遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
「――――あああああああ!!!」
落ちていた。
天から地へと真っ逆さまに。
視界が反転していた。真下に青空、真上に大都会が張り付いている。
足場がない。命綱がない。着地点がない。
命を保証しないフリーフォール。
というか、訳が分からない。
何がどうなってる?
そもそも、どうして落ちている……!?
「どういうことだよ! 答えろ、赤馬零児ィー!」
力の限り叫ぶ。
が、届くわけもない。
榊遊矢の声は、誰もいない青空に虚しく響き渡り――
「――すまない」
デュエルディスクが光を放つ。
着信――赤馬零児。
……いた。ただし、画面の向こう側に。
「こちらの計算ミスだ。想定外の事象により、君だけ座標がずれたようだ」
「なんで!?」
反射的に怒鳴り返す。
「幾つか仮説は立てられるが、まだ語る時ではない」
零児はあくまで冷静だ。
ああもう、無性に腹が立つ。
こっちは絶賛、空中散歩中だっていうのに……!
「それより今は、優先すべきことがあるはずだ」
「っ――! そうだ、着地! どうすればいいんだ!?」
「リアルソリッドビジョンだ」
「はぁ!?」
リアルソリッドビジョンって確か、デュエルディスクの機能だったような――
「迷ってる暇があるのか?
君も決闘者ならば、カードで状況を切り抜けろ」
「っ……好き勝手言ってくれる……!」
悪態。
だが、零児の言葉は正しい。
迷ってる暇はない。
そして俺は――決闘者だ。
「ええい、ままよ!」
デュエルディスクを起動させる。
一枚のカード――二色の眼の龍を、ディスクにセットした。
「リアルソリッドビジョンシステム、作動!
現れろ、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」
足元から、龍の咆哮。
二色の眼を輝かせ、赤い龍が顕現する。
「っ――! 落ちる――!」
――もう、なるようになれ。
やけっぱちになりながら、渾身の力で龍にしがみつく。
……一瞬。
龍の眼が、光った気がした。
――龍ごと、墜落。
大地が陥没し、土煙が舞い上がる。
視界が埋め尽くされる。
轟音が耳を覆う。
けれど。
しがみついた龍の感触は、確かに残っていた。
『――や! ゆ――? だい――』
時間と共に聴覚が機能を取り戻す。
最初に聞こえたのは、聞き慣れた少女の声だった。
『遊矢!』
「この声……柚子か!? どこだ、柚子ー!」
『ここよ! 下見て、下!』
「下?」
言われるがまま、視線を落とす。
発光するデュエルディスク。
映っているのは……赤馬零児。
そして隣には見慣れた少女――柊柚子の姿があった。
「柚子! よかった、無事だったんだな!」
『それはこっちの台詞よ! 大丈夫なの? 怪我とかしてない?』
「ああ、なんとか――」
周囲を見渡す。
その瞬間、背筋が冷えた。
いつの間にか、黒い制服の集団が円を描いて立っている。
逃げ道を塞ぐ配置。
偶然じゃない。最初から、こうなるように動かれていた。
「……大丈夫じゃない、かも」
『え?』
喉がひりつく。
集団のリーダーと思わしき男が、一歩前に出る。
「次の標的はこいつか。
――不審者発見。これより職務質問を開始する」
軽薄な声。
悪寒が走る。
このままでは、まずい。
「さて、詳しい話は署で聞こう。まずは指示に従ってもらおうか」
「ちょっと待ってくれ。俺は怪しいものじゃ――」
「話は署で聞く。そう言ったはずだが?」
言葉を遮られる。
取り付く島もない。
……やっぱり、か。
最初から“答え”は決まっている。
この人たちにとって、俺が何者かは関係ない。
――ここに“いる”こと自体が問題なんだ。
デュエルディスクが、微かに震えた。
『――遊矢』
零児の声だ。
『交渉は成立しない。このまま拘束されれば、君は“異物”として処理されるだろう』
「っ……!」
異物。
その一言が重く圧し掛かる。
だが、確かにその通り。
他の次元からやってきた放浪者。
……そんな話、一体誰が信じる?
『離脱しろ。今すぐだ』
視線を巡らせる。
包囲は完成している。
徒歩じゃ無理だ。
俺に残っているのは……決闘者としての選択肢だけ。
「……分かった」
短く息を吐く。
覚悟を決める。
「行くぞ、オッドアイズ!」
二色の眼が光を帯びた。
咆哮と共に、赤い龍の身体が解体され、再構築されていく。
金属音。
回転音。
鼓動のようなエンジン音。
龍の輪郭が歪み、やがて一つの形を成す。
「な、なんだ……!? そこのお前、一体何をした!?」
目の前には、龍を模した赤いバイクが鎮座していた。
――乗れ。
心なしか、そう言っている気がした。
戸惑いは一瞬だけだった。
――走れる。
直感がそう告げる。
理由は分からない。
でも、信じるには十分だった。
次の瞬間、世界が加速する。
「なっ――目標、逃走を確認! これより追跡を開始する!」
背後で警告音が鳴り響く。
だが、もう振り返らない。
――ここから先は、走りながら考える。
『……上手くいったようだな。では、健闘を祈る』
最後にそう言い残し、零児からの通信は途切れた。
◆
不意に、母の言葉が脳裏をよぎる。
バイクには魂が宿る――。
赤と緑。二色の目を持つバイクが、俺を乗せて走っている。
俺の足になって、走ってくれている。
「くそ、追いつけない……! あれほどのDホイール、一体何処で……!
かくなる上は……!
フィールド魔法強制発動! 《スピード・ワールド・ネオ》! セット、オン!」
「!? なんだ……!?」
その瞬間、世界が切り替わった。
道路に走行ラインが出現し、ルートが設定される。
「っ――!?」
オッドアイズが減速し始める。
速度のメーターがみるみる下がっていき、距離が縮まっていく。
『デュエルが開始されます、デュエルが開始されます、一般車両は直ちに退避してください』
『デュエルが開始されます、デュエルが開始されます、一般車両は――』
ハイウェイ全域に、自動音声が響き渡る。
自動車、トラック、バイク……道を行く一般人たちは案内に従い、速やかに別の道へ。
いつの間にか、俺達は二人っきりになっていた。
「なんだよこれ……一体何が起きてるんだ……!」
「おいおい知らないのか? とんだお上りさんだな」
デュエルディスクの画面に見知らぬ顔が映る。
「こいつはセキュリティによる強制デュエルだ。お前のようなスピード違反者を捕えるため、我々には強制デュエル権が与えられている。
アクセルを踏んでもスピードが出ないだろ? 私をデュエルで倒さない限り、逃げることはできない!」
「セキュリティ? 強制デュエル!? なんなんだよそれ……!」
頭が混乱する。
セキュリティ……警察のことか?
どうして追われなきゃいけないんだ?
強制デュエル……?
逃げられないって、どういう意味だ?
「知る必要はない。知らないならこのまま検挙されろ!
私のライディング・デュエルでの検挙率は100パーセント!
どう足掻いたところで、お前に逃げ道はない!」
こちらの困惑を他所に、男は笑みを強めた。
「ライディングデュエル、アクセラレーション!」
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