遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子   作:名もなきWater

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スタンダード次元編
揺れ始めた振り子


 ◆

 

「まだだ。俺はまだ、満足していない」

 

 例えるなら、それは映画だった。

 

「お前らが望めば望むほど、俺達は強くなれる。

 この世界を破壊できるほどに」

 

 一人の決闘者と四体の龍。

 決闘者は龍達を巧みに操り、戦場を自在に駆け回る。

 

「そうだ、俺達は戦い続ける。お前達が望むように」

 

 デュエルへの渇望。破壊への衝動。

 決闘者に目的はない。ただ、思うがままに何かを壊していた。

 しかし。

 その映画はいつも、唐突に終わりを告げる。

 一枚のカードを手にした、一人の女性の手によって。

 そして俺は自覚する。ああ、これは夢か、と。

 俺は間も無く『目覚める』。

 またいつも通りの、穏やかな / 退屈な 朝がやってくる。

 

 ◆

 

 観客の歓声が、波のように押し寄せてくる。

 その中心では、二人の決闘者が対峙していた。

 一人は榊遊矢。

 三年前に突如姿を消した元アクションデュエル世界チャンピオン、榊遊勝の息子。有名な父に倣い、『エンタメデュエル』を志す少年。

 もう一人はストロング石島。

 ここ、舞網市が誇るデュエルチャンピオンであり、『レオ・デュエル・スクール』……通称『LDS』のイメージキャラクターを務める正真正銘のプロ決闘者。

 

「遊矢……」

 

 柊柚子は、観客席から不安げに遊矢を見つめていた。

 いくらチャンピオンの息子といっても、榊遊矢は一般人だ。これほどの大舞台でのデュエルなんて一度も経験がないし、肝心の実力も突出しているわけではない。

 そんな少年がプロ相手に戦う? 無理、無茶、無謀にも程がある。

 

「よっしゃー! これでうちの塾も安泰だー!」

 

 そんな柚子とは正反対の反応をする者が一人。

 柊修造。柊柚子の父である。

 

「あのストロング石島が相手となれば、宣伝効果は抜群! 遊矢には我々遊勝塾のッ――!?」

 

 修造の言葉が途切れる。

 最後まで言い終わる前に、柚子がどこからともなく取り出したハリセンで後頭部を殴打したのだ。

 

「いってー! 柚子、何すんだよー!」

「能天気なこと言ってる場合!? 相手はあのストロング石島なのよ? それも、こんな――会場一つ貸し切ってのエキシビションマッチなんて!」

「うむ。流石は天下のLDSの顔役。やることのスケールが一々デカイ。

 だが、これはまたとないチャンス! 遊矢があのストロング石島とデュエルしたとなれば、我らが遊勝塾の大きな宣伝になる! 入塾者さえ集まれば、ウチの経営問題ともおさらばだ!」

「……はぁ」

 

 我が父のあまりの能天気ぶりに、柚子は頭を抱えた。

 柊柚子は榊遊矢の幼馴染である。それゆえに、遊矢の性格は誰よりも熟知している。

 そもそも榊遊矢という少年は、人前に立つことが得意なタイプではない。

 その原因は父。

 三年前、『ストロング石島』というプロ決闘者とのデュエルの直前、突如として姿を消した。

 要するに、大舞台を前に失踪した臆病者だ。

 以来、遊矢は『臆病者の息子』というレッテルを張られ、指を差されながら過ごしてきた。

 

「――とまあ、冗談はここまでにしといて、だ」

「お父さん……?」

「このエキシビションマッチ、持ち掛けてきたのは向こうだが、受けると決めたのは遊矢だ。

 ――勝ちたいなら、勇気を持って前に出ろ。その勇気の分だけ、喜びも戻ってくる。

 かのエンタメ決闘者は……先輩は、よくそう言っていた。

 遊矢は、勇気をもって前に進んだんだ。外野の俺達にできるのは、見守ることだけ。

 過剰な心配は、返って遊矢を傷つける。お前はいつも通り、負けて帰ってきた遊矢にハリセンで喝を入れてやればいいさ」

「お父さん――って、しないわよそんなヒドイこと!」

「えーそうかぁ? っと、そろそろ始まるみたいだな」

 

 丁度いいタイミングだったのか。修造がスタジアムに視線を戻した瞬間、司会者がマイクを片手に演説を始めた。

 

「このスペシャルマッチは、アクションデュエルの公式ルールに乗っ取り行われます!

 フィールド魔法《辺境の牙王城》を発動!」

 

 司会者が一枚のカードを天に掲げた瞬間、スタジアム上空の機械が唸りを上げて起動する。

 質量を持ったリアルソリッドビジョンにより、何もなかったはずの空間に城が出現した。

 

「御覧下さい、この本物と見間違うほどのリアルな質感! これが、LDSのソリッドビジョンシステムです!

 ――おおっと!? あの城の上に現れたのはアクションデュエル界の頂点に君臨し続ける最強王者、ストロング石島だぁー!」

「ウオオォォォ――!!」

 

 司会の演説に合わせ、ストロング石島が咆哮を上げる。

 

「その最強王者に挑むのは若きチャレンジャー! 榊ー、遊矢ー!」

 

 司会の紹介に合わせ、今度は遊矢が姿を現す……かのように思われた。

 

「――ぁ、あれ?

 ゆ、遊矢くん! どうぞ!」

 

 台本にない段取りに、司会者が困惑する。その困惑が伝わったのか、次第に観客席もざわつき始めた。

 ――なんだよ逃げたのか?

 ――これじゃ三年前の親父と一緒じゃねーか。

 ――親子揃って卑怯者だ。

 

「! ちょっと!」

「やめろ、柚子」

「だって――!」

 

 観客たちに食いかかろうとした柚子を、修造は引き止める。

 だが、観客たちの悪態は止まらない。水面に落ちた波紋のように、瞬く間に広がっていく。

 ……現チャンピオンと、元チャンピオンの息子のエキシビションマッチ。誰もが期待していた一大イベントに、不穏な空気が流れ始めた。

 

「チッ――」

 

 架空の城――牙王城の上で、ストロング石島は苛立ちのまま舌打ちする。

 

「息子を引っ張りだせば、榊遊勝も姿を現すと思ったが……クソ! あいつを打ち負かさねば、俺は真の最強王者にはなれんのだ……!」

「チャンピオン、後ろだー!」

「後ろ後ろー!」

「ん?」

 

 観客席からの声を受け、ストロング石島が背後を振り返る。

 

「うおぉ!?」

 

 そこには、ピエロがいた。

 道化である。カラフルな衣装を纏い、仮面で素顔を隠した笑われ者。

 この奇怪な人物は誰だ?

 ストロング石島の中で疑問が浮かぶが、すぐに氷解する。

 ここはデュエルフィールド。であれば、ピエロの正体が誰か考えるまでもない。

 

「お前、榊遊勝の倅か?」

 

 チャンピオンの問いにピエロは答えない。その代わりに、恭しくお辞儀して応えた。

 

「ッ……それがチャンピオンに対する態度か!」

「これは失礼!」

 

 遊矢は手慣れた様子で道化の衣装を脱ぎ捨て、改めてストロング石島にお辞儀した。

 

「では改めて――よろしくお願いいたします。どうか私めとデュエルを! チャンピオン様のお手並み拝見!」

「お手並みだぁ? この礼儀知らずのクソガキが!

 ――行くぞ。このデュエルでお前を躾け直してやる」

「っ!」

 

 ストロング石島の雰囲気が変わる。デュエルディスクを構えただけ。それだけにも関わらず、遊矢は息を呑んだ。

 決闘者特有の闘志、とでも言うべきか。それが現役のプロとなれば、遊矢が感じる圧は相当なものだろう。

 

「流石はチャンピオン様、並々ならぬ闘志をお持ちの様子……だけど、礼儀知らずなのはお互い様でしょう?」

「何だと?」

「榊遊勝を引っ張り出すために、息子の私をエサにする。目標が高いのは結構ですが、まずは目の前の私と向き合ってもらわないと。

 ……貴方みたいな決闘者こそ、思わぬところで足を掬われるのさ」

「ッ、小僧――」

「おおーっとぉ!! いきなり意外な展開となりましたが、とにかく役者は揃いました!

 戦いの殿堂に集いし決闘者達が! モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い! フィールド内を駆け巡る! 見よ、これぞデュエルの最強進化系! アクショーン――」

「「決闘(デュエル)!」」

 

 ◆

 

 デュエル開始の合図と同時に、フィールド上空から無数のカードが散らばった。

 あれがアクションカード。デュエル中に拾うことで使用できる魔法カードだ。

 モンスターと共に地を蹴り、宙を舞う。

 その意味がこれだ。アクションデュエルでは、決闘者達はこれを拾うためにフィールド内を駆け巡る。

 

「先行はチャレンジャーに譲ってやる。念のために言っておくが、先行はドローできないぜ」

「流石の余裕。ですが、ここはお言葉に甘えましょう!」

 

 遊矢は一歩前へ踏み出し、ストロング石島――ではなく、あろうことか観客席に向かって大きく手を広げる。

 

「レディース、エーンド、ジェントルメーン!」

 

 唐突な呼びかけに、場が一瞬静まり返る。

 だが次の瞬間、遊矢の笑顔がその沈黙を切り裂いた。

 

「ご来場の皆様方、ようこそお越しくださいました! これより私、榊遊矢による、本家本元のアクションデュエルをご覧いただきます!」

「なにっ――」

 

 遊矢は踵を返し、架空の城の外へ飛び出す。空中で身を躍らせながら、遊矢は一枚のカードを手に取った。

 

「まず最初の出し物は――《EM(エンタメイト)ディスカバー・ヒッポ》を召喚!」

 

 一体のモンスター……シルクハットを被った桃色のカバが召喚され、遊矢はそれをクッションにして着地した。

 

「ターンエンド! さあ、どうぞ捕まえてごらんなさーい!」

 

 遊矢はターン終了を宣言した後、カバと共にフィールドを駆ける。

 城の外は広大な森。遊矢の一連の行動により、戦いの舞台は『城の一画』から『城全体』へと移ったのだ。

 観客を視覚的に楽しませる。エンタメデュエルの初歩だ。

 

「おいおい、いきなり逃げんのかよ」

「榊遊勝の息子だけに、逃げ足は速いぜ」

「…………」

「っ……あーもう、何やってるのよ遊矢……!」

 

 遊矢のプレイングに観客席はざわめき、柚子達もまた頭を抱える。

 無理のないことだ。《EM(エンタメイト)ディスカバー・ヒッポ》の攻撃力は僅か800。どれだけ演出に力を入れようと、このターンの遊矢は『低い攻撃力のモンスターを召喚しただけ』だ。プロ決闘者を相手にするにはあまりにも手薄。開幕早々ピンチに追い込まれる可能性は十分にある。

 

「すぐにとっ捕まえてやる。俺のターン、ドロー!」

 

 ストロング石島の動きが僅かに止まる。

 彼の視線が、ドローしたその一枚に吸い寄せられる。

 ――その瞬間を、遊矢は見逃さなかった。

 遊矢は直感する。何かが来ると。そして何より……想定よりも早すぎる、と。

 

「ヒッポ!」

 

 遊矢はカバを急かしながら、次の一手に思考を巡らす。

 

「俺はこのモンスターを召喚する!

 来い、《バーバリアン0号》!」

 

 城の上から、ストロング石島がモンスターを召喚する。

 遊矢たちの前に現れたのは、筒のような鈍器を持った子ぶりの鬼。攻撃力は僅か50、見た目にそぐわない低攻撃力のモンスターだった。

 

「《バーバリアン0号》の効果により、俺はデッキから《蛮族の狂宴LV5》を手札に加える!

 さらに《バーバリアン0号》は、自身をリリースすることで、手札から戦士族・レベル8モンスターを特殊召喚できる!

 《バーバリアン0号》をリリース!」

 

 ――来る。

 鬼の姿が消えた瞬間、遊矢は本能的に身構えた。

 

「密林の奥地から、巨木を薙ぎ倒し、現れるがいい!」

 

 大地が、鳴った。

 轟音と共に土煙が舞い上がる。

 そしてその中央――木々の群れから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。

 赤い肌と、岩のように隆起した筋肉。その手には、身の丈ほどの鈍器が握られている。

 ストロング石島が拳を突き上げる。

 

「未開の王国に君臨する蛮族の王! 《バーバリアン・キング》!」

 

 咆哮がフィールドを揺らす。

 それは城を、森を、そして観客席をも振るわせた。

 

「んんん出たぁぁぁ! いきなりチャンピオン石島のエースモンスターの登場だぁー!!」

「親父には逃げられたが、お前は逃がさねえ! バトルだ!

 《バーバリアン・キング》、ディスカバー・ヒッポを攻撃!」

「ラッキー! アクションカードゲット!」

 

 鈍器が振り下ろされる、その刹那。

 遊矢は緑色に輝くカードを掴み取り、ディスクに叩きつけた。

 

「アクション魔法《回避》! ローリングヒッポ!」

「ヒポォ!」

 

 ヒッポは遊矢を乗せたままバク転し、回避。紙一重で攻撃軌道から外れた。

 一瞬遅れて、バーバリアンの鈍器が空気を叩き潰す。

 

「……アクション魔法を使いこなすとは。流石は榊遊勝の息子、といったところか」

 

 フィールド内に散らばったアクションカードを拾いながら戦う――これがアクションデュエルの基本である。

 だが、実際に行うのは容易ではない。自分の目と足でカードを探す以上、どうしても決闘者自身の身体能力が必須となる。

 アクション魔法《回避》はモンスターの攻撃を一度だけ無効にする。遊矢は攻撃の直前にこれを見つけており、発動したのだ。

 

「まあいい。俺はカードを一枚伏せてターンエンド」

「おぉ……」

「意外といい勝負してるな……」

 

 両者の行動が一通り終了し、観客席の空気が少しずつ変わり始めた。

 攻める石島、逃げる遊矢。情けないと思うものもいるが、プロ相手なら止む無しだ。たとえ逃げの一手でも、プロ相手に無傷で逃げ切った点は評価できる。

 

「私のターン……ドロー!」

 

 ――来た。

 カードを引き抜いた、その瞬間。

 指先に伝わる、龍の鼓動。

 思わず、口角が吊り上がる。

 遊矢はヒッポから飛び降り、ストロング石島に、そして観客席に振り返る。

 

「さあ皆さん、いよいよクライマックスでございます!

 まず私は魔法カード《極寒の氷柱》を発動! このカードは自分フィールドに《氷柱トークン》を二体、守備表示で特殊召喚します!」

 

 遊矢の足元が、凍り付いた。

 地面が白く染まり、不気味な音を立てて、二本の巨大な氷柱が突き出す。

 

「何かと思えばただの壁モンスターか。そんなもので、俺の攻撃を止められると思うな!」

 

 石島が吼える。

 遊矢は首を横に振った。

 

「いいえ、まさか。これは貴方の攻撃を止めるものじゃあない。

 これは脇役。即ち――主役を支える屋台骨さ!

 私は《氷柱トークン》二体をリリース!」

 

 二本の氷柱が砕け散り、光へと変わる。

 その光が渦を巻き、天空へと吸い込まれていった。

 フィールドが、静まり返る。

 遊矢は、上空に手の平をかざす。

 

「さあ、拍手でお迎えください!」

 

 次の瞬間――天を切り裂くような咆哮が、轟いた。

 

「本日の主役! 世にも珍しい二色の目を持つ龍! 《オッドアイズ・ドラゴン》!」

 

 赤と緑。二色の眼を輝かせた龍が、遊矢の元へ着地した。

 遊矢はオッドアイズを見上げて力強く頷き――はっきりと宣言する。

 

「お楽しみは、これからだ!」

 

 それは、父からの教え。

 エンタメデュエル、クライマックス直前に宣言する決め台詞だった。

 しかしそれは、ストロング石島からは酷く不快に映った。

 かつて自分との試合前に失踪した腰抜けの決闘者。そして、その腰抜けの息子。これが苛立たずにいられようか。

 

「チッ……腰抜けの親父と同じこと言ってんじゃねえ!」

「父さんは腰抜けじゃない!」

「なに……!?」

 

 思わぬ反論にストロング石島が怯む。

 その言葉には、重みがあった。

 ピエロの恰好でふざけた様子も、エンタメデュエルの演技もない。

 榊遊矢という少年の、心からの叫びだった。

 

「父さんから教わったデュエルでアンタに勝って、父さんが誰よりも強いってことを証明してみせる!」

 

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