遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子   作:名もなきWater

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はぐれた振り子

 

「――――あああああああ!!!」

 

 落ちていた。

 天から地へと真っ逆さまに。

 視界が反転していた。真下に青空、真上に大都会が張り付いている。

 足場がない。命綱がない。着地点がない。

 命を保証しないフリーフォール。

 というか、訳が分からない。

 何がどうなってる?

 そもそも、どうして落ちている……!?

 

「どういうことだよ! 答えろ、赤馬零児ィー!」

 

 力の限り叫ぶ。

 が、届くわけもない。

 榊遊矢の声は、誰もいない青空に虚しく響き渡り――

 

「――すまない」

 

 デュエルディスクが光を放つ。

 着信――赤馬零児。

 ……いた。ただし、画面の向こう側に。

 

「こちらの計算ミスだ。想定外の事象により、君だけ座標がずれたようだ」

「なんで!?」

 

 反射的に怒鳴り返す。

 

「幾つか仮説は立てられるが、まだ語る時ではない」

 

 零児はあくまで冷静だ。

 ああもう、無性に腹が立つ。

 こっちは絶賛、空中散歩中だっていうのに……!

 

「それより今は、優先すべきことがあるはずだ」

「っ――! そうだ、着地! どうすればいいんだ!?」

「リアルソリッドビジョンだ」

「はぁ!?」

 

 リアルソリッドビジョンって確か、デュエルディスクの機能だったような――

 

「迷ってる暇があるのか?

 君も決闘者ならば、カードで状況を切り抜けろ」

「っ……好き勝手言ってくれる……!」

 

 悪態。

 だが、零児の言葉は正しい。

 迷ってる暇はない。

 そして俺は――決闘者だ。

 

「ええい、ままよ!」

 

 デュエルディスクを起動させる。

 一枚のカード――二色の眼の龍を、ディスクにセットした。

 

「リアルソリッドビジョンシステム、作動!

 現れろ、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

 足元から、龍の咆哮。

 二色の眼を輝かせ、赤い龍が顕現する。

 

「っ――! 落ちる――!」

 

 ――もう、なるようになれ。

 やけっぱちになりながら、渾身の力で龍にしがみつく。

 ……一瞬。

 龍の眼が、光った気がした。

 

 ――龍ごと、墜落。

 

 大地が陥没し、土煙が舞い上がる。

 視界が埋め尽くされる。

 轟音が耳を覆う。

 けれど。

 しがみついた龍の感触は、確かに残っていた。

 

『――や! ゆ――? だい――』

 

 時間と共に聴覚が機能を取り戻す。

 最初に聞こえたのは、聞き慣れた少女の声だった。

 

『遊矢!』

「この声……柚子か!? どこだ、柚子ー!」

『ここよ! 下見て、下!』

「下?」

 

 言われるがまま、視線を落とす。

 発光するデュエルディスク。

 映っているのは……赤馬零児。

 そして隣には見慣れた少女――柊柚子の姿があった。

 

「柚子! よかった、無事だったんだな!」

『それはこっちの台詞よ! 大丈夫なの? 怪我とかしてない?』

「ああ、なんとか――」

 

 周囲を見渡す。

 その瞬間、背筋が冷えた。

 

 いつの間にか、黒い制服の集団が円を描いて立っている。

 逃げ道を塞ぐ配置。

 偶然じゃない。最初から、こうなるように動かれていた。

 

「……大丈夫じゃない、かも」

『え?』

 

 喉がひりつく。

 集団のリーダーと思わしき男が、一歩前に出る。

 

「次の標的はこいつか。

 ――不審者発見。これより職務質問を開始する」

 

 軽薄な声。

 悪寒が走る。

 このままでは、まずい。

 

「さて、詳しい話は署で聞こう。まずは指示に従ってもらおうか」

「ちょっと待ってくれ。俺は怪しいものじゃ――」

「話は署で聞く。そう言ったはずだが?」

 

 言葉を遮られる。

 取り付く島もない。

 ……やっぱり、か。

 最初から“答え”は決まっている。

 この人たちにとって、俺が何者かは関係ない。

 ――ここに“いる”こと自体が問題なんだ。

 デュエルディスクが、微かに震えた。

 

『――遊矢』

 

 零児の声だ。

 

『交渉は成立しない。このまま拘束されれば、君は“異物”として処理されるだろう』

「っ……!」

 

 異物。

 その一言が重く圧し掛かる。

 だが、確かにその通り。

 他の次元からやってきた放浪者。

 ……そんな話、一体誰が信じる?

 

『離脱しろ。今すぐだ』

 

 視線を巡らせる。

 包囲は完成している。

 徒歩じゃ無理だ。

 俺に残っているのは……決闘者としての選択肢だけ。

 

「……分かった」

 

 短く息を吐く。

 覚悟を決める。

 

「行くぞ、オッドアイズ!」

 

 二色の眼が光を帯びた。

 咆哮と共に、赤い龍の身体が解体され、再構築されていく。

 金属音。

 回転音。

 鼓動のようなエンジン音。

 龍の輪郭が歪み、やがて一つの形を成す。

 

「な、なんだ……!? そこのお前、一体何をした!?」

 

 目の前には、龍を模した赤いバイクが鎮座していた。

 ――乗れ。

 心なしか、そう言っている気がした。

 戸惑いは一瞬だけだった。

 ――走れる。

 直感がそう告げる。

 理由は分からない。

 でも、信じるには十分だった。

 次の瞬間、世界が加速する。

 

「なっ――目標、逃走を確認! これより追跡を開始する!」

 

 背後で警告音が鳴り響く。

 だが、もう振り返らない。

 ――ここから先は、走りながら考える。

 

『……上手くいったようだな。では、健闘を祈る』

 

 最後にそう言い残し、零児からの通信は途切れた。

 

 ◆

 

 不意に、母の言葉が脳裏をよぎる。

 バイクには魂が宿る――。

 赤と緑。二色の目を持つバイクが、俺を乗せて走っている。

 俺の足になって、走ってくれている。

 

「くそ、追いつけない……! あれほどのDホイール、一体何処で……!

 かくなる上は……!

 フィールド魔法強制発動! 《スピード・ワールド・ネオ》! セット、オン!」

「!? なんだ……!?」

 

 その瞬間、世界が切り替わった。

 道路に走行ラインが出現し、ルートが設定される。

 

「っ――!?」

 

 オッドアイズが減速し始める。

 速度のメーターがみるみる下がっていき、距離が縮まっていく。

 

『デュエルが開始されます、デュエルが開始されます、一般車両は直ちに退避してください』

『デュエルが開始されます、デュエルが開始されます、一般車両は――』

 

 ハイウェイ全域に、自動音声が響き渡る。

 自動車、トラック、バイク……道を行く一般人たちは案内に従い、速やかに別の道へ。

 いつの間にか、俺達は二人っきりになっていた。

 

「なんだよこれ……一体何が起きてるんだ……!」

「おいおい知らないのか? とんだお上りさんだな」

 

 デュエルディスクの画面に見知らぬ顔が映る。

 

「こいつはセキュリティによる強制デュエルだ。お前のようなスピード違反者を捕えるため、我々には強制デュエル権が与えられている。

 アクセルを踏んでもスピードが出ないだろ? 私をデュエルで倒さない限り、逃げることはできない!」

「セキュリティ? 強制デュエル!? なんなんだよそれ……!」

 

 頭が混乱する。

 セキュリティ……警察のことか?

 どうして追われなきゃいけないんだ?

 強制デュエル……?

 逃げられないって、どういう意味だ?

 

「知る必要はない。知らないならこのまま検挙されろ!

 私のライディング・デュエルでの検挙率は100パーセント!

 どう足掻いたところで、お前に逃げ道はない!」

 

 こちらの困惑を他所に、男は笑みを強めた。

 

「ライディングデュエル、アクセラレーション!」

 

 ◆

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