姉が友達を欲しがらず
弟がサッカーをしていない世界線。
ドロップアウトぎみの姉弟が
一緒にプリクラを撮りに行く話。
軽い暴力表現
弟視点。
やるせないしプリクラ撮る
休日。ベッドに寝転び漫画を読んでいると、ノック音がしてすぐ部屋の扉が開いた。
「と~もくん! プリクラ撮りに行こ~ぜ~」
二つに結んだ髪を揺らしながら、トタトタと俺のベッドサイド近くまで来る。化粧も服も鞄も決め込んでいて、香水か何かの甘ったるい匂いが鼻先に漂う。
「今から?」
「今から! 行くだろ?」
「まあ……」
「だったらさっさと起きる!」
「はいはい」
起き上がり、そこらへんに置いていたパーカーを着込む。財布を見つけ出しポケットに突っ込む。
「今日は何つけよっかな~」
姉はそう言いながら俺の机の引き出しを漁った。アクセサリーをしまっている引き出しだ。その引き出しは、俺の部屋の俺の引き出しでありながら、自分ではいまいち何が入っているのか把握していない。
姉が机の上にアクセサリーを置いていく。シルバー製の、ピアスや指輪や腕輪、ネックレスやペンダントが、じゃらじゃらと並べられていく。
「今日はこれな」
一つ一つ、姉の指示に従いながら、その位置にピアスをしていく。俺の耳にはピアスホールが両方合わせて十三個空いており、しかし穴の全部にピアスをつけることは滅多になく、こういうのは言われるがままだ。今日はそういう気分だったようで、ベッドに腰がけている俺の背後に回ってドッグタグのついたチェーンや鎖のネックレスを姉手ずからつけられる。
全てのアクセサリーを身につけると、急かされるように家を出た。外出時には必ず着けるようになった黒マスクをお互いして。
歩き出すと同時に手を繋ぐ。しっかり指を絡めてうっかり外れないように。姉が厚底の靴を履くようになり、一度転びかけたことがあるため、二人で出かける時は必ずこうして手を繋ぐようになった。
電車で数駅ほど先にあるアミューズメント施設が姉の目的地らしい。そこに目当てのプリクラ機があるようだ。
改札口を出て徒歩十分足らずで着く。店内に流れる大音量の音楽に耳を慣らしながら、いくつものゲーム台やUFOキャッチャーを尻目にプリクラコーナーに辿り着く。「男性のみの立ち入りはご遠慮下さい」と書かれた貼り紙を目の端に留めながら、いくつかのプリクラ機を通り過ぎて、姉の手に引かれながら、一つのプリクラ機の中に入っていく。
中の壁は四方八方白くて眩しい。内部に設置してある小さな鏡を見ながら、俺とずっと繋いでいた手を離して姉は自分の顔をチェックしている。ピンク色のメッシュが入っている前髪を、色の部分にはあまり手を触れないようにしながら手櫛で整えている。出かける時、こうしたメッシュを姉は髪によく入れる。染めているわけでないのでいつもはただの黒髪だ。たまにお揃いと言いながら俺の髪にも塗ってくることもあるが、今日はそういう気分ではなかったらしい。ツインテールにしている髪の方のメッシュは着色しているわけではなくつけ毛のようだった。
姉は自分のチェックに満足すると今度は俺のピアスやネックレスの具合をいじる。お互い黒マスクを外し、準備は整ったらしい。機械にお金を投入していく。一回五百円と割高に感じるが、証明写真機の値段を思えばこれでも良心的なんだろうか。本来は四、五人で撮るものなのかもしれない。姉が俺を誘ったのはきっとそういうことで、後で俺から二百五十円を徴収する気だろう。
機械が音声で手順を説明し指示を出していく。姉が枚数など設定を決めると撮影が始まる。ポーズは、電車に乗っている間に参考とばかりに見せられていて、それらを一つずつこなしていく。カメラごしに画面に映る自分を見ていると滑稽さに薄ら寒い気持ちになるので、できるだけ姉の方へ視線を流すようにした。お互いの片手をつけて一つのハートを作ったり、姉の腰に手を回して頭同士をくっつけ合ったり、姉を後ろからハグしたり、限られた秒数の中で無心に次々とポーズを取る。
画面に映る姉の顔は、化粧やライトアップで青白く見えるものの、楽しそうに笑っている。
そんな顔を見れただけ、こんな馬鹿げたことをしていてもお釣りがくる。そう思える。
姉は、ずっと不登校だった。
最初は問題なく高校へと通っていたはずだった。しかし時々、何かしら理由をつけて学校を休むようになった。
それが次第に度々になり、何日も学校へ行かなくなって、ついには何週にも渡るものとなった。
父が姉と一対一で事情をきいたところ、別に虐められたわけでも何か高校であったわけでもないらしい。ただ、姉自身の心の問題で学校に通うのが難しいとのことだった。
姉の様子と今後の出席日数を鑑みて、母は学校と相談を重ねた結果、姉は既に高校中退が決まっている。
母は中退にあたり姉に通信制高校に入学するかバイトを始めるかの二択を迫った。姉は即決で通信制高校を選んだそうだ。別に勉強ができないわけではないのだし、外野ながら良い選択だと思っている。
そういう俺自身といえば、こんな穴だらけの耳では、例え高校を受験し合格したところでまともな学校生活は送れまい。既に中学でさえも支障が生じている。──厳密には、誰も自分に話しかけるような同級生がいなくなったというだけなので、どうってことはないのだが──そうやって普通の人間関係を構築するのに少々難のある外見となってしまった今、まともに高校受験をする意欲がない。とはいえ大学進学を諦めているわけではないので、俺も同じく通信制高校に入ろうと思っている。母は少し残念そうな顔はしたものの、俺の考えに難色は示さず、終始肯定的な態度だった。難関大進学実績を誇る高校に受験成功した姉がああなったのだ。どんな選択をしようと否定する理由が見当たらないのだろう。
それほどまでに、不登校だった頃の一時期の姉の荒れ方はひどいものだった。
高校に行けばどうにかなると思ってたのに、というのが姉の口癖だった。最初はそうやって怨みごとをぶつぶつと呟いているぐらいなものだったのが、しかし段々と鬱憤は溜まっていったのだろう。部屋で急に叫んだり、些細なことで激しく怒ることが増えていった。突然俺の部屋にやってきて、何を言っているかもわからない早口で捲し立てて叩こうとしてくることもあった。そういう時、俺はいつも姉の拳を抑えつけるのに必死だった。
食卓で母が不登校のことを話題に少しでも出そうものなら、姉は手元にあるものをなんでも投げつけようとしてきたり、「おまえが産んだのがいけないんだろ! おまえのせいだろうが!」と母に暴言を叫んだりして、しまいには逃げて部屋に引きこもってしまうので、建設的な会話が築ける余地もなくお手上げ状態だった。
そんなある日、姉がいつの間にか出かけており百均で化粧道具を買い占めてきたかと思うと、洗面所に入り浸ってどうやら化粧の仕方を研究し始めた。スマホと睨めっこしながら黙々と作業をしているので、これまでの喧騒の日々が嘘のようだった。なんであれ打ち込めるものが見つかって良いことだと母と話していたぐらいである。
そのうち母と一緒にお店へ出かけたり、ネットで服や鞄を買ってもらったりしていた。母は姉が意欲的に行動するならある程度好きにさせる方針のようだった。その方針の甲斐あってか、姉は一時期の荒れ様が嘘みたいに、激情も落ち着き、独特なセンスではあるものの身なりを小綺麗に整えるようになった。
「ああいうの、変身願望っていうのかしらねえ」
そんな姉を、母はそう言った。たぶんそうなのだろう。姉が独り言で「私ってコスプレ適性高い」と鏡に向かって言っているのを通りがかりに聞いたことがある。赤みの印象的な目元の化粧、華美なブラウスにリボンやハートのモチーフをあしらったタイトスカート、こまごまとした脚のベルトやヘアアクセサリー、普通に考えれば姉は独特なセンスながらも突然お洒落に目覚めたようにしか思えない。しかしあれらはきっと姉にとって「コスプレ」なのだ。
何はともあれ、姉が自分なりに模索して、自分なりに元気になってくれて本当によかった。
そう思っていたのに。
「おまえもかよ⁉︎ おまえも思い通りにならないのかよ‼︎ おまえぐらいいいだろ⁉︎ おまえぐらい私の思い通りになれよぉぉぉおおおお!!!」
ピアッサー片手に入室してきた姉が、脈絡なく俺にピアスの穴を空けろと迫ってきたのを断っただけでこれだ。
何をどうしたら、たったそれだけのことでこれだけ激昂できるのか。
「うゎああああああ゛あ゛あ゛ああああ!!!」
そうやって目の前で大泣きするものだから、耳ぐらいいいかと、仕方なく好きにさせた。
本当に好き勝手空けるので、ピアスホールが安定するまでは痛みに眠れぬ夜もあったが、後悔はなかった。
俺の耳の惨状を見定めた母は姉を叱ろうと恐ろしい剣幕だったが、俺が姉に頼んでやってもらったのだと言ってどうにか留めるのが大変だった。
プリクラの撮影が終わり、機械の指示に従い撮影スペースから移動する。プリクラ機のすぐ側面にある作業ブースでは、画面上につい先程撮った写真が表示されていた。十数枚ある中で姉はあらかじめ設定していた枚数分を選択し、タッチペンを使って画像をいじっている。テンプレートに沿ってスタンプで装飾したり文字を書き入れたりしているようだ。
そうした作業も終わり、あとは印刷を待つばかりだ。その待ち時間に、やはり姉は俺にプリクラ代を折半するよう言いつけてきた。素直に二百五十円を手渡す。
取り出し口からお目当てのものにやっとありつく姉。その場でじっと見入っていたが、他の客の邪魔になりそうだったのでその手を引いてプリクラコーナーからひとまず出る。
人の邪魔にならない壁の片隅に身を置くことにする。姉はそうして歩いている間も出来上がったプリクラを食い入るように見ていた。俺もやっとその出来上がりを上から覗き見る。
プリクラに写っていたのは、確かに髪型や格好は自分たちだったが、その顔つきは奇妙で、とても自分たちの顔だとは思えなかった。目は一回り大きく強調されるように色濃く印刷されており、唇の血色もまた紅をさしたように濃い。二人とも目にハイライトがはっきり入っていて、姉は元から化粧で隠れているからともかく、俺の目の下にあるはずの隈は綺麗さっぱり消えている。
姉が加工したのか、それともプリクラ機に元からある仕様なのかわからないが、しかし姉が文句もなくそれを見ているところをみると、気に入ったみたいだった。
写真上には、初プリだとか、智くんとデートだとか、二人はラブラブだとか、そんな薄っぺらい言葉たちが、ハートやリボンなどのモチーフと共にキラキラと発色している。
「智くん」
姉がこちらを上目遣いで見上げた。
「お姉ちゃんってかわいい?」
プリクラに映った自分たちの顔は、その加工の有様は、俺の感性のまま素直に言うなら不気味だった。
だから、俺は姉の顔を見ながら言った。マスクや化粧、鏡の前で何度も練習した作り笑顔で隠れている、その素顔を懐かしみながら。
「ああ。可愛いよ」
2025-03-01