遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
建物と建物の隙間。
その先にある、開けた空き地。
決闘者の傍らには、それぞれモンスターが召喚されている。
一体は廃材を組み合わせた悪魔――《スクラップ・デス・デーモン》。
薄暗い闇の中、赤く発光する瞳が、標的を捉えている。
相対するは、鳥を模した戦闘機――《
洗練されたフォルムの機械鳥が、突撃の瞬間に備えて待機していた。
「俺の……ターン!」
黒咲がカードを引く。
腕を振り抜いた瞬間、黒いコートが激しくはためく。
「俺は《
ライズ・ファルコンを、ワンランク上の《
孔が開く。
黒咲の足元に漆黒の空間が現れ、ライズ・ファルコンはその身を投じた。
「ランクアップ、エクシーズチェンジ!
現れろ! ランク5、《
現れたのは新たな戦闘機。
ライズ・ファルコンとは対照的に丸みを帯びたフォルムは、攻撃よりも防御を意識させる。
だがそれは、戦法が変わっただけのこと。
盾のようにも見える翼の奥には、標的を打ち抜く砲台が用意されている。
「うっ……!」
その変化に、対戦相手は後ずさる。
だが、後退はできない。
何故なら、彼の足元には――先ほどまで立っていたはずの、仲間達。
黒咲隼に倒され、気を失っている者達だ。
「エトランゼ・ファルコンの効果発動!
オーバーレイ・ユニットを一つ使い、相手モンスターを破壊し、その元々の攻撃力分のダメージを与える!」
凶弾が悪魔を打ち抜く。
――爆風。
悪魔は廃材へと分解された。
ライフが減少する。
残りは――0。
デュエルディスクの表示が赤く染まり、警告音が勝敗を告げた。
「や……やめろ、やめてくれ……!」
相手の顔が絶望に染まる。
意識が残っていたのは、彼にとって不幸だったらしい。
だが――黒咲にとってはどうでもいいこと。
こいつは敗者である。
ならば、その結末は確定した。
かつての仲間――あの日、散っていった者達と同じように。
「貴様の負けだ。敗者として報いを受けるがいい」
黒咲が歩を進める。
それはさながら、終焉を告げる死神のごとく。
あるいは、罪人の首を絶つ執行人のごとく。
「――何をしている、黒咲」
だが、その凶刃が振るわれることはなかった。
赤馬零児。
誰の目も届かない闇の中で、その男だけが目を光らせていた。
「単独行動は控えろ。以前、君にはそう言ったはずだが?」
暗闇の中、靴音が響く。
「……俺達ランサーズの目的はシンクロ次元との同盟。俺は、連中の実力を測っていただけだ。
期待外れもいいところだったがな。
どいつもこいつも腑抜けばかり。融合次元もろとも相手取っても問題ない」
「…………」
零児は苛立ちを露わにし、溜息をついた。
「やれやれ。こればかりは私も計算外だ。まさかエクシーズ次元の決闘者が、現状すら把握できていないとは」
「……どういう意味だ」
「自分のことすら客観視できないのかと言っている。
今の君は何の意味もなく、悪戯に戦火を振り撒いているだけだ。
――融合次元と、何も変わらない」
「なんだと……!」
二つの視線が交差する。
軽蔑、そして憤怒。
空気が冷え切り、張り詰める。
今すぐにでも決闘が始まる。
そう感じさせるほどの殺気の応酬。
「待て」
その空間に、一石が投じられた。
……一人の少年。
使い古された黒い外套。ゴーグルとマスク。
その足取りに警戒はない。
緊迫した空気を緩めるためか、少年はゴーグルとマスクを外し、素顔を露わにした。
――榊遊矢。
一瞬だけ、零児の脳裏に別の少年が掠める。
だが、違う。まごうことなき別人。
「……ユート!」
仲間の健在に、黒咲が緊張を解く。
「無事だったか。連絡が取れなかった時はどうなるかと思ったが」
「ああ。俺も最初は駄目かと思った。
……まさか、次元転移直後にフリーフォールとはな。シンクロ次元特有の防衛システムがあるのかもしれん」
「? 何を言ってる?」
「いや、なんでもない。
それより二人共――“危ない所だったな”」
「!」
ユートの視線が、鋭さを増す。
しかし次の瞬間には、いつもの表情に戻っていた。
「“まさか、シンクロ次元のゴロツキに襲われるなんて”。
ランサーズの裏方は俺の役割。面倒事は任せてもらっていいんだぞ」
黒咲の視線が、ユートの後方へ移る。
明かりが漏れる遥か向こうには……先ほどの男の背中。
それどころか、辺りには倒れていたはずの人影すら見当たらない。
黒咲、ユート、そして赤馬零児。
いつの間にか、闇の中には三人だけが取り残されていた。
「ご苦労。流石の手際だ」
零児もまた衣服を正し、殺気を引っ込める。
「気にするな。俺はやるべきことをやっているだけだ。
いつか融合を倒し――瑠璃を、助け出すために」
「黒咲瑠璃……柊柚子と同じ顔の少女、だったな。
君達の働き次第では、そちらに手を貸すことも考えておこう。
我々は同じ敵を持つ同志だ。これからも、お互い助け合っていこうじゃないか」
「っ……」
零児の視線が向けられる。
黒咲は答えない。
三人は無言のまま、重い空気が流れていった。
◆
一方そのころ。
突き刺すような日差しが、広い公園を照らしていた。
周囲には遊具で戯れる子供と、それを見守る母親。
ベンチに腰掛け、一時の休息を満喫するサラリーマン。
しかし……今この時に限り、彼らの視線は公園の中央部に釘付けになっていた。
「魔法カード発動! 《魔界台本「魔王の降臨」》!」
相対するは二人の決闘者。
そのうちの片方――金髪の少年が、一枚のカードを掲げた。
直後、空中に一冊の本が出現する。
ページがパラパラと勢いよくめくられ、止まる。
記されていたのは、角と牙を持つ悪魔……否、魔王であった。
「《魔界台本「魔王の降臨」》は、俺の場の《魔界劇団》の数だけ、表側表示のカードを破壊する!
俺の場にはビッグ・スター、プリティ・ヒロイン、リバティ・ドラマチストの三体!
よって、三枚のカードを破壊する!
さあ、降臨せよ我らが魔王! 此度の演目は、バッドエンドで決まりだぜ!」
本から煙が噴き出し、魔王が実体化する。
黄色い瞳が煌めいた瞬間、閃光が放たれた。
二つの閃光は天空へ。残り一つは地上へ襲い掛かる。
「くっ――トラピーズ・マジシャン!?」
もう一人の決闘者――気取ったスーツの青年が叫ぶ。
彼のフィールドは瞬く間に、魔王によって蹂躙されてしまった。
「流石だね沢渡、中々の
だったらボクは、とっておきのヒーローを呼ばせてもらおうかな!
速攻魔法発動! 《
もう一度立ち上がれ、トラピーズ・マジシャン!」
破壊された奇術師が、もう一度カタチを成す。
直後、地面に黒い渦が出現。
トラピーズは踊るように、その渦の中心へと身を投げた。
「Show must go on !
天空の奇術師よ! もっと華麗に、もっと鮮烈に、さらなる大舞台を駆け巡れ!
ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!
現れろ! ランク5! 《
白い衣装、赤いマントを羽織った奇術師が、渦の中心から飛び出した。
空中ブランコの異名を持つ奇術師。
しかし今回ばかりは違う。
この場において彼は、奇術師ではなくヒーロー。魔王に立ち向かう勇者の姿だ。
「トラピーズ・ハイ・マジシャンの攻撃力は2700! ビッグ・スターよりも上だよ!」
「やるな! だが、タイミングをミスってるぜ!
俺はこの瞬間、《魔界劇団-デビル・ヒール》のペンデュラム効果発動!
リバティ・ドラマチストをリリースし、その攻撃力分だけトラピーズ・ハイ・マジシャンの攻撃力を下げる!」
ドラマチストの攻撃力は1500。
トラピーズの攻撃力は、1200にまで下降する。
「ハッ、残念だったな!
「な、なにぃ!?
……って言いたいとこだけど、自分で言ってて悲しくならない?」
「う、うるせえ! 急に素に戻ってんじゃねえ!
気を取り直してバトル!
やれ、ビッグ・スター! これぞ、ジ・エンド・オブ・クライマックス!」
二体のモンスターが止めを刺すべく襲い掛かる。
しかし、青年は笑っていた。
「罠発動! 《業炎のバリア-ファイヤー・フォース》!
相手の攻撃表示モンスターを全て破壊し、その攻撃力の合計の半分のダメージを受けた後、同じだけ相手に跳ね返す!」
一瞬にして、トラピーズが炎のバリアに覆われた。
二体の攻撃を、炎の壁が阻む。
次の瞬間、壁から炎が逆噴射し、ビッグ・スター、プリティ・ヒロインを燃やし尽くした。
「ぐあああビッグ・スター!?
……ってあれ、ちょっと待てよ? ビッグ・スターは破壊されたが、ダメージは受けるんだよな?
ってことは、デニスのライフはゼロに……?」
「さあどうでしょう。
それでは――正義のマジック! 炎の奇術をお見せしましょう!」
トラピーズを覆っていた炎のバリアが振動を始める。
まるで――破裂寸前の容器。
沢渡は冷や汗を流す。
次に起きる光景が予測できてしまったからだ。
「炎の奇術とは即ち――ビッグ・バン!」
「爆発オチじゃねーか!」
破裂する。
炎の嵐の中、大絶叫が響き渡った。
ただし、それは一人分のみ。
デニス、そしてトラピーズ・ハイ・マジシャンは、スポットライトのような光のバリアに守られていた。
子供は目を輝かせ、
母親は思わず拍手を送り、
サラリーマンは口を半開きにしたまま言葉を失っていた。
◆
ざわめく声、歓声がまだ残る公園。
子供たちは目を輝かせ、母親たちは拍手を送っている。
サラリーマンはベンチで苦笑いしながらその光景を眺めていた。
「……あちゃー」
デュエルの一部始終を見ていた柚子は、額に手を当てて溜息をついた。
デニスは公園の中央で、どこからか取り出した帽子を片手に、観客達に手を振っている。
帽子の中には少量の小銭。おひねり、あるいは投げ銭というやつだ。
よく見ると、黒焦げになって突っ伏している沢渡の上にも、お菓子やら小銭やらが積まれている。
……街は、平和そのものだった。
この一角には、セキュリティの影も形も見当たらない。
「セキュリティ……ライディング・デュエル……。
……遊矢」
柚子の頭に浮かぶのは、一人の少年。
シンクロ次元に来た初日。
セキュリティとライディング・デュエルを行い、シンクロ次元全域に放送されたあのデュエルから、一切の連絡がつかない。
彼はあの後、ちゃんと逃げ切れたのか。
今、どこで何をしているのか。
――コツ、コツ。
規則的な靴音が、柚子の意識を現実へ戻す。
そこにいたのは、ランサーズのトップたる赤馬零児。
「遊矢が心配か?」
「えっと……はい。こっちに来ていきなりセキュリティに追いかけられるなんて」
「確かに。
ライディング・デュエル。我々のアクション・デュエルとは異なる進化を遂げた、新たなデュエル……。
だが、遊矢は初見でそれに対応し、勝利してみせた。
心配は無用だ。いずれ合流できるとも」
「だとしても……やっぱり心配よ。ここ数日、声すら聞いてないもの」
二人は幼馴染だ。特に用が無くても、殆ど毎日のように顔を合わせ、声を聞いていた。離れ離れになること自体、稀だったのだろう。
「そうだ、もう一回遊矢と通話させてもらえませんか。無事を確認できたら、それでいいので」
「それは……」
柚子の提案に、零児は言葉を詰まらせた。
――可能かどうか、で言えば可能だ。
今、遊矢は現地の人に保護され、危険は少ない。合流することも可能だろう。
――だが。
『俺は……ジャック・アトラスと戦いたい』
通信越しの声を思い出す。
あれだけエンタメデュエルを……他人の顔を伺っていた決闘者が、はっきりと願望を口にしたのだ。
……言うべきでは、ない。
彼女の声を聞かせたら、その刃を鈍らせてしまうだろう。
榊遊矢は今、絶対王者に挑もうとしているのだ。
「……それは、できない」
「そんな、どうして……!」
柚子は感情を露わにし、零児に詰め寄る。
「その代わり、彼から言伝を預かっている」
「言伝?」
……やはり、相談しておいてよかった。
零児は、心の底からそう思った。
「ああ。
――“お楽しみは、これからだ”だそうだ」
それは同時に、榊遊矢という決闘者の決意でもあった。
◆
……どうやら、二人の会話を盗み聞きしていたらしい。
デニスは遊矢の意図を読み取り、楽しげに肩をすくめる。
「なるほど。流石は遊矢、やる気だね」
「どういうこった?」
沢渡は、隣にいるデニスの顔を見た。
「その気になればボク達と連絡を取れるのに、それをしない。
そして、例の決め台詞。
……間違いない。
これは近いうちに、何かが起きるよ」
「何かって……まさかあいつ、この前のセキュリティ戦に続いて、さらに一波乱起こすつもりか!
この俺様を差し置いて!」
「そういうことだね! ボク達にできることは、いつでも合流できるように目立っておくことくらいさ!
というわけで、次は権ちゃん! ボクとデュエルだ!」
権現坂は目を丸くし、唖然として言葉を失った。
「権ちゃん……?
まさか、俺のことか!?」
◆