ミーア・キャンベル()の憂鬱   作:星乃 望夢

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STAGE:08 ミーアの共犯者

 

ヴォルテールの士官室。

 

デュランダル議長とは別室に通された私は、ようやく肩の荷が下りるのを感じていた。

 

この艦は議長をプラント本国へ送り届ける。

 

その“束の間”──監視もなく、ゆっくり息ができる時間。

 

(……久しぶりだな、こういうの)

 

椅子に沈み込んだ瞬間、ドアがノックされた。

 

入ってきたのは、イザークとディアッカだった。

 

「あら、お二方。部隊の隊長と副官が席を外してしまってよろしいのですか?」

 

「心配要らん。それと──その仮面も今は不要だ」

 

イザークの声音は、戦場の怒鳴り声じゃない。

 

静かで、硬い。

 

だから余計に、怖い。

 

彼の視線は“挨拶”をしていなかった。

 

私の顔の奥を──中身を、見極めようとしている。

 

(……気付いた? それとも、ディアッカがもう──)

 

イザークが部屋の隅へ視線を走らせる。

ディアッカがそれを受けて、ドア脇の端末を何気なく叩いた。

 

ピッ──小さな電子音。

 

その瞬間、耳の奥が少しだけ静かになった気がした。

 

(妨害? 盗聴対策?)

 

ディアッカが肩をすくめる。

 

「一応な。ここ、艦の中だし。用心しといて損はないだろ?」

 

軽い口調。

 

でもそれは、“今から大事な話をする”合図だった。

 

イザークが、まっすぐ私を見る。

 

「──ラクス・クラインは、あんな戦い方はしない」

 

心臓が跳ねた。

 

だけど私は笑顔を崩さない。

 

崩した瞬間、負ける。

 

「そうですか? 人は変わるものですわ」

 

「誤魔化すな。俺は“変化”の話をしていない」

 

言葉が刃物みたいに整っている。

 

痛い。

 

見られてる。

 

(イザークって、こんなに人を見てたっけ……)

 

その間にディアッカが飲み物の入ったボトルを机へ置いて、わざと軽く言う。

 

「まぁ、イザークは昔から“目だけはいい”からな。性格は最悪だけど」

 

「黙れディアッカ」

 

「はいはい」

 

軽口の形で、空気の圧を少し抜く。

 

──ディアッカの優しさは、こういう所が厄介だ。助かるけど、逃げ道が塞がる。

 

イザークが続ける。

 

「質問を変える。──貴様は“ラクス・クライン”じゃないな?」

 

部屋が、静止した。

 

私は息を吸った。

 

吐いた。

 

鎧のまま答えるか。

 

鎧を脱いで答えるか。

 

鎧のままなら簡単だ。否定して押し通すだけ。

 

でも──この二人はもうそこまで来ている。

 

私は、肩から力を抜いた。

 

「……その問いに、答えたら」

 

声が、少しだけ“ミーア”に戻る。

 

「私を撃ちますか?」

 

イザークが眉をひそめた。

 

その反応が答えだった。撃つ気なら、もっと早い。

 

ディアッカが椅子にもたれて、目だけで私を促す。

 

「撃たねぇよ。……で?」

 

──決めた。

 

ここまで来たなら、とことん付き合ってもらう。

 

「私の本当の名は、ミーア。脅されてラクスを演っているの」

 

言った瞬間、胸の奥が痛む。

 

でも痛むのは、生きてる証拠だ。

 

「けれど、私の歌も、言葉も。それだけは私が私として、私の意思で歌って、紡いでいる事に変わりはないわ」

 

そう。

 

私は完璧なラクスの皮を被りながら、歌と言葉にだけは嘘をついていなかった。

 

沈黙。

 

ディアッカが目を細めて、笑いそうで笑わない。

 

イザークの口元が、ほんのわずか動く。怒りではない。整理の動きだ。

 

「……なるほどな」

 

イザークがゆっくり言った。

 

「だから“違う”。だが──嘘でもない」

 

その言葉で、私は気付く。

 

この二人は“偽物を暴く”ために来たんじゃない。

 

“真実が何か”を確かめに来たんだ。

 

イザークの質問が、短く、鋭く飛ぶ。

 

「誰だ?」

 

「……剣の長」

 

「理由は?」

 

「家族」

 

「場所は?」

 

「わからない。だからアスランに託したの」

 

「……なるほどな」

 

短い問答の中で、イザークは理解していく。

 

デュランダル議長に家族を人質に取られ、私はラクスを演っている。

 

そしてアスランなら本物のラクスを通じてクライン派を動かし、両親を探してくれるかもしれない──そこまで。

 

イザークが鼻を鳴らした。

 

「なら、せいぜい“本物”に近づけ。偽物でも、世界を救えるなら──俺は目をつぶってやる」

 

ディアッカが小さく笑う。

 

「だってよ。……ミーア」

 

──名前を呼ばれた。

 

その瞬間だけ、私はやっと“ミーア・キャンベル”として息をした。

 

冷たい艦内の空気が、ほんの少し温かく感じられる。

 

イザークが続ける。

 

「デュランダル議長は俺たちに恩赦を図ってくれた恩人だ。政治が綺麗事で回らんことも知っている。だが、守るべきものを脅されて首輪をつけられているというのは看過出来ん」

 

ディアッカが肩をすくめる。

 

「でもどうすんだイザーク。相手はウチのトップだぜ?」

 

「ヤツが動くとなれば、その内ヤツかクライン派から接触がある筈だ。それまではラクス・クラインの友人としての立場を利用しながら、目を光らせるしかあるまい」

 

「だな。ま、そうと決まればあとは簡単だ。なるべくフォローしてやるから心配すんな」

 

その言葉が、胸の奥の固いものをほどいていく。

 

「……ありがとう、二人とも」

 

言った瞬間、涙がこぼれた。

 

嬉しいとか、怖いとか、安心とか──全部混ざった涙。

 

無重力に涙が宙に散るみたいに解けていく。

 

イザークは顔を背けて、悪態をつくように言った。

 

「……泣くな。鬱陶しい」

 

でも声が、少しだけ柔らかい。

 

ディアッカは笑って、机のボトルを指で軽く叩いた。

 

「ほら。とりあえず飲め。温いもんは落ち着く」

 

私は頷いた。

 

泣きながら、笑いながら。

 

(……守ってくれる人が、増えた)

 

それだけで、世界が少しだけ違って見えた。

 

 

◇◇◇

 

 

ディアッカが仕掛けた妨害電波の、微かなノイズが部屋を満たしている。

 

この閉ざされた空間だけが、ギルバート・デュランダルの盤面から外れた、唯一の「聖域」になった。

 

私は、机の上に置かれたボトルの水滴を見つめながら、震える指を組んだ。

 

もう「ラクス・クライン」の仮面は被っていない。

 

けれど、完全に「ミーア・キャンベル」に戻ることもできない。

 

戦場で血を流し、人を殺し、それでも生き残ろうと足掻いた「私」が、そこにいた。

 

「……驚かないのね、お二人とも」

 

私の掠れた声に、イザークが鼻を鳴らす。

 

「驚きは先ほど済ませた。……ラクス・クラインという女は、敵の懐に飛び込んでビームアックスを叩きつけるような真似はせん。あれは、死中に活を求める『戦士』の動きだ」

 

「……そう。隠しきれなかった、わね」

 

私は自嘲気味に笑った。

 

20年分の「ガンダム知識」と、シミュレーターにぶつけた「生存への執着」。それが、本物のラクスが持つ優雅さを食い破ってしまったのだ。皮肉なことに、生き残るための力が、偽物である証拠になってしまった。

 

「でもな、ミーア」

 

ディアッカが、ボトルを私に渡しながら低く言った。

 

「お前が偽物だろうが何だろうが、さっきのお前の言葉や、ジンを止めた一撃が、地球に住む何億人を救ったのは事実だ。それは……本物のラクス様がそこにいたとしても、これ以上ない最高の結果だっただろうぜ」

 

「ディアッカ……」

 

「……フン。不快だが、同意せざるを得ん」

 

イザークが腕を組み、窓の外の漆黒を見つめる。

 

「家族を盾に、他者を従える……。デュランダル議長の才は認めるが、そのやり口、俺の信条には反する」

 

イザークらしい、不器用で真っ直ぐな怒り。

 

彼は「ルール」を重んじる男だ。だからこそ、卑劣な人質というルール違反が許せないのだろう。

 

「……ねぇ、イザーク。私、これからも『ラクス・クライン』を演じ続けるわ」

 

私は顔を上げ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「議長に従うためじゃない。本物のラクス様が……あるいはアスランが、私の両親を助け出してくれるその日まで、私がプラントの『ラクス』として、楔を打ち込み続ける。議長が暴走しないように、そして、少しでも戦火が広がらないように」

 

それが、ミーア・キャンベルとして転生した私が選んだ、新しい「運命」だ。

 

ただ死を待つ身代わりじゃない。

 

内側からシステムをバグらせ、より良い結末へ導くための「バグ」であり続ける。

 

「……勝手にしろ。だが、付け焼き刃の操縦で死なれては寝覚めが悪い。これからはジュール隊の訓練にも名目上参加させる」

 

「えっ? 私、これでも結構スコア高いのよ?」

 

「黙れ! 俺の目の前でストライクを蹴り飛ばせるようになるまで、一人前とは認めん!」

 

「……やっぱり厳しいわね、隊長殿」

 

私は思わず吹き出した。

 

イザークは顔を赤くしてそっぽを向いたが、その耳が少しだけ赤くなっている。

 

ディアッカが苦笑しながら、私に温かいカップを差し出した。

 

「ま、そういうこった。プラント本国に戻りゃ、また議長の監視がつく。だが、俺たちはあんたの『味方』として動いてやる。……クライン派が接触してくるまで、な」

 

「……ありがとう。本当に」

 

独りじゃない。

 

アスランにメッセージを託し、カガリと友人になり、そして今、イザークとディアッカという「共犯者」を得た。

 

(神様……見てる? 私、まだ生きてるわよ)

 

死ぬはずだったステージを、私は今、自らの足で歩き始めている。

 

たとえ、これから先、さらなる絶望や戦いが待っていたとしても。

 

私の掌に残る「アスランが握ってくれた温もり」と、目の前の「不器用な二人」の存在が、私を立たせてくれる。

 

「……さあ、帰りましょう。私たちの、プラントへ」

 

背筋を伸ばした。私はもう、「身代わりの少女」のものではなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

プラント本国に帰還したデュランダル議長は、満足げな笑みを浮かべてヴォルテールを降りていった。

 

本来なら私は議長の膝元で「ラクス・クライン」としてのプロパガンダ公務に明け暮れるはずだったけれど、事態は意外な方向へ転がった。

 

「議長、ラクス様の身辺警護および戦闘訓練は、このジュール隊が引き受けます。……先日の戦いを見れば、彼女が狙われるのは明白。そして、彼女自身に自衛の才があることも」

 

イザークの強引な、けれど筋の通った「隊長権限」による申し出。議長は少しだけ考え込むような素振りを見せたけれど、私の「戦えるラクス」としての価値をさらに高めると踏んだのか、あっさりと了承した。

 

というわけで、私はヴォルテールという艦の中で、一時的な自由──という名の、イザークによる地獄の特訓の日々を手にすることになったのだ。

 

「甘いぞ! 予測が遅い! 相手はデータだ、情けなど無用と言っているだろうが!」

 

シミュレーターの中、私のザクはボロボロに破壊された。

 

相手はイザークとディアッカ。……だけじゃない。

 

上級者用メニューとして用意されたのは、あの大戦初期、最も我武者羅で、最も「生」に執着していた頃のキラ・ヤマト──ストライクの戦闘データだった。

 

(……キラ、あんた本当になんなのよ! しぶとすぎるわよ!)

 

キラのストライクは、こちらの予測を裏切るような野生的な挙動で食い下がってくる。完璧に立ち回ったつもりでも、最後の一歩で泥沼に引きずり込まれるような、そんな恐怖。

 

そんな私のザクに、ある日「新装備」が届けられた。

 

それは、ザクウォーリアの背部換装機構を用いた試作装備──『ドラグーンウィザード』。

 

後のレジェンドガンダムへと繋がる、空間認識能力を必要とする最凶の兵装だ。

 

「……やってやるわよ。脳内妄想なら、何千何万回と動かしてきたんだから!」

 

ヘルメット越しに、脳波リンクの感覚が走る。

 

私の意識の延長として、宇宙を自由自在に舞う複数のドラグーン──突撃ビーム機動砲。

 

オタクの妄想力をなめないでほしい。クルーゼがプロヴィデンスで見せたあの絶望的な「網」を、私は知識として、映像として網膜に焼き付けている。

 

「いっけぇぇぇーーー!!」

 

シミュレーターのコクピットで、私は叫ぶと同時に脳内でイメージを弾けさせた。

 

指先で操作するのではない。脳波で描くのだ。

 

あの日、テレビの前で憧れ、何度も夢想した「ファンネル」や「ドラグーン」の軌道を。

 

全方位からの包囲攻撃。死角なんて存在しない、絶対的な死の領域。

 

『ピーッ! Target Destroyed』

 

電子音が鳴り響き、モニターの中の強敵──かつてのキラ・ヤマトのデータを再現したストライクガンダムが、爆散して霧散した。

 

左足を飛ばし、右腕を落とし、最後はコクピットへの一点集中砲火。

 

オーバーキル気味の、完勝だった。

 

「ふぅ……」

 

ヘルメットを脱ぐと、汗がドッと吹き出した。

 

まさか、私に空間認識能力があったなんて。

 

いや、前世で浴びるほど見てきた「オールレンジ攻撃」のイメージトレーニングが、この世界の肉体とリンクして奇跡的な適合を見せたのかもしれない。

 

「……うへぇ、えっぐ。クルーゼ隊長みたいだぜ」

 

シミュレーター室を出ると、ディアッカがげんなりした顔で出迎えてくれた。

 

彼のバスターは、かつてヤキン・ドゥーエでプロヴィデンスのドラグーンに滅多打ちにされた経験がある。

 

私の戦い方に、あの仮面の男の影を見てしまったらしい。

 

「お褒めに預かり光栄ですわ、ディアッカ」

 

「褒めてねーよ。夢に出そうだ」

 

「だが、まだ甘い!」

 

そこへ、鬼教官イザーク・ジュールがタオルを投げつけてきた。

 

パシッ、と受け止める。

 

「ドラグーンの操作に意識を割きすぎて、本体の挙動が止まっている瞬間がある。それではただの『撃つだけの的』だ! 敵がドラグーンを搔い潜って懐に入ってきた時、どうするつもりだ!」

 

「うっ……努力しまーす」

 

「返事は『はい』か『イエス』だ! 間延びするな、シャキッとしろ!」

 

厳しい。でも、その指摘は的確だ。

 

イザークは私の才能を認めた上で、さらに上の領域──エースとして生き残るための技術を叩き込もうとしてくれている。

 

そんな特訓の日々を送る中、世界は急速に冷え込んでいった。

 

『ユニウスセブン落下事件、実行犯はザラ派の脱走兵と判明』

 

プラント最高評議会は事実を認め、遺憾の意を表明したが、地球側の怒りは収まらない。

 

恐怖は憎悪へ、憎悪は報復へと変わり、世界中でコーディネイター排斥運動が激化している。

 

そして、ヴォルテールにも新たな命令が下った。

 

『これより月軌道へ急行。地球連合軍アルザッヘル基地の動向を監視せよ』

 

アルザッヘル基地。

 

月面に位置する、地球連合の宇宙方面軍最大拠点。

 

そこが動き出したということは、つまり──「開戦」が近いということだ。

 

「……休まる暇もありませんわね」

 

私は休憩室の窓から、遠ざかるプラントのコロニー群を見つめた。

 

あの中に、私の両親がいるかもしれない。

 

そして、地球のどこかにはアスランやカガリがいる。

 

「行くぞ、ミーア。シミュレーターの次は実機でのドラグーン同調テストだ」

 

イザークが私を呼ぶ。

 

もう「ラクス」とは呼ばない。

 

訓練の時だけは、私は一人のパイロットとして扱われている。

 

「はい、隊長!」

 

私は軍規正しく敬礼を返し、駆け出した。

 

ドラグーンという「翼」と、ジュール隊という「止まり木」を得た私の、本当の戦いが始まる。

 

 

 

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