もしも姉弟が兄妹だったらの話
長男が智貴
長女が智子
は、変わらず。
中学生兄妹
兄視点
モテないけど休日を満喫する
「お兄ちゃん、起きなよ」
日曜日の朝。妹の声が耳元で聞こえる。今日も僕は寝過ごすところだったみたいだ。
「起きた? お兄ちゃん」
「おはよう〜智子……」
「おはよう」
なんとかベッドから出るものの、眠くてその場にぼんやり立ち呆けてしまう。そんな僕を心配してか、妹が僕の手を取って、部屋の外へと導いてくれた。兄として情けないことこの上ないけど正直助かる。
眠い目をショボショボさせながら一緒に階段を降りて一階に着くと、そこで僕らは繋いでいた手を離した。
「じゃあ私は行くから」
「うん。いってらっしゃい。気をつけてね」
「いってきます」
妹の智子は陸上部で、真面目な子なので休みの日も学校に行き練習をしている。朝が弱い僕には到底真似できないことだ。僕は平日だって妹に起こしてもらわなければきっとたちまち学校に遅刻してしまうだろうに。
妹を見送ると、僕を起こしてくれた妹の苦労を無駄にしないように、僕はいそいそと居間のテレビへ向かった。
アニメ、プ●キュアを見るためだ。
このアニメは小さな女の子向けの、魔法で変身したかわいい女の子たちが頑張る姿が眩しく素敵なアニメだ。
妹の付き合いで一緒に観ていたつもりが、いつしか妹よりも僕がのめり込んで観るようになり、今では僕の生き甲斐となった。妹はとっくにこういったものを卒業したのに、僕だけはずっと好きなままだ。
妹の部屋にある少女漫画だって、今ではきっと妹より僕の方が読み込んでいるし、なんなら妹に頼んで買い揃えてもらったものもある。
優しい妹を持って、お兄ちゃんは幸せ者である。
兄バカだと言われるかもしれないが、僕の妹は美人で、勉強もスポーツもできて、家事も料理もそつなくこなす、スーパーガールだ。
出来の良い妹に鼻高々な僕なわけだけど、たまに自分と妹と比べてしまいちょっと落ち込むこともある。僕だって勉強なら多少できるけど、運動はからっきしで、未だに自転車に補助輪なしで乗れないぐらい、筋金入りの運動音痴だ。歩くにはちょっと距離のある中学校は、せっかく自転車通学可なのに、恥ずかしさから徒歩で時間をかけて通っていて、そんな僕に妹も合わせて徒歩通学させているから、申し訳ない。妹のことを思うなら頑張って自転車に乗れるようになるか、補助輪付きでも堂々とすべきかなのに、どちらも選ばないから僕はダメ人間なのだと思う。
今週もプ●キュアは最高だった。見逃さず観られてよかった。妹様々である。色んな意味で。
後回しにしていた歯磨きや洗顔をして、朝食を食べると、せっかくの休みなので存分にゲームをする。いわゆるギャルゲーだ。友達におすすめされてやり始めた。全年齢ではあるが、友達曰くちょっとエッチなシーンもあるらしく、いつそんなシーンが出てくるのかとドキドキしながら進めている。
たまたまゲームをしていている最中、僕の部屋に用事があって来ることがある妹に、時々僕は選択肢を一緒に考えてもらっている。本物の女の子お墨付きの回答であれば良いエンディングを迎えるのではないかというちょっとしたズルだ。
妹は優柔不断な僕と違って悩まず選んでくれる。そうして妹に選んでもらった選択肢の先を着々と進めていくと、しかしどうも最終的にはいつもノーマルエンドになってしまい、ハッピーとはいい難い結末となってしまうのだった。ゲームはあくまでフィクションだから、リアルの女の子の答えはイマイチ通用しないのかもしれない。
お腹が空いて少し遅めの昼食を食べた後は、明日の授業に向けて少し勉強をする、つもりではあるが、ネットで動画を見たり、漫画を読んだり、ツイッターを眺めたり、注意散漫だ。いつものことである。でもこんなことしてばかりだと、さすがに成績落ちちゃうかもしれないし、おやつを食べてからは少し集中して勉強した。妹に勉強をきかれたら答えられる兄でいたいもの。とはいえもう滅多にきかれることはないんだけど、僕が勉強をしていると興味深そうに僕の手元を覗いて質問してくることはあるので、妹より先に知っていることぐらいは答えられる兄ではいたいのだ。
そうしてダラダラと過ごしているうちにもうこんな時間だ。家を出なくちゃ。
部屋着から着替えて外に出る。最近日が落ちるのが早くなったみたいだ。短い脚を必死に動かして、早足で中学校へ向かう。
「あっ、智子の兄貴来たね」
「今日もお迎えありがとうございます〜。智子をよろしくお願いします〜」
「アンタは私の何なんだよ……」
中学校の校門に着くと、智子は友達と一緒にいた。休みの日だし、体を使うことだから練習すれば練習するだけいいってものでもないだろうし、今日は早めに切り上げたのかもしれない。
「ごめんね遅くなって」
「ううん、こいつらもいたし」
智子の友達とさよならをして、二人で帰路につく。
やっぱり早めに行って待っていた方が良かったかな。でも、こうして僕が妹の迎えに行ったり、妹の部活が終わるのを待ってたりするのを、変に思う人もいるみたいだから、難しい。
それこそ、妹が中学生になりたての頃、兄妹一緒に登下校するのをかわれてしまったことがある。
小学校でもそうしたことがなかったわけじゃないけど、いずれはそういう兄妹なのだと思ってくれるのか、いつのまにか言われなくなっていた。
久々に、それも妹がからかわれているのを目の当たりにしてショックを受けた僕は、その時妹に、もう一緒に登下校をするのをやめようかと申し出た。
「お兄ちゃんは私のこと、もう大事じゃない?」
不思議そうに、少し不安そうに言う妹に、僕は、自分の浅はかさに気づく。
そうだ。妹が大事だから、頑なに僕は登下校を一緒にしていたのだ。間違いなんてあってはならないから、こうしていつも、必ず迎えに行っていたのだ。
でも……、
「智子は嫌じゃないの?」
これの始まりは、さかのぼれば、幼い頃智子としていたお姫様ごっこだった。智子がお姫様で、僕はある時は姫を守る騎士であり、ある時は姫を幸せにする王子様だった。これまで一貫して姫に供する騎士として一緒に登下校をし続けたし、小学校低学年までは毎朝智子に王子様の目覚めのキスをしていた。
でも今はどうだろう。ごっこ遊びであれど、今の僕はとても騎士や王子なんて名乗れるとは思えない。身長は小五で智子に抜かされてしまったし、頑張ってごはんを食べても、筋肉も、贅肉すらつかない。こうして妹に供したところで、いざというときに妹を本当に守れるのか、自信がない。
どんなに妹が大事だったところで、僕がしていることは、他の人がからかってしまうぐらい、おかしなことなのではないのか。
「嫌なわけない。私はお兄ちゃんといると安心する。お兄ちゃんが負担じゃないならこれからも迎えに来てほしい」
妹は自分の意見がはっきりしている子だ。だからこれは僕を気遣った優しい嘘ではなく本音なのだろう。そう信じる。
「わかった。お兄ちゃん、智子が嫌だって言うまで、絶対智子の迎えに行くよ」
そう言うと、妹は綺麗に笑った。
智子の笑顔のためならお兄ちゃん頑張るよ。智子が僕のお姫様を辞めるまで、智子が智子を幸せにしてくれる人を見つけるまで、お兄ちゃん、頑張るから。
家に無事着くと、家には美味しそうな匂いが漂っていた。
二人で洗面所に手洗いうがいをしに行って、二階でそれぞれの部屋に別れる。
その前に。
「今日も無事に送り届けて下さりましたね、私の騎士」
「これからもずっとお守りいたします、我が姫」
帰宅するといつも、そのようなセリフを子供の僕達は言っていた。今はもうそんなことは言わなくなったけれど、僕が智子に跪いて、その手の指先にキスをする仕草だけは、今でも続いている。昔は帰ってすぐ玄関先でやっていたけれど、自ずと親の目を避けてするようになった。
「姫」
「王子」
僕が立ち上がると、そうして互いの役柄を呼び合って抱擁する。それもまた子供の頃の話で、今ではセリフを言うことはない。抱擁の理由は、ドラゴンから姫を救い出してやっと巡り会えて感極まっただとか、国を守る戦いから帰還しその無事を祝い合っているだとか、探し求めた末に見つけた運命の人を目の前にその存在を確かめずにはいられなかったとか、そういう背景を想像していた気がするけれど、今となっては、そうした想定も省略され、形骸化している。
ただただ僕たちは、僕たちの習慣を、僕たちの儀式を、滞りなく行う。
けれど、僕の可愛い可愛いお姫様は、今や美しく成長した。そして、これからもっと美しくなるのだろう。
こんなごっこ遊びを続けていたって、僕は決して騎士でも王子でもない。妹とこうして体を重ねているとき、妹の体に包み込まれてしまっている我が身を思えば、かつてのように空想の世界へと身を任せることなんてできるはずもない。
いっそ、妹の方が、今やよっぽど王子様然としている。男っぽいだなんて思ったこともないけれど、漫画で出てくる男装の麗人のような佇まいがあって、そういう美しさの女の子だと思う。その長くしなやかな四肢は、騎士を演じさせてもきっと様になるだろう。
子供の頃にはあっただろう魔法も夢も憧れも、とっくに失われた現実の兄と、妹はどうしていつまでも、こうしてごっこ遊びを続けてくれるのかな。
僕が段々と朝が弱くなって、惰眠を貪るようになる頃。なので、僕が小学三、四年の頃だろうか。
その日も、あと五分、あと五分、とベッドから出られずにいた時、そんなだらしない兄を起こしにきた妹が、あろうことかキスをしてきたのだ。
驚いて飛び起きた僕は、こんなことをするもんじゃない、と思わず妹に詰め寄ってしまった。
「目覚めのキスだよ。前まで私にしてくれてたでしょ。嫌だったならもうしない」
そう悲しそうに言う妹に我に返る。
「嫌だから、じゃなくて……そう、智子はお姫様なんだから。お姫様は目覚めのキスしないでしょう?」
「じゃあ、私、朝だけ王子様になる」
目覚めのキスは、なんでやめたのだったか。物覚えの悪い僕は忘れてしまったけど、たぶん僕のことだから、何か学校で見聞きしたこととか、友達から言われたこととか、そういうところから、思うところがあって、兄妹でキスをするのはもうやめようと思ったんだろう。
「お兄ちゃん私にしなくなったから。今度から私がする」
妹からしたら、妹を起こしに来れなくなったダメな兄を、今度は自分が起こしに行く、ぐらいの申し出だったのかもしれない。
「……智子は、お姫様やめたい?」
僕はそう言うことしかできなかった。
「私ずっとお姫様だったでしょ」
「うん」
「だから、やめるとか、考えたこともなかったんだけど……」
そこで智子の言葉は途切れてしまった。
「僕にとって智子はお姫様だよ? けどさ……」
僕も、そこから言葉が上手く続かなかった。
「……本当? 私、お兄ちゃんのお姫様?」
そう言う妹に、僕は頷いてしまった。それだけは本当だったからだ。
「じゃあ私、これからもずっとお姫様だからね。ずっとずっとお姫様だから」
それっきり、智子はお姫様だった。
僕はわからない。もう騎士でも王子でもないと確信しながらも、自分からはこのごっこ遊びの是非を問えずにいる。
お互い部屋着に着替えて、部屋を出るとお母さんのところへ手伝いに行く。テーブルを拭いたり料理を並べたり手分けしてする。
三人みんなで頂きますをして食べ始める。
しばらく食べ進めた頃に智子が言った。
「そうだ。母さん、実は新しい靴買って欲しいんだ」
「ああ、また擦り減っちゃった? 精が出るわねえ」
「それはまだ大丈夫だったんだけど、ちょっと靴のサイズがきつくなってきてて」
「そうなのね。じゃあ今度一緒に買いに行きましょうね」
「うん、ありがとう」
話を聞きながら、そういえば僕が新しい靴を買ってもらったのはいつだったけな、とぼんやり思う。
「えーと今履いてるのってサイズいくつだったかしら」
「3.5」
「智貴、履けそうなら履く?」
「えっ?」
ふいに話題をふられてまごついているうちに、智子が言う。
「母さん履けば?」
「えーお母さんにあれ似合うかしら」
「誰も母さんの足元なんて見ないよ」
「もう智子ったら」
笑い合う二人を微笑ましく思いながら、僕はやっと声を上げる。
「智子の靴って、あの今履いてるカッコいいスニーカーのことだよね? もらっていいなら、欲しいかな」
「そう? じゃあ食べ終わったらちょっと試しに履いてみてちょうだいね」
「うん」
食事を終えて食器を流しに片付けたあと、さっそく靴下を用意して玄関に行く。
そのまま足を入れてみるとすんなり入る。足先に余裕を感じるので、あとは紐の調整をしてみてだな、と思い結目を解こうとしてみる。けど見慣れない結目をしていてなんだか全然解けない。
「ごめん、解けにくい結び方しちゃってるんだ」
後ろから声をかけられる。
僕が一度靴を脱ぐと、妹は目の前で俯いて靴に手をかける。なんとなしにそのつむじを眺めているうちに、妹はサッと紐を解いてくれた。
「そういう工夫もしてるんだね」
「先輩に教えてもらった」
「へー」
改めて靴を履き直して紐を縛る。
「どう?」
玄関の小さなスペースの中でだが、僕は少し歩き回ってみた。
妹は、玄関に腰がけ自分の脚に片肘をつき、頬杖をつきながらそんな僕を眺めている。
「なんか足に、優しい? 履き心地いい」
「ああ、靴底のクッションきいてるから」
「こうして履いてみると、良い靴って良いね。僕なんかはさ、靴とかなんでもいいやって思ってたけど」
「そう」
「もらっていいの?」
「お兄ちゃんがいいならいいよ」
妹はその短い髪をかき揚げながらニコリと笑う。
「ありがとう。でも、これ僕履いて変じゃないかな。変じゃない?」
「変じゃないよ」
妹のスニーカーは、黒や白を基調としたところに蛍光色が入っているような、スタイリッシュでシンプルなデザインで、男の僕が履いてもおかしくないものではあった。
ただ僕が、自分がこうした靴に似つかわしく思えないだけだ。
「私靴買ったらさ、お兄ちゃん普段からそれ履きなよ」
「それは、うーん、もったいないよ」
「もったいなくないよ、履かない方がもったいないよ」
「そうだけど……」
「私、また同じの買おうかな」
呟くように妹は言った。
「本当に気に入ってたんだね」
「だって同じの買えばお兄ちゃんとお揃いになるし」
「ええ?」
「フフ、冗談だよ。もちろんそれ気に入ってたけど、せっかく買うなら他の試したいし。でも、同じメーカーの買うかな」
「智子の足を守る靴だからね、智子に合ってるならそれが一番だよ」
「うん」
僕が履き終わった靴を揃えて整えていると、妹は一足先に玄関から立ち去っていた。居間の方から妹の声が聞こえるので、どうやら僕が靴をもらうことになった件を母に報告してくれているみたいだ。それにきっと、今度母と娘の二人で買い物に行く予定を立てているに違いない。
それを微笑ましく思う気持ちは本当で、靴をもらうことにしたのは自分が決めたことで、なのに、何かを間違えているような違和感が胸を掠めて、しかし僕は今日も気づかないふりをするのだった。
2024-09-10