遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子   作:名もなきWater

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王との邂逅

 ◆

 

 ――歓声が、聞こえる。

 スポットライトの光が、一人の決闘者に向けられていた。

 観客達は、その決闘者の名前をコールしている。

 もっと魅せてくれ。もっと楽しませてくれ。

 そんな願いが込められた声だ。

 

「これで終わりか! もう俺と戦うやつはいないのか!」

 

 歓声を浴びながら、決闘者は叫ぶ。

 

「俺はまだ満足していない! もっと強く、もっと激しく戦いたい!」

 

 彼もまた願っていた。強者との闘いを。

 ――同時にそれは、飢えでもあった。

 スポットライトの照明。

 その影には――力尽きて倒れた敗者達。

 光を浴びるのは常に勝者だ。世界は彼らに見向きもしない。

 

「俺達だって満足してねぇー!」

「もっと凄いデュエルを見せてくれ!」

「「■■■■――!!」」

 

 ◆ 

 

「……――はっ」

 

 微睡みの海から浮上する。

 ……欠けた夢を、見ていたようだ。

 隙間の空いた窓から日差しが差し込み、灰色の天井を照らしている。

 廃材を組んで作られたベッドの上に、俺は寝かされていた。

 木材で作られた簡素な机。

 畳まれた服。

 桶代わりの容器。

 薄いが、全身を覆える布団。

 最低限のものしかないが、気配りが感じられるものだった。

 ……看病、されてたのか。

 

「……あれ」

 

 身体を起こした瞬間、軽い倦怠感に襲われた。

 ……熱い。

 全身が寝汗で濡れている。

 静かなはずなのに、胸の奥だけがうるさい。

 ……歓声が耳に残っている。

 あの夢は、これまでにも何度か見た。

 一人の決闘者が喝采を受けている……そんな夢。

 初めて見た時は、俺もいつかああなりたいと思っていた。

 でも――今のは、何かが違った。

 

「だーかーら、駄目だっつってんだろ」

 

 ふと、扉の向こうから声が聞こえた。

 男の声だ。

 

「これはあいつの分。お前はさっき食ったじゃねーか」

「いやいや、寝起きじゃこんなに食えねーって。人助けだよ、人助け」

「テキトーなこと言ってんじゃねえ。駄目なもんは駄目だ」

 

 灰色の扉が開かれる。

 ――頭が、真っ白になった。 

 そこにいたのは二人の男。

 一人は、顔のあちこちに印が刻まれた青年。

 そしてもう一人は――“俺”だった。

 

「おう、目が覚めたか。食欲はあるか? お前の分、ここに置いとくからな」

 

 青年が、机の上にトレイを置いた。

 皿の上には、程よい大きさのおにぎりが二つ。

 

「しっかし驚いたぜ。帰ってきたらウチの前で人が倒れてたんだからな。

 しかも、最近トップスの連中の間で噂になってるDホイーラーときた。こりゃ本格的に、疫病神にでも憑かれたかねえ」

 

 青年は大げさに、肩を竦めて視線を移した。

 ――もう一人の、俺に。

 

「あっクロウ、なんで俺を見んだよ。俺は別に迷惑かけてねーだろ!」

「迷惑をかけてねー、だあ?

 毎日毎日食料を食い漁っては、一銭も稼がず遊び回ってるヤツがなーに言ってんだか!」

「ち、ちげーって! 遊んでなんかいねーよ! れっきとした人探しだ!

 ――あ、そうだ!」

 

 俺と瓜二つの少年は、助け舟を求めるかのように、こちらを向いた。

 

「なあ、俺にそっくりなお前。俺、今、人を探してんだ。

 リンって名前の女の子なんだけどさ、知らねえか?」

「え? いや――」

 

 思わず言葉が詰まる。

 

「やめろ、ユーゴ」

 

 もう一人の俺――ユーゴと呼ばれた少年は、青年に首根っこを掴まれた。

 

「そう一気に捲し立てんな。病み上がりに負担掛けてんじゃねーよ。

 いくらお前と同じ顔でも、お前みてーに図太いとは限んねーだろ」

「っと、そうか。悪ぃな、俺にそっくりなお前。

 ……いや待て、どういう意味だよそれ!」

「……はは」

 

 二人のやり取りに、自然と笑みが零れる。

 

「――あ」

 

 ぐぅ……と小さな音が鳴った。

 腹だった。安心して気が緩んだみたいだ。

 青年は苦笑した後、視線を下に落とす。

 

「腹、減ってんだろ?」

「あー……いや、そんなことは――」

「いいからいいから。つべこべ言わず黙って食いやがれ」

 

 半ば無理矢理、皿を渡される。

 何の変哲もないただのおにぎりが、心なしか銀色に輝いて見えた。

 

「……ありがとう」

「おう!」

 

 皿を受け取ると、青年は顔を綻ばせた。

 二つのおにぎりのうち、一つを手に取る。

 その時、ふと視線に気づいた。

 

「…………」

 

 少年の視線が、手にしたおにぎりに釘付けになっていた。

 

「……えっと。

 よかったら、一つ食べるか?」

「……え?

 あ、いや、ちげーよ! 別に欲しくなんかねーって!

 大体お前、腹減ってんだろ? だったら俺に気にせずしっかり食えよ」

「そうはいっても、病み上がりだからさ。二つも一気に食べれないって。

 だからさ、ほら。

 美味しいものは、分け合った方がより美味しくなるだろ?」

「……そこまで言うなら、まあ」

 

 渋々、といった様子でおにぎりを受け取る。

 

「……サンキューな」

 

 ユーゴは、にかっと白い歯を見せて笑った。

 二人で食べたおにぎりは、腹だけじゃなく、気持ちも落ち着かせてくれた。

 

 ◆

 

「……よし、こんなところか」

 

 クロウは荷物の中身を一通り確認した後、それらを一気に持ち上げた。

 両手の袋一杯に買い込んだ食料の山。

 遠目に見ると、一般家庭の主夫と見間違えるかもしれない。

 

「悪いな、病み上がりなのに付き合わせちまって」

「いや、大丈夫大丈夫」

 

 同じく両手一杯に食料を抱えながら、遊矢は笑顔で返した。

 ……のだが、実のところギリギリである。

 

「あんまり無理すんなよ? 日持ちするものを選んでるとはいえ、メシはメシだからな」

「分かってるよ。

 でも、どうしてこんなに買い込むんだ?」

 

 買い込んだ量を考えると、一週間は外出しなくていい量だ。

 工夫して節約すれば、更に持たせることも可能だろう。

 

「まさかとは思うけど、しばらくあの部屋に引き篭もるつもりか?」

 

 冗談半分の質問。

 

「お、察しがいいな。大体そんな感じだ」

「……え?」

 

 まさかの返答に、遊矢は言葉を詰まらせた。

 ……クロウに特に変わった様子はない。

 それは冗談でも軽口でもなく、本気であることを示していた。

 

「んだよ、そんなに意外か?」

「あー……まあ、うん。少し驚いた」

「はは。つっても、本当に引き篭もるわけじゃねえぞ。外出は控えるってだけだ。

 理由は――ほれ」

 

 クロウは周囲に視線を送る。

 その瞬間――周りの人達は、一斉に目を逸らした。

 

「言っとくけど、気のせいなんかじゃねえぞ」

「え……気のせいじゃないって、何が?」

「周りの連中の視線。

 ここはトップス区域だからな。俺らコモンズやお前みてえな余所者は、歓迎されてねえってことだ」

 

 遊矢は言われて初めて、通りを行き交う人々の視線が自分たちに向いていることに気づいた。

 それを……敢えて、振り返って確認してみる。

 次の瞬間、この場にいる全員が視線を逸らしていた。

 

「……なんだよ、これ」

「な? 気持ち悪ぃだろ、ここ。引き篭もるってのはこういうことさ」

 

 クロウはそう吐き捨て、足早に帰路に着いた。

 少し遅れて、遊矢も続く。

 

「……ま、これでもちったぁマシになったんだけどな。

 何年か前までは、こうして出歩くことすらできなかったんだぜ」

「え? 出歩けないって、なんでだよ」

「さあな。格差社会ってやつかね。

 トップスとコモンズっつってな。明確に“上”と“下”があんだよ、ここは。

 下の連中はこっちじゃ何もさせてくれねえ。こうしてメシを買うことすらできなかった。

 今日を生き抜くためにあれこれ無茶をして、気付いたらこの顔ってわけだ」

 

 遊矢はクロウの顔を見た。

 両の頬と額には、タトゥーのような印。

 ……マーカー、と呼ばれているらしい。

 なんでも、セキュリティに捕まった犯罪者が刻印されるのだとか。

 

「じゃあ……なんで今は、こうして普通に歩けるんだよ」

「そりゃ、世界が変わったからだろ。

 トップスは上でコモンズは下。その前提を引っ繰り返したヤツがいたのさ。

 ――コイツでな」

 

 クロウは、自分の左腕につけたデュエルディスクを示しながらそう言った。

 ……デュエルが、世界を変えた?

 

「そのおかげで、暗黙のルールが一つできた。

 トップスは上でコモンズは下。ただし――デュエルが強いヤツは例外ってな」

 

 ニヤリ、とクロウは得意気に笑った。

 ……なるほど、と腑に落ちた。

 今、こうして買い物ができているのは、クロウが決闘者として確かな実力を持っているからだ。

 

「けどまあ、理由はそれだけじゃねえだろうな」

「心当たりがあるのか?」

「なーに言ってんだ、お前だよお前」

「俺?」

 

 訳が分からない、とでも言うように、遊矢は眉を顰める。

 

「おうよ。お前、あのデュエルチェイサーを倒しただろ?

 上でも下でも、結構噂になってんだぜ。

 デュエルチェイサーを一撃で倒した、ライディング・デュエルの初心者ってな」

「……初心者ってなんだよ」

 

 ◆

 

 帰り道の途中。

 その声は、突然聞こえてきた。

 

「もしかして……ジャック・アトラス?」

 

 なんてことない喧噪。

 ありふれた雑音。

 しかし。

 

「……ん?」

 

 クロウはその声に足を止め、振り返った。

 

「クロウ? どうしたんだ?」

「いや、ちょっとな……」

 

 クロウが目を凝らす。

 何かめぼしいものであったのかと、遊矢は彼の視線を追う。

 その先には……カフェ。

 丸いテーブルとパラソルが幾つか。

 小腹が空く時間帯だからか、席もそこそこ埋まっている。

 周囲の視線は、その中にある一つの席に集まっていた。

 その席に座っていたのは――一人の男。

 黒いサングラスで目元を、帽子で髪を隠した、妙に場違いな男。

 しかしその佇まいと所作からは、その人物が只者ではないことが感じ取れた。

 ……明らかに浮いている。

 変装に関してもそうだが、動作の一つ一つが洗練されている。

 

「あいつ……悪ぃ遊矢、これ持っててくれ。ちょっくら挨拶してくる」

「え? あ、ちょっと――!」

 

 ズシリ。

 両手の負担が約二倍、気持ち三倍に膨れ上がった。

 ……重い、なんてレベルじゃない。

 腕がプルプル震えて動けない。

 というかクロウのやつ、涼しい顔してこんなに持ってたのか……!

 当の本人は、何故か気だるげに、その怪しい人物の元へ歩を進めた。

 

「くっ……そ! 負け、るか……!」

 

 出所の分からない対抗心を胸に、クロウを追いかける。

 

「おーおー、随分と変わった客がいるなあ」

 

 クロウはわざとらしく声を荒げ、その男の向かいにどっかりと腰を下ろした。

 男は一瞬だけそれを確認した後、手元の珈琲に意識を戻す。

 

「誰かと思ったら、シティ最強のキング様じゃねーか。

 ……まーたこんなところに来てたのか、お前」

「……フン。落ち着いて珈琲を飲めるのは、ここしかないからな」

「珈琲、ねえ……」

 

 クロウは訝し気に、男が手にしたカップを見る。

 

「それ、また例のヤツか?」

「当然だ」

 

 男は、カップの珈琲を一口、口に含む。

 すると、満足そうに笑みを浮かべた。

 

「フッ――流石は“ブルーアイズ・マウンテン”、コクが違う。

 貴様も一杯どうだ? 特別に相席を許可してやろう」

「しねえよ。誰が一杯三千円の珈琲なんか飲むか。

 ま、キング直々にご馳走してくれるってんなら別だがね」

「世迷言を。誰がするか」

「はっ、そう言うと思ったよ」

「……あのう」

 

 会話の間を見計らってたのか、店員がトレイを片手にクロウに話しかけた。

 

「ご……ご注文は、お決まりでしょうか」

「ん? あー……いや、俺はいいわ。知り合いに挨拶にきただけだしな。

 じゃ、俺は行くわ。ツレの方が限界みてーだし」

「待て」

 

 クロウが席を立ったところを、男は呼び止めた。

 

「貴様は――まだ、こんなところで燻っているつもりか?」

「……またその話か」

 

 男の視線と、クロウの視線が交わる。

 

「答えは同じだ。俺はそっちには行かねえ」

「何故だ。お前の実力ならば、こちらでも上を目指せる。

 俺がいる時点でキングは無理だが、ナンバー2を目指す事はできるはずだ」

「……悪い、そういう問題じゃねーんだ。

 大舞台でデュエルしてると、いつも考えちまうんだよ。ガキどもは今、どうしてんかな……ってさ。

 コモンズにはその日暮らしの連中も多い。ガキってのはその筆頭だ。そいつらを見捨てて自分だけのし上がるなんざ、俺にはできねえ。

 当然、お前を満足させるデュエルなんざ出来ねえし……何より、俺自身が満足できねえ」

「……クロウ」

「おっと、勘違いすんじゃねーぞ。別にお前を批判してるわけじゃねえ。

 お前みたいなロクデナシでも、ガキどもにとっちゃ光なんだからな。

 ただ――俺の戦場はそこじゃねえってだけだ」

「……そうか」

 

 男は諦めたように――退屈そうに、溜息をついた。

 

「……そっちも相変わらず、みてえだな」

「ああ。不本意ながらな。

 トップスまでのし上がってみたものの、さして変わらん」

 

 男はカップの珈琲を見つめる。

 一面の黒。波紋のない水面。

 それらは、男の内面を的確に表していた。

 

「――つまらんのだ。

 この街には、俺を楽しませる決闘者がいない」

 

 男は、不満を飲み干すように、残った珈琲を一気に呷った。

 

「――だったら、街の外ならいるんじゃないか?」

「む?」

 

 男の視線が移る。

 クロウは驚いたように見ている。

 ――遊矢だった。

 

「貴様は……」

 

 値踏みするような視線。

 遊矢はそれを、冷や汗を感じつつも正面から受け止めた。

 

「――そうか。最近噂になっている決闘者か。

 この街では見ない顔だな」

「榊遊矢。貴方の言う通り、この街の外から来た。

 単刀直入に言う。俺とデュエルしてくれないか」

「なんだと?」

「……へえ」

 

 男の視線が険しくなる。

 対照的にクロウは、やるじゃねえか、と言わんばかりに笑みを浮かべた。

 

「さっき、クロウとの話を聞いて思ったんだ。

 貴方が、この世界を変えた決闘者……なんだろ?」

 

 ――トップスは上でコモンズは下。

   その前提を引っ繰り返したヤツがいたのさ。

 

 今思い返せば、あれは顔馴染みだからこその言い方だったのかもしれない。

 世界を変える。

 それは、エンタメデュエルの目指す先だ。

 だったら、この男とのデュエルは避けては通れない。

 いや――“避けたくない”。

 

「世界を変えた、か。そんなつもりは毛頭なかったのだがな。

 だが、敢えてこう言ってやろう」

 

 男は帽子を取り、サングラスを捨て、白いコートを靡かせて立ち上がった。

 

「――如何にも!

 俺の名はジャック・アトラス!

 コモンズからトップスへと成り上がり、“シティ”の頂点に君臨する絶対王者(キング)だ!

 キングは何時如何なる挑戦も拒まん!

 貴様の無謀な挑戦、このジャック・アトラスが受けて立つ!」

 

 ◆

 

「あ、すんませーん。やっぱ注文お願いします。安物の珈琲で」

 

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