ようこそ神楽坂優樹がいる教室へ   作:ちーる

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プロローグ
0話:転生


 

 

ああ、これまで頑張ってきたけどこれまでみたいだ。『絶対絶命』という言葉が脳裏によぎる。

 

眼前に迫るのはジャヒルが放った、超高密度のエネルギー体。これは恐らく二重構造になっている。

 

外側の『火焔之王』でカガリの結界を破壊した後、内側に内包された純粋なエネルギーで僕らを消し去るつもりなのだろう。

 

この弱肉強食の世界にやって来てから、10年と少し。カガリとの出会いから始まり、自分たちが笑って暮らせる世界を創るために邁進してきた。

 

僕と共に死地にいるのは中庸道化連の仲間達。最期に思考を加速させ、『思念伝達』で挨拶をする。

 

 

「悪いね、みんな。僕の下手のせいで、こんな目に遭わせちゃって」

 

「ボスだけの責任じゃなくてよ。ワタクシの失態の方が大きな要因だと思うもの」

「アタイも最期まで姫様にお供出来るなら、それだけで嬉しいんだ!だからボスが謝る必要なんてないよ!」

 

カガリとティアがユウキの謝罪を否定する。

 

「せやから、ボス。気にすることあらへん。ワイらは精一杯頑張ったんや。あの世でクレイマンが待っとるやろうから、そこでみんな一緒に楽しく暮らそうや!」

 

 

できることは、全てやった。

悪いことも、良いことも。そこに後悔は無い。

 

中庸を歩むものとして恥じることなく生きたのだ。だからこそ、ラプラスは自分や仲間たちを誇るのだ。

 

それを聞いてユウキは心が温かくなる気持ちであった。理不尽な世界だったが、それでも悪くない人生であったな、と。それと同時に、最期くらい全力で理不尽に抗ってやろうと決めたのだ。

 

「では、サラバだ。"魂"すらも粉々に砕き、消し去ってくれるわ!!」

 

だから、ジャヒルの死の宣告を聞いても、ユウキ達から笑みが消えることはなかった。

 

直後──ユウキが一歩、前に出ると同時に閃光が全てを無に帰した

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

どれほどの時が流れただろう。

 

光も音も、感覚すら存在しない空間。

そこに、ユウキの意識だけが、静かに漂っていた。

 

 

確証はない。

だが直感が告げている。

 

――自分は、確かに死んだのだと。

 

(死んでも、思考は残るのか……それはそれで、驚きだな)

 

最期の瞬間を思い返す。

確か、リムルさんの気配を感じたような気もする。

 

(……ラプラスたちを、助けてくれたかな。あーあ、こんなことになると分かってたら、きっとリムルさんと敵対することもなかったんだろうな)

 

このまま永遠にこの空間を彷徨うことになるのだろうか、などと考えるが

 

(まあ、もうみんなの元には戻れないしどうでもいっか)

 

ユウキは思考を、やめた。

 

 

すると───意識の輪郭が、わずかに曖昧になり始めた。

 

(……あれ?なん、だか、意識が……朦朧と………)

 

抗う間もなく、ユウキの意識はプツリと切れた

 

 

◇◆◇

 

 

最初に戻ってきたのは、感覚だった。

 

人の体温を感じる。目を開けるとそこには、1人の男の姿があった。

 

「よかった。無事に生まれてきてくれて……有栖が出てきてから、生まれるのが遅かったから本当に心配だった……」

 

何を言ってるのか理解できないが、その表情に含まれる安堵と喜びだけは、はっきり伝わってきた。

 

(……生きてる、のか?)

 

答えは、考えるまでもなかった。

こうして呼吸をしている以上、否定しようがない。

 

そう結論づけた瞬間、胸の奥に小さな違和感が生まれた。

生きているにしては、体が思うように動かない。

 

視界はぼやけ、手足に力が入らない。

声を出そうとしても、喉から漏れたのは意味を成さない小さな音だけだった。

 

「……あー、あー……」

 

それを聞いた男は、目を見開き、次の瞬間には笑みを浮かべた。

 

「はは……元気だな。本当によかった……」

 

男の声は震えていた。

喜びと安堵が混じった、取り繕いようのない感情。

 

(このとき、ユウキは状況を理解した。自分がこの男の子供として、転生したのだと)

 

じゃあさっき言ってた『有栖』って誰だ?

 

ふと、視線が引き寄せられる。

 

病室のベッドに横たわる女性──おそらく、この体の母なのだろう──の腕の中に、もう一人、小さな存在が抱かれていた。

 

 

(……赤ちゃん?)

 

その瞬間、先ほど男が口にした名前が、はっきりと脳裏に浮かぶ。

 

――有栖。

 

(……まさか、双子ってことか?)

 

確信に至る前に、女性が静かに口を開いた。

 

「……この子が、坂柳有栖。

 そして……こちらが、坂柳優樹よ」

 

名を言われた瞬間、衝撃が走った。それも無理はないだろう。下の名前が前世と同じだったのだから

 

ふと壁に付いていた鏡を見る。有栖や両親は銀髪なのに自分は前世と同じ髪色だ。トラックに轢かれて死ぬ前、両親が見せてくれた写真の、生まれた直後の自分とほぼ一致している外見だった

 

(身体が前世と同じ……記憶を引き継いでいるのとなにか関係があるのか?)

 

考えようとした瞬間、脳がじんわりと熱を持つ。思考を深めるには、この身体はあまりにも未熟だった。

 

無理に答えを求めるのをやめ、優樹は、ただ目の前の光景を受け入れることにした。

 

 

◇◆◇

 

 

それから5年ほどの歳月が流れた。姉の坂柳有栖は天才と表すのに適していた。異常な脳の回転の速さと、驚異的な記憶力。言葉を覚える速度、数字への理解、因果関係の把握。どれを取っても常軌を逸しており、大人たちは口を揃えて「末恐ろしい」と評した。

 

惜しむらくは、先天性の疾患で身体が弱いことだろう。医者が言うには杖での補助があれば日常生活に大きな影響は無いとの事だ

 

 

「人に合わせて思考を落とすのは、非効率」

 

それが、彼女の一貫したスタンスだった。それによって幼稚園では少し浮いていた。周りの人間が彼女のレベルについていけないのだ

 

 

優樹はというと、意図的に能力を隠し、周りと合わせている。『天才』の有栖に比べて優樹は『凡才』と言えるだろう。

 

しかし、有栖は薄々僕が能力を隠しているのに気づいていたみたいだ

 

ある日、幼稚園に母の迎えが来たので向かおうとした時

 

「……優樹」

 

「なに?」

 

「あなた、バカのふりをするの、楽しい?」

 

唐突すぎる問いに、優樹の足がわずかに止まった。

 

(……やっぱり、気づいてたか)

 

だが、表情には出さない。

 

有栖の視線は、年齢不相応なほど鋭かった。

 

「理由は二つ考えられる。

 一つは、目立ちたくない。

 もう一つは――」

 

少しだけ、声を落とす。

 

「思考を隠す方が、生きやすいと知っている」

 

胸の奥が、ひくりと痛んだ。

 

(……まったく、敵わないな)

 

前世で数多の策謀を巡らせ、あの魔王リムルにでさえ嘘をバレずに隠せていた自分が、たった五歳の少女にここまで見抜かれている。

 

優樹は歩き出しながら、言葉を選んだ。

 

「目立つとさ、いろいろ面倒なんだ。

 期待されて、縛られて、勝手に役割を押し付けられる」

 

「そう……まあそれを知れただけで良しとしましょう」

 

 

 

 

 

それから数ヶ月後、父が有栖と優樹に施設の見学に行かないかと言った。その場所は『ホワイトルーム』と呼ばれているらしい

 

僕と有栖はその施設に行ってみることにした

 

 

◇◆◇

 

 

「二人とも、ここがホワイトルームだよ」

 

白。

ただひたすらに白。

 

窓は最小限、装飾は皆無。

病院にも研究所にも似ているが、どちらとも違う圧迫感があった。

 

父とこの施設の人に連れられ廊下を歩く。廊下は左右共にガラス張りで、ガラス越しに見えたのは、白い服を着た同年代の子どもたち。どの表情も、どこか緊張で硬く、幼さよりも必死さが先に立っていた。

 

 

「ここにいるのはホワイトルームの4期生です。ここでは10段階のカリキュラムを通して『人工的な天才』を作り出すのを目的としています」

 

 

研究者が施設について説明を始めた。まとめると、ここの目的は劣悪なDNAから優秀な人材を生み出すことであり、今見えている4期生はその中でも特殊で、βカリキュラムというものがされているらしく、今後の人材育成の為に人間の限界を測る、実質的に切り捨てられた者たちなようだ

 

研究者は説明を終えると、ご自由に見学してくださいと言い残し去っていった

 

 

「有栖、優樹。この施設についてどう思う?」

 

「私は人工的に天才を作り出すなんてことは、出来ると思いません。人は刻まれたDNA以上のことはできません。結局、頭角を現す人物がいたとしても、その人が優秀なDNAを持っていたというだけでしょう」

 

優樹が続ける

 

「僕も有栖と同じ考えだよ、父さん。厳しいカリキュラムを乗り越えられるのは、元からそのカリキュラムに耐えられるだけの素質を持った者だけ。例えばあの子のように」

 

 

そう言ってひとつの部屋に視線を向ける。有栖と父もそちらに目を向けた

 

そこにいたのは一人のどこか異彩を放つ存在。ここ、ホワイトルームでは基準を満たさないと切り捨てられるという性質からか、全員が必死にカリキュラムをこなしている中、その少年は、今も行われているチェスで、淡々と相手を圧倒していた

 

「ああ、彼は先生のご息子の……綾小路、清隆くん……だったか」

 

先生というのはこの施設を運営している人の事だ。有栖が両親が優秀なのかと聞くと、両親、祖父母ともにずば抜けた才能があるわけでもないらしい

 

「つまり────この実験の被験者として最適ってことか」

 

「そうだね。あの人にとっては、理想の息子だろうね。でも、僕からしてみればあの子が可哀想に思えて仕方がないんだ」

 

「どうしてです?」

 

「あの子は生まれた時からこの施設で過ごしているんだ。彼にとって初めて見たのは、母でも父でもなくこの白い天井だったんだからね。これなら早い段階で脱落していたら……いや、残っているからこそ、先生の寵愛を受け続けられているのかも。だとしたら、それはとても……」

 

彼は生まれた時から愛情、いや、もしかしたら感情さえも知らないのかもしれない。なんと孤独で辛い人生だろうか

 

「父さんはこの施設が嫌いなの?」

 

「ん?……どうだろうね。嫌い、なのかもしれない。ただ言えことは、ここを出た彼らが誰よりも優秀になってしまって、この施設が当たり前になってしまったら、それは不幸の始まりだと思うんだ」

 

「ご安心ください。私と優樹がそれを打ち砕いてみせます。「えっ、僕も!?」当然でしょう、優樹。あなたも優秀なDNAを持った『天才』なのですから」

 

 

白く冷たい廊下の中、僕たちはホワイトルームをある程度見学した後、ここを去った。

 

有栖はあの子に触発されたのか、チェスを始めることにしたようで、僕はこれからずっと対戦相手として使われることになろうとは、この時は思いもしなかった

 

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