ウマ娘、、、いつか書き終わるといいなぁ。
なんか産まれた時から自我があったみたいで。
出産直後、とりあえず落ち着こうと思ったのがいけなかった。
全然泣かない赤ん坊だったためか、なんか色々ひっぱ叩いて、ようやく僕は泣き出したんだとか。
人生において落ち着くことはとても重要なことではあるけど、産まれた直後だけはテンパった方が良かったみたいである。
で、感情のままギャン泣きした後の賢者タイム。
ようやく自分という存在を認識するに至ったわけなんだけど、やっぱり自我がすでに生えている。
なんでかなー、って考えたところ、どうにも自分は一度人生というもの経験したことがあるみたいだ、との結論に至った。
鮮明にとは言わないが、物心ついた頃から社会で揉まれている姿まで経験として思い出せるのだ。
思い出せはするのだが、どうしてか、結局経験としてしか思い出せない。
自分という自我を認識できる程度のことまでしか思い出せるが、人間関係まで思い出そうとしても何も思い出せないのだ。
都合がいいというかなんと言うか。
多分だけどこれ以上思い出すと精神面に負荷がかかってしまうのだと思う。
まともな人生を送っていたとして、推定前世を完全に思い出したらきっと狂う。元の自分に戻せ、と。
だからこれ以上は思い出さなくていいのだと結論付けた。
きっとそれが最善なんだと思って。
で、時が経つに連れて段々と自分の置かれた環境というのが大部分かってきた。
自分の名前は車谷空。男。
父は教員。
母は元プロバスケットプレイヤー。+日本代表経験あり。
母上の経歴が異色すぎる件。
但し変人度合いでいくと父の方が上。
父も母もバスケを通して結んだ縁らしい。
息子の僕にも無理強いはしないが、やっぱり触れる機会は多く作ってくれた。
そんなおかげもあってか、僕は現在立派なバスケットマンになるため日々鍛練に明け暮れている。
前世では人並みにしか球技には触れてこなかったけど、やはり元プロの匍匐は得難いものがある。
また、前世では日本人NBA選手が何人か誕生したということもあり、一時はスーパープレイ動画を何度も見返していた位には熱量を持っていた。
画面の向こうプレーが、努力すればできるかも。
なんて状況に置かれたら機運も上がる。
どんな形かは知らないが一度は終わった人生。
優等生よろしく生きるのもいいかもだけど、一花咲かすのもありかも知れないと思うのは自然なことだと思う。
若い自分であれば、例え失敗したとしても十分やり直しは利くのだから。
ということもあり、ガチガチにバスケ漬けの人生を送ってみようと思ったわけなんだけど、時を重ねるに連れて思うことがある。
僕、身長の伸び、おっそくね?
母が入院した。
僕を産む以前から母は体調がよろしくなかったらしく、体調面で結構無理をしながら生活をしていたようであった。
一過性のものなのか父に尋ねてみたけど、残念ながら一生付き合っていかなきゃいけないらしい。
身長の伸びがよろしくない僕に母は、チビがコートで生き抜く術を十全に叩き込んでくれた。
将来身長が劇的に伸びたとしても、その術はきっと活きてくものだとも教えてくれた。
だから僕はその期待に応え続けた。
応え続けて応え続けて応え続けて、母が入院して。
、、、僕はこれ以上どうすればいいのだろう。
母が一生付き合わなければいけない病気と聞かされて参っていたのもあったと思う。ほんの少し、歩みを止めようとした時があった。
これ以上球技に時間を費やすより、母との時間を大切にしたいと。
そんな折、父は僕にこう尋ねた。
「やりきったか?」と。
、、、、、やりきってないなぁ。
母が教えてくれたのはあくまでもコート上でチビが生き抜く術。
謂わばマイナスを0にするといった類の技術。
外からシュートを狙って、空いたスペースに切り込んで、スピードと身軽さを武器に掻き回す。
それを1試合ぶっ続けで通す。
従来、あるいは現在のバスケでも通用する通説だと思う。
でもそれは、チビといったハンデを受け入れただけであって、ある側面。すなわち「パワー」といった点に触れられていない。
前世の。
それも日本人でNBAプレーヤーに手が届いたスモールプレーヤーがいた。
その人は、確かに類まれなるクイックネスを持っていた。同時に、自分より一回りも二回りも大きい選手に当たり負けしない体幹を持っていたのだ。
ニ回目の人生。
前世で実在する日本人選手がいるにもかかわらず、その域に達しないで鍛錬を止めると言うのは、果たしてやりきったと言えるのだろうか。いや、言えないであろう。
チビだろうが何だろうが当たり負けしないフィジカル。
これすら身に付けていないのに何がやりきっただ。
当面の目標はフィジカル面の強化。
まだまだ僕には母に見せつける伸び代が十分にあるようだ。
母がまた入院した。
いよいよ終わりが近付いてきているらしい。
母との時間を大事にしたいと思った僕は、母の病院に近い神奈川の県立高校に入学を決めた。
現実逃避気味(農家仕事に没頭)の父と盛大に大喧嘩をかまし、堂々と神奈川に進学を決めた僕は、母方のおばあちゃん家に下宿させてもらうことになった。
そもそも二度目の人生なのだ。
よほど荒れている高校でなければ、今更偏差値の上下で高校を決めるなんて事はしなくてもいいと思っている。
そこをあの親父は、一辺倒につまらない事を言うものだから。
ここで母との時間を少しでも惜しんだら、僕は絶対に後悔すると思った。
自分の将来なんぞ、どんな高校に行ってもバスケ以外であればうまくやって行ける自信がある。
有り金全てを林檎の銘柄にぶっ込んで、経済面だけでも充実させることだってできるのだ。
というか祖母監修のもと実践して父を唖然とさせた。
特大の実績を引っ提げて僕は神奈川に進学を決めたのだ。
「仕事を止めろとは言わないけど、母さんとの時間を一切惜しむな。経済面での不安なんて僕が何とかする」
唖然とはしていたが、父も剛の者である。
状況をすぐに理解し、その日の内に長野の仕事に都合を付け、祖母の実家にお世話になる事となった。
で、僕に他に来る銘柄を確認してぶっぱ。
経済面の問題が解決して母との時間を大切にしている。
と、ここまでが僕の人生のダイジェストである。