「イコールオフ」
青空の広がる草原が真っ白な部屋に戻る。
2人は何度か戦って
そのまま現実へと帰ってきた。
「どうだった?」
「すごく楽しかったです」
「そっか、よかった」
リュウカがぎこちなく笑う。
そこで2人の会話は途切れてしまった。
「、、、、、、」
「、、、、、、」
真っ白な部屋に微妙な空気が流れる。
最初に沈黙を破ったのは
「あの、なんで私を「イコール」に誘ってくれたんですか?」
リュウカは自分に部活届けを提出させるため。
要するに自分に何らかの部活に入部させるために近づいてきたはずだ。
こんなことに時間を費やすのは目的からズレている。
だから、
「、、、あぁ」
その意図を汲み取ったリュウカは少し困った表情を見せて口を開いた。
「実は私さ。
初心者にボッコボコに打ちのめされて
「イコール」辞めたんだ」
「え?」
なおさら訳が分からなかった。
何のために自分を「イコール」に誘ったのだ。
リュウカは恥ずかしそうに
自分の金髪を指で弄り始めた。
「私にとってのアイツはさ。
、、、正直言ってめちゃくちゃ嫉妬してた。
アイツみたいになりたいってずっと思ってた」
「わ、私も、、、!
お姉ちゃんみたいに、、、!」
自分だって、何度お姉ちゃんになりたいと
羨ましいと思ったことか。
少しだけ、
きっと、リュウカはまがいなりにも自分に歩み寄ってくれているのだと思ったから。
「でも、本人からしたら才能なんて持ってても幸せじゃ無いんだろうね」
(、、、えっ!?)
なのに、いきなりハシゴを外された。
そんな心境を知って知らずか
リュウカは話を続ける。
「私だってさ。
皆から綺麗で羨ましいって言われるけど
そんなの自分からすれば当たり前だしね」
「当たり前って、そんなの、、、」
綺麗なサラサラの金髪。
スタイルの良いメリハリのある身体。
隣の芝は青く見えると言うけれど。
実際に青いのならば
多少なりとも誇れるのではないだろうか。
何も持ってない自分からすれば
どうしても、そう思ってしまう。
「
___それが当たり前でしょ?」
「ッ!?」
その言葉は核心だった。
確かに自分は他人からすれば金持ちだ。
他人が一生をかけて築き上げる何十倍もの資産を既に持ち合わせている。
それなのに自分はそれを誇るどころか
そんなことを忘れてしまうくらい悩んで不幸になっていた。
いつの間にか、他ならない自分自身が
生まれながらの才能を当たり前に。
___無かったことにしていたのだ。
「無いものねだりなんだよ」
リュウカはグッと背伸びをする。
「同じなんだよ。
私も
多分アイツや生徒会長だって
きっと何かで悩んでる。
自分の持ってるものなんて忘れてさ。
皆、持ってないものばかり欲しがってる」
そこまで言い終えたリュウカはくるりと
「だからさ、何も出来なくてもいいじゃん」
黄金の髪が宙を舞う。
「私は
それは、年端も行かぬ少女がする
ごく当たり前の笑みだった。
「ゥ、、、」
それは、今まで見た何よりも美しく見えた。
それは、今まで見た何よりも輝いていた。
それは
___
______________フッ。
それは相手の話を軽んじたり嘲笑したりする際に鼻から息を漏らす音。
至極当たり前で誰もが一度は耳にする音。
それだけでリュウカの表情は一瞬にして凍り付いた。
突如鳴り響く「ジュピター」の忠告音。
異変に気づいて心配する
リュウカの指先は震え、その全身から冷や汗が噴き出た。
(嘘、、、でしょ?)
リュウカはかろうじて正気を取り戻して
「ジュピター」の忠告音を止めた。
「どんな言葉を返すものかと思えば
「楽しければそれでいい」か」
コツリ、コツリと過去が近づく音がする。
リュウカの呼吸が乱れていく。
聞き間違いであって欲しい。
でも聞き間違える訳がない。
「実に負け犬らしい言葉だな。
黒くてギザギザの髪。
シンプルな白シャツを着用した
誰もが見上げるほど巨大な男。
今、リュウカが最も会いたくない人物。
黄金の輝きを一瞬でかき消す闇__
___
「、、、誰?」
その男が誰かは知らない。
だが、男の纏う歪な空気が只者で無いことを物語っていた。
「へぇ、、、」
男は物珍しそうに
それは、怪物と呼ばれる青年。
それは、14歳で最年少プロになった自身の師、狐妃玖怨を越えて
史上最年少の13歳でプロになった天才。
今やその名を聞かぬ日は無い若き傑物。
それが「イコール」最年少プロ、
「なんでアンタがココにいるのッ!?」
リュウカはガタガタと震える身体をギュッ抑え込んで長身の自分が見上げるほど大きな
それでもリュウカは信じられなかった。
最悪の存在と対面してる現実を受け入れたくなかった。
「こっちのセリフだ。
部外者はお前らだろ」
淡々とした口調で
そして、光を失った黒い瞳で
「気分はどうだ」
「え?」
問いかけられた
(え、、、?)
少し遅れて隣のリュウカも呆気に取られた。
その言葉はリュウカが知る他人に無関心だった
「プラクティスモードを使っただろ。
それは体感時間を1000倍まで引き延ばして脳に多大な負荷をかける。
初心者はなおさらだ」
「だ、大丈夫です」
心配してくれているはずなのに
どこか言葉に棘があるように感じたからだ。
そして、
「そうか、だが次から2度と使うな。
お前らがプラクティスモードをする
必要は全く無い」
「、、、どういう、意味ですか?」
突如として言葉から溢れ出た悪意。
「フッ、やはり女はバカだな」
「、、、ッ!」
世界中の大半を小馬鹿にした
それが真っ白な部屋に響いた。
「言葉通りだ。
いまだかつて「イコール」でプロになった女はいない」
「なっ!?」
その言葉は
そのまま
「そんな訳ない!
だってイコールは平等で!
だから男女差なんて__」
「紛れもない事実だ」
「でもッ!」
「ハァ、、、」
たった1つの小さな溜め息。
それを聞いた瞬間に
それは奇しくも姉が自分に言い聞かせる時によくするもの。
反論の余地が無い正論で人をねじ伏せる前触れを彷彿とさせるものだったから。
「将棋だって同じだろ。
性差によって駒の数が違うわけでも無い。
男のために特別な枠を作ったわけでも無い。
だが、"男と戦って"
プロになった女は1人たりともいない」
光を失った黒い瞳が
それは、女のために下駄を用意する男と
男に用意された下駄を嬉々として履く女。
その両方に向けられた、ありったけの皮肉と軽蔑が詰まった言葉だった。
「お前はプロになれねぇよ。
それは星の数ほどいるはずの
欠陥品が証明してんだ」
深く冷たく濁る瞳。
それは女という生物の全てに失望したような目だった。
「アンタ、変わったね」
今まで静観していたリュウカがポツリと呟いた。
「、、、なんだと?」
リュウカは溢れんばかり狂気が自分に向けられたのを感じ取った。
「、、、ッ」
それでもリュウカは止まらない。
新しく出来た友達のために
リュウカは自身の恐怖を乗り越えた。
「昔のアンタはもっと怖かった。
無機質で冷たくて、相手のことなんて微塵も興味なくて
どこか遠くを見てたんだ」
リュウカは自身が抱いた違和感をそのまま言葉にして
そして、煽るように笑って言葉を締め括った。
「もしかしてプロになって弱くなったんじゃないの?」
それは図星か。
あるいは全く別のものか。
いずれにせよ、リュウカが
「!?」
リュウカは
そのまま頭を鷲掴みにされた。
「イッ、、、!」
金の髪がキラキラと宙を舞う。
リュウカは丸太のように太い腕で抵抗も出来ぬまま座り込む体勢で抑え付けられた。
真っ白な部屋に「ジュピター」の警告音が鳴り響いた。
「鳴いてみろよ、さっきみてぇに。
それとも自分を殴らなそうな男を選んで鳴いてんのか?」
リュウカは震える。
圧倒的な恐怖、そして後悔。
絶望に染まり、瞳から光を失った。
そんなリュウカにありったけの侮蔑の形相が近づいた。
「だから勝てねえんだよ。
中学生に負けたテメェの母親みてぇにな」
次の瞬間、破裂音が聞こえて
リュウカの視界が揺れた。
自分が殴られたのだと思った。
___しかし、殴られたのは自分では無かった。
「、、、え?」
「ッ!?」
座り込むリュウカに顔を近づけていた
「、、、、、、!」
少し、熱はこもっている。
だが、ダメージは微塵も無い。
それでも身体が震えた。
恐怖からではなく
武者震いからくる昂ぶりによって。
静かだった。
いつの間にか「ジュピター」の警告音は止んでいた。
殴った側であるはずの
集まる視線を感じながら
「私は、馬鹿だから分からない。
もしかしたら、貴方の言う事は正しいのかもしれない」
まるで、ガラスケースに並ぶトランペットを買ってもらう子供のように。
「それでもッ!!!
貴方は私の友達を馬鹿にしたんだッ!!!」
怒りに怒った
「何も出来なくてもいい!
お姉ちゃんみたいになれなくてもいいッ!!
だけど目の前で友達を侮辱されて黙っていられる!!!
そんな惨めな人間にだけは
絶対になりたくないッ!!!」
リュウカは涙した。
寝癖だらけでボサボサの黒髪。
必死の形相で怒鳴る姿。
年頃の少女としてはあり得ない姿だった。
なのに、目の前の少女は今までの人生で見た何よりも美しく、輝いていた。
「私と「イコール」で勝負しろッ!!!」