何事も無かったかのように母さんは僕を迎え入れた。
久し振りね、最近調子はどう、背は、、、そんなに大きくなってないわね、等々。
最後のは余計だけど、当たり障りない会話から切り出して。
恐らく僕に余計な心配をかけるまいと思っているのだろう。
全くこの人は。
「母さん、今日会場来てたでしょ」
「な、何の事かしらねー」
「車いすと、この時期の厚着の時点でもろバレだよ。円先輩も近くにいるの見えたし。なんか個性強めのおっさんも近くにいたから。言ってくれればいいのに」
「ありゃ、ばれちってた(テヘペロ)」
テヘペロじゃ無いよ、全く。
まあ僕は今日来るのは分かっていたし、婆ちゃんにも言っといたから、母さんも僕が気付いてる事を承知で来ていたのだろう。
何だったら前半終わってあからさまに僕は母さんに向けて拳突き上げてたし。
「なんかさ。心配かけたくなかったのよ。昔から空はそういうところ凄く敏感だったからね」
「新人類だからかな」
「何言ってんだか。それより凄いわね空。あなた無茶苦茶じゃない。スピードにフィジカルにスタミナ。1試合通せるなんて大したものね」
「、、、まあね。じゃないとコートで生き残れないし」
本当にこの人は。
こっちは後半にあなたがいなくなったこと位分かっているって言うのに。
でも楽しそうに話しているあなたを見ると、つまらないことは指摘したくなくなります。
近況はよくメールで報告してました。
何なら顔を出して直接話もしてました。
僕の暴れっぷりをあなたは若干引きながら聞いてくれて、けど最後は笑って「そうねそうね」と相槌を打ってくれました。
あなたが笑ってくれることがとても嬉しかったです。
その裏であなたが苦しんでいたことも知っています。
家族の時間を大切にしたかった裏側で、選手としてもう少し生きることができたのにという後悔の念。
もう少し家族と一緒の日常を過ごせると思ってたけど、突然迎えた終わり。
日々体力と艶を無くしていく己の身体への不安。
何より、母、夫、子どもを残して逝ってしまう事への恐怖。
父に無理やり聞き出しました。
俺もあなた達の家族だと言って強引に。
少しでも、あなたの不安に寄りそれたらと思って、というのは僕の傲慢だったでしょうか?
「正直ね、眉唾だったのよ。空が不良を絞めたり1on1で無双してたりフィジカルお化けだったり」
「一緒に動画もメールに添付してたよね」
「ほ、ほら、最近は加工とかできたりするじゃない、、、ってそういう事じゃなくてね。やっぱり自分の目で見ない事には納得いかないでしょ」
「まあ、それは」
「だから今日観に行ったのよ。そしたらもう大興奮。あなた、さては世界狙っているわね。
あの人も『俺の息子は随分先を見据えている』って言ってたわよ。私も今日見て確信したわ」
「馬鹿げてると思う?」
「思わない。だってあなた、完成形見据えてるんでしょ。私にもはっきり見えたわよ。将来あなたが世界でスリーを乱発している姿が」
「あはは。なんか物騒な表現。でも乱発じゃないかな。全部沈めるし」
「ふふ、超自信過剰じゃない。もう本当に、、、ああダメね。
ごめんなさい。ちょっと弱音吐いていい?」
「どうしたの」
「多分ね、いや。母さんね。この先のあなたの活躍を見る事ができないわ」
「うん」
「それがとても悔しくてね。いや、それだけじゃなくて。
智久さんとあなたと一緒にね。この先の人生を一緒に歩むことができないわ」
「、、、うん」
「笑って、泣いて、怒って、悲しんで、そんな普通の人生をね。私はね、一緒に歩むことができないの。それがとても悲しくて、辛い」
「、、、、うん」
「あなた達がいない間はいつもそんな事ばっかり考えるの。ダメね、あたし。弱っちいママよね」
「、、、、、うん」
「でもね、今日ある女の子に言われたのよ。『うちの男バスを制御できるのは貴女しかいない』って。私さ。やりたいこと、できちゃったのよね」
「、、、、、、なに」
「あなた達の監督」
「、、、、、、、そっか。じゃあ言っておくよ。うちの母が監督希望って」
「--うん、お願い」
「空」
「--何」
「、、、、、大っきく産んであげられなくて、ゴメンね」
「母さん」
「何」
「--今からさ。ちょっとだけ未来の話をしてあげるね。
俺が、ちょっとだけ。覚えている範囲になるんだけど--」
「本当、馬鹿な子。けど、ありがとね」
あり得たかもしれない未来の話が、先に逝く貴女の餞となれば。