設置しているジュール隊が全滅してしまう。
そして、私は全チャンネルに向けて、通信を開いた。
「私は、ラクス・クラインです。現戦闘宙域で破砕作業を妨害するザフト兵士に通告致します」
凛とした、鈴を転がすような声が、殺伐とした戦場に響き渡る。
一瞬、あらゆる機体の動きが止まった。
「この墓標を地球へと落とす……それは、地球に住まう我々コーディネイターの同胞すら巻き込む暴挙です。あなた方の大切なものを奪ったあの炎と同じ悲劇を、自らの手で繰り返すおつもりなのですか!?」
「ラクス・クライン、貴様ァ!!」
「パトリック様の志を汚す売国奴めがっ!!」
「落とせ! あの偽りの歌姫を叩き落とせ!!」
……狙い通り。
通信から返ってくるのは、血を吐くような呪詛の言葉。
彼らの憎悪の矛先が、作業を続けるメテオブレイカーから、一斉に「ラクス・クライン」という象徴へと向けられた。
「チョロい……なんて、言ってられませんわね」
私は機体を半身にし、ガトリングをばら撒きながら後退する。
わざと“追いやすい”軌道を描き、焦らして、引きつける。
背後では、ジュール隊が必死に破砕作業を続けている。あと少し、あと数分だけ、私が彼らの注意を惹きつけておけばいい。
「……囮になる気か」
横に滑り込んできたアスランの機体が、私の死角をカバーする。
「ええ。貴方が守ってくださるなら、私はどこまでも囮になれますわ」
「……無茶を言う」
「無茶は──今さらですわ」
二人の視界が同期し、阿吽の呼吸で敵を迎え撃つ。
怒り狂ったジンの編隊が、殺意を剥き出しにして雪崩れ込んでくる。
私は赤服の腕で、力強く操縦桿を握り直した。
恐怖はある。逃げ出したい気持ちもある。
でも、私は「死ぬためにここへ来たんじゃない」。
「さあ、来なさい。私はラクスで、私はミーアで……そして、誰よりも執念深く生き残る女ですわ!」
ビームアックスの刃が、闇の中に鮮やかな桃色の弧を描いた。
悲劇を止めるための、そして私自身が「ただの身代わり」を辞めるための、命懸けの
◇◇◇
スラッシュウィザードのビームアックスが唸り、ハイドラ・ビームガトリングが腹に響く重低音を吐き出す。
「墜ちなさいッ!」
挑発に乗って一直線に突っ込んできたジン・ハイマニューバ2型。
私は“避ける”んじゃない。
相手の動きを読み、すれ違いざまにその胴体を一文字に斬り裂く。
ビーム刃が装甲を溶かし、慣性のまま流れていく敵機が背後で爆散した。
モニターの端で炸裂する光。その瞬間、漆黒の宇宙が白く染まる。
怖い。心臓が早鐘を打っている。
相手はベテランだ。一瞬の操縦ミス、あるいはアスランのカバーが数秒遅れれば、私は宇宙の塵になる。
けれど、この死への恐怖が、逆に私の感覚を研ぎ澄ませていく。
(生きろ、生きろ、生きろ……!)
「ラクス、右だ!」
「ええ!」
アスランの警告。死角から回り込んだジンが、実体剣を振り下ろす。
私はスラスターを逆噴射し、機体を強引に仰け反らせて回避。刃が装甲を掠め、火花が散る。その鼻先を、アスランの放ったビームが貫き、爆発が闇を飲み込んだ。
その時、怒声が通信に割り込む。
『ええい、何をしている貴様ら! そのド派手な機体、邪魔だと言っているのが分からんのか!!』
青いスラッシュザクファントム。ジュール隊隊長、イザーク・ジュールだ。
「お久しぶりですわね、イザーク。相変わらずお元気そうで何よりですわ」
『なっ……貴様、本当にラクス・クラインか!? なぜこんな所に! いや、その機体色はなんだ、ふざけているのか!』
緊迫した戦場でも、突っ込むのはそこなのね……。
「ふざけてなどおりません。この墓標を落とそうとする亡霊たちを鎮めるため、参りましたの」
『チッ、余計なことを! ……だが、助かった! そのまま右翼の敵を引き付けろ!』
流石はイザーク。瞬時に私を“戦力”として計算に入れる。
だが、状況はさらに混迷を極める。
カオスがMA形態で突っ込んできた。
ビームをバラ撒きながらMSに変形し、背中の機動兵装ポッドを分離する。
全方位からの攻撃。だが、プロヴィデンスやメビウス・ゼロ、ましてや他のガンダム作品のビットやファンネルを知っている私からすれば、そのポッドの動きは単調だ。
「ええい!」
アスランがビームで一基を撃墜。
私は彼を狙ったもう片方のポッドへ、シールドから抜いたビームトマホークを投擲! 鋼鉄の斧が正確にポッドを叩き壊す。
その爆風を背に、アスランのザクがカオスに肉薄し、鉄拳を叩き込んで殴り飛ばした。
今度はアビスが迫るが、それをイザークのビームガトリングが力尽くで押し戻す。
「イザーク!」
『煩い! 今は俺が隊長だ! 命令するなっ、民間人がァ!!』
アスランと言い合いをしながらも、その動きは完璧に連携している。
その時、私の死角を突こうとしたジンの胴体を、一本の太い光条が貫いた。
『ラクス!』
「ありがとうございます、ディアッカ」
ディアッカのガナーザクウォーリアだ。オルトロスの高出力ビームが私を救う。
アスランが離れた好機を狙った敵を、彼は見逃さなかった。
「メテオブレイカーは?」
『とりあえず持ってきた分は全部打ち込んだぜ』
ディアッカがクールに答える。
ユニウスセブンの残骸が細かく砕かれ、火花が散る。
すると、ミネルバから鋭い帰還信号が届いた。
限界高度だ。これ以上は重力に引かれ、大気圏の熱に呑み込まれる。
「限界か。全機離脱! ラクス、エスコートは任せろ」
「よしなに」
私はディアッカのザクとジュール隊のゲイツRに守られ、母艦であるヴォルテールへと機体を向けた。
アスランは、カガリの待つミネルバへ。
(頼んだわよ、アスラン……)
これからミネルバは地球へ降下し、オーブへと向かう。
そこでアスランはキラと会い、本物のラクスと再会するだろう。
その時、彼が私のことを伝えてくれるはずだ。
私が掌に託した、両親の運命を。
(私は、ここで行けるところまで行く。ラクス・クラインとして、そしてミーア・キャンベルとして)
オレンジ色に輝き始めた地球の縁を見つめながら、私は自分の手を血に染めた感触を噛み締め、ヴォルテールのハンガーへと滑り込んだ。
運命はまだ、始まったばかりだ。
◇◇◇
ミネルバが大気圏の彼方、真っ赤に燃える空の向こうへ落ちていくのを、私はモニター越しに見届けた。
「……頼みましたわよ、アスラン、カガリさん」
小さく呟き、私はジュール隊の母艦、ナスカ級高速艦『ヴォルテール』の格納庫へと機体を滑り込ませた。
プシューッ……という排熱音と共にコクピットのハッチが開く。
「おい、見たかよあのザク……」
「ラクス様の専用機だってよ」
「とんでもない動きしてたぞ。普通にエース級だ」
整備兵たちのひそひそ話が耳に届く。無理もない。アイドルの替え玉が、戦場最前線でジン・ハイマニューバ2型や奪われたガンダムと渡り合っていたのだから。
私はフラつく足でタラップを降りた。
重力下の戦闘、そして命の削り合い。精神的にも肉体的にも、限界はとうに超えている。赤服のパイロットスーツは相変わらず胸がキツくて、呼吸するのも一苦労だ。
「貴様ァッ!!」
タラップを降り切る前に、鼓膜を震わせる怒声。
ヘルメットを脱ぎ捨て、銀髪を激しく揺らしながら大股で歩み寄ってくるのは、ジュール隊隊長、イザーク・ジュールだ。その後ろには、やれやれと肩をすくめるディアッカ・エルスマン。
「無茶苦茶だ! 何を考えている! 国家の象徴たる貴様が、あんな前線でMSを振り回すなど、正気の沙汰ではないぞ!」
私は手すりに掴まりながら、精一杯の「ラクススマイル」を顔に貼り付けた。
「……あら、ごきげんよう、イザーク。お久しぶりですわ。相変わらずお元気そうで、何よりです」
「挨拶などどうでもいい! 撃墜されていたらどうするつもりだった! 全軍の士気に関わるどころか、プラントの終わりだぞ!」
イザークの剣幕は凄まじい。けれど、その吊り上がった瞳の奥には、彼なりの不器用な「心配」が透けて見えた。
「ですが……守れましたわ」
「なに……?」
「貴方方が砕いてくれた破片から、そしてテロリストの刃から。……守るための力がなければ、何も守れない。それは先の大戦で私たちが学んだことではありませんか?」
私は真っ直ぐに彼の目を見つめ返した。
本物のラクスならもっと優雅に、諭すように言っただろう。でも今の私のは、実際に血を流し、人を撃った後の「生々しい意志」がこもっていた。
イザークはぐっと言葉を詰まらせた。
私の顔と、その後ろで装甲を焼き付かせたピンクのザクを交互に見て、苛立たしげに鼻を鳴らす。
「……フン。口だけは達者になったな。以前はもっと、雲の上を歩くような顔をしていたくせに」
「人は変わるものですわ。……生きるために、必要ならば」
「……」
イザークの鋭い視線が、私の瞳の奥を探るように細められる。
心臓が嫌な跳ね方をした。バレるか?
いや、今の私は「戦場を経験して変わったラクス」なのだ。彼が覚える違和感は、強くなったことへの驚きとして処理されるはず。
「まぁまぁ、いいじゃないかイザーク。実際、ラクス様の援護がなきゃ、俺たちもヤバかったぜ?」
ディアッカが飄々とした態度で間に入ってくれた。彼は私の顔をまじまじと見つめ、ニヤリと笑う。
「しっかし、あのアスランといい、あんたといい……お上品な元婚約者同士が揃って前線で泥臭い喧嘩殺法とはね。世も末だな」
「……うるさいぞディアッカ! ええい、とにかく貴様は預かる! 勝手な行動は慎め、いいな!」
「はいはい。よしなに、隊長殿?」
イザークは踵を返して、足早に去っていった。
怒鳴り散らしてはいたけれど、私を「ゲスト」ではなく「守るべき部下(あるいは同志)」として受け入れてくれた。これでプラント軍内部に、最強の盾となる繋がりができた。
私は大きく息を吐き、近くのベンチにへたり込んだ。
とりあえず、宇宙(そら)での第一関門は突破。
(アスラン、カガリ。そっちはどう……?)
私は宇宙で、もう少し地盤を固めてからそっちへ行くわ。
本物のラクス様が表舞台に出てくる前に、私は「替え玉」を越えた「ラクス・クラインという力」にならなきゃいけない。
「……あんた、本当にラクス・クラインか?」
ふと、去り際にディアッカが落としていった囁きが耳の奥でリフレインした。
「ま、俺はどっちでもいいけどな。今のあんたの方が、俺は嫌いじゃないぜ」
(……鋭すぎるのよ、あの男)
冷や汗が流れたけれど、不思議と悪い気はしなかった。
私はポケットの中で、アスランが握らせてくれた「生」の感触──掌に書いた約束を思い出しながら、冷たい宇宙の静寂に身を委ねた。