「私と「イコール」で勝負しろッ!!!」
「、、、、、、」
打たれた頬に再び触れる。
殴られたのは、いつ以来だろう。
2mに迫る巨体、既存のアスリートを軽く凌駕する力。
そんな自分に殴りかかる人間などいない。
それが自分の胸にも届かぬ女ならなおさらだ。
「、、、、、、」
殴られた怒りよりも遥かに尊敬が上回った。
「やはり女は馬鹿だな」
だが、「イコール」での勝負を挑んでくるのは別の話だった。
「俺は史上最年少でプロになった。
同年代の奴らに負けた事は1度も無い」
間近まで迫って
ジッとコチラを睨む
「勝てると思うか?」
殺すつもりで殺意をぶつけた。
コチラを裏切ったら、一瞬でも怯んだら。
殺そうと思っていた。
だが、きっとそうはならないだろう。
そんな言葉にならぬ確信があった。
何も答えず、ただひたすらジッとコチラを睨み続ける
微塵も言葉を紡ぐ気は無い。
しかし、その熱を帯びた顔はハッキリと答えていた。
「1週間後にここに来い!」
そう
真っ白な部屋から出ていく
その表情に不気味な笑みが浮かぶ。
あの女は__
___俺がなくした『ナニカ』を持っている。
____________________________________
一週間後。
約束の日、決戦の地。
最後に来たのは
「待ち侘びたぞ」
「、、、、、、」
遅いと意味を込めて文句を言う
もう、成り行きを眺めることしか出来ないリュウカ。
目から光を失った2人の視線は何も言わぬ
1週間も姿を見せなかった
より細く、小さく、か弱く見えた。
「、、、、、、」
「ジュピター」の警告音が鳴り響く。
リュウカは
今にもフラフラと倒れそうだった。
そんな
「世の中には平等という耳障りの良い言葉しか受け入れられない無能が腐る程いる。
そんな馬鹿共が男女格差の話になると
ギャーギャーと喚いてくる」
反応を見るように。
まるで、おもちゃが壊れていないか確かめるように。
「例えば
「環境が要因で参入できなかっただけ」
「社会的な障壁があったのかもしれない」
「生物的な欠陥とは限らない」
___だから、「女は悪くない」とな」
思い出したように
そして、その顔から表情がスッと消えた。
「それ自体が欠陥なんだよ。
女は環境に阻害されるほど脆弱で
社会的に排除されやすい弱者であると
馬鹿共は胸を張って自白してるんだ」
競技で結果を出せぬ事実こそが欠陥だ。
「そして、こう言う奴もいる。
「男女格差の原因は男女間の競技人口の差によって生まれるものだ」とかな」
ピクリとリュウカは反応した。
それは、もし自分が反論するなら
真っ先に言ったであろう言葉だった。
「その意見は正しい。
科学的な根拠だってある。
そう本気で言い切るような
根本的な原因を全く理解していない
救いようのない馬鹿の言葉だ」
男はスゥと息を溜めて拳を握りしめて
大声で叫んだ。
「やりたがらねぇんだよ
競技なんてよぉッ!!!」
その叫びが真っ白な部屋に鳴り響いた。
「オシャレにおしゃべり、ショッピング!!
強い男に媚びを売り!!
尻を追っかけ腰を振る!!
それが女の生き方だッ!!!」
「ッ、、、!」
リュウカの顔が絶望に染まる。
女として生まれ、生きてきたからこそ
心の底から理解出来てしまった。
「、、、、、、」
ただ、真っ直ぐに手を挙げて
そこでようやく口を開いた。
「"おしゃべり"をしに来たのなら、、、」
それは、まるで質問をする生徒のように
しかし迷いなく、男にこう告げた。
「___私の勝ちでいいですか?」
血のように赫い双眸が男を睨みつけた。
「、、、!」
湧き上がる感情、
恥ではなく武者震いからくる昂ぶりによって。
向かい合わせの小さな少女。
その顔は自分が無くした『ナニカ』で満ち溢れていた。
「「イコールオン!コロシアムモード!」」
世界が白い光に包まれた。
青天の空の下、たった1人の観客がいる白いコロシアム。
敵は3本の脚を持つ巨大な八咫
その翼を広げるだけで
「、、、来る」
──その瞬間、空気が裂ける。
まるで溶けるように大地波打ち、周囲の景色が灼熱を帯びていく。
摩擦で焼ける音を立てながら空気を焼け焦がす。
常人なら骨すら残らず擦り潰される程の圧力。
だが、
全てが揺れ動く中で正確に
致命の一撃。
それを刺さったままの脚で握りつぶして
間一髪、
それを見越したかのように
「ッ、、、!」
その一閃に吸い込まれるように
もはや目では追えない速度でコロシアムを駆け回る。
互いに全く譲らぬ連撃、数万をくだらぬ血の刃と爪のやり取りを中心に風が巻き起こり
払われて行き場を無くした数多の衝撃が大地を削り裂いていく。
機械の様に精密で、1手でも遅れると首が100回は飛びちぎれる本気の殺陣。
ダメージを受ければE・Fを撃てる
ダメージを与えればE・Fを撃てる
互いの利害が一致して生まれた。
死と隣り合わせの殴り合い。
互いの攻撃が直撃して互いに吹き飛ばらせた。
「ッ、、、!」
指で大地を削って停止した
既に満身創痍。
もはや痛みを感じられる身体では無い。
___だが
誰も勝てなかった怪物。
そんな相手に一歩も引かず。
「、、、!?」
完全情報ゲームである「イコール」から送られてきた情報によってリュウカの顔は真っ青になった。
(プラクティスモードだ、、、!)
見違えるほど強くなった
その魔法じみたカラクリの正体にリュウカは気づいた。
(プラクティスモードがもたらす最大限の時間の延長。
現実の1000倍の時間で1週間寝る間も惜しんでようやく捻り出した__
___約14万1000時間!)
まるで悪魔の契約だ。
1人の少女が歩んだ人生よりも長く苦しい努力がどんなに脳に負担をかけるか。
リュウカには想像すら出来ない。
(、、、想像を絶する苦痛に耐えながら
ただ、ひたすら1週間で16年以上も
「イコール」をプレイしていた
正真正銘の__)
最新のロケットエンジンですら追いつけぬ加速もさることながら、
___全て計算され尽くした動き。
___そのはずだった。
誰も特定出来ない空中の座標を
未来視じみた予測で先回りして
(___正真正銘の化け物ッ!!!)
瞬間、
空中で片翼を失った
悪足掻きのように、
なす術もなく墜落する。
___ここまでが
致命傷を引き換えに放った蹴り上げによって
「、、、努力だけじゃないッ」
それは当然至る帰結であった。
努力だけで、初心者が先駆者に及ぶはずが無い。
だが、その光景には見覚えがあった。
自分がなくした『ナニカ』
それが
そのことに
「見せろ」
大地に向かって落ちながら
顔だけは天に向かい
それは、1つ1つが致命となる光を圧縮して束ねた極大かつ破滅の光線。
否、闇であった。
それは敵が近ければ、その発射速度によって避けられず。
敵が遠ければ、束ねた闇が枝の様に分かれて解き放たれることによって避けられない。
1試合でたった1つの技をたった1度きりしか撃てない重い制約の元に生まれた__
___「必殺」技である。
「俺が求める『答え』を見せろぉ!!!!!」
それは、コロシアムの観客席にいたリュウカの髪を含めた全てを余波で巻き上げるほど恐ろしい速度で天に向かって発射され、青空ごと
それは、終焉そのもの。
コロシアムすら飲み込み巨大な闇。
それは観客席にいて、掠りすらしていないはずのリュウカの視界まで黒く染め上げた。
「あっ、、、」
それを見たリュウカは思い出した。
暗く、より暗く、黒塗りのように蓋をした過去の記憶。
それは、10年前の自分とママの会話だった。
「ねえ、リュウカ。
どうして女の子は勝てないと思う?」
小さい自分を諭すように、優しくママが語りかけていた。
「女の子は、強い男の子を好きになる。
自分で努力するよりも
振り向いてもらえるように。
可愛くあろうと努力する。
___女の子はお姫様だから」
幼い自分には分からなかった。
何故、ママの言葉が「イコール」をやめることに繋がるのか。
「でも、男の子は強くないといけない。
お姫様を守る勇者にならないといけないから」
一呼吸置いて、ママは続ける。
「どんなに時代が進んでも
女の子は心の底で
自分よりも強い男の子を求めてしまうから」
リュウカは思う。
それは、きっとママが経験から学んだ言葉なのだろう。
災害によって崩れた瓦礫の下敷きになったママ。
それを身体1つで救い上げたパパ。
今まで散々聞かされたパパと出会ったノロケ話。
ママは死が間近に迫った極限の世界を経験した。
だからこそ、自分は弱いと
男は強くあって欲しいと
それを全ての女が願っていると
ママは知っているのだ。
「だから、、、女は弱いの?」
幼いリュウカの表情が濁る。
その瞳から光を失っていく。
「だから、誰も男に勝てないの?」
涙が止まらなかった。
ママの経験と言葉。
それは女が男に勝てない裏付け。
幼くとも、それくらいは理解出来たから。
そんな幼い自分を見たママは小さく笑いながら、こう言った。
「___女の子は弱くない」
それは、闇を切り裂いた一筋の光だった。
黒く染まった視界に現れた小さな光。
それが、リュウカの意識を暗く沈んだ黒い過去から掬い上げた。
小さな光が地上に落ちていく。
それは、幾万の闇を斬らんと抗う
その姿がママのセリフが重なった。
リュウカはジッと見ていた。
流れ星の様に落ちるそれは、定められた運命に歯向かう
「女の子は弱くない。
馬鹿でもないし
才能がないわけでもない。
この現状は
甘えて生きていける
環境から生まれた
努力と『執念』の差」
斬る、斬る、ただひたすらに闇を斬る。
技術もへったくれも無い無茶苦茶な斬撃を1つ1つが当たれば致命となる闇の束に放つ。
押し寄せる闇に呑まれる前に、
ただ斬る事を繰り返す。
何十万回と血の剣を振りかざし、浴びせていく。
刃こぼれするように欠けていく血。
それを今まさに受けているダメージで補って血を流し込む。
___この命が尽きるまで
永遠の様に永く、瞬きの様に短い時間が過ぎた。
驚きを隠さず目を見開く
「ッ、、、!?」
あろうことか、この女は
眼前に迫るボロボロの化け物は
___「必殺」技を受け切ったのだ。
「だからね、必要なの__」
コロシアムに静寂が戻る。
風も歓声も無い。
ただ、息を呑む音だけが聞こえてくる。
「___ギラギラした目で夢中になれる。
勇者みたいな女の子が」
ヒビ割れた仮面の下が見えた。
身体中がボロボロになっても
血眼になった目を光らせて牙を剥き出しにした
コロシアムの手すりから落ちる勢いで身を乗りだした少女が口いっぱいに開いて叫ぶ。
「いけぇぇえー!!!アカコーーーッ!!!」
リュウカの目には失った光が再び宿っていた。
その両手に纏った2つの血の槍が黒い羽毛に覆われた胸部に深く突き刺さり交差する。
(___なあ、
走馬灯の様に師匠の言葉を思い出した。
「もし、1回も負けられへん甲子園の高校球児と負けても次のあるリーグのプロ野球選手が戦ったらさ。
___どっちが勝つと思う?」
何となく、水掛け論になった記憶がある。
「、、、フッ、くだらない」
「、、、、、、」
現実に戻った
プロは「一発勝負」ではなく「平均」の世界。
決して無理をせず勝利を積み重ねる。
1度の勝ちにこだわらず
1度の負けを引きずらない。
それがプロ。
故にまだ何度だって戦える
失った光を取り戻した黒い瞳で
ジッと少女を見下ろした。
「そうか、、、。
それが『答え』か」
白い部屋の中で
けたたましい「ジュピター」の緊急音が鳴り響く。
全身から汗を噴き出して膝を屈し、それでもコンピューターに、指から血が出ることすら厭わず『執念』でしがみつく。
___たった1度に全てを懸けた