元ヤン×文学少女 作:エンドレスG5
入学式から二週間ほど経過した放課後。
軽井沢さんに彼氏のフリをしてほしいと言われたあの日以降、俺は毎朝軽井沢さんと一緒に登校している。
一人で登校していた頃と比べれば、遅刻もしないし朝から人と話せるし良いことが多い。ただ良いことがあれば悪いこともある。それは────
「なぁ綾小路。この後暇?」
「あぁ。どこか行くのか?」
「本を買いに行こうかと思ってるんだけど……付き合ってもらえるか?」
「もちろん。オレもこの学校にある本屋は気になっていたところだ」
未だに友達が綾小路と平田の二人しかいないことだ。どうやら俺は他の男子生徒から目の敵にされているようだ。
入学二日目にしてクラスカースト上位のギャルと付き合い、毎朝手を繋いでともに登校する。これだけでもモテない男子達からすれば羨望の眼差しを向けられる。その羨望も度が過ぎてしまえば憎悪に変わる。
はぁ……何も悪いことはしていないのに、俺も友達が欲しいのに。自分で言うのもなんだが、根がヤンチャな俺は正直なところ池や山内たちと同じグループに入ってふざけ合いたいのだ。だがギャルと付き合っている俺は完全に蚊帳の外。モテない男子の仲間になることは許されないのだ。
「はぁ…………」
「……何かあったのか?」
「え、いや何も」
「そうか?」
気付かないうちに表情に出ていたようだ。こんな様子を軽井沢さんに見られたら不服に思われるかもしれない。
それにしても、この綾小路という男は変なところで察しが良いな。それに……
「なぁ綾小路」
「どうした?」
「最近池とかと仲良いよな。どうやって仲良くなったんだ?」
「いや……別に仲良くはないと思うが」
最近、綾小路は池や山内たちのグループに入りつつある。なんならこの前のプールの授業があった日の朝、お胸が大きい女子ランキングをつけている輪の中に綾小路が招待されていた。
そういうおふざけは紳士的ではないが、面白いにきまってるじゃないか。俺も参加したかった。
「俺は軽井沢さんがいるからか、あまり話しかけてもらえないんだ。かといって自分から話しかけに行こうとしても良い顔されなくて……」
「あー……オレも最初は池たちに、堀北と色々あったんだろ、みたいな事言われたな。まぁ、ハッキリと否定したおかげで誤解は解けたが」
ぐぬぬ……綾小路はハッキリと否定できるもんな。俺は軽井沢さんとのことを突っ込まれたら、否定できん。否定したら最後、俺は軽井沢さんのお願いを裏切ることになり、今度こそ俺の立場は無くなる。
「人と仲良くなるのは、想像以上に難しいな……」
「意外だな。相良がそんなことに悩んでいるとは」
綾小路からみれば俺は入学式初日に女子とカラオケに行った陽キャにでも見えているのだろうか。カラオケに行ったのは事実だが俺は陽キャではない!
「ねぇ堀北さん。私これから友達とカフェに行くんだけど、良かったら一緒にどうかな?」
「興味ないから」
俺が綾小路にお悩み相談をしていると、櫛田さんが突然やってきて堀北さんに話しかけていた。
どうやら二週間ぼっちを貫いている氷の女王堀北さんをカフェに誘ってアイスブレイクを試みているようだ。
まぁ、その誘いもたった今一刀両断に切り捨てられたのだが。
「そっか……じゃあまた誘うね!」
「待って、櫛田さん。もう私を誘わないで。迷惑なの」
堀北さんは一切表情を変えずに冷たくあしらうようにそう言った。
さすがにハッキリと言いすぎじゃないかと思ったが、櫛田さんはそれでも寂しそうな顔を見せることなく、笑顔のまま返す。
「また誘うねっ」
そう言って友達の元へと戻り、グループで廊下に出て行った。
「桔梗ちゃん、もう堀北さん誘うのやめなよ。私あの子嫌い────」
教室の扉が閉まる寸前、そんな女子の声が微かに聞こえてきた。堀北さんにも聞こえているはずだが、意に介していないようだ。
「うわぁ……まじか」
「何よ」
「えっ、あーいや別に」
思わず声が漏れてしまった俺は堀北さんにギロッと睨まれ、急いで口を手で塞ぐ。
「あなたまで余計なこと言ったりしないわよね?」
「あぁ。お前の性格は十分に理解したつもりだし、無駄だろうからな」
「一安心だわ」
そのまま帰り支度を済ませた堀北さんは一人で教室を出て行った。
「中々すごいな堀北さんは」
「初めて見たのか?」
「え、それどういうこと」
「櫛田が堀北を遊びに誘い、それを堀北が断る。このくだりは最近何度かあった」
「そうだったのか……」
今まで軽井沢さんにすぐ話しかけられて、教室から出て行っていたから気づかなかった。
「それにしても、今日は一段と辛辣な言葉だったな」
「さすがにグロかったぞ。それでも嫌な顔一つ見せない櫛田さんは凄いな」
「……そうだな。そろそろ行くか?」
「ん?あぁ、そうだね」
俺と綾小路は鞄を背負い、教室から出て行こうとする。今日は軽井沢さんに絡まれずに自由下校ができる、最高の日だ。正直彼女にマークされると自由が減って放課後を満喫しきれないからな。
学校を出た俺と綾小路は真っ直ぐにショッピングモールへと足を向けた。そこには友達と出かけたはずの櫛田さんが、誰かを待っているのか壁に寄りかかっていた。俺と綾小路に気づくと櫛田さんがいつもの笑顔を向ける。
「良かった。綾小路君のこと待ってたんだよ。ちょっと話がしたくって。えーっと、いいかな?」
櫛田さんは綾小路に用があるようだ。まぁ要件は何となく察しがつくが……。
「あー、それはすぐに終わる話か?」
「どうだろ。綾小路君次第かな?」
「だそうだ」
綾小路はそう言って俺に目線を向ける。周りに櫛田さんの友達らしき人がいないということは、櫛田さんは友達との約束より綾小路への用事を優先したということだろう。先約とはいえそこまでの用がある櫛田さんを優先させてあげない理由はないな。
「俺は別にいいよ。また今度買いに行けばいいし」
「だそうだ」
「え、いいの?綾小路君と何か予定があったんだよね?」
遠慮しがちな櫛田さん。やはり聖人だな。
「まぁあったけど、急用じゃないし、それに堀北さんのことで用があるんでしょ?」
「う、うん。察しが良いね相良君」
「それならそっちを優先した方がいいと思う」
「だそうだ」
だそうだボットに成り下がるな綾小路。内心ちょっと面倒くさそうにしてるなコイツ。まぁ俺が同じ状況下に置かれたら俺も多少面倒だとは思うかもしれんが。
「ありがとう!また必ず埋め合わせはするね!」
「それはどうも。じゃあな綾小路」
「あぁ」
結局俺は一人でショッピングモールへと足を運ぶのであった。入学してからある程度日を跨いではいるが、中々思うようにいかない事が多いな。
◯
高度育成高等学校は楽園のような場所といえる。試験を乗り越えた者が辿り着く、青春漫画のような世界。言ってしまえばまるで一つの都市のような場所だ。
そんな楽園にはショッピングモールや映画館、ゲームセンターに飲食店などなど、学生生活を存分に謳歌できる設備が充実している。
放課後の時間になれば当然、多くの学生たちが賑わうのだ。そんなショッピングモールの中にある本屋へと俺はやってきた。
自動ドアが開き、中へ入ると冷房の風が肌を撫でるように過ぎていき、本屋特有の紙とインクの入り混じった匂いが鼻腔をくすぐる。
店内には静かな空気が満ちており、天井から降り注ぐ柔らかな照明が、整然と並ぶ本の背表紙を淡く照らしている。外の喧騒が嘘のように遠のき、足を踏み入れたばかりだというのに、どこか別の世界へと迷い込んだような感覚に陥る。
視線を巡らせば、壁一面に広がる書棚。色とりどりの背表紙が連なり、その一冊一冊に、まだ見ぬ物語や誰かの知識、幾人もの人生が詰め込まれている。
大袈裟かもしれないが、本好きの俺の目にこの学校の本屋はかなり魅力的に映った。
「ありがとうございましたー」
「やっと買えました……」
「……えっ?」
俺が店に入ったのとほぼ同時に会計を終えた少女が、俺の横を通り過ぎながら、小さくそう呟いて店を出ていった。どこか聞き覚えのあるその声に俺は思わず声を上げて振り返る。
しかしそこにはすでに誰もいなかった。
いや、俺は一体何をしているのだろう。俺は本屋へお目当てのミステリー小説を買いに来た。入り口付近でこんな変なことしてる場合じゃない。
まるで邪念を振り払うかのように俺は早歩きでミステリーコーナーへと向かう。
出版社ごとに分けられた書棚を目で追いながら、お目当ての本を探す。
「…………」
探していたお目当てのシリーズ作品に手を伸ばしかけ、俺はその手を止めた。二巻、三巻、四巻……続きの巻は揃っているというのに、肝心の一巻目だけが見当たらない。一巻目があるはずの場所では、二巻目が隣の本に寄りかかり、所在なさげに傾いていた。どうやらすでに誰かに買われてしまったようだ。
このシリーズは最近本好きの間で注目を集めている作者が久々に出す待望の新シリーズ作品だ。書店で見かけるようになってからまだ日が浅いとネットに書いてあったため、中々の本好きでないと見つけられないはずなのだが……。
「まさかな……」
ふと先程入り口付近で俺の横を通り過ぎていった少女のことを思い返す。身長差がありすぎて顔は見えなかった。一瞬の出来事すぎて姿も視界に捉えきれていなかった。
ただ声は聞こえた。とても微々たるものではあるが、聞き覚えのある声だった。
もしかしたら、もしかしたら、と想像してしまう。想像すると今後の学校生活までも想像できてしまう。きっとそれはとても楽しく有意義でかけがえのないものだろう。
まぁ、そんな事があり得るはずもない。余計な期待はするべきじゃないっていうか、何だか女々しいぞ俺。いつまでそんな妄想してんだ。
「──────そんな事あるわけねぇだろうが」
「そんなに欲しかったのですか?その作品」
「うぉわっっ!?」
突然隣から話しかけられ、思わず間抜けな声を上げてビックリしてしまった。慌てて俺は声の主の方へと顔を向けるが、そこには誰もいない。
「えっ、何?誰?」
「こっちですよこっち」
「え?あ……あー、すみません」
周りをキョロキョロして探す俺は袖を優しく引っ張られ、ようやく声の主の姿を見つける。
「すみません?謝るという事は、初対面にしてチビいじりをしていたということですか?」
「え?いやいやいや!そんなつもりは」
「ふふっ、冗談ですよ。それにしても大きいですね。いくつですか?」
「あ、194センチです」
「それはそれは……良い遺伝子をお持ちで。私は150センチです」
「そ、そうっすか」
改めて見ると、彼女は非常に端正な面立ちだった。
光を受けるたびに淡く輝くその銀髪は、毛先に向かうにつれてほんのりと水色を帯びており、まるで月明かりに薄く染められた雪のようで、顔の両側に流れる髪は緩やかな曲線を描き、耳元には編み込まれた細い束が覗いている。前髪は眉のあたりで揃えられ、その隙間から覗くのは、澄んだ青紫色の瞳。涼しげな眼差しには知性が宿り、どこか人を見透かすような、落ち着いた雰囲気があった。
頭には、白い縁取りが施された黒いベレー帽を被っており、さらに細身の杖を持っていて、まるで西洋の童話から出てきたお姫様のような雰囲気を纏っている。
「『血合いの誓い』シリーズ。最近話題の赤原先生の最新作ですね。赤原先生の特徴といえば、一巻ずつ刊行するのではなく、シリーズ全体を書き上げてから一気に全巻発売することですよね」
「あ、はい。内容の独創性も含めてかなり特徴的な方ですよね」
「赤原先生の作品は私もよく読んでいます。最新作が出たと聞いて早速買いに来たんですが、先程目の前で一巻目を取られちゃいまして」
「え、目の前でですか?」
俺がそう言うと少女は少し残念そうに語る。
「はい。私より彼女の方が先にいたので仕方ないことではありますが、やはり目の前でお目当ての物が取られるショックは大きいですね。彼女も相当な本好き、ということなのでしょう」
たしかすれ違ったあの子も、やっと買えた、って言ってた気がする。もしかしたらあの子が一巻目を買ったのかもしれない。
「一巻目があったはずのスペースに片手を突っ込んで、『そんな事あるわけねぇだろうが』と呟いていたあなたも、相当な本好きと見受けられますね」
「一言一句言わないでください。声に出てたとは……」
「恥ずかしいですか?」
「言わせないでください」
「ふふっ、申し訳ございません」
やけに話しかけてくるなこの子。雰囲気だけでいえば三年生と言われても違和感はないが、三年生にしてはさすがに幼なさすぎるような気もする。一体誰だこのhi──ぐっ!
「痛っ!」
「あ、すみません。何だか失礼なことを考えているようだったので、つい」
「初対面の人にやる事ですか!?」
彼女は結構な威力で俺のつま先を杖で突いた。爪が割れた、とは言わないが結構痛い。
「不思議ですね。普段は初対面の人相手にここまで親密な態度をとることはないのですが……きっと私はあなたの容姿と性格のギャップを面白がっているのでしょうね」
「自己分析どうもありがとうございます……。じゃあ俺はこれで」
「待ってください」
また心を読まれて傷を負う羽目にならないよう退散しようとする俺を彼女は呼び止めた。
「『血合いの誓い』はシリーズ作品にしては珍しい、全巻一挙発売です。そのため書店では一人につき一巻までと購入制限が設けられています。次に一巻目が入荷するのを待っていては、一巻目を読み終えた人たちが、すぐに二巻目を買いに来るでしょう」
「……つまり二巻目をあらかじめ買っといた方が良いと?」
「はい。なので私が買います」
「助言じゃなくて買います宣言かよ!」
「おや」
あ、しまった。初対面で名前も知らない少女にタメ語ツッコミをぶち込んでしまった。そんな声出せるのかと言わんばかりの表情を向けられる。何かいたたまれないな……。
「中々鋭いツッコミですね。ですが今のは決してボケたわけじゃありませんよ?私が二巻目を買うので、あなたには三巻目を買ってほしいんです」
「あ……そういうことっすか」
「はい」
余計に恥ずかしくなってきたぞおい。しかもこの子ニヤニヤしてるし。まさかさっきのボケみたいな発言は俺を恥ずかしい気持ちにさせるためにわざとあの言い方をしたのか?
俺はこの子の手のひらの上で踊ってたわけか。こんやろ。何か悔しいな。
肩の力が抜け、悔しさと残念さの入り混じった複雑な心境の俺に、彼女は『血合いの誓い』シリーズの三巻目を差し出した。
「ではこれをお願いします。それと、今後の情報と、二巻・三巻の共有のために連絡先を交換しておきましょう」
「あ、はい」
流れるように彼女の端末と三巻を受け取り、俺は彼女との連絡先を交換する。交換し終え、端末を返す。すると彼女の名前が俺の端末に表示された。
「一年Aクラス、坂柳有栖……」
「はい。申し遅れました。Aクラスの坂柳有栖と申します。何だか仲良くなれる気がするので、これからもお願いしますね。相良圭君」
「……うん、よろしく」
彼女も同じ一年生だと分かり、俺は敬語をやめて、普段どおりの口調で話すことにした。しかし彼女は敬語のままだ。それをどうしろと言う気にはならない。なぜなら彼女が扱う敬語はとても慣れているというか、それが標準のように思えるからだ。
「この後予定はありますか?読書を嗜む数少ない友人として、よければ一緒にカフェでもどうでしょう」
読書を嗜む数少ない友人、か。読書仲間というやつだろうか。こんなミステリアスな雰囲気の少女とミステリー小説を語れるなんて。結構アリかもしれないな。
「うん、いいよ。せっかくだし色々おすすめとか聞きたいな」
「決まりですね。早速行きましょう」
本当はこの後綾小路と合流してゲーセンにでも行こうかと考えていたが、まぁそれはまたの機会でいいか。すまんな綾小路。俺はお前より女を優先させてもらう。
そして俺と坂柳さんはレジへと向かい、本を買った後カフェでゆっくり時間を過ごした。
イカついけど実は優しい人と仲良くなりたいです