遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
「しっかし……改めて見ると、LDSってほんとにデカイよな」
会場周辺を歩きながら、遊矢は一人呟く。
舞網市の中心に、天を衝かんばかりにそびえるタワー。川沿いにポツンと建つ遊勝塾とは雲泥の差だ。ここまで圧倒的だと、張り合う気さえ起きない。
「塾長、よくこんなのと張り合う気になるよなあ」
やがて、一際開いた場所に辿り着く。
特大の入門ゲート。
ざっと見渡すと、パレードでもできそうなくらいにだだっ広い。
いや――遠い将来、本当にそうしてみせる。
希代のエンタメ決闘者、榊遊勝。
姿を消した父に次いで、いつかは俺も――
――“私は、これで十分だ”
唐突に。
遊矢の脳裏に、その一言が蘇った。
「そういえば」
あれは、どういう意味だったのか。
昼間のデュエル。
見知らぬ相手との即興だったが、確かに手応えはあった。観客も盛り上がってたし、エンタメデュエルとして成功だったと思う。
――“私は”
なのに……その一言が、胸をつっかえている。
こんな場所で、夢を追い続けることもできるのに。
それなのに――
――“十分だ”
これで、十分?
何が十分だったんだろう。
これで、とはどういう意味だったんだろう――
「これはこれは」
思わず、息を呑んだ。
返事をするより早く、喉がひくりと鳴る。
背後に気配がある。そう分かっているのに、すぐには振り向けなかった。
ぞわり、と。
背筋に寒気が走る。全身が泡立つ。
理由も分からないのに、胸の奥がざわついた。
「榊遊矢くん、だったね。こんな夜更けに、一体何をしているのかな?」
――その顔には、見覚えがあった。
開会式での主催者席。
確か名前は……アウグスト・ヴァルター。
「昼間の彼、とてもいい顔をしていたね」
にこり、と人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。
それを――まるで能面だ、と遊矢は感じた。
「いい顔……ですか」
その異様な雰囲気に、遊矢はつい、警戒の色を滲ませながら訪ねる。
ヴァルターはそれを気にした様子もなく、笑顔のまま続けた。
「ええ、本当に。彼らの活きた顔を見たのは、久しぶりでした」
その言葉に、遊矢は違和感を覚えた。
――彼ら?
デュエルをしたのは一人のはずだ。
なのに……“彼ら”?
「あのデュエルは本当に素晴らしいものでした」
――コツン。
革靴の乾いた音が、嫌に響く。
「貴方のデュエルは次元を飛び越え、世界を変える。そう確信できるほどにね」
――コツン。
足音が、少しずつ、確実に大きくなっていく。
――何か、まずい。
警鐘が鳴る。一歩下がるべきだと分かっているのに、足が出ない。
「そこで一つ、提案がある。どうかな、榊遊矢くん。私と――」
「――そこまでにしてもらおうか」
暗闇の中からもう一つ、影が姿を現す。
首元のマフラーと赤い眼鏡は、まるでその男の表情を隠しているかのようだった。
「赤馬……零児。なんで、あんたがここに」
「おや、赤馬社長ではありませんか。こんな夜更けにパトロールとは、随分と仕事熱心な様子で」
「ええ。何しろ近頃は物騒なものですから。
この舞網デュエルフェスは、毎年我々が開催している恒例行事。万が一のことがあっては、今後のLDSに支障が出ますので」
「ほう……万が一、とは?」
「――全く。厚顔無恥もここまでくると清々しい」
零児はわざとらしく溜息をついた後、手元のデュエルディスクを操作する。
ほどなくして、空中に一枚の資料が表示された。
一見するとただの履歴書だが、よく見ると所々に赤いペンの修正痕がある。
それも、一つや二つではない。
乱雑なメモ書きの跡が、その男の異常さを物語っていた。
「これは、我々LDSが独自に調査した記録だ。
アウグスト・ヴァルター。
リアルソリッドビジョンシステム、シンクロ部門技術長。
舞網デュエルフェスティバルの外部顧問。
そして――シンクロ次元由来の決闘者として、監視すべき人物だと」
「え……?」
聞き慣れない単語に、遊矢は零児の方を見る。
しかし零児は、ヴァルターから視線を外さない。
「……ほう。流石はLDSの若き社長、と言うべきか」
クク、と。
心底可笑しいとでもいうように、男は肩を揺らす。
「では、改めて自己紹介をしておこう。
私はアウグスト・ヴァルター。リアルソリッドビジョンシステム、シンクロ部門技術長。
そして――シンクロ次元、治安維持局副長官だ」
「――やはり」
零児の視線が一層鋭くなる。
詳しい事情は分からない。何を言っているのかも分からない。
それでも――その視線だけは、はっきりとした拒絶を示していた。
「早とちりはよくないな、赤馬零児。私は君達の敵ではない」
「この期に及んで誤魔化せると思っているのか」
「いいや、真実だとも。私に敵対の意思はない。
私はただ、勧誘に来ただけだ。そう――彼にね」
ヴァルターの視線が遊矢に向けられる。
「彼とも話していたことだがね。先のデュエルは、本当に素晴らしいものだった。
君のデュエルは――次元が違う」
零児の視線が、わずかに細まる。
「だからこそ。
才能は――適切に配置されるべきだ」
柔和な笑みが、遊矢に向けられた。
「どうかね榊遊矢。私の元に来れば、その才能を更に伸ばすことを約束しよう。
君なら間違いなく、彼らよりも上の役割に就けるだろう」
「え……彼ら? 役割って……」
「役割は役割だとも。
我々は何よりも、“強さ”を評価の基準にしていてね。
強者は頂点に立ち、弱者を管理する。
弱者はそのために、身を粉にして働く。
――完全服従、と言うヤツだ」
「完全……服従……? それじゃあ、あの人は――」
――“私は、これで十分だ”
あの言葉の意味は。去り際に見せたあの笑顔は。
俺とのデュエルに満足したのではなく。
自分の未来を、全てを、諦めた――
胸の奥で、何かがひび割れる音がした。
「彼は救われていたよ。君とのデュエルで、役割を全うできたのだからね」
胸の奥に、どろりとしたものが溜まっていく。
言葉にできない。形にもならない。
ただ、息が詰まるほどに、不快だった。
――違う。
そう思ったのに、何が違うのかが分からない。
「役割……全う……?」
声が、やけに低く掠れていた。
「……そんなの」
言葉が、続かない。
胸の内側を引っ掻く感情だけが、先に暴れ出す。
「……そんなの、違うだろ……!」
零児は一度視線を落とし、眼鏡を直してから口を開いた。
「前者はともかく、後者はいかがなものか。
服従は諦観を誘い、思考を奪う。その先にあるのは“停滞”だ」
「逆だ」
男は即座に言い切った。
「足を止めるからこそ、役割に専念できる。管理とはそういうものだ。
デュエルとは、管理する者とされる者――強者と弱者を線引きする、ただの儀式なのだよ」
「違うッ!」
言葉は、反射だった。
「そんなの、デュエルじゃない!」
理由は不明だ。
ただ、胸の奥の譲れない何かが。
男の言葉を、どうしようもなく拒絶していた。
「おかしなことを言う。君は既に、その儀式を完遂したというのに。
――あの男を、笑顔で切り捨ててね」
「黙れ」
声が、やけに低く響いた。
自分でも驚くほど、感情が削ぎ落とされている。
怒りなのか、後悔なのか。
そんなことを考える余裕はなかった。
ただ――この場で、止めなければならない。
そうでなければ、前に進めない気がした。
「ヴァルター。俺とデュエルしろ」
考える前に、口が動いていた。
「私とデュエル……ですか。
いいでしょう。それでは儀式を始めましょうか。私と君、どちらが管理される存在か。この一戦に委ねましょう」
「「
◆
「私の先行。
私は《サイコ・プロセッサー》を召喚」
ヴァルターの傍にモンスターが出現した。
光るコンセント穴を目にした、四角い機械が配電盤に載っている。
「さらに魔法カード《緊急テレポート》を発動。
デッキからレベル3以下のサイキック族モンスターを特殊召喚する!
いでよ、《クレボンス》!」
続けて現れたのは小型のサイキック族
記号の目を映すバイザーを持ち、電子の◇の球を操るモンスター。
「レベル3の《サイコ・プロセッサー》に、レベル2の《クレボンス》をチューニング!」
チューナーは砕け、レベルと同数の光へと姿を変える。
それらが輪を描き、中心に非チューナーを包み込んだ。
光が一斉に差し込み、視界は白に塗り潰される。
「心の深淵に沈殿した負の感情よ。無秩序を燃料に、最適解へと昇華せよ!
――シンクロ召喚!
現れろ、《マジカル・アンドロイド》!」
次の瞬間、眩光を突き破ってモンスターが姿を現した。
柔らかな光をまとった、女性の輪郭を持つ人型アンドロイド。
「カードを一枚セット。
そしてこのターンの終了時、《マジカル・アンドロイド》の効果発動。自分の場のサイキック族一体につき、私のライフを600回復する」
ヴァルター
LP:4000 → 4600
「ターンエンド。さあ、どうする榊遊矢」
ヴァルターは両手を広げ、余裕たっぷりに挑発する。
「どうもこうもない。ライフが回復したのなら……それ以上の力で圧し潰す!
俺のターン!」
遊矢は六枚の中から、即座に二枚を選び取る。
「俺はスケール1の《竜脈の魔術師》と、スケール8の《竜穴の魔術師》で、ペンデュラムスケールをセッティング!」
二体の魔術師。
未熟ながらも力に満ちた《竜脈の魔術師》、
完成された技を秘める《竜穴の魔術師》が、静かに呼応する。
「これでレベル2から7のモンスターが、同時に召喚可能!」
二つのスケールが共鳴し、フィールドに光の振り子が描かれる。
振り子が大きく揺れ、次元の扉が開いた。
「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!
――ペンデュラム召喚!
現れろ、俺のモンスター達!」
光の奔流と共に、モンスターたちが一斉に舞い降りる。
「《
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」
片や、炎のたてがみを揺らす小さなライオン。
片や、異色の双眸を持つ龍。
異なる鼓動を持つ二体が、同時にフィールドへ降り立った。
「バトルだ!
行け、オッドアイズ! 《マジカル・アンドロイド》に攻撃!
――“螺旋のストライク・バースト”!」
オッドアイズが瞳を光らせ、喉奥に炎を宿す。
次の瞬間、主に呼応するかのように、螺旋の炎が迸った。
ヴァルター
LP4600 → 4400
「オッドアイズの効果により、お前に与える戦闘ダメージは二倍になる!
さらに、ファイア・マフライオの効果発動!
オッドアイズの攻撃力を200上げ、二度目の攻撃を可能にする!」
炎のマフラーを翻し、ファイアマフライオが吠えた。
たてがみの炎が一段と強く燃え上がり、その熱がオッドアイズへと叩きつけられる。
「やれ、オッドアイズ! ダイレクトアタックだ!」
その咆哮は、怒りそのものだった。
熱線が奔る。
遊矢の感情を代弁するかのように、炎がフィールドを震わせる。
「流石の破壊力……だが、詰めが甘かったな」
「何っ……!」
煙の向こうで、ヴァルターは涼し気に立っていた。
隣に控えていたのは――先ほど素材にされた《クレボンス》と、一枚の罠カード。
「ダイレクトアタックの直前、私はこのカードを発動していた。
罠カード《戦線復帰》。
墓地からモンスターを一体、守備表示で特殊召喚する。
そして《クレボンス》は、ライフを800払うことで相手モンスターの攻撃を無効にする。
君の攻撃は私に通らなかった、ということだ」
ヴァルター
LP:4400 → 3600
「っ……だが、《クレボンス》の守備力はわずか400。
オッドアイズに続け、ファイア・マフライオ!」
ヴァルター
LP:3600 → 2800
ファイアマフライオが炎を放つ。
その瞬間、バイザーの表示が静かに変わる。電子の箱が束ねられ、空間に幾何学的な障壁が展開された。
炎が停止する。衝撃も爆発もない。
クレボンスは一歩も動かず、ただジャグリングを続けている。
「……ターンエンドだ」
「私のターン。
私は《眩月龍セレグレア》を召喚!」
純白の龍がヴァルターの元に舞い降りる。
鱗はさながら月光の如く、どこまでも澄んだ輝きを放っていた。
「セレグレアは攻撃力を1500に下げることで、リリース無しで召喚できる。
さらに私は、レベル6の《眩月龍セレグレア》に、レベル2の《クレボンス》をチューニング!」
クレボンスが光に変換される。
月光の龍もまた、その身を輝きへと変え――
「心の闇に沈殿した怨嗟よ。逃げ場なき閉塞となり、存在を縛る鎖と化せ!
――シンクロ召喚。
現れろ、《メンタルスフィア・デーモン》! 」
――現れたのは、漆黒。
胸部には肋骨を思わせる白い骨格。黒い肉体を、内側から無理矢理支えているのがはっきりと見てとれた。
背中には巨大な翼を備え、雷光を纏うその姿は。
どう見ても――「悪魔」と呼ぶに相応しいものだった。
「攻撃力、2700……!」
「バトル。
《メンタルスフィア・デーモン》で、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を攻撃」
悪魔の雷光が、一直線に龍を貫く。
龍は苦し気に雄叫びを上げながら、爆発と共に消滅した。
遊矢
LP:4000 → 3800
「くっ……!」
「《メンタルスフィア・デーモン》の効果発動。
戦闘で相手モンスターを破壊し、墓地へ送った時、その攻撃力分、ライフを回復する。
……おっと、違いましたね。
君のドラゴンはペンデュラムモンスター。フィールドで破壊された場合、墓地へは行かずEXデッキへ行く。
勉強不足をお許しください、若きエンタメ決闘者よ。
カードを一枚セットし、ターンエンド」
「どこまでも馬鹿にして……目に物見せてやる! 俺のターン!」
再び、遊矢は手をかざす。
二つのスケールが振れ、光の扉が開く。
「俺は、セッティング済みのスケールでペンデュラム召喚!
現れろ! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」
光の奔流を裂いて、あの異形の竜が再び姿を現す。
その瞳には、敗北では決して折れない闘志を宿していた。
「さらに魔法カード、《アームズ・ホール》を発動!
デッキの上からカードを一枚墓地に送り、その後、デッキから装備魔法を手札に加える!」
遊矢は一枚のカードを選択し、発動する。
「装備魔法、《月鏡の盾》をオッドアイズに装備!」
その瞬間、オッドアイズの背後に月を映す鏡が出現した。
鱗の一枚一枚に光が染み渡り、ドラゴンの全身を巡る魔力が一段、深く脈打つ。
「これによりオッドアイズは、バトルする相手モンスターの攻撃力を100上回る!
バトルだ!
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で、《メンタルスフィア・デーモン》を攻撃!
――“ストライク・ムーン・バースト”!」
次の瞬間、オッドアイズの喉奥が白く輝いた。
ブレスが放たれる。
月光の奔流がデーモンを飲み込み、その存在を撃ち抜いた。
ヴァルター
LP:2800 → 2600
「……ほう」
「まだだ! ファイア・マフライオの効果発動!」
再度、獅子が咆哮する。
――連続攻撃の付与。強力ではあるが、直線的すぎる。
ヴァルターは、直前に伏せておいたカードを発動させた。
「罠発動、《強化蘇生》。
墓地からレベル4以下のモンスターを一体特殊召喚します。
私は再び、《クレボンス》を特殊召喚!」
空間にわずかなノイズが走る。
そこから、電子の◇が一つ、また一つと滲み出し、静かに積み上がっていく。
――《クレボンス》 。
そいつは、まるで何事もなかったかのように、ジャグリングを続けていた。
「っ……また、お前か……!」
「《クレボンス》の効果は――言うまでもありませんね? さあ、どうします、榊遊矢」
「当然、バトル続行! やれ、オッドアイズ!」
ヴァルター
LP:2600 → 1800
月光と炎。二つの力を合わせたブレスが、クレボンスを破壊すべく迸る。
だが、届かない。
月光の炎は先ほどと同じように、幾何学的な障壁に阻まれた。
「俺はこれで、ターンエンド!」
「私のターン」
カードを引いた瞬間、ヴァルターの動きが一瞬だけ止まる。
視線だけがカードへと落ち……ほんの一拍遅れて、口元がわずかに緩んだ。
「――来たか」
それは喜びではなく、確認だった。
「私は魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動。
手札のモンスターを墓地に送り、デッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する。
現れろ、《サイキック・リフレクター》!」
重装甲に身を包んだ人型サイキック。
顔の輪郭は鎧の奥に沈み、意思の光だけが淡く灯っている。
「《サイキック・リフレクター》の効果により、デッキから《バスター・ビースト》を手札に加えます。
さらに《バスター・ビースト》の効果発動。
このカードを墓地に送り、デッキから《バスター・モード》を手札に。
そして《サイキック・リフレクター》、第二の効果!
手札の《バスター・モード》を見せることで、墓地から《バスター・ビースト》を特殊召喚!」
白い体毛に覆われた獣戦士。
その目に理性はなく、振り回されるフレイルだけが敵意を語っている。
「この効果で特殊召喚された《バスター・ビースト》は、レベルを任意に上げることができる。
私は《バスター・ビースト》のレベルを7にする」
レベルの調整。
それは即ち、予備動作。
「レベル7の《バスター・ビースト》に、レベル1の《サイキック・リフレクター》をチューニング!」
サイキック・リフレクターは、抵抗もなく光へと分解された。
バスター・ビーストもまた、命令通りに光を描く。
そこに、意志はない。
「交差せよ、精神と精神。その結節点に、悪魔は顕現する。
――シンクロ召喚。
現れろ、《メンタルクロス・デーモン》!」
黒い雷光と共に現れたのは、悪魔の形をした“構造体”だった。
骨格は白と金で形作られているが、肋骨の配置は人体のそれとは一致しない。
それは、先ほどの悪魔とは決定的に異なっていた。
「攻撃力2500……だが、オッドアイズの攻撃力も2500。
そしてペンデュラムモンスターは、破壊されても次のターンにもう一度召喚できる!」
「それは百も承知です。
ですので――ここらで一つ、奥の手をお見せしましょう。
《強化蘇生》によって召喚されたクレボンスは、レベルが1上昇する。
私はレベル8の《メンタルクロス・デーモン》に、レベル3となった《クレボンス》をチューニング!」
クレボンスは、再び光に変換された。
ただ、そう使われる存在であるかのように。
「終焉の時は今。その罪を正し、最後にして最高の罰を与えよ!
――シンクロ召喚!
現れよ、調律の裁定者! 《サイコ・エンド・パニッシャー》!」
緑色の稲妻が、空間を裂くように走った。
雷光の中心から、巨大な影が姿を現す。
既存の生物の設計から外れたそれは、視線を向けるたびに形を変え、目が追いつかない。
胸部。
そこに埋め込まれた紫色の光が、静かに脈打っていた。
心臓ではない。
裁定を下すための“核”だ。
「《ドット・スケーパー》の効果発動。
墓地に送られた時、デュエル中に一度だけ、私の場に特殊召喚できる。
そして、《サイコ・エンド・パニッシャー》の効果発動!
ライフとモンスターをコストに、君のカードを除外する!
歪な進化の産物よ、次元の彼方へ失せるがいい!」
ヴァルター
LP:1800 → 800
ライフ。
そして、出現したはずのドット・スケーパーが瞬く間に姿を消した。
次の瞬間、裁定者の胸部に紫の光が灯る。
――紫電が一閃した。
「オッドアイズ……!」
貫かれた龍の姿。
だが、先ほどとは違う。
破壊ではなく、断絶。
相棒たる龍は、遊矢の手が届かない――遥か彼方へと弾き飛ばされた。
「そして……モンスターが消滅したことで、《月鏡の盾》も同様に破壊される」
亀裂が走る。
龍を守護する月光は途切れ、鎮座していた鏡は、ガラスのように砕け散った。
遊矢
LP:3800 → 3300
《月鏡の盾》はフィールドから墓地へ送られると、代償と引き換えにデッキへ戻る。
月光は途切れた。その光が、再び遊矢を照らすことはない。
「バトル!
この瞬間、《サイコ・エンド・パニッシャー》の効果発動!
自分と相手のライフの差分、攻撃力をアップする!」
ライフポイントの差――2500。
圧倒的な上昇値に、電子音が鳴り響く。
「攻撃力……6000!?
まさか……ライフを払い続けたのは、全部この時のため……!?」
「左様。私にとってライフとはコスト。結果を得るための経費なのだよ。
さあ――裁定の時だ。
《サイコ・エンド・パニッシャー》で、ファイア・マフライオを攻撃!」
裁定者が、ゆっくりと腕を振り上げる。
緑の稲妻が収束し、巨大な影が遊矢に落ちてくる。
「っ……!
手札から《
このカードを捨てて、お互いの戦闘ダメージを0にする!」
ゴムのような光沢を帯びた風船の獣が、弾むようにフィールドへ飛び出す。
同時に、ファイア・マフライオが一歩前に出る。
主を守るためだけに。
――衝突。
緑の雷光が、全てを飲み込む。
次の瞬間、二体のモンスターは跡形もなく消滅した。
「ぐっ……――!」
衝撃が、遅れて遊矢を襲う。
身体が宙を舞い、背中から叩きつけられた。
息が詰まる。視界が白く弾ける。
「かろうじて凌いだか。だが、勝敗は既に決した」
《サイコ・エンド・パニッシャー》は、微動だにしない。
ヴァルターは淡々と告げる。
《サイコ・エンド・パニッシャー》は、自分のライフが相手より低い限り、効果による破壊も、無効化も、対象指定も受けない。
そして――その攻撃力は、バトルフェイズの度に増大していく。
次の攻撃は、今以上の力で、確実に振り下ろされる。
「……まだだ」
遊矢は、ゆっくりと立ち上がった。
膝が震える。
呼吸が乱れる。
それでも、視線だけは逸らさない。
――違う。
こんな終わり方を、俺は望んでいない。
「……俺が目指すのは、最後の最後で、心の底から笑い合えるデュエルだ。
だから――あんな終わり方で、終わらせはしない」
遊矢はデッキに手を伸ばす。
脳裏に浮かんだのは――疲れたように笑うあの顔。
今なら分かる。
あれは、本当の笑顔じゃなかった。
俺が望んだ決着じゃなかった。
だからこそ、道標になる。
――二度と、ああいう終わりを選ばないための。
「……行くぞ」
遊矢の目に光が灯る。
それは怒りではなく決意。明日を目指す覚悟の眼だ。
「俺の……ターン!」
――違和感。
指先から伝わる感触が、いつもと違う。
そこに描かれていたのは、無だった。
一面の白。
それは、なにも存在しない絶望でもあり。
無限の可能性という希望でもあった。
「……?」
カードが淡く、光を放つ。
その白紙に、まるで答えを書くかのように――音叉を手にした小さな魔術師が描き出された。
「――そうか」
本能が理解する。
これは偶然じゃない。与えられた力でもない。
“次”の一歩を踏み出すための、小さな勇気。
間違えるかもしれない。
それでも――自分で選ぶための、拒否の意思だ。
「俺は……お前に従わない!
今一度揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!」
止まっていた振り子が、再び動き出す。
最初は小さく。次第に大きく。勇気の分だけ、振り子は大きく揺れ動く。
虹色に輝く振り子の軌跡が、天空にゲートを描く。
「――ペンデュラム召喚!
一緒に行くぞ、《調弦の魔術師》!」
光の中から、小さな魔術師が姿を現す。
軽やかな衣装に身を包んだ少女は、音叉を手に、楽しげに笑っていた。
その笑顔は、絶望を前にしても揺らがない。
音叉が鳴る。
澄んだ音色が、止まっていた振り子を、再び動かしていく。
「ふむ……随分と、可愛らしい切札だ」
ヴァルターは、その光景を見て肩を竦めた。
ペンデュラム召喚――その特異性は、彼とて理解している。
だが――呼び出したのがあの程度ならば、話は別だ。
「《調弦の魔術師》の効果!
ペンデュラム召喚に呼応して、デッキから《魔術師》モンスターを一体、特殊召喚する!
現れろ、《慧眼の魔術師》!」
仮面で顔を覆った魔術師が、調弦の隣に現れる。
仮面の上部には、目を思わせる意匠。
黒とも赤紫ともつかないローブを纏い、杖の先で鎖に繋がれた鈍器が静かに揺れていた。
「なるほど……だが、それだけかね」
「ここからだ――俺のデュエルは」
遊矢は空に手をかざす。
それはまさしく、“調律”の合図だった。
「俺は、レベル4の《慧眼の魔術師》に、レベル4の《調弦の魔術師》をチューニング!」
音叉が共鳴する。
次の瞬間、《調弦の魔術師》は四つの光へと砕けた。
光は《慧眼の魔術師》の周囲に集い、静かに輪を描く。
「剛毅の光を放つ勇者の剣! 今ここに、閃光と共に目覚めよ!
――シンクロ召喚!」
輪の中心から、光の柱が一直線に天へと立ち上った。
「現れろ、《
光が収束する。
そこに立っていたのは、白銀の鎧を纏う双剣の騎士。
派手さはない。
だが、その場に立つだけで、空気が一段引き締まる。
剣を構える必要すらない。
迷いのない覚悟だけが、相手を退かせる“威”となって、そこにあった。
――それが、覚醒の魔導剣士だった。
「これは……」
赤馬零児は、その光景に息を呑んだ。
敵の戦術を暴き、切札を引きずり出した。
ならば、あとは如何様にもできる――そう考えていた。
だが――それでもなお、前に出た。
窮地に追い詰められてなお、行動を止めない。
それは、赤馬零児が何より求めている資質だった。
「《
シンクロ召喚に成功した時、墓地の魔法カードを一枚、手札に戻す!
俺が選ぶのは――《アームズ・ホール》!」
その名を聞いた途端、空気が変わった。
「……そのカードは」
「そう。これで――あのカードが、もう一度使える」
遊矢は、剣士のもとへカードを掲げる。
「装備魔法、発動! 《月鏡の盾》!」
二振りの鋼の刃。
その一刀が、月を映す盾に姿を変える。
「《
「何ッ――!」
――ヴァルターの視線が、一瞬だけライフ表示に走る。
……足りない。
その事実を悟った刹那、男の表情が歪んだ。
「バトルだ!
未来を切り開け、《
月鏡の盾が、剣身に重なる。
逃げ場のない計算が、ついに結果へと変わった。
閃光が、世界を断ち切る。
《サイコ・エンド・パニッシャー》は、完全な沈黙と共に、砕け散った。
ヴァルター
LP:800 → 0
◆
――警告音。
ヴァルターのライフポイントが電子音と共に減少し、最後に0を示した。
両断された巨大な影は光を失い、瓦礫となって崩壊していく。
「……なるほど」
崩れゆく光景を見つめながら、ヴァルターは一度だけ、目を細めた。
それは落胆でも怒りでもない。
ただ――想定に存在しなかった“結果”を、記憶に刻みつけるための仕草だった。
「私は“正しさ”を積み上げてきた。
だが……君は、それを選ばなかったらしい」
瓦礫の雨の中、ヴァルターはデュエルディスクを操作する。
「理解はできない。それでも……私を破ったことは事実。
……見事だった」
「待っ――」
遊矢の静止を待たず、男はその場から消失した。
残ったものは静寂のみ。
「次元転送機能を作動したか……相変わらず、抜け目のない男だ。
榊遊矢。疑問は山ほどあるだろうが、今は休息を推奨する。今、君が倒したあの男は――」
――ドサリ。
零児が最後まで言い終わる前に、遊矢はその場に崩れ落ちた。
まるで電池切れでも起こしたかのように、少年は静かに寝息を立てている。
「……やれやれ。まったく、世話の焼けるエンタメ決闘者だ」
その表情は、どこか穏やかだった。
◆
まぶたの裏に、ぼんやりとした光が滲んだ。
遠くで、機械の低い駆動音が聞こえる気がする。
――生きている。
その実感が、遅れて胸に落ちてきた。
遊矢はゆっくりと目を開く。
見慣れた天井。消毒液の匂い。
そして――ベッド脇の椅子に、突っ伏すようにして眠る少女の姿。
柚子だった。
規則正しい寝息。少し乱れた髪。
その存在を視界に捉えた瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張が、音を立ててほどけていく。
……戻ってきたんだ。
その事実よりも先に、彼女の存在が、息を楽にしてくれた。
同時に、脳裏に不意の閃光が走った。
鋼の刃。月を映す盾。
巨大な影が崩れ落ち、瓦礫となって消えていく光景。
――強者。
――次元。
――零児の声。
断片的な記憶が、まだ熱を帯びたまま浮かんでは沈む。
身体を動かそうとすると、全身が軋み、思わず顔をしかめた。
それでも。
あのデュエルが、夢ではなかったことだけは確かだった。
遊矢はベッドに手をつき、ゆっくりと上体を起こす。
小さな動きに、シーツが擦れる音がした。
この場所が、守られるべき日常であること。
そして――それを脅かすものが、確かに存在すること。
胸の奥に、静かな決意が灯る。
もう、目を逸らさない。
逃げない。
自分が笑顔を届けるべき舞台が、どこであろうと。
「……遊矢?」
「おはよう、柚子」
寝起きの彼女に向けたその声は、新たな始まりを告げる、最初の一歩だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本話をもって、スタンダード次元編は一区切りとなります。
遊矢にとっての「始まり」を、最後は柚子との場面で締めたいと思い、この形にしました。
物語はこの先、舞台を移して続いていく予定です。
次回以降もお付き合いいただければ幸いです。