--side 茂吉要
見られてる。
何時もみたいに珍獣を見る目ではない。
僕を観察する捕食者の目。
もっとも、捕食者にしてはとても小さな存在だったけど。
「バスケしませんか」
ああ、やっぱり。彼はバスケ部だし(校内で一番有名な)
あの球技大会でもその上手さは群を抜いていた。
決勝の坊主の人との一騎討ちで改めて校内にその名を轟かせた。坊主の人もすごく上手かったけど。
しかし困った。
どう断ろう。
体調不良理由にしようとしたけど、そんなことは関係無いとばかりに詰めてくる。
しかもかなり軽い条件で譲歩もしてきてくれてるし。
正直、バスケは懲り懲りだ。
けれど、この小さな捕食者の実力も気にはなる。
球技大会だけであれだったのだ。
部活となったら更に上限は上がるだろう。
、、、、はぁ。
未練を捨てきれない自身に嫌気が差す。
とりあえず行って、適当に理由をでっち上げよう。
この時はそう思っていた。
衝撃だった。
金髪の人との1on1で身長差を物ともせずOFを成立させている。
激しい接触で当たり負けすると思うも負けたのは金髪の人の方。
その光景が。
あの身体のどこにそんな力があるのか。
それでいてまだ発展途上というから恐ろしい。
僕だったらどう合わせてプレーするか。
、、、自然と考えてしまう程度には未練がましく感じている自分に少し驚いた。
今まで以上が、目と鼻の先にある。
「ゴール下の、バリエーション」
増やせばいいのに、と言うのは金髪の人だけに言ったわけではない。
何もしてこなかった自分にかけた言葉でもあった。
身長はあっても当たりは弱い。
腕は長くても跳躍力はそれ程でもない。
能動的な努力をせず、諾々と指導者とチームの都合に合わせてきただけ。
僕もそれでいいと思ったから。
金髪の人にフックを教えたのは僕の気晴らし。
この人は真っ直ぐに上手くなろうとしてるのが分かったから。
、、、シュートセンスは恐ろしい程に備わっていないけど。
「なるほどな。力が無くても戦えるものなんだな」
「先輩がどこを目指してるかは知りませんが、僕はこのスタイルで戦ってきました」
「いや、あいつとやるのにいつまでも力一辺倒だと芸がないかと思ってな」
「なるほど」
僕が持てなかった、向上心は備わっているようだ。
少し興味が湧いてきた。
体力に自信がない旨伝えたら、始めは軽くでもいいからと言ってくれた。
今日みたいに少し、運動がてら指導してくれるだけでも十分だと。
ホッとした。
車谷くん始め、ここにいる部員は様々な葛藤を抱えて今は本気で取り組んでるらしいが、それを強要する程上積みがあるわけでもないし、何だったら僕みたいなのを入れてどんな化学反応が起きるか試すとまで言われた。
「あ、ちなみに来週は総体予選なので、予定明けといてくださーい」
、、、本当に自由だなと思った。
西条ならそこに焦点を合わせるから。
まあある意味新鮮ーー
「どの高校にときめいてるの」
「西条」
勝手に終わった気になってたけど。
思ったより、僕は負けず嫌いみたいだ。
たった今知った。
「すみません。やっぱり正式に入部で」
「私怨かな?」
「それも、あるかも」
「分かりやすくていいね。改めて歓迎するよ」
「月島先輩」
後悔ばかりだけど。
自身に失望してばかりだけど。
もう終わりにしよう。
火が着いたから。
「ふーん。玉砕前提の告白なんて、随分漢らしいじゃん。女の人から言わせたら『独り善がり』らしいけど」
、、、、見られてたのは想定外。
「まってまって。後悔の部分は分かったけど、私怨の部分が分からない、、、あ、間男か!」
「、、、まあ、それもある」
「はっはっはー。初対面の時と比較して随分明けっぴろになったね」
「良い性格してるね。別に他力本願にするわけではないけど。僕も前を向いて歩きたいんだ」
「そのためには初戦を抜けなきゃなんだけどね。まあ宛にしなよ。貸せるとこまで力は貸すよ、哀戦士」
「その呼び名は止めて」
ーーside 高橋克己
九頭竜高校。
とんでもない伏兵がいたもんだ。
チームとしての動きに粗はあるが、個の力でそれを補っている。
それだけならまだ何とかなったが、化物の対応は埒外だ。
15番の対処。
正直無理だ。
特にあいつがボールを持った時は手を付けられん。
スタミナ切れも考えたが全然ピンピンしてる。
DFはまだ救いがあるが、平面じゃ絶対に抜けない。押し込むのも不可。無視してインサイドに飛び込むと190台ヘルプのオンパレード。
上を通すくらいしか出来ない。
それも2手目3手目と呼応した動きを見せる。そこで勝るしかない。
但し、15番がボールに絡むと途端に得点効率が下がる。
弾いておくしかないだろう。
苦肉の策としてこちらのOFカードを1枚切って漸く引き剝がすことができた。
実質4対4。
これで張れるレベル。それでも押し切られてしまう。
他の面子も癖は強いが個々の力が高い。
特に坊主の11番は、こいつも単体じゃヤバい奴だ。
コジが踏ん張ってくれて何とか嚙みつくことができてる。
すまんな。
俺もそれほど余裕がない。
前半に酷く消耗し過ぎた。
それでも奴らは抜け目なくウィークポイントを突いてくる。
コジにガンガン当たって来るのもそうだが、カズを挑発してるのも俺の思考を割くのもそうだろう。悪辣過ぎるぜ。
7番だけでもこっちは手いっぱいだってのに。
「お前らどこに潜伏してたんだ?」
「ぬ、あのチビに強引にテイムされた口だ」
「は。ヤバいなあいつ」
7番との軽口で気を紛らわそうとするも、DFは相変わらず固い。
ダメだな、地道に俺とコジで活路を拓くしかないか。
全く。やっと漕ぎつけた公式戦だってのによ。とんでもない奴らとエンカウントしちまった。
ま、3年分。存分に楽しんでやるか。
あいつらにもまだ何も残しちゃいないしな。
「コジ、足止めんなよ」
「ああん、誰に物言ってんだ」
「ふぅ、、、一本、返していくぞ。カズ」
「なんだよ」
「マーク変わるぞ。こいつは俺が着く」
誰が付いても一緒なら、、、
「僕を止められないことの責任転嫁ですかね」
「うん?何言ってんだ」
「うーん。ま、どっちでもいいや」
俺でいい。それが最後の務めだ。
--side 酒巻呼人
昔馴染みがいたから思わず声を掛けた。
そいつは恐ろしく衰えていた。
前々から病気を患っていたことは知っていたがここまでとは。
堀江を取り巻く環境で分かる。相当な無理をして会場に来ているのだと。
コイツはそれをおくびにも出さない。
だったら俺も肚を決めねぇとならない。
こいつを横抱きにして連れて行ったのだが、、、こんな細くなっちまって、、、ああ、湿っぽくなっちまった。
会場に着くとやはり湧いているのは九頭校と新城の試合。
あそこの15番がとんでもない。
身長は高校生未満だがプレーそのものは高校生の範疇に収まるものでは無かったのだ。
「うん、いい空気。にしたって騒がしいかな?」
「九頭校と新城の試合で九頭校の小さいのが大暴れしてるんだよ。監督経験も大分積んできたが、ありゃとんでもない。初めて見た」
「んん、クズ校?あ、もしかしてうちの子かしら」
「は?」
は?
「うちの子クズ校に進学してバスケ部入った、と言うか統一したみたいなんだけど、かなり上達してるっぽくてね。その様子を見に来たのよ」
「上達ってお前」
そんなレベルじゃねぇ。
が、なるほど。とりあえず堀江の倅だと言うのは理解した。
あいつはすでに個人で完結している。チームに馴染ませることもできると思うが、俺だったらそんな勿体ないことはしない。あのまま活かす。
幸いにしてクズ校はそれを理解してるっぽいが、如何せん、周りが奴のレベルに追い着けていない。
いや、仮にうちでも一緒か。
ヒョウも頭一個抜けていたがまだ可愛げがあったな。
あそこまで図抜けていないし。
「うん、我が息子ながら恐ろしいわね」
「おっかねぇよ。どうしたらああなるんだ」
「私の持てる技術を全て叩き込んだわ。その上であの人がタガを外したの。フィジカル面の向上はあの人のおかげ」
「練習相手も苦労したろうな」
「知り合いの社会人チームに面倒見てもらったそうよ。結局手が付けられなくなったみたいだけど」
「あいつの知り合いの社会人チームっていやぁ、その道で飯食ってる奴らじゃねぇか」
おいおいおい、いよいよヤバいぞそんな奴。
まだ地区予選だからそこまでだが、勝ち上がって来たら荒れるぞ。
あいつ単体でそこまでの力がある。
周りの連中もレベルが追い付いてないとはいえ粒揃いだ。
俺が監督なら1年ありゃIH制覇に持っていける。
なんて妄想を膨らませている時だった。
「由夏さんには空くんのお母さんとして、是非ストッパー役をお願いします」
「んんっ?」
「クズ校の監督ですよ。やっちゃいましょうよ。いや、切実にお願いします」
軽く言ってるつもりでも無い。
割りと切実にその女の子は言ってた。
堀江への労りも2割位見られるが8割はガチだ。
曰くこの子も空君と同じ高校の女子バスケ部で、キャプテンの子が空君から助言を貰い、かなり練習がきつくなってきているらしい。
空君の助言はひどく煽りが入るようで、部全体で『やらいでか!』精神が養われているようであるが、そろそろコントロールしてくれる人材を切望しているとのことだ。
きつすぎて。
「こんなことなら奈尾ちゃんをあげるんじゃなかった、、、」と言う当たりに哀愁を感じる。あの女の子も優秀な参謀だよな。
しかし、病人を相手に話してるとは思えないくらいスムーズに放たれた言葉だったな。
堀江のやつもポカンとしてやがる。
けど、それが良かったのかもしれない。
さっきまで病人たる雰囲気を持っていたのに、それが無くなったのだ。
「監督、私が?」
「いい話じゃねぇか。受けてやれよ」
「でも」
「未来ってのは希望だ。希望ってのは命だ。夢を見るうちは、必ず明日がある」
「ーーうん」
「俺達大人の仕事は、子供の未来を守ることだぜ」
「そうです、守ってください」
、、、、台無しだよ。
切実なのは分かったけどよ、乗っかってくるなよな。
堀江の奴も「酒巻君、青いわねぇ(笑)」なんて煽ってくるしよ。
ったく、しまらねぇなぁおい。
でもま、少しは肩の力抜けたんじゃないか。
「由夏さん」
「なに」
「今の煽り方、空君みたいでした」
「「、、、、」」
ああこの子、大成するわ。
なんとなくそんな気がした。
ーーside 車谷智久
「何話してたんだ」
「うちの子は未来人かもって話よ」
なんだそれは。
空が「僕はもう話し尽くしたから」と言って病室を出て行った。入れ替わるように俺が入って談笑を始めて、何を話してたのか聞こうとしたらそう返された。意味が分からん。
「あの子、先を見据えてたんだなーって」
「それはまあ。あんなプレースタイル確立するとは思わんだろう」
「ーーふふ、そうよね」
最後の最後まで話題が息子と言うのは、まあ悪くはないか。
夫婦間でも話題の塊だからな。林檎の銘柄が好調だと判明する度に謎が深まる。
未来人設、、、あるかもな。
「今日酒巻君に会場で偶然会ってさ、ビックリしたわ。皺増えてて」
「確か監督業やってるんだっけか。あいつにも空のお守りお願いしようと思ったんだけどな。その頃にはもう高校の枠に収まらなくなってたな。海外ってのも考えてたんだぞ、俺は」
「でも私を選んでくれた。結局あの子優しいから」
「それを受け入れられる位に余裕ができて、今こうして二人で話せてる。この後あいつも呼ぶけどな」
「もう話し尽くしちゃったし、泣き尽くしたわ」
「由夏がいなくなった後に俺はまた泣くけどな」
「あらあら。困った旦那様だ。もう泣いてるじゃない」
この先の人生に君がいないことが確定しているのだ。
今更取り繕ったってしょうがない。
大人だろうが泣く時は泣く。
、、ああ、あいつもそれが分かったから外してくれたんだな。
いつも俺は気を遣われてばかりだ。
「いい人生だった!なんて思えるほど長く生きたつもりはないけど。でも、ぜーんぶぶちまけたから。スッキリはしてる。
、、、スッキリした矢先に、もっと生きたいって渇望しちゃうんだけどね」
「そっか」
「うん。やっぱりもう一回泣くね」
自分の顔を近付ける。
細い。細くなったなぁ。
気丈に振る舞ってたのは一目で分かったよ。
あいつに似て、君も我慢するタイプだったから。
もう、あいつも呼び戻すよ。
今更取り繕ったて、残された時間は後僅かなんだから。
「クズ校のね、監督をやらないかって勧められたのよ」
「ああ」
「ホント子供って突拍子もないわね。でも、悪くないって思っちゃてね。年甲斐もなく心を踊らせたわ」
「ああ」
「もう少し私に時間があったら、ね。きっと引き受けてたんだろうなぁ」
「ただいま母さん。父さんとは、、、まあ話せたみたいだね」
「、、、ああ」
「あら、お帰り。夫婦水入らずはもうおしまいね」
「、、、、、ああ」
「着信入ってね。急いで戻ってきたよ」
「そう、やっぱり気を、遣ってくれてたのね」
「そりゃね。お邪魔だった」
「そんな、こと、ないわよ」
「、、、、、、、ないな」
「なら良かった。母さん、ちょっと疲れてる?」
「そう、みたいね」
「そっか。だってさ父さん。ーー最期だよ、父さん」
「ーーそうか、疲れたか。もうやす、やすむ、、やす、、、、、、少し、休むか?」
「ーーええ、お休みしようかしら」
「ーーああ、ゆっくり休め」
お休み、由夏。
もう返事は返ってこない。