キドカワイレブン!木戸川清修のヴィクトリーロード! 作:工帝 アザレア
ハーフタイム。
木戸川のベンチは、重い空気に包まれていた。
黒牙はベンチへ腰を下ろしたまま、拳を握り締めている。
「クソっ……!」
デスソードは止められた。
何度仕掛けても、帝国の守備を崩せない。
その隣では、悠真が俯いていた。
「エクスカリバーが……負けた……」
木戸川で最も自信を持っていた武器。
それが真正面から打ち砕かれた。
彩奈も珍しく黙っている。
誰もが、前半の帝国との差を痛感していた。
そんな中。
湊だけは、ずっとスコアボードを見つめていた。
0-1。
たった一点。
だが、埋まらない一点だった。
「俺がもっと上手くまとめられてたら……」
思わず零れた言葉。
その瞬間だった。
「下を向くな」
西垣が言った。
「何だ、その顔」
湊が顔を上げる。
西垣は笑っていた。
「たった一点じゃねぇか」
「……は?」
黒牙が顔を上げる。
「相手は帝国だぞ。むしろ上出来だろ」
「でも……」
「帝国の方が強い」
西垣はあっさり認めた。
「今のお前らじゃ、正面からやり合えば負ける」
全員が黙る。
だが、西垣は続けた。
「勘違いするな。帝国は完成されたチームだ」
グラウンドの向こうを見る。
「対して、お前らは未完成だ」
「……なら」
湊が口を開く。
「俺たちも、あいつらみたいに連携すれば……」
「違う」
西垣は即答した。
「帝国の真似をする必要はねぇ」
湊が目を見開く。
「じゃあ、どうすれば……」
「まず信じろ」
「……信じる?」
「ああ」
西垣は木戸川の選手たちを見回した。
「お前らは仲間を信じてねぇ」
「……!」
「だから全部、自分でやろうとする」
黒牙が顔をしかめる。
悠真も何も言い返せない。
「ボールを持った奴が全部やる」
「抜かれたら自分で取り返す」
「シュートを撃てるなら自分で撃つ」
西垣は一人ずつ指を差していく。
「それじゃあ、どれだけ個人が強くても限界が来る」
そして。
「だからまず、自分以外の誰かがやってくれるって信じろ」
静寂。
「そして、お前らのサッカーを探せ」
西垣は笑った。
「全国に通用しうる⸻今の木戸川清修中のスタイルをな」
その言葉が。
湊の胸に残った。
◇
後半開始。
ホイッスルが鳴る。
「行くぞォ!!」
黒牙が一気に前へ出た。
前半と同じ。
そう見えた。
帝国の守備陣が動く。
黒牙へ向かって、二人。
さらに一人。
「また来やがった!」
黒牙が強引に突破を試みる。
だが。
「っ……!」
囲まれた。
いつもなら、ここで無理やり突破する。
あるいは、そのままシュートへ持ち込む。
だが、一瞬だけ。
黒牙の視界に湊が入った。
少し後ろ。こちらを見ている。
黒牙は舌打ちする。
「……チッ」
そして。
ボールを横へ出した。
「湊!」
「!」
ボールが繋がる。
たった、それだけだった。
だが、確実に何かが変わった。
湊が前を向く。
帝国の守備陣が動いた。
「潰してください」
五条が静かに指示を出す。
帝国の選手たちが一斉に湊を囲む。
だが。湊は焦らなかった。
前半なら、自分で突破しようとしていた。
しかし、今は違う。
自分の周りには、仲間がいる。
「……なら!」
湊がボールを前へ出す。
その瞬間。
「面白ぇじゃねぇか!!」
後方から飛び出した影があった。
「剣崎!?」
悠真だった。
木戸川のゴールを守るキーパー。
誰よりもゴールから遠い場所にいるはずの男が、前線まで駆け上がっている。
「俺を誰だと思ってる!」
悠真がボールへ追いつく。
右脚を振り抜いた。
「グラディウスアーチ!!」
金色の剣閃が弧を描く。
エクスカリバーほどの破壊力はない。
だが、それでも悠真は構わなかった。
これは決めるためだけのシュートじゃない。
次へ繋ぐための一撃だからだ。
「シュート……?」
戦導が反応する。
しかし、ボールの軌道が変わった。
ゴールではない、その先にいる選手へ向かっている。
「まだ終わってねぇですよっ!!」
彩奈が飛び込んだ。
天高く舞い上がる。
身体を回転させながら、落ちてきたボールを蹴り込む。
「バックトルネード!!」
青き竜巻が巻き起こり、グラディウスアーチの光と重なった。
「なっ……!」
帝国ベンチがざわめく。
「シュートチェイン!?」
二つの必殺技が、一つの攻撃へ変わった。
観客席がどよめく。
「木戸川が……!?」
凄まじい衝撃波が帝国ゴールへ迫る。
しかし。
「フルパワーシールド」
戦導は冷静だった。
通常のパワーシールドよりも強大な障壁が展開される。
轟音。
衝突。
大気が震える。
それでも。
「止まります」
五条が断言した。
「そうですね、キャプテン」
夜桜も頷く。
フルパワーシールドが、少しずつ木戸川の攻撃を押し返していく。
「くっ……!」
湊が歯を食いしばる。
届かない。
また、届かない。
その時だった。
「何が終わりだって?」
低い声。
誰よりも前へ、誰よりも速く。
誰よりもゴールだけを見ていた男が走っていた。
「黒牙!?」
湊が叫ぶ。
黒牙は止まらない。
彩奈が落としたボールへ向かって、一直線に走る。
その姿を見て、湊は気づいた。
黒牙は自分を信じている。
そしてそれと同じように彩奈も、悠真も。
自分たちが次へ繋いでくれると信じている。
だったら…自分も。
「黒牙ァ!!」
「任せろォ!!」
黒牙が右脚を振り抜く。
「オーガブレードォォォォォ!!」
漆黒の刃が出現する。
鬼神の咆哮。
禍々しい衝撃波が、ボールへ叩き込まれた。
三つの必殺技が重なる。
グラディウスアーチ。
バックトルネード。
そして⸻オーガブレード。
「なっ……!?」
五条の表情が初めて崩れた。
「三段……チェイン……!?」
夜桜も目を見開く。
フルパワーシールドに亀裂が走った。
一本。
二本。
そして。
ついにその盾が砕ける。
「うおおおおおおおお!!」
光の奔流がゴールへ突き抜けた。
次の瞬間。
ゴールネットが大きく揺れた。
静寂。
誰も動けなかった。
そして。
ピィィィィィッ!!
審判のホイッスルが鳴り響く。
「ゴォォォォォォル!!」
木戸川清修、初得点。
スコアは1-1。
「よっしゃぁぁぁ!!」
ベンチが沸く。
黒牙も拳を握る。
悠真は驚いたように自分の足を見る。
「……俺のグラディウスアーチが……」
彩奈も息を切らしながら笑った。
「繋がった……」
そして湊は。
自分の手を見つめていた。
自分一人では、何もできなかった。
けれど、誰かを信じて。
誰かに託して、また誰かが繋いでくれた。
その結果。今まで木戸川には存在しなかった攻撃が生まれた。
「これが……」
湊は呟く。
「俺たちの……」
言葉が続かなかった。まだ、名前すらついていない。
だが、確かにそこには自分たちだけのサッカーがあった。
帝国ベンチは静かだった。
「戦導さん」
五条が言う。
「どう見ますか?」
戦導は木戸川の選手たちを見つめる。
「連携レベルは、依然として稚拙です…ですが」
一拍。
「先程より危険です」
五条は小さく笑った。
「同感です」
夜桜も木戸川を見る。
「さっきまでとは、ちょっと違いますね」
「ええ」
五条は眼鏡を押し上げる。
「ならば」
眼鏡の奥の目から笑みが消える。
「こちらも、応えなければなりません」
帝国の選手たちが動き出した。
反撃が始まる。
◇
試合終了。
木戸川清修中 1-2 帝国学園二軍。
結果だけ見れば敗北。
しかし、前半終了時とは、誰もが違う顔をしていた。
悔しい。負けた。
帝国には届かなかった。
それでも。
誰も下を向いていなかった。
自分たちにも、できる。
そんな確かな感覚が残っていた。
「……まだまだ未完成なチームですね」
五条が言う。
木戸川の選手たちの眉が吊り上がる。
だが。
五条は続けた。
「ですが」
眼鏡を押し上げる。
「完成したら、非常に厄介だ」
それだけ言い残すと、帝国の選手たちはグラウンドを後にした。
◇
帰りのバス。
最後尾の席。
五条は静かに窓の外を眺めていた。
「珍しいね」
聞き慣れた声。
五条が振り返る。
そこには、帝国学園監督⸻不破アリスが立っていた。
「随分と木戸川を買ってるじゃないか」
五条は少し考える。
「未熟です」
「組織力は低い」
「戦術理解も不足しています」
淡々と評価を並べる。
そして。
「ですが」
アリスが笑った。
「ですが?」
「危険です」
五条は即答した。
「個人能力だけなら、既に全国上位レベルの選手が複数いる」
「チームとしては未完成ですが」
「全員が同じ方向を向けば⸻別のチームになります」
アリスは窓の外を見る。
そこには。
まだグラウンドに残っている木戸川の選手たちがいた。
「へぇ……」
アリスは楽しそうに笑った。
「じゃあ、次に会う時が楽しみだね」
五条が頷く。
アリスは続けた。
「もっとも」
その瞳が鋭くなる。
「次に相手をするのは、二軍じゃない」
五条は黙って聞いている。
「今度は一軍だ」
静かな声だった。
ただ。
帝国学園という巨大な組織の中で、さらに上にいる者たちへの絶対的な信頼があった。
「……次に会う時は、もっと面白くなっているといいね」
帝国学園。
65年以上もの間、中学サッカー界の頂点を走り続ける全国有数の強豪。
木戸川清修が再び帝国と相対する日は、そう遠くなかった。
【
帝国学園二軍キャプテン。
一年生ながら既に帝国の二軍を率いる期待の新星。
冷静沈着で真面目な優等生だが、監督である不破アリスの腕に装着されたうさぎのパペットについては未だに誰も説明してくれない。
最近は「あれはそういう必殺タクティクスなのではないか」と考え始めている。