キドカワイレブン!木戸川清修のヴィクトリーロード! 作:工帝 アザレア
木戸川清修中サッカー部グラウンド。
前日の宣言通り、練習が始まろうとしていた。
「集合!」
西垣の声に、部員たちが集まる。
その視線の先には、簡易的に区切られた四つのコート。
「今日からしばらく、これをやる」
「……これ?」
「4vs4のミニゲームだ」
ざわめきが起こる。
「またそれかよ…」
「11人でやらないんですか?」
「フォーメーション練習は…?」
「昨日言っただろ」
西垣は笑う。
「今のお前らに11人のサッカーを教えても、意味がない」
「まずは4人で十分だ」
そう言って、西垣はコートを指差した。
「自分以外の三人を見ろ」
部員たちの表情が変わる。
「誰がどこにいるのか、誰が空いているのか、誰が危険なのか、誰が次に何をするのか…それを考えながら走れ」
そして。
「始め!!」
ホイッスルが鳴った。
⸻開始数秒。
「どけぇぇぇ!!」
「俺が撃つ!!」
「パスしろ!!」
DFが攻め上がる。
FWが守備を放棄する。
GKが中央突破する。
サッカーが壊れていた。
「えぇ…なんなんだよこれ……!」
キャプテンマークを受けたMF、
「剣崎、戻れ!!」
「断る!!」
「GKだろお前!!」
「攻めた方が楽しい!!」
ゴールを捨てて敵陣へ突っ込む長身のGK、剣崎悠真。
「黒牙!せめてパスを見ろ!!」
「撃った方が早い」
吐き捨てるように答えたのは木戸川のストライカー、
圧倒的な突破力。強烈なシュート。
だが、味方を頼るという発想が存在しない。
「紅星ィ!! ファウルすんな!!」
「先に削ってきたの向こうでーす!」
そう言いながら相手の進路を身体ごと塞ぐMF、
冷静な判断力を持っている。それなのにプレーだけは妙に荒い。
「お前ら全員、一回落ち着け!!」
湊が叫ぶ。だが誰も聞いていない。
ボールを追う。
奪う。
走る。
撃つ。
また走る。
木戸川のサッカーは、めちゃくちゃだった。
⸻だが。
「……っ」
湊は息を呑んだ。
強い。
滅茶苦茶なのに、強い。
狭いコートだからこそ、それが嫌というほど分かる。
黒牙は一人で二人を抜いていく。
紅星は一瞬の隙を見つければ相手のボールを奪い取る。
剣崎はGKとは思えない速度でフィールドを駆け回る。
そして、他の選手たちも同じだった。
一人ひとりの能力だけならば、間違いなく関東でも上位だ。
問題は⸻。
「……全員連携も守備もバラバラで、ただ好き勝手やってるだけだよなこれ」
湊が呟いた。
味方を見る者はいない。
誰もが自分の力で局面を解決しようとしている。
そして、その結果。
「うわっ!」
ボールを奪われる。
「戻れ!!」
誰も戻らない。
湊だけが走る。
「くそっ……!」
また一人で穴を埋める。
その光景を、西垣は黙って見ていた。
◇
「休憩!」
西垣の声が響いた。
選手たちは次々と地面へ倒れ込む。
「はぁ……はぁ……」
「死ぬ……」
「四人だけなのに、なんでこんなキツいんだよ……」
湊も膝に手をついて息を整えていた。
11人の通常練習より明らかに走っている。
いや、走らされている。
一人がサボれば、その分だけ残り三人が動かなければならない。
その構造に気づいた瞬間、湊は顔を上げた。
「……そういうことか」
「何がだ?」
隣に立っていた西垣が尋ねる。
「4人しかいないから……誰か一人が動かなかったら、他の三人がその分を埋めなきゃいけない」
「そうだ」
「だから全員が走る」
「そういうことだ」
西垣は頷いた。
「11人いると誰かがサボっても誰かがカバーできるが、4人なら誤魔化せない。
自分の仕事だけやってればいい、なんてこともできない」
西垣はグラウンドを見る。
「お前らに今必要なのは、決められたポジションの仕事を覚えることじゃない。
自分の仕事をしながら、他の三人の仕事まで見ることだ」
湊は黙って聞いている。
「11人のチーム戦術はその後でいい。まず四人の中でそれを当たり前にする」
「……なるほど」
だが。
「でも監督」
湊は顔を上げた。
「これだけじゃ勝てません」
「分かってる」
即答だった。
「今の木戸川は、個人の能力はある。でも、個人で勝とうとしすぎている」
西垣は選手たちを見る。
「だから⸻まずは全員をエースにする」
湊が目を見開いた。
「全員を?」
「ああ」
西垣は笑う。
「誰か一人だけにボールを集めるんじゃない。誰が持っても、誰が仕掛けても、誰が決めてもいい」
「その代わり」
西垣の目が鋭くなる。
「誰かが仕掛けた瞬間、残りの三人がその責任を背負え」
それは木戸川がこれまでやってきたサッカーとは、正反対の考え方だった。
「一人で勝つんじゃない」
「四人全員で、一人分以上の仕事をするんだ」
◇
再開。
「始め!!」
再びボールが蹴り出される。
最初は、何も変わらなかった。
「俺が行く!」
黒牙がボールを持ち、いつものように一人で突っ込む。
だが⸻。
「……っ!」
今度は、湊が黒牙の後ろを走っていた。
黒牙が潰された瞬間に、こぼれ球を拾う。
「行け!!」
前へ出す。
そして黒牙が再び走る。
「……!」
その動きを、紅星が見ていた。
黒牙だけじゃない。
そのさらに後ろでは、剣崎がすでに前へ出ている。
「ん……?」
湊が気づく。
いつもの剣崎なら、勝手に突っ込んでいる。
だが今は違う。
自分が前へ出たことで空いた場所を、湊が埋めている。
湊が前へ出たことで空いた場所を、紅星が埋める。
そして紅星が動いたことで⸻。
「そこだァ!!」
黒牙がシュートを放つ。
かろうじてブロックされた。
だが、そのボールは⸻。
「俺の出番だな!!」
剣崎が飛び込んだ。
「お前GKだろォ!?」
湊の叫び声がフィールドに響く。
剣崎の胸に当たったボールが高く跳ねる。
普通なら、それで終わる。
だが。
「……!」
湊は走っていた。
落下地点。
身体が勝手に動く。
「ここだ!!」
ダイレクト。
さらにその瞬間。
「もらったァ!!」
黒牙が横から飛び込んだ。
湊のシュート。
黒牙のシュート。
二つの軌道が交差する。
⸻ズドォン!!
ボールがゴールへ突き刺さった。
静寂。
「……」
「……!?」
「……今の何?」
誰も答えられない。
湊自身も分からなかった。
西垣は何も言わない。
ただ、口元を僅かに吊り上げていた。
これはまだ、連携とは呼べない。
決められた動きでもない。ましてや必殺技でもない。
ただ⸻。
一瞬だけ、四人が同じ場所を見ていた。
その結果生まれた、偶然のシュートチェイン。
だが。
「……面白くなってきたな」
西垣は小さく呟いた。
木戸川清修の歯車が。
少しずつ、噛み合い始めていた。
◇
その日の練習が終わった後。
西垣は一人、サッカー部の部室へ戻っていた。
机の上に置かれた携帯電話が震える。
「……?」
表示された番号を見て、西垣の表情が変わった。
知らない番号だった。
だが。
「……まさか」
電話に出る。
『⸻西垣か?』
聞き覚えのある声。
かつてプロの世界で同じチームとしてフィールドで戦っていた男。
⸻
西垣の眉が僅かに動いた。
「……久しぶりだな、どうした?お前の息子のことか?」
『いや、それも気になるが別件だ。ちょっと妙な話が入ってな』
電話の向こうの男が言う。
『今年、妙に強くなった学校がいくつかある』
「……」
『共通してるのは、急に伸びた選手がいること』
『それと⸻』
一拍。
『そいつらが、揃って“強さ”に異常なほど執着してるらしい』
西垣の表情から笑みが消える。
「……偶然だろ」
『俺もそう思いたいんだがな、念の為注意しておいた方がいいだろう』
電話が切れる。
西垣はしばらく携帯電話を見つめていた。
「…………まさかな」
◇
翌日。
グラウンドに集められた木戸川イレブンへ、西垣が一枚の紙を投げ渡す。
「練習試合が決まった」
部員たちが顔を上げる。
「相手はあくまでも二軍だがな」
その紙に書かれていた校名を見た瞬間。
木戸川全員の空気が変わった。
関東屈指の名門校。
徹底的な組織プレイ。
完全な戦術統制。
試合の全てを掌握する絶対的強豪。
木戸川清修とは、あまりにも対極に位置するチーム。
『帝国学園』
【
最近胃痛薬を飲み始めた木戸川清修のキャプテン。
父親と同じ学校に入学して比較されるのが嫌だったので木戸川に入学した。
本人は隠しているが割と負けず嫌い。
【
胃痛の原因筆頭。
本人は「別にサッカーで飯を食うつもりはない」と言っているが、試合になると誰よりも熱くなる。
【
高い身体能力と高すぎるプライド、そして強すぎる闘争心を持つ孤高の天才ストライカー。
帝国学園志望だったが英語の成績が壊滅的で受験に失敗。
本人は未だに根に持っている。
【
分析力は高いのにプレーだけやたら荒い問題児MF。一年生。
本人曰く「木戸川は家から近かったから選んだ」とのこと。
だが木戸川黄金時代の試合映像を何度も見返しているらしく、本当にそれだけなのかは怪しい。