遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子   作:名もなきWater

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※本作では原作カードに加え、一部オリジナルカードも登場します。
 (アクション魔法や、デュエルリンクス実装カードなど)
 物語上の演出を優先しており、細かな効果説明は省略する場合があります。


手を伸ばした先

 ◆

 

 愛用のデュエルディスクを装着する。

 不規則に揺れていた心は、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。

 理由は分からない。

 ただ一つ、確かなこと。

 柚子のデュエルを見て、俺は何かを得た。

 それが何なのかは、まだ分からない。

 少なくとも――ここで立ち止まるのは、違う気がした。

 

「……遊矢」

 

 聞き慣れた声に、顔を上げる。

 ゴーグルを外していたお陰で、その顔ははっきりと見えた。

 

「柚子……」

 

 柚子は不安げに俺の顔色を伺っている。

 どう声を掛ければいいのか。何を言えばいいのか。

 そんなところだろうか、彼女の頭を悩ませているのは。

 

「……はは」

 

 ……へんなやつ。

 会場であれだけのデュエルを披露したくせに。

 たった一人の幼馴染相手に、何を緊張してるんだか。

 

「む……何が可笑しいのよ」

「いや、別に?」

「……あっそ」

 

 言葉こそ粗雑だったが、その声音は柔らかだった。

 

「柚子。頼みがあるんだ」

「……うん」

「見ててくれ。俺のデュエルを」

 

 ◆

 

『それでは改めまして、続いての対戦カードはこちら!  遊勝塾の誇るエンターテイナー、榊遊矢です!』

「おお!」

「あいつか!」

 

 観客席が沸き立つ。

 同時に、スポットライトがフィールドの中心に立つ遊矢に当てられた。

 遊矢は一瞬面食らった表情を見せたが、すぐに観客席に笑顔を見せた。

 

「遊矢のやつ……昨日のことを引きずっていなければいいが」

 

 巻き起こる歓声に相反するように、権現坂は静かに呟く。

 

「大丈夫」

 

 しかし柚子は、彼の懸念をはっきりと否定した。

 歓声は簡単には収まらず、司会者が声を張り上げてようやく進行が戻る。

 

『皆さんご存じの通り、遊矢くんは我らが社長、赤馬零児とも互角の戦いを繰り広げた実力者! 此度はどんなデュエルを見せてくれるのか、期待が高まりますねえ!

 そして!

 そんな彼と戦う決闘者は、あちらの外部顧問アウグスト・ヴァルター氏の推薦枠!

 匿名希望の決闘者! 私呼んで、エントリーNo.621!』

「……推薦枠?」

「そんなもんあったのか」

 

 異質な紹介文に、観客は戸惑いの色を見せる。

 推薦枠という言葉に首を傾げつつも、関心はすぐに遊矢へ戻った。

 

「……621?」

 

 相対する決闘者を見て、遊矢は首を傾げた。

 スポットライトに照らされているのは、ライダースーツの決闘者。

 黒いサングラスをかけているせいか、表情は分かりづらい。

 ――あんな人、この街にいたっけ?

 

「……君が、榊遊矢だね」

「え?」

 

 その男は、戸惑う遊矢の前に歩み寄り、手を差し出した。

 

「昨日のデュエルは見ていたよ。どうかお手柔らかに」

「あ……ありがとうございます。こちらこそ、よろしく」

 

 半ば反射的に、その手を握り返す。

 ――その瞬間。

 遊矢は、強烈な違和感を感じて顔を上げた。

 ――遠い。

 漠然と、そう感じた。

 手は触れあっているのに、何かが致命的に離れている。

 

『おおー! 両者、熱い握手を交わしました! これはいいデュエルが期待できそうです!』

「…………」

 

 ……一瞬。

 握手をする直前の一瞬だけ、遊矢はサングラスに隠された目を見た。

 そこには、なにもなかった。

 闘志がない。覇気がない。生気すら感じられない。

 まるで、結果だけを待っている人の目だった。

 

『それでは早速参りましょう! 今回はヴァルター氏の意向を汲んで、特別なアクションフィールドをご用意致しました!

 その名も――フィールド魔法《スピード・ワールド・ネオ》! セーット、オーン!』

 

 司会者がカードを掲げた瞬間、世界が塗り替えられる。

 最新式のリアルソリッドビジョンシステムにより、簡素な運動場は、熱気あふれるサーキットへと姿を変えた。

 

「なんだこりゃあ……!?」

「こんなアクションフィールド見たことねえ!」

 

 新たな世界の到来に、期待と困惑が渦巻く。

 それらを牽引するかの如く、司会者は声を張り上げた。

 

『戦いの殿堂に集いし決闘者達が!

 モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!

 フィールド内を駆け巡る!

 見よ、これぞデュエルの最強進化系! アクショーン――!』

「「決闘デュエル!」」

 

 ◆

 

 遥か上空で光が弾け、無数のアクションカードがフィールド全域に飛び散った。

 同時に《スピード・ワールド・ネオ》が発動し、足元の地面が変質する。

 二人が立っていたのは、スタートラインを兼ねた広い直線区画だった。

 

「ここは……レース場?」

 

 物珍しさに、遊矢は周囲を見渡した。

 淡く光る走行用のライン。

 コースの上には、浮遊するアクションカード達。

 それらは、ここが走りながらデュエルする場であることを示していた。

 

「スピード・ワールド……か」

「え?」

 

 男もまた周囲を見渡した後、静かに呟いた。

 

「ネオ、とはよく言ったものだ」

「貴方は、これを知ってるんですか?」

「…………」

 

 遊矢の問いに、男は答えない。

 その代わりに、サングラスの位置を整えた。

 口が滑った、と言わんばかりに。

 あるいは、何かを誤魔化すように。

 次の瞬間、男の意識は遊矢へと向けられた。

 

「…………」

 

 遊矢は無言のまま、男を見つめ返す。

 生気すら感じられなかった無気力な目。

 それが今、微かに動いた。

 ――だったら、やることは決まってる。

 

「――レディース、エーンド、ジェントルメーン!」

 

 お決まりの台詞。

 遊矢は観客席に向かって両手を広げ、声を張り上げた。

 そうだ。

 なんであれ、相手の感情が僅かでも動いたのなら。

 それを刺激して盛り上げるのが、エンタメ決闘者というものだ。

 

「本日は舞網デュエルフェス二日目にお越しいただき、ありがとうございます!

 此度はレース場という特性を活かし、私と匿名希望の方による、スペシャルデュエルレースをご覧いただきましょう!」

 

 会場全体が困惑の色に染まる。

 無理もない。《スピード・ワールド・ネオ》などというフィールド魔法は、今回が初披露なのだ。この場にいる殆どが、遊矢の言葉を理解できていないだろう。

 しかし同時に、観客の視線が一斉に遊矢へ集まった。

 これから何を始めるのか、という期待の眼差しだ。

 ……ただし、ただ一人を除いて。

 遊矢はそれを見ていた。

 視線は合っている。

 だが、そこには「勝ちたい」も「楽しみたい」もない。

 

「――それでは参ります。私のターン!」

 

 手札には、既にカードが揃っていた。

 ペンデュラム召喚。

 モンスターを大量展開する、榊遊矢の十八番。

 しかし遊矢は、それらとは別のカードを選択した。

 

「第一走者はこちら! 来い、《EM(エンタメイト)オールカバー・ヒッポ》!」

 

 召喚されたのは、シルクハットを被った茶色のカバ。

 普通のモンスターカード。

 ペンデュラムでは、ない。

 

「オールカバー・ヒッポの効果により、私は手札から新たな仲間を特殊召喚できます!

 併走する相棒はこちら! 《EM(エンタメイト)ディスカバー・ヒッポ》!」

 

 続け様に現れたのは桃色のカバ。

 茶色と桃色、色違いのカバ二頭がコースの上に立った。

 遊矢はそのうちの一頭、ディスカバー・ヒッポに跨る。

 

「オールカバー・ヒッポの効果により、私のモンスターを全て守備表示に変更します!

 私はこれでターンエンド!

 さあヒッポ達! レディー、ゴー!」

「ヒポォー!」

 

 無邪気な掛け声と共に、二頭のカバは疾走を開始した。

 スピードは――お世辞にも、速いとは言えない。

 いや、明確に遅い。これではバイクどころか自転車だ。

 

「おいおい、ホントにレースのつもりかよ」

「かわいいー」

 

 愛嬌溢れるモンスター達の賢明な走り。

 疾走感の欠片もない光景だが、その新鮮さは観客の心を掴みつつあった。

 

「私のターン」

 

 男がターンを開始する。

 あくまで冷静に、機械的に……手札から一枚のカードを選んだ。

 

「魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》を発動。これによりこのターン、私は通常召喚を二回行うことができる。

 私は《ゲート・ブロッカー》、《ジュッテ・ナイト》をそれぞれ通常召喚」

 

 男のフィールドに二体のモンスターが現れる。

 片や、目がついた壁。片や、十手を構えた小人。

 本来ならばそれぞれ用途があるモンスター。しかし男は、彼らをただの素材として召喚した。

 

「私はレベル4の《ゲート・ブロッカー》に、レベル2の《ジュッテ・ナイト》をチューニング!」

 

 号令と共に、素材は役目を果たす。

 《ジュッテ・ナイト》は二つの光となり、《ゲート・ブロッカー》を包み込む。

 

「荒ぶる獣の牙もて捕獲せよ。

 ――シンクロ召喚。

 現れろ。レベル6、《ゴヨウ・プレデター》!」

 

 召喚されたのは、獣の形相で十手を構えた、和装の大男。

 御用と名付けられているにも関わらず、その顔は捕食者のものだ。

 

「バトル。

 《ゴヨウ・プレデター》で、《EM(エンタメイト)ディスカバー・ヒッポ》を攻撃」

 

 血走った眼が獲物を捉える。

 《ゴヨウ・プレデター》は自分の得物――縄付きの十手を振り回し、遊矢が乗っている桃色のカバを投げつけた。

 

 十手の先端が、一直線にヒッポへ迫る。

 ――が。

 

「それはどうかな!」

 

 遊矢はヒッポから身を乗り出し、“それ”を掴み取った。

 

「アクション魔法《回避》! 行け! ロケットヒッポー!」

「ヒポー!!」

 

 加速した。

 ヒッポの足がコースを割らんばかりの力で踏み込まれ、数十メートルの距離を一瞬で駆け抜ける。

 十手の狙いは逸れ、虚しく空を切った。

 

『躱したー!

 流石はアクションデュエルの申し子、榊遊矢!

 初めてのフィールドでも難なくアクションカードを使ってみせました!』

「……躱した、だと?」

 

 男はデュエルディスクを通して盤面を確認する。

 伏せカードはない。手札は減っていない。当然、モンスターも健在。

 ただ一つ違うのは、先ほどまで存在しなかった魔法カード。

 

「――――」

 

 遊矢は、それを静かに見つめる。

 

「……私は、カードを二枚伏せてターンエンド」

 

 ターンが終わる。

 観客は湧いている。

 その水面下で、二人は思考を巡らせる。

 

 ――驚きは、した。

 まさかの盤外戦術。

 アクションカードとやらを用いた防御。

 自分のデッキとは別の場所から、リソースを確保する。

 だが――やはり、確実性に欠ける。

 カードを拾う、それはいい。問題は何を拾うか分からない点。

 フィールドには攻撃力2400の《ゴヨウ・プレデター》。

 今のところ、必要性は感じない――

 

「ようし、ナイス回避だヒッポ!

 それでは、私のターン!」

 

 ――反応が薄かったな。

 未だに相手は、カードを拾う素振りすらない。

 いや……きっと、拾っても使わないだろう。

 

「それなら――」

 

 遊矢は、手札から二枚を選び取る。

 一ターン目に温存したカードを、ここで切る。

 

「私はスケール2の《EM(エンタメイト)インコーラス》と、スケール3の《EM(エンタメイト)ゴールド・ファング》で、ペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 白、オレンジ、黄、三位一体のインコ。

 鋭い牙を持つ、緑眼の金狼。

 二体のモンスターが天高く浮上する。

 表示されたスケールは2と3。このままではペンデュラム召喚できないが――

 

「インコーラスのペンデュラム効果! 対となるペンデュラムゾーンに《EM(エンタメイト)》がいる時、スケールを7に変更できる!」

「コォォー!」

 

 三種類のコーラスが響き渡る。

 同時に、表示された数値が2から7へと変わった。

 

「これでレベル4から6のモンスターが同時に召喚可能!

 揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!」

 

 コーラスに合わせ、金狼が吼えた。

 それを合図に、両者の間にゲートが開く。

 

「――ペンデュラム召喚!

 吼えろ、闘争本能! 

 この舞台で強さを示せ――《EM(エンタメイト)キングベアー》!」

 

 ゲートから現れたのは、王冠を戴いた巨躯の熊。

 絞られた筋肉が鎧のように隆起し、一歩踏み出すだけで、コースの路面が軋んだ。

 愛嬌の奥に潜むのは、逃げ場を与えない、捕食者の圧。

 

「攻撃力……2200か」

 

 攻撃力は《ゴヨウ・プレデター》が上。

 倒される心配はない。

 ――それは、通常のデュエルであれば、の話だ。

 アクションカードという盤外戦術がある以上、多少の攻撃力の差はないも同然。

 ――ふと、男の視線が一点に集中する。

 淡く光を放つカード。

 少し歩けば手が届く場所に、ひっそりと浮かんでいる。

 

「私はヒッポ達を攻撃表示に変更!

 ヒッポ、進路変更だ! 目標、《ゴヨウ・プレデター》!」

 レースに興じていたヒッポ達がカーブを曲がり、《ゴヨウ・プレデター》へ突撃を始める。

 とはいえ――遅い。そして遠い。

 攻撃を躱すには十分過ぎる。

 

「バトル! 

 そしてこの瞬間、キングベアーの効果が発動!

 民あってこその王! 仲間がいれば百人力、それがキングベアー!」

 

 ふんす、と鼻息を荒くして、キングベアーは胸を張った。

 《EM(エンタメイト)キングベアー》は、自分の場の《EM(エンタメイト)》一枚につき、攻撃力が100上昇する。

 つまり――《ゴヨウ・プレデター》を、上回る。

 倒される。

 だが――もしここで、攻撃を躱せたなら?

 男の手が宙を彷徨う。

 

「さあ、キングベアー! 《ゴヨウ・プレデター》に攻撃!」

 

 王冠を被った熊が、地響きを立てながら襲い掛かる。

 男は、半ば反射的にカードを取った。

 

「…………」

 

 一瞬の逡巡。

 フィールドには二枚の伏せカード。

 そして、今拾ったアクションカード。

 

「……やはり、な」

 

 結果は想定通りのものだった。

 アクションカードは確実性に欠ける。

 都合よく目当てのカードは取れない。

 このカードでは、キングベアーの攻撃は防げない。

 伏せカードを切る価値も、まだない。

 

 ――だからといって、マイナスとは限らない。

 マニュアル通りのルート。

 舗装された勝利のコース。

 ここに想定外が加わり、戦術が再構築されていく。

 

「“ベア・ナックル”!」

 

 王の拳が捕食者を貫く。

 

621

LP:4000 → 3700

 アクションカードが使われることはなかった。

 代償として男のライフは削られ――さらに、追撃が襲い来る。

 

「キングが勝利したことで、ゴールド・ファングのペンデュラム効果が発動!

 相手に1000ポイントの追加ダメージです!」

 

621

LP:3700 → 2700

 

「そして、忘れてはいけないのがこちらの二匹!

 ディスカバー、オールカバー! ダブル・ヒッポ・アタック!」

 

 コースからようやく戻ってきたヒッポ達が、男目掛けて突撃する。

 

「――流石にそれは喰らえんな。

 罠発動、《シンクロ・スピリッツ》。墓地からシンクロモンスターを除外し、素材となった一組を特殊召喚する」

 

 墓地から《ゴヨウ・プレデター》が除外され、《ゲート・ブロッカー》、《ジュッテ・ナイト》が再び姿を現す。

 

「モンスターが復活した……!?

 仕方ない、攻撃中止!」

 

 遊矢の指示を聞くと、二頭のヒッポは急ブレーキを踏み、その場で丸まった。

 それに倣ってか、キングベアーもまた防御態勢を取っている。

 

「オールカバーの効果で、私のモンスターを全て守備表示に変更されました!

 私はこれで、ターンを終了いたします」

 

 大仰な身振りで礼をしながら、遊矢は思考を巡らす。

 ……拾わせることはできた。

 ただ、使わせるまでには至らなかった。

 シンクロモンスターを軸にした戦術。

 盤石な伏せカード。

 この決闘者は、派手さこそないものの、安定した強さを持っている。

 ……でも、まだだ。

 まだデュエルは終わってない。

 デュエル開始前の、彼の目を思い出す。

 あれを笑顔にできてこそ、真のエンタメ決闘者。

 このまま普通に終わることだけは、絶対に駄目だ。

 どうする――?

 

「私のターン。

 私は再びレベル4の《ゲート・ブロッカー》に、レベル2の《ジュッテ・ナイト》をチューニング」

 

 意識がデュエルへと引き戻される。

 素材として使われたモンスターは、やはり二度目も素材として使用された。

 

「目覚めろ、秩序を守護する警察機構。

 ――シンクロ召喚。

 であえ。レベル6、《ゴヨウ・ガーディアン》」

 

 現れたのは二体目のゴヨウ。

 同じく、十手を構えた和装の大男。

 面のような顔立ちは、舞台役者が見得を切る瞬間を思わせ、その姿にはどこか様式的な威圧感があった。

 

「バトル。《ゴヨウ・ガーディアン》で、《EM(エンタメイト)キングベアー》を攻撃」

 

 ゴヨウ・ガーディアンが、縄付きの十手を振り回す。

 ……キングベアーは守備表示。破壊されてもダメージはない。それに次のターン、ペンデュラム召喚でもう一度呼び出せる……

 

 ――ここだ。

 加わった想定外は、障害物ではない。

 加速装置だ。

 

「私はアクション魔法《オーバーラン》を発動!

 対象のモンスターがバトルで勝利した時、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを与える!」

「何っ……!?」

 

 遊矢の顔が驚愕に染まる。

 男の口元が、僅かに吊り上がった。

 

「――“ゴヨウ・ラリアット”!」

 

 号令の下、十手が投擲される。

 《オーバーラン》によって加速した十手がキングベアーを打ち抜き、その衝撃がそのまま遊矢へと跳ね返った。

 

遊矢

LP:4000 → 2900

 

 胸の奥に、鈍い痛みが走る。

 だが、それ以上に――心が騒いでいた。

 

「……なるほど」

 

 男は、小さく息を吐いた。

 想定外。

 だが、それは排除すべきノイズではない。

 ――使える。

 そして――こうすれば、繋がる。

 

「罠発動、《奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)》!

 相手に一枚ドローさせ、ゴヨウの攻撃力を1000アップし、二回目の攻撃を可能にする!

 やれ、《ゴヨウ・ガーディアン》! 次の対象は、オールカバー・ヒッポ!」

 

 再度、十手が投擲される。

 十手は標的の動きを封じるように巻きつき、ヒッポはそのままゴヨウの足元へ連行された。

 

遊矢

LP:2900 → 2500

 

「《ゴヨウ・ガーディアン》は戦闘でモンスターを破壊し墓地に送った時、そのモンスターを捕縛することができる。

 捕らえたカバさんには、私の壁にでもなってもらおうか。

 私はこれでターンエンド」

 

 男の口元に僅かに笑みが浮かぶ。

 それは勝利の確信ではない。

 想定外の事態を、自らのデッキで乗り切る。

 決まりきった展開などない。

 舗装されたルートはない。

 けれど、積み重ねた経験は嘘をつかない。

 想定外と想定内、二つを併せ持つ決闘――それが、デュエルというものだ。

 

「……やるな、アンタ」

 

 素直な賛辞が漏れる。

 そこにいたのは、客席を意識したエンターテイナーではない。

 どこにでもいる、ただの決闘者だった。

 

「アクションカードと罠カードの連携。度肝を抜かれたよ」

「世辞は止めたまえ。君が使わなければ思いつかなかった戦術だ。

 ――いや。もしかして私は、“使わされた”のかもしれないな?」

「……さて。それはどうでしょう」

「嘘が下手だな、君は」

 

 男の肩が揺れる。

 それを見て、遊矢もまた笑みをこぼす。

 カードとカードが繋がって、楽しくなる。

 ……この人もまた、俺と同じ決闘者なんだ。

 

「――それでは行きます。私のターン!

 まずはインコーラス! 王が帰還するぞ、コーラスを響かせて!」

「コォオー!」

 

 インコーラスの歌唱により、再度スケールが変動する。

 遊矢はもう一度、天空へ手をかざす。

 

「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!

 ――ペンデュラム召喚! おいでませ、私のモンスター達!」

 

 ゲートから現れたのは二体のモンスター。

 

「《EM(エンタメイト)キングベアー》!」

 

 まずは一体目。

 王冠を頂いた熊が、マントを靡かせて再登場する。

 そしてその影から、新たな一体が顔を出す。

 

「《EM(エンタメイト)ラディッシュ・ホース》!」

 

 二体目。

 現れたのは、大根そっくりの身体を持つ馬だった。

 頭には瑞々しい葉が揺れ、額には勇ましい大根の角が携えられている。

「ラディッシュ・ホースのモンスター効果!

 一ターンに一度、ラディッシュ・ホースの攻撃力分、相手モンスターの攻撃力を下げ、同じ数値だけ自分のモンスターに加えることができます!

 私は《ゴヨウ・ガーディアン》とキングベアーを選択!」

 

 大根の角が発射され、《ゴヨウ・ガーディアン》の口の中に勢いよく叩き込まれた。

 キングベアーは、いつの間にか手にしていた巨大な大根を丸かじり。バリバリと租借しながら、その四肢に力を漲らせた。

 

「これがホントの大根役者、といったところですかね。

 バトル! キングベアーで、《ゴヨウ・ガーディアン》に攻撃!」

 

 熊の王が跳躍し、拳を振るう。

 その剛腕には、二十日大根の栄養だけではなく、金狼の牙も宿している。

 《ゴヨウ・ガーディアン》は、成す術もなく叩き伏せられた。

 

621

LP:2700 → 1800 → 800

 

「っ……なるほど、な」

 

 男のライフが辛うじて残る。

 しかし、追撃はない。

 前のターンで捕縛したモンスター、《EM(エンタメイト)オールカバー・ヒッポ》。

 ラディッシュホースも、ディスカバーヒッポも、こいつの守備力を超えられない。

 皮肉なことに、相手から奪ったモンスターが壁となり、最後の一撃を止めていた。

 

「ターンエンド。さあ、貴方のターンです」

「私のターン!」

 

 男の視線が移動する。

 ドローカード……即ち、時の運。

 手札……即ち、デッキ構築。

 そしてフィールド。死角に隠れたアクションカード……即ち、想定外。

 

 ――ああ、知っている。

 この感覚だ。

 勝ち筋が、一本道になる瞬間。

 

「私は魔法カード《精神操作》を発動! ターン終了時まで、相手モンスター一体のコントロールを得る! このターン、そのモンスターは攻撃できず、リリースもできない。

 私が選ぶのは、《EM(エンタメイト)ラディッシュ・ホース》!」

 

 超音波が発せられ、ラディッシュ・ホースに命中する。

 直後、大根は軽やかに跳ね、男のフィールドに着地した。

 

「そして、ラディッシュ・ホースの効果発動!

 対象はキングベアー!」

 

 再度、大根のミサイルが発射された。

 キングベアーは一二度大根を咀嚼した後、マズいものを食った、とでも言うように勢いよく吐き出した。

 

「さらに私は、《ヘル・セキュリティ》を召喚!」

 

 現れたのは、パトランプを頭につけた小さな悪魔。

 単体ではレベル1の、取るに足らない壁モンスター。

 しかし。

 今この瞬間においては、勝利の鍵となるカードだ。

 

「行くぞ、榊遊矢……!

 私は、レベル4のラディッシュ・ホース、レベル3のオールカバー・ヒッポに、レベル1の《ヘル・セキュリティ》をチューニング!」

 

 奪ったモンスター二体と、自前のモンスター一体。

 自分のデッキだけではありえない組み合わせ。

 それらを素材に、男は切札の竜を呼び出す。

 

「――シンクロ召喚! 現れろ、レベル8! 《スクラップ・ドラゴン》!」

 

 歪んだ金属で組み上げられた竜が現れる。

 破損だらけの翼を広げ、金属音混じりの咆哮を上げた。

 

「レベル8の、大型シンクロモンスター……!」

「驚くのはまだ早い。《スクラップ・ドラゴン》は一ターンに一度、自分と相手のカードを一枚ずつ破壊できる」

「自分のカードも……? でも、貴方の場にカードは――」

「あるさ。ここにな」

 

 そう言って、男は散歩でもするかのように、軽やかに歩を進め――カードを手に取った。

 先程目星をつけておいたアクションカードである。

 

「私はこのアクションカードをフィールドにセットする。

 そして……《スクラップ・ドラゴン》、効果発動! 対象は、《EM(エンタメイト)ゴールド・ファング》!」

 

 機械の瞳が警告色を放つ。

 自身の装甲片が弾け飛び、セットされたカードを粉々に砕き――同時に、破壊竜の口内から光が一直線に発せられた。

 金狼は、影も形も残らなかった。

 

「っ――キングベアーじゃなくて、ゴールド・ファングを……!?」

「ペンデュラム召喚の鍵はペンデュラムゾーンにある。門が健在である限り、何度でもモンスターが蘇ると見た。

 決闘者として直感、というやつだ。

 正直なところ、半信半疑だったが……どうやら正解だったらしい」

「……お見事」

 

 遊矢は冷や汗を浮かべながら、辺りを見渡す。

 ペンデュラムゾーンは片翼を失い、フィールドには、破壊を前提に存在する竜が残った。

 次に何が壊されるか――考えるまでもない。

 

「おっと、カードは拾わせん!

 バトル! 《スクラップ・ドラゴン》で《EM(エンタメイト)キングベアー》を攻撃!」

 

 竜が突進する。

 自らの装甲を引き裂きながら、前方の全てを巻き込んで破壊した。

 衝撃波に煽られ、足元が揺れる。

 バランスを崩した拍子に、遊矢の視線が一瞬、下へ落ちた。

 ――光。

 瓦礫の隙間に、淡く輝くカードが一枚、舞っている。

 反射的に、手が伸びた。

 考えるより先に、指先がそれを掴んでいた。

 

遊矢

LP:2500 → 1400

 

「――私はこれで、ターンエンド。

 さあ、どうでる。榊遊矢」

「……ふう。結構やるな、あの人」

 

 汗を拭いながら、遊矢は顔を上げた。

 《スクラップ・ドラゴン》 。

 破壊を前提に立つ、圧倒的な存在感。

 盤面だけを見れば、どう考えても不利。

 だからこそ――エンタメにはうってつけだ。

 視線を伏せる。

 鍵は三つ。二つは既に手の中に。最後の一つは――ついさっきの、“これ”だ。

 

 破壊を振り回す竜なら――

 破壊されてこそ完成する役者を、ぶつけるまでだ。

 

 次の瞬間、遊矢は顔を上げた。

 その目に、迷いはなかった。

 

「――レディース、エーンド、ジェントルメーン!」

 

 遊矢は両手を目一杯広げ、対戦相手、そして観客席に振り返った。

 お決まりの口上。しかしそのあまりの唐突さに、観客席が静まり返る。

 

「本日のメインイベント、スペシャルデュエルレースも、ついにクライマックスを迎えます!

 希代のエンタメ決闘者、榊遊矢のラストランをご照覧あれ!」

「……どうしたんだ、あいつ」

「追い詰められて自棄になったか?」

 

 遊矢の調子とは裏腹に、観客席がざわめき始める。

 今の遊矢は正しく“笑われるもの”だ。どうせ負けるなら派手に。そんな開き直りにすら思える。

 

「それでは――参りましょうか。私のターン!」

 

 ――そして、ラストランが開始した。

 

「ヒッポ! Are you Ready?」

「ヒポォ!!」

 

 ディスカバーヒッポは小さく跳ね、短い足で構えを取る。

 その姿は愛嬌に満ちているが、そこに迷いはない。

 

「OK! 合図を切るのはこちら! 《EM(エンタメイト)ライフ・ソードマン》!」

 小柄な剣士が現れる。その手には、緑色に輝く光の剣。

「カウントスタート! スリー!」

 

 ――ザンッ。

 光の剣が大地を刺した。

 

「ツー!」

 

 ――バシュンッ。

 突如、剣士の姿が光となって弾け飛んだ。

 やがて、それらは一体に収束する。

 

「ワン!」

 それは生命の色、大地の息吹。

 力を纏ったディスカバーヒッポが、フィールドを踏み鳴らす。

「ゼロ! GO、ヒッポ!」

「ヒポォォ!!」

 

 口火を切る。

 ヒッポが疾走する。

 目標は――あの、破壊の化身。

 対戦相手は、先ほどと同じようにカードを探そうとして――足を、止めた。

 当然だ。その必要がない。

 

「遊矢……!」

「おいおい、ほんとに負けるつもりかよ!」

 

 ごもっとも。

 これは勇気ではない。勝ち筋のない特攻を勇気とは言わない。

 ただの、自棄だ。

 

「アクション魔法、《オーバーラン》を発動!」

 

 遊矢はデュエルディスクへ、勢いよくカードをセットした。

「そのカードは……だが、そのモンスターの攻撃力では――」

「さあ、どうでしょう。結果は見てのお楽しみ!」

「はぁ?」

 

 疑問符。

 なんにせよ、突進は止まらない。

 あまりにも滑稽。無謀にもディスカバーヒッポは、破壊竜へと突撃し――

 

「なんだ?」

 

 竜が脈動する。歯車は高速で回転し始め、排気口からは蒸気が吹き荒れる。

 

「ヒポ――ッ!」

 

 弾丸の如く。

 竜の中心。核と思わしき場所へ、ディスカバーヒッポが侵入する。

 スクラップドラゴンが咆哮する。

 軋む金属とともに、その巨体が無秩序にうねった。

 

「……なんだ、これは。何が起きている……!?」

 

 ――明らかな異常。

 対戦相手は、ようやく、状況を把握しようとした。

 

「何事にも、お約束ってのがあるもんだ」

 

 直後。

 爆発音が、フィールドを飲み込んだ。

 観客席まで巻き込む閃光。

 視界は、一瞬で真っ白になった。

 ――やがて、光が引く。

 そこに残っていたのは、破裂寸前にまで膨らんだ紫色の風船――《EM(エンタメイト)バリアバルーンバク》

 そして、その内側で身をすくめる遊矢の姿。

 

「……いてて」

 

 場違いな一言が、静寂に落ちた。

 

 

 ◆

 

「ありがとうございました!」

 

 遊矢は上機嫌に、対戦相手の元へ駆け寄った。

 男は何も言わない。

 その様子を見て、少し離れた場所に立っていたヴァルターが、肩をすくめる。

 

「……やれやれ。呼んでいるぞ。行ってきたまえ」

 

 男は一度だけ小さく頷き、遊矢の前へ歩み寄った。

 

「改めて、ありがとうございました。貴方のお陰で、いいエンタメデュエルができました」

 

 遊矢はそう言って、まっすぐに手を差し出す。

 男は一瞬だけ、その手を見つめ――

 そして、疲れたように微笑んだ。

 

「……ああ。そうだと、私も嬉しいよ」

 

 優しい瞳。

 だが、どこか決定的に、噛み合わない。

 差し出された遊矢の手は、いまだ宙を彷徨っている。

 

「……君のデュエルは、きっと多くの人を笑顔にする」

 

 静かな声だった。

 

「君は、それでいい」

 

 一拍。

 

「――私は、これで十分だ」

 

 男はそれだけ言い残すと、もう振り返ることなく、ヴァルターの元へと戻っていった。

 遊矢の手は、最後まで相手を見つけることなく、空を掴んだままだった。

 

「遊矢ー!」

 

 自分を呼ぶ声に、はっとして顔を上げる。

 柚子が手を振りながら、こちらへ駆け寄ってくる。

 その後ろで、権現坂が誇らしげに胸を張っていた。

 彼女たちに応えながら、遊矢は最後にもう一度、先ほどまで対峙していた決闘者の方を見た。

 ――だが、もういない。

 いつの間にか、デュエルフィールドから、その姿は消えていた。

 




※ラストターンの勝ち筋は、アクション魔法による効果ダメージです。
ヒッポを強化した上で自爆特攻し、《EMバリアバルーンバク》でダメージを無効化。
破壊された瞬間の攻撃力を、そのまま勝利条件にしました。

「エンタメデュエル成功」とは何か。
アクションデュエルだからこそできる勝ち方、という視点で構成しています。
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