遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
知らない戦場へ
――かくして、舞網デュエルフェスティバルは幕を下ろした。
最優秀賞は、やはりと言うべきか、『レオ・デュエル・スクール』
優秀な決闘者を数多く輩出しているだけあり、層が厚い。
対して遊勝塾は……上位ではあったものの、トップ10入りはならず。
どれだけ好成績を修めても、塾生がたった二人では、稼げるポイントも知れていた。
――だが、ここで終わりではなかった。
フェスの余韻が冷める前、遊矢のデュエルディスクが光を放った。
表示されたのは、赤馬零児の呼び出し。
――“遊勝塾所属、榊遊矢殿”
◆
「……ここ、だよな」
LDS本社、とある一室。
遊矢は、メールに記された内容を念入りに確認しながら、その扉に辿り着いた。
「……赤馬、零児」
差出人の名前を静かに呟く。
デュエルフェスでの
見覚えのなかったあの決闘者。
外部顧問、アウグスト・ヴァルター。
あの夜のデュエル。
そして……今。
――胸騒ぎが止まらない。
今思い返せば、不自然な点はいくつもあって……それらは全て、一つに繋がっている気がした。
……答えは、この扉の先にある。
ここが最後の地点。
この先に進めば、もう後戻りはできない。
「……悩んでても仕方ない、よな」
不安を振り払うように、遊矢はドアノブに手をかけた。
「……遊矢?」
「――――え?」
最初に出迎えたのは、聞き慣れた少女の声だった。
柊柚子。
隣にいるのは、同じく見慣れた男――権現坂昇。
遊矢は、思わず息を吐いた。
見知った顔がそこにあるだけで、張り詰めていた胸がわずかに緩む。
「柚子に権現坂……二人共、なんでこんなところに?」
「それは……これよ」
柚子はデュエルディスクの画面を遊矢に見せた。
内容は、遊矢に送られた物と全く同じ。
赤馬零児からの招待状であった。
「LDSの社長からの突然の呼び出し。その様子だと、もしかして遊矢も?」
「あ……ああ」
遊矢も同じように、自分に送られたメールを柚子に見せた。
三人分の画面に並ぶ、同じ文面。
偶然にしては出来すぎている。
「デュエルフェスで優秀な成績を修めたから、とか?」
「ううん、多分違うと思う。だって、ほら」
柚子は一人の決闘者を指差した。
その時、遊矢は気づいた。
この部屋にいるのは、自分たちだけではない。
「――ああん?」
あからさまに不機嫌な声。
しかし、見覚えはある。
あの特徴的な金髪は……確か――
「さ、わ、た、り、だ! 沢渡シンゴ!
いずれ舞網市の市長になる男! 忘れてんじゃねえよったく……」
「いや、忘れてないって。久しぶりだな、沢渡。
でも、なんでお前もここにいるんだ?」
「さあな。俺も社長に呼ばれたんだよ。
ま、理由なら大体察しがつくけどな」
沢渡はフロア全体を見渡した。
「この俺、沢渡シンゴに榊遊矢。そして……あいつ」
沢渡の視線を追う。
騒がしい沢渡とは対照的に、その決闘者は静かに佇んでいた。
笑みを浮かべてはいるが、どこか距離がある。
確か、柚子とデュエルしたエンタメ決闘者……
「デニス・マックフィールド。LDS出身の留学生。今回のフェスでも結構な成績を残したとか。
要するに、ここにいるのは全員腕利きの決闘者。フェスの直後ってことも考えると……大方、LDSの特別な企画でもやるんじゃねーか?」
「貴方は違うでしょ」
「違わねーよ、俺だって活躍したっつーの!
何ならここで証明してやっても――」
その時だった。
沢渡の背後から、空気が一段冷えたような感覚が走る。
「――退け」
「ああ!?」
冷たい一言に、沢渡は怒りながら振り返る。
そこにいたのは、黒いコートに身を包んだ青年だった。
鋭い視線が場を貫く。
理由も分からないまま、背筋がわずかに強張る。
敵意とも警戒ともつかない、重たい圧。
やがて青年は視線を逸らし、沢渡には目もくれず横を通り過ぎた。
柚子の方を一瞬だけ確認した後、遊矢の前で足を止める。
「――成程な。確かに似ている。
だが、それだけだ」
「?」
意味が分からない。
似ている?
何に――誰に?
問い返す間もなく、青年の視線はもうこちらから外れていた。
「なんなんだ、あの人……」
場に落ちた沈黙は、重かった。
理由は分からない。
だが、黒いコートの青年がそこに立っているだけで、空気が張り詰める。
「いやいや、ちょっと待った」
その緊張を、陽気な声が割り込んだ。
オレンジのジャケットを翻し、デニスが両手を上げる。
「初対面で睨み合いなんて物騒じゃないか。
せっかくのお招きなんだし、もっと楽しくいこうよ」
「……睨んでねえ」
沢渡がぼそりと呟くが、誰も取り合わない。
「ね? ほら、君も」
デニスは軽い調子で、黒いコートの青年に視線を向けた。
「気になることがあるなら、言ってくれてもいいんだよ?
ボク、LDSの人間だし。仲裁くらいなら――」
その瞬間。
青年の視線が、デニスに向けられた。
空気が、ぴしりと鳴る。
言葉はない。
ただ、値踏みするような――鋭く、冷たい視線。
「おっと」
デニスは肩をすくめ、にこりと笑った。
「怖いなあ。そんな目で見られると、ボクが悪いことしてるみたいじゃないか」
軽口。
だが、わずかに距離を取るその動きは、無意識の防御にも見えた。
青年は何も言わない。
それ以上、視線を向けることもなく、静かに目を伏せた。
沈黙。
張り詰めた空気が、再び戻りかけた――その時。
「――揃っているようだな」
低く、よく通る声が響いた。
全員が、はっとして振り向く。
いつの間にか、部屋の奥に一人の男が立っていた。
◆
赤馬零児。
LDSの若き社長は、こちらを見下ろすように腕を組んでいる。
「君たちを集めた理由は他でもない。
来たるべき戦いに備え、我々の心を一つにするためだ」
零児の視線が、この場にいる全員に巡る。
そして――
「ここに“Lance Defense Soldiers”――“ランサーズ”の結成を宣言する」
ざわめきが走る中、零児は続ける。
「ランサーズとは、ある次元からの侵略に対抗するために組織した、デュエル戦士の部隊だ」
「……侵略?」
思わず、遊矢は声を漏らしていた。
フェスが終わったばかりだ。
デュエルは競技で、エンターテインメントで――
少なくとも、遊矢にとってはそういうものだった。
「この世界は一つではない。
我々のいるスタンダードとは別に、異なる次元が存在する」
零児の視線が、黒いコートの青年に向けられた。
「彼の存在がその証明となるだろう。
黒咲隼。エクシーズ次元から転移してきた決闘者だ」
黒咲。
そう呼ばれた青年は、一瞬だけこちらを一瞥した後、瞳を閉じた。
話すことなどない、とでも告げるように。
「話を戻そう。この世界は四つの次元に分けられている」
零児の言葉は、淡々としている。
まるで、最初から疑われることなど想定していないように。
「そして、その一つ――融合次元から、侵略が始まっている」
侵略。
その言葉が、頭の中でうまく噛み砕けない。
異なる次元。
戦い。
侵攻。
どれも、今まで遊矢が知っていた“デュエル”とは、まるで結びつかない言葉だった。
「……だから」
自分でも驚くほど、声は低くなっていた。
「だから……俺達が融合次元と戦うのか?
デュエル戦士だから。たったそれだけの理由で――
――柚子と権現坂を巻き込むのか」
怒りが滲み出た視線。
零児はそれを、表情を変えないまま受け止める。
「何が融合次元だ……何がランサーズだ。
俺達はアンタの道具じゃない。戦争なら、アンタたちで勝手にやっててくれ」
「……成程。それが君の懸念か」
零児は眼鏡を整え、静かに言った。
「友を巻き込みたくないから戦わない、と。
しかし、残念ながらそうはいかない。
融合次元は既にエクシーズ次元に侵攻している。
このまま何もしなければ――次は、この次元が戦場になる」
理由も、覚悟も、そこには含まれていなかった。
ただ、結果だけが告げられていた。
「――戦場、だって?」
なんだよそれ。
そんなもの、俺は知らない。
「っ……!」
……本当に、そうか?
意識の奥で、一つの影が形を取る。
――天高く聳え立つ裁定者。
今思い返せば、あのデュエルは――
「待て、遊矢」
権現坂の声が、遊矢を現実に引き戻した。
権現坂はゆっくりと遊矢に近づき、迷いのない瞳で告げた。
「俺は戦うぞ。零児と共にな」
「権現坂……何言ってるんだよ!
分かってるのか!? 戦争なんだぞ!?」
「だが――お前は行くのだろう?」
「っ……!」
見透かすような声に、遊矢は言葉を詰まらせる。
それを見て、権現坂は静かに笑みを浮かべた。
「やはりな。
ならば俺も、腹は決まった」
権現坂は一歩、前に出た。
「この男、権現坂。
友を一人で戦場に行かせるほど、薄情ではない」
その目には、不動の覚悟が宿っていた。
「遊矢。私も権現坂と同じ意見よ」
「そんな、柚子まで……!?」
遊矢の顔が驚愕に染まる。
「駄目だ、それだけは絶対に……!」
先日のデュエルが、現実味を伴って蘇る。
アウグスト・ヴァルター。
シンクロ次元の決闘者。
――あれほどの相手が、戦争では「一兵」に過ぎないのだとしたら。
「あのね、遊矢。
心配してくれるのは、すごく嬉しい」
柚子は、まっすぐに遊矢を見た。
「でも……あなたと同じくらい。
ううん、それ以上に――私は、遊矢が心配なの」
「柚子……だけど、俺は――」
「じゃあ、こうしましょう」
遮るように、柚子が言った。
「遊矢。私を守って。
その代わり――私が、あなたを守るから」
「柚子……」
柚子は、笑顔でそう言った。
……きっと、柚子も不安なはずだ。
でも、それ以上に――榊遊矢を信じている。
……ずるい。
そんな風に言われたら、黙るしかないだろ……。
「納得していただけたかな?」
零児の声が耳朶を打つ。
計算通り。
そう告げられてるみたいで、無性に腹が立った。
「納得なんて……するわけないだろ。
だから、俺は――」
顔を上げて、零児を睨みつける。
「守るために戦う。それだけだ」
それは、誓いだった。
外敵を倒すためではなく。
大切なものを守るために、力を振るうと。
「それでいい。
覚悟がある者は、戦場に立てる」
「っ……」
――これも、計算通りか。
赤馬零児は、やはり満足げに笑っていた。
◆
「では……これより我々ランサーズは、シンクロ次元へ向かう」
「何?」
零児の宣言に、黒咲は眉をしかめた。
「待て、赤馬零児。
一体何のつもりだ。何故シンクロ次元へ行く」
黒咲は掴みかかる勢いで詰め寄る。
しかしそれは、この場にいる全員が抱いた疑問でもあった。
「貴様も分かっているはずだ。今、俺の仲間達は融合次元を相手に抗戦中だと」
「君の方こそ分かっているはずだ。今のエクシーズ次元がどういう状況か。
最初に私を見つけた時、君達は何をしようとしたかな?」
「っ……!」
黒咲の返答を待たず、零児は続ける。
「そう――捕えようとした。
今のエクシーズは、敵と味方の区別がつかない。
自分達以外は全て敵、そう思っている。
よって――このままでは、助けられない」
その時だった。
「貴様ッ!」
黒咲は怒りのまま、零児の胸倉を掴む。
「話が違う!
俺達は、仲間を助けるために貴様と手を組むと決めたんだ!」
「……やれやれ」
零児は溜息をついた後、黒咲の手を掴み、捩じった。
――護身術の一種。
「っ!」
黒咲の手が離れる。
零児は乱れた服を直しながら、静かに言った。
「落ち着きたまえ。私は助けないとは言っていない。
ただ、今のままでは不可能だと言っただけだ」
零児は視線を外し、続ける。
「まずはシンクロ次元へ赴き、そこで手を組む。
その後――状況を整えた上で、エクシーズ次元へ介入する」
「……その間、俺達の仲間はどうなる」
「――さて。そこまで面倒は見切れないな」
零児は少しだけ間を置いた。
「だが、問題はないだろう。
エクシーズ次元の決闘者は――鉄の意志と鋼の強さを持っているそうだからな。
そうだろう? 黒咲」
「貴様……」
黒咲の声が震える。
「私は、君達を見捨てるつもりはない。
だが、今この場で手を伸ばせば――
むしろ、君達を危険に晒すことになる」
零児は一度だけ、短く息を吐いた。
「私の役目は、戦況を変えることだ。君達の命を救うことではない」
黒咲はしばらく黙った。
そして、ゆっくりと拳を握り直す。
「……いいだろう。
だが、覚えておけ」
零児の目を見据えたまま、黒咲は続ける。
「――俺の仲間に何かあったら、俺は貴様を許さん」
「ああ……それで構わない」
一瞬の静寂が訪れる。
黒咲と零児のやり取りを、遊矢は口を挟めずに見ていた。
言葉の一つ一つは理解できる。
理屈も、筋も、通っている。
それなのに――
まるで、自分の知らない戦場の話を聞かされているようだった。
「では次だ。シンクロ次元に向かう前に、これを渡しておく」
見計らっていたかのように、扉が開かれた。
そこにいたのは一人の使用人と、運搬台車。
台車の上には、人数分のデュエルディスクが並んでいた。
「最新のリアルソリッドビジョンシステムを備えたデュエルディスクだ。
未知の世界に行くのなら、装備は整えておくに越したことはない」
「へえー、こいつがねえ」
沢渡はひょいと台車のデュエルディスクを掴み、自分の腕に装着した。
「お、良い感じに馴染むじゃんか。重すぎず軽すぎねえ」
「おい、沢渡……」
「構わん。既に君たちの物だ。好きに使うといい」
「だってさ。流石はLDSの社長サマだぜ」
次々に、各々がデュエルディスクを装着していく。
ただし、黒咲を除いて。
「どうした黒咲。君の分も用意してあるが」
「要らん。貴様の道具に命を預ける気はない」
「そうか。それはそれで構わない。欲しくなったらいつでも言うことだ」
「フン……その時は一生訪れんだろうがな」
◆
「――行くぞ」
零児の声は、いつもより低かった。
その声に、誰も反論しない。
反論しようにも、言葉が出なかった。
零児が手を伸ばす。
目の前に、世界の境界が映る。
「――準備はいいな」
「……ああ」
次元の扉が開き、彼らは“世界の裂け目”へと飲み込まれていった。
◆