キドカワイレブン!木戸川清修のヴィクトリーロード! 作:工帝 アザレア
その日の木戸川清修中サッカー部グラウンドには、普段とは違う緊張感が漂っていた。
「まだ来ねぇのか?」
烈刃が腕を組む。
「来るよ。帝国だぞ?」
湊が答える。
帝国学園。
関東どころか全国でも知らぬ者はいない超名門。
フットボールフロンティア黎明期から中学サッカー界の頂点を走り続ける絶対強豪。
昨年度のスプリングカップにおいては全国ベスト4、その後のフットボールフロンティア全国大会では準優勝を果たしている。
雷門が“時代の王者”なら。
帝国は“歴史の王者”だった。
そして。
グラウンド入口に一台の大型バスが停まる。
「来たぞ」
西垣が呟く。
扉が開く。
降りてきた選手たちは全員が同じ歩幅で歩いていた。
誰も騒がない。
誰も笑わない。
ただ静かに整列する。
それだけで異様な圧力があった。
「……なんだあいつら」
悠真が眉をひそめる。
「軍隊かよ」
その先頭に立つ長身の選手が眼鏡を押し上げた。
「帝国学園二軍キャプテン、
深々と頭を下げる。
礼儀正しい。
だがどこか人を見下しているような空気もある。
「本日は練習試合、よろしくお願いします」
「お、おう」
悠真が返事をする。
五条は視線を木戸川全員へ向けた。
そして。
「なるほど」
少しだけ笑った。
「話には聞いていましたが……随分と統率の取れていないチームですね」
「……あ?」
烈刃の眉が吊り上がる。
だが五条は気にしない。
「ククク…失礼」
「事実を述べただけです」
その態度に木戸川側の空気が一気に険悪になる。
そんな中。
帝国側の一人が前へ出る。
「北原です。以後お見知りおきを。」
短い自己紹介。
感情のない声。
まるで機械だった。
「本日の勝率予測は89%です」
「は?」
「帝国学園勝利の確率です」
北原は平然と言った。
「ふざけてんのかテメェ」
烈刃が一歩前へ出る。
だが。
「烈刃」
湊が肩を掴む。
「試合で見返そう」
「……チッ」
烈刃は舌打ちして下がった。
その様子を見ていた五条が静かに呟く。
「感情的ですね
だから勝てないのですよ」
木戸川側の怒りは限界だった。
しかし。
西垣だけは笑っていた。
「いいじゃねぇか」
その言葉に全員が振り向く。
「煽られて怒るならまだ元気がある」
「昔のお前らなら、ここで何も感じなかっただろ」
誰も反論できなかった。
西垣はニヤリと笑う。
「やれ。思いっきりぶつかってこい」
「帝国がどれだけ高ぇ壁か、その身体で覚えてこい」
そして。
試合開始のホイッスルが鳴った。
開始三分。
木戸川は早くも先制のチャンスを作っていた。
「行くぞォ!!」
烈刃が二人を抜く。
さらに三人目も突破。
帝国DF陣を力任せに引き裂いていく。
「止まらねぇ!」
「行け烈刃!」
木戸川観客陣が沸く。
ゴール前。
烈刃が右足を振り上げた。
「デスソード!!」
かつてフットボールフロンティアがホーリーロードの呼ばれていた時代の雷門のエースストライカーのものと同じ黒い斬撃がゴールへ向かって突き刺さる。
だが。
「パワーシールド」
帝国のGK、奈倉が一歩も動かない。
巨大なエネルギーの障壁が出現。
轟音。
そして。
デスソードは完全に弾き飛ばされた。
「……は?」
烈刃の目が見開かれる。
初めてだった。
真正面から力負けしたのは。
「ふむ、思ったより威力はあったな」
奈倉は淡々と言う。
「だがまだ足らん…想定内だ。
源田さんなら今のシュートも指一本で止める」
奈倉は本気だった。
本気で自分はまだ未熟だと思っている。
だからこそ厄介だった。
その瞬間。
「来るぞ!!」
湊の叫び。
帝国のカウンターが始まっていた。
ボールはわずか二秒で中央へ。
三秒で前線へ。
四秒で木戸川陣内へ侵入する。
「速ぇ!?」
「戻れ!!」
しかし。
悠真は前に出ていた。
いつもの癖だった。
「この距離なら間に合う!!」
だが。
北原は冷静だった。
「皇帝ペンギン7」
七羽のペンギンが出現する。
虹色の軌跡を描く超高速のロングシュート。
悠真が反応した時にはもう遅かった。
ゴールネットが揺れる。
帝国先制。
0-1。
静まり返る木戸川。
そんな中。
五条だけが静かに告げた。
「個人能力は優秀」
「ですが組織力は論外ですね」
スコアは0-1。
たった一点。
されど、その一点が妙に重かった。
「チッ……!」
烈刃が舌打ちする。
奈倉のパワーシールド。
北原の皇帝ペンギン7。
帝国は一つ一つのプレーに無駄がなかった。
まるで最初から全て決まっているかのように。
「まだだ!」
悠真がボールを奪う。
そのまま前線へ駆け出した。
「剣崎ィ!!」
「うるせぇ!」
相変わらずGKとは思えない動きだった。
だがその時。
「デスゾーン、開始」
五条が静かに手を掲げる。
帝国の選手たちが一斉に動いた。
「なっ……!?」
湊の目が見開かれる。
さっきまでの配置と違う。
DFが上がる。
MFが下がる。
フォーメーションが一瞬で変化する。
しかし混乱はない。
誰一人迷っていなかった。
「何だよあれ……」
玲奈が呟く。
「違う……」
湊は汗を流しながら帝国を見る。
「試合中に作戦を変えてるんじゃない」
「最初から全部準備してたのか……!」
五条が薄く笑う。
「ようやく気付きましたか」
そして。
そのままボールを奪い返した。
「その程度で我々を出し抜けると思わないで貰いたいですね」
五条の声に怒りはなかった。
見下しているわけでもない。
ただ事実を述べているだけだった。
「帝国学園を舐めないで頂きたい」
半世紀以上中学サッカー界の最前線を走り続けた怪物。
数え切れないほどの天才を見てきた学校。数え切れないほどの敗北を分析し、勝利へ変えてきた学校。
その積み重ねを背負う男の言葉には、不思議な説得力があった。
ボールが回る。
一秒。
二秒。
三秒。
帝国の選手たちはまるで一つの生き物のように動いていた。
烈刃が歯を食いしばる。
「うるせぇ!!」
強引なタックル。
ボール奪取。
そのまま突破。
一人。
二人。
三人。
抜く。
「止めろ!」
帝国DFが集まる。
だが烈刃は止まらない。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
黒い斬撃が炸裂する。
しかし。
「ザ・フォート」
五条を中心に三人のDFが並ぶ。
巨大な城壁。
まるで要塞だった。
轟音。
そして。
デスソードは弾かれた。
「なっ……!?」
烈刃の顔が歪む。
五条が静かに告げる。
「個人で戦う限り」
「あなたたちは帝国に勝てませんよ」
その言葉に烈刃が歯噛みする。
「……っ!」
認めたくなかった。
だが。
シュートは通らない。
突破も通らない。
帝国はまるで壁だった。
そして。
「北原」
「はい」
五条が静かに指示を出す。
帝国の選手たちが動く。
三人。
中央へ集結。
その動きを見た瞬間。
悠真の背筋が凍った。
「まさか……!」
黒いエネルギーが渦を巻く。
帝国伝統の連携必殺技。
「デスゾーン!!」
巨大な黒球が放たれる。
「今度は止める!!」
悠真が飛び出す。
右脚を振り上げる。
「エクスカリバー!!」
黄金の斬撃。
正面衝突。
轟音。
土煙。
一瞬だけ拮抗する。
「押し返せェェェ!!」
だが。
デスゾーンは止まらない。
黄金を飲み込む。
「なっ……!?」
次の瞬間。
ゴールネットが大きく揺れた。
0-2。
静寂。
膝をつく悠真。
呆然と立ち尽くす烈刃。
そして。
ピィィィィィッ!!
前半終了のホイッスルが鳴り響いた。
木戸川清修 0-2 帝国学園二軍。
今、木戸川清修の前に立ちはだかっているのはただの強豪校ではない。
長い年月をかけて積み上げられた、帝国学園という名の歴史そのものだった。