元ヤン×文学少女 作:エンドレスG5
Dクラスとの出会い
お袋に別れを告げて、飛行機に乗り東京まではるばるやってきた。慣れない都会の雰囲気に圧倒され少し気疲れしながら俺は高度育成高等学校行きのバスに乗る。
バスは、ゆっくりと桜並木の道を進んでいた。
窓の外では、淡い花びらが風に押され、静かに舞い落ちていく。満開の桜はどこか現実味がなく、これから始まる日々を祝っているのか、それとも試しているのか、どっちにしろ新生活が始まる事へのワクワク感は半端じゃなかった。
座席に身を沈めた俺は黙って本を読んでいる。あの夏休みの日に彼女から貰った本だ。この本を読むと受験期の事を思い出す事ができて何か落ち着く。
派手な色合いの特徴的な制服はまだ体になじまず、袖口の感触が少しだけよそよそしい。車内には同じ学校へ向かう生徒たちが多く乗車しているが、誰もが言葉を選ぶように静かで、視線を交わそうとはしなかった。
桜のトンネルを抜けるたび、光が揺れ、影が揺れる。
それはまるで、これまでの生活と、これからの生活の境界線を、何度も踏み越えているような感覚だった。
お袋は1人でやっていけるだろうか。
ふとそんな事を思ってしまう。何なら親父と結婚する前は1人で何とかやってきただろうし俺なんかよりずっと世の中の事を理解しているのに、お調子者なお袋を心配してしまうのは何故だろうか。所詮まだまだガキの高校1年生なのに、1人暮らしが始まる事で自分も大人になったと勘違いしているのかもしれない。
この車内にいる他の生徒たちも俺と同じような勘違いをしていたら可笑しな話だな、と思いまた読書に集中しようとした途端、車内に突然女性の声が響いた。
「ちょっと君、お婆さんに席を譲ってあげようとは思わないの?」
「それはそれはクレイジーな質問だねオフィスレディー。君の言う通りこの席は優先席だが、席を老婆に優先させるかさせないか、を決める権利はこの席に座っている私が決める事だ」
「お年寄りに席を譲るのは当然でしょう!」
「年寄りだから席を譲る?ハハッ、実にナンセンスな意見だ。年齢の違いで敬意の対象が判断されるのであれば、今の内閣総理大臣よりもその老婆の方が席を優先されるべき、という事になるが。おっと、これは少々極端すぎる例えだったね。少し君にレベルを合わせ過ぎてしまったようだ」
公共の場での言い争いに色々申し立てるのは意味ない事であると分かってはいるが、実に不毛な言い争いだ。
優先席問題は確かに世間的に見ても重要視される問題だといえる。実際大学受験のAO入試や就活面接の場でも問いかけとして扱われる分野の問題らしいし、国が優先席の扱いを有耶無耶にしている以上、この問題における様々な解決策は『倫理観』という一点に収束する。
そのためこの女性と態度がデカい男子生徒との言い争いに明確で論理的な正解は存在しないのだ。と、本で読んだ知識を参考に自分なりに考えてみた俺は思う。できれば今の俺の見解には最後に米印で「あくまで個人の感想です」とか付け足してくれるとありがたい。
「私は健全な若者だ。確かに、立つことに然程の不自由は感じない。しかし、座っている時よりも体力を消耗することは明らかだ。意味もなく無益なことをするつもりにはなれないねぇ。それとも、チップを弾んでくれるとでも言うのかな?」
「そ、それが目上の人に対する態度!?」
「目上?君や老婆が私よりも長い人生を送っていることは一目瞭然だ。疑問の余地もない。だが、目上とは立場が上の人間を指して言うのだよ。それに君にも問題がある。歳の差があるもしても、生意気極まりない実にふてぶてしい態度ではないか」
「なっ…………あなたは高校生でしょう!?大人の言う事を素直に聞きなさい!」
なんか嫌だな。入学式という晴々しい雰囲気の日にこんな見たくもない言い争いを聞かされるなんて。俺としてはどちらの言い分もよく分かる。どちらかが譲歩すれば解決する問題だと思う。そんな問題をいつまでもガミガミ言い合って新生活へのワクワクを損なわれるのは嫌だ。
それに、これじゃあ52周目の推理小説もまともに没入できないまま読み進めてしまうじゃないか。
「あの、よかったらこの席どうぞ」
「えっ?」
「ほう……?」
俺は周りからの視線に耐えながら勇気を出して立ち上がり、自然な流れで老婆の手を引いて俺が座っていた席へと座らせた。その後俺が老婆が立っていた狭いスペースに近づくと、何故か周りの人達は俺を避けるようにスペースを空けてくれた。多分俺の見た目がヤンキーっぽくて身長も高いから怖がってるのかもしれない。何かちょっと申し訳ないな。
「あの、ありがとうございます!」
「いえ、大丈夫っす」
女性から感謝の言葉をもらい、ちょっとニヤけそうになる口角を抑えて俺は片手で本を開き読み進めようとした。
「君のようなルックスの人間がこんな事をするとは、意外だねぇ。やはり人は見た目で第一印象を決めたり先入観だけで判断してはいけないようだ。何故席を譲ったんだい?」
「え、何でそんな事聞くんすか」
「この私が君に対して多少の興味が湧いたから、かな」
面倒な奴に絡まれた。っていうかこの人も新入生だよな?何か大人ぶりすぎじゃね?これ俺がさっき言ってた大人だって勘違いしてる人のレベルマックスじゃね?マジで俺以外に勘違いしてる人いたんだな……。
「何か聞いてて辛かったし、本読むのにも集中できなかったんで、譲ってあげた感じっすかね」
「ほう……一般席を譲るだけでなく読書が趣味とは、つくづく人は見た目では判断できないねぇ」
「そうっすね」
お前は見た目だけで一発で人柄が分かるけどな、という言葉は何とか飲み込んだ。
その後バスは校門前のバス停に着き、一斉に生徒たちは下車していく。俺も流れに沿ってバスから降りて、混まないようにさっさと校門から学校の敷地内へと足を踏み入れた。
目の前には広大な都市があり、ぱっと見学校とは到底思えない景色が広がっている。校舎と思われる建造物はかなり遠方の方にあり、埋立地に学校があるというのは本当のようだ。周りは海に囲まれていて、中々立派な街そのものが島として存在しているようだ。
あの夏休みから必死に勉強して、俺みたいな田舎出身の奴が都会に出てこんな立派な学校に通うなんて、1年ちょっと前じゃ想像も出来なかっただろうな。
「ねぇ君!」
何だか少し緊張しながら、俺は校舎へと歩き出すと、背後から甲高い声で誰かに話しかけられた。まるでアニメのような萌えボイス、マジで存在したんだなと思いながら振り返ると、俺と同じ制服を着た小柄な女子が小走りで俺の方へと向かってきた。
「ふぅ!間に合った間に合った」
「あの、誰っすか?」
「あ、ごめんね?君と同じバスに乗ってて、お婆さんに席を譲ってあげてたでしょ?だからお礼がしたくて」
「お、お礼?」
なんでお礼?もしかしてこの子はあのお婆さんが生み出した幽霊か?にしては肌もピチピチだし肉付きもあのお婆さんと比べて松坂牛並だが。もちろんこの子が松坂牛な。
「うん!私もあの時誰かがお婆さんに席を譲ってあげないかなって思ってて、むず痒い思いで話を聞いてたから、君が譲ってあげた時すっごく嬉しかったの!」
「そ、そうっすか」
「私櫛田桔梗。よろしくね!」
彼女は、背筋をすっと伸ばして立っていた。
髪は淡い金色。肩に触れるほどの長さで、毛先にかけて柔らかく色が変わり、光を含むとふわりと揺れる。前髪は丁寧に整えられ、額を隠しすぎない絶妙な位置で止まっている。
大きな瞳は澄んだ色を宿し、相手をまっすぐに映す。微笑めば親しみやすい雰囲気が出て、何となくだが友達100人は余裕でいそうなルックスだ。
一言で言うと、美少女。これに尽きる。
「俺は
「うん!よろしくね。でも敬語はいらないよ?同じ学年になる仲間だもん」
「そ、そうっs……そうか」
「うんうん!ねぇ、あそこにクラス名簿が貼ってあるみたいだから、一緒に見に行こっ」
「うん」
勉強しつつも海の家の店番はちゃんとやってたし、夏のシーズン過ぎてもコンビニでバイトしてたからつい敬語が抜けない。中学は色々あって通いづらかったから友達もいなかったし。そろそろ年相応のタメ語を取り戻さないとな。
校舎に向かう途中に大きいホワイトボードがあり、そこにはクラス名簿が貼り出されていた。バスから降りた生徒たちが群がっていたが、俺と櫛田さんが見にきたタイミングで各々校舎へと足を進めていく。事前にクラスの配分を聞かされない事は普通のことなのか?
「えーっと、私のクラスは……Dクラスだ!相良君は……って同じクラスだね!」
「本当だ。苗字が近いからすぐ分かったね」
「これ、すごい確率じゃない?もちろん私は同じクラスだって知らない状態で話しかけたしさ」
「そうっすね」
「また敬語〜」
「あ、ごめん」
櫛田さんは揶揄うようなボディタッチとともに俺の顔を覗き込んでそう言った。距離が近い、良い匂いがする。かと思いきやまたすぐに距離を取られる。何だか駆け引きをしているような絶妙な距離感だ。
何かこれ、友達みたいだな……。え、俺今友達できた感じか?友達ってこんな感じで出来るのか?
「あのさ」
「ん?何?」
「俺と櫛田さんって友達?」
「えっ、急にどうしたのー?」
「あ……やっぱ何でもない。行こう」
俺、変な事言ったかな。友達かどうかって聞くのはやっぱり変だったかも。でも友達といる時みたいな気分だったのは不思議だ。俺と櫛田さんはまだ喧嘩をしていない。友達というのは喧嘩して一日経過しないとなれないものだと思ってたのに。気にするだけ無駄なのかもしれないな。
俺は変な事を櫛田さんに聞いたせいで勝手に気まずくなり、先導するかのように校舎に向かった。
教室に着き座席表を確認して席に座る。窓際席の一番後ろから一つ前の席で、俺はすぐに後ろの人に話しかけに行った。
「あの、すみません」
「……あ、なんでしょうか」
しまった、また敬語で話しかけてしまった。櫛田さんの言う通りここは学校で、周りは皆んな俺の事を知らないけど同い年なんだ。これから友達になるかもしれない相手に敬語のままは良くないな。
「俺、背が高いんですけど、黒板とか見える?」
「あぁ、それは特に問題ないぞ」
「それはよかった」
また前を向いてぼーっと先生がくるのを待とうかと思ったが、周りの声に聞き耳を立てると、すでにコミュニティを作ろうとしている人がいるようだ。せっかく話しかけたんだし、ここで会話を終わらせず少しお話ししよう。
「俺、相良圭。君は?」
「あ、オレは綾小路清隆だ」
「綾小路……なんか、カッケェな」
「そうか?普通の名前だと思うが」
「いや、昔友人に見せてもらったヤンキー漫画の登場人物と同じ苗字で、めっちゃ良いと思う」
「…………そうか」
本心を伝えたつもりが、綾小路の表情が少し暗くなってしまった。自分の苗字が好きじゃない……のか。何か事情でもあるのかもしれない。とりあえず謝るか?いやここで謝ったら逆に気まずくなるかも。こういう時どうしたらいいんだ……。
「愚かね綾小路君。せっかく話しかけてくれた相手に気を遣わせるなんて。まぁ話しかけてもらった相手も貴方と同じレベル、いえそれ以下のようだけれど」
「え……?」
「おい……悪いな相良。悪いやつじゃ……ないと思うが許してやってくれ」
「あ、お、おう」
綾小路の隣にいた少女が突然、読んでいた本を閉じないまま毒舌を吐いた。綺麗な黒髪は窓から差し込む太陽の光に照らされ美しく輝いている。相手を鋭く見据えるつり目に大きな瞳、姿勢よく本を読む姿はまるで女王様のようだ。冷徹な雰囲気を持っているが、髪はきちんと編んでいる。髪型にはこだわりがあるのだろうか。
可愛いのに、何か性格がキツそうで勿体無いな。って、俺なんで勝手に人の容姿を評価してるんだ。気持ち悪いな。
「オレは気にしてないから、これからも一緒に話してくれるとありがたい」
「あぁ、これからよろしく。綾小路」
「よろしく」
俺はそう言って綾小路に握手を求める。彼は少し嬉しそうにそれに応えてくれた。
何やかんや友達に近い関係になれて光栄だ。そんで綾小路は無表情で何考えてるか分かりづらいな。それに握手してみて分かったが、多分強い。精神的な面じゃなく身体的な面での話だ。ぱっと見細身だが、今まで努力してきたやつの手だ。いつか喧嘩して本当の友達になれたらいいな。
脳内お花畑でるんるんしていると教室の扉が開き、スタイルの良い女性が入ってきた。若い容姿だが制服を着ていない。おそらく担任の先生だな。
「新入生諸君。私はこのDクラスを受け持つことになった茶柱佐枝だ。担当科目は日本史だ。当校では卒業までの三年間クラス替えはしない。よって、私たちは三年間共に過ごすことになる。よろしく。今からおよそ一時間後に入学式が行われるが、その前に当校の特殊なルールについて説明をしたいと思う。まずはこの資料に目を通してもらう。前の生徒は後ろの生徒に回してくれ」
前の席の人から資料が配布される。それを綾小路へと回してから目を通した。
これは入学前に配られたものと同じだ。
「今配布した資料には記載されていない重要なルールを説明しよう。今から配る学生証端末。この端末にはポイントが振り分けられており、ポイントを消費することによって敷地内にある施設の利用や売られている商品の購入が可能だ。まぁ、クレジットカードとスマホを一纏めにしたものだな。敷地内で買えないものはない。学校内でも同様だ。この本校ならではの特殊なルールをSシステムという」
Sシステム……何の略だろう。セキュリティ?ストゥーデント?まぁどうでもいいか。学生生活に困らない施設が揃っている楽園のような場所っていう事は知っていたが、なるほど。流石に全て無料で堪能できるわけじゃないって事だな。
「ポイントには1ポイント1円の価値がある。ポイントの使い方は簡単だから迷うことはないだろう。もし困ったらその場にいる職員に尋ねるように。それからポイントは毎月一日に振り込まれる。今現在、新入生のお前たちには10万ポイントが振り込まれているはずだ」
茶柱先生の言葉にクラス内が騒然とする。1円の価値って事は10万円か。学生が毎月10万円貰えるって破格すぎないか?いやあまり考えすぎてもよくないか。俺みたいな人間はバカになって生活を楽しんだ方がいいな。
「意外か?最初に言っておくが、この学校は実力で生徒を測っている。倍率、偏差値が高いこの難関校に合格したお前たちにはそれだけの価値があるということだ。友達と遊びに行ってもよし、欲しかったゲーム機や服を買ってもよし、美味しいものを食べたり映画を見たりするのもよし。あぁ、世の中の過ちには気をつけろよ。そこら辺は厳しいからな。では人生で一度の学生ライフを堪能してくれ。質問はあるか?」
質問か。大抵こういう時に手を挙げる人は相当真面目な人がほとんどだが、俺みたいな不真面目生徒でも気になる事があれば手を挙げる。どうしても気になる事があるからな。
「はい、質問があります」
「相良か。答えられる範囲であれば答えるぞ」
「ポイントの支給についてなんですが、毎月同じ額のポイントが配られるんですか?」
「……なぜそれが気になる?」
「え?」
なぜ?何故ってそりゃ、知らないといけない情報だからに決まってるからじゃないか。
このSシステムはおそらく、この学校を卒業して社会の場に出てもお金の価値観や使い方を誤らないように自分自身で生活する練習を教師の目が届くところでするための制度だ。社会人のほとんどが来月の給料をいくら貰えるか察しがついてる状態で生活している以上、この制度をもとに暮らす俺たち学生も自分が貰える給料、つまりポイントを把握しておく必要がある。
それを把握せずに計画的にポイントを消費して生活して社会に出る準備をしろというのは本末転倒ではないだろうか。
「自分のポイント、つまり自分のお金で生活するという事は計画的にお金を使う練習をするためのシステムですよね。来月貰えるポイントが目に見えていない状態で計画的にポイントを使えと言われても、困るというか」
「お前は10万円あっても足りない、という事か?光熱費云々は全て学校側が負担するぞ?」
「あの先生…………申し訳ないんですけど」
「なんだ?」
今の茶柱先生の返答を聞いて、昔の俺ならスルーして理解しないまま席に着いていただろう。でも今の俺は違う。本をたくさん読んだおかげで話の起承転結や筋道や辻褄が合っていないとどうしても気になってしまうのだ。
「今10万円とかそんな話してないんですよ」
「────ほう」
出来るだけ、相手の機嫌を損ねないよう柔らかい口調で言ったが、茶柱先生は少し目を細めて俺を見つめた。もしかしたら気に障ったかもしれない。謝るか?いや謝るのも可笑しいか。
「お前の言う通りこれは"練習"だ。今まで親の脛をかじりまくった学生達のためのな。だが最初に申し上げた通り、私は答えられる範囲までしか答えられない。これは私個人の知識の問題ではなく学校側の指示の問題だ」
学校側の指示……?生徒に混乱を招くような内容なのか、それとも普通に小難しい内容なのか、知る必要すらない内容なのか。分からないが、茶柱先生がそう言うなら仕方ない。
「分かりました。ありがとうございます」
「質問は他にないか?ないなら、入学式まで待機だ」
そう言って茶柱先生は教室から出て行った。
何だか周りの視線が痛い。変なやつだと思われた可能性が高いな……いやまぁ強ち間違いではない。だってヤンキーみたいな見た目してるのに口調めっちゃ丁寧だし。
「思ったよりも堅苦しくない学校のようね」
「確かに。何というか物凄く緩いな」
緩い、か。茶柱先生と話して思ったけどこの学校はそんな生優しいものじゃなさそうだが。だって本当に緩い学校だったらあんな圧のある先生いないでしょ。
「優遇されすぎてて、少し怖いくらいね。貴方もそれを思ってあんな質問を投げかけたんじゃないの?」
「え、あーまぁ。毎月10万円だったらの話だけどね」
「疑ってるのね。まぁ無理もないわ。ハッキリと毎月10万ポイントとは明言していないもの」
びっくりした。急に話しかけられた。あれ、もしかして俺あまり良い印象持たれてないと思ってたけどそんな事ない感じか?友達になれる可能性大か?
いや調子に乗るな相良圭。お前に女友達なんて似合わない。身の丈に合わない事をするな。
「皆んな、少しいいかな?」
少しだけなら、なんて野暮なこと言うやつなんていないよな。やっぱり俺捻くれてるかも。
みんなに呼びかけを行い立ち上がった生徒は好青年な印象の男子生徒だった。髪は染めておらずピアスもなくて制服も校則通りキチンと着ている。それに男女ともに親しくなれそうな優しい笑顔まであるとは、まだ何も話していないがすでに印象は最高だ。
「僕らは今日から三年間共に過ごすことになる。だから自発的に自己紹介を行って、一日も早く友達になれたらと思うんだ。どうかな?」
好青年の意見に周りの女子生徒達が次々と賛成していく。自己紹介か。確かに仲良くなるなら一番手っ取り早いっていうか、名前も知れて良いかも。
それに俺もあの夏休みから色々変わってるし、嘘なんて一つもない爽やかな自己紹介ができる!
「じゃあ言い出しっぺの僕から。僕の名前は平田洋介。中学の時は皆から洋介って言われていたから、気軽に洋介って呼んでくれると嬉しいかな。趣味はスポーツ全般だけど、その中でもサッカーが好きで、サッカー部に入部する予定だよ。よろしく」
声は高すぎず、低すぎず、耳に心地よい。右手を軽く上げ、まるで舞台役者が観客に挨拶するような自然な仕草で、名を名乗る。その動き一つひとつが計算されているかのように洗練されていたが、わざとらしさはない。むしろ“慣れている”という安心感すらある。
気づけば教室は拍手に包まれ、女子生徒達から黄色い歓声が巻き起こった。
凄い。あんなに女子からキャーキャー言われて気分も良いだろうな。あ、いや平田は多分そんなこと思ってないか。多分ナチュラルでやってるんだよな。より一層凄いが。
「じゃあ次の人────」
その後自己紹介が次々と続いていく。皆んなそれぞれ個性的でとても見ごたえのある自己紹介だ。ん?見ごたえのある自己紹介ってなんだ?
緊張している人や明らかに嘘ついて場を和ませている人、ここまで普通の自己紹介の人があまりいない。全員が全員自分のキャラを存分に発揮している。
そんな中でも一人、一際目立った生徒がいた。軽く跳ねるように一歩前へ出て、胸の前で握った拳をきゅっと引き寄せる。その仕草だけで、教室の温度がわずかに上がる。
「じゃあ次は私だね! 私は櫛田桔梗と言います。中学からの友達は一人もこの学校に進学していないので一人ぼっちです。だから早く皆さんの顔と名前を憶えて友達になりたいと思っています。私の最初の目的として、ここにいる皆さんと仲良くなりたいです。是非、皆さんの連絡先を教えて下さいねっ」
「「「うおおおおっ!!!」」」
教室が一気に沸騰する。歓声、拍手、ざわめきが混ざり合い、もはや自己紹介というよりファンミーティングの空気だった。
櫛田さんはさすがだな。俺はすでに挨拶を済ませてある分、他の男子生徒みたいに雄叫びを上げたりしないが。今後Dクラスのアイドル的立ち位置になるだろう。
その後も自己紹介は淡々と終わり、俺の出番がやってきた。今まで笑顔で拍手する側だったが、拍手される側に回れるかどうか。緊張の一瞬だ。
「じゃあ次の人、君お願いできるかな」
「は、はい!」
俺は席からガタッと音を立てて立ち上がり、思わず手をヘソのあたりで組んで前を頑張って見ながら自己紹介をする。
「相良圭、です。趣味は読書とゲーム、バスケもそこそこ出来ます。自分、よく見た目で距離置かれがちなんすけど、3年間同じクラスになる皆んなとは仲良くしていきたいんで、たくさん話しかけてほしいです。よろしくお願いします」
最後はしっかり深々とお辞儀をした。正直上手くいった手応えはあるが、不安の方が勝っている。顔を上げるのが少し怖い。キモいとか思われてるかも知れない。
そんな心配を心の中でしていると、拍手が一つ、聞こえてきた。パチパチと一人だけ、俺に拍手をしてくれている。誰だろうと思い頭を上げると、俺以外に教室に立っていた人、平田洋介だった。
「よろしくね。相良君」
「あ……よ、よろしくっす」
「敬語はいらないよ。僕たちはクラスメイトだから」
「あ、そうだね……えっと、よろしく」
「うん、よろしく」
平田が笑顔で俺と話してくれた。平田以外拍手をしてくれないと思い詰んだかと思ったその瞬間、教室中が拍手喝采で包まれ始めた。
教室にいるほとんどの生徒が俺に拍手をしてくれる。耳を傾ければ気軽によろしくと言ってくれている人もいる。
「び、びっくりした……」
「多分皆んなもビックリしたんだと思うよ」
「え?」
好印象のようで安堵していると平田が俺にそう言った。
「相良君、最初怖そうだったけどめっちゃ良いやつじゃん!」
「それな?ってか身長高っ!何センチ?」
「えっと、194センチ」
「やば!巨人じゃん!ウケる!」
「何でピアス開けてるのー?」
「読書好きとかギャップ萌えなんですけど!」
「何かよく見たらかっこよくない?」
「あ、あはは。ありがとう皆んな」
大成功だ!主に女子生徒から歓迎されてる気がするけどそれでも男子も拍手してくれてるし、やっぱり読書が趣味なのって好印象なのかな?改めて夏の日の白ワンピース女性に感謝しないとな。
しばらくして拍手が止んだ後、平田は次の人を指名した。俺の次って事は……綾小路か!
「それじゃあ次の人────」ガンッッ!
誰かが平田の言葉を遮るように大きな音を立てて机を蹴った。自己紹介もラストスパートというところだったのに、生徒たちの注目はその音に集まる。
「チッ、俺らはガキかよ。自己紹介なんて、やりたい奴だけやればいい」
髪を赤く染めた目つきの悪い生徒はそう言った。彼が机を蹴った本人だな。それにしても、ここ一応国内最大の超難関校だよな?俺が言うのも何だがヤンキー多すぎないか?来る途中も思ったが、進学校とは言い難い生徒が多い気がする。
「僕に強制させることはできない。不快にさせたなら謝るよ」
「うっせぇ、俺は仲良しごっこするためにここに入ったわけじゃねぇよ。やりてぇ奴らで勝手にやってろ」
そう言って赤髪のヤンキーは教室から出て行った。それに続いて数人の生徒が教室から出て行き、後ろにいた黒髪の少女も目を伏せながら教室から出て行ってしまった。
まだ入学式まで時間あるのにどこで時間を潰すのだろうか。まぁそんなこと考えても仕方がないか。そんな事よりこの後自己紹介する綾小路が可哀想すぎる。
案の定、この後自己紹介をした綾小路は滑りに滑り倒してしまい、平田からのキツい同情を受けて自己紹介が終わった。