遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子   作:名もなきWater

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決戦前夜、息継ぎ回です。


昂りと覚悟

 ◆

 

 かくしてフレンドシップカップは幕を下ろした。

 出身不明かつ初参加の決闘者がクロウ・ホーガンを下し、栄光を手にした。

 ……前代未聞の偉業と言っても過言ではない。

 観客、実況、運営。

 スタジアムは未だ興奮に包まれている。

 

「――うっま! “ブルーアイズ・マウンテン”ってこんなに美味かったのかよ」

「む?」

 

 部屋の中から聞き慣れた声が響く。

 そこにいたのはクロウ・ホーガン。決勝戦にて、榊遊矢に敗れたDホイーラー。

 クロウは何やら難しい顔をしながら、キング専用の水筒を睨みつけていた。

 その水筒は――

 

「な!? 貴様ぁ! 一体何をしている!」

「んあ? 見て分かんねーか? 珈琲を味わってんだよ」

「そういうことではない! それはあの店に特注で作らせた俺の珈琲だ! 誰の許可を得て飲んでいる!」

「別にいいじゃねーか、自分は四六時中飲んでるくせによ」

 

 げらげらと笑うクロウ。

 手癖の悪さは変わってないらしい。

 

「……つーか俺が言うのもなんだが、突っ込むならまず不法侵入じゃねーか?」

「? 鍵開けは貴様の十八番だろう。今更そんなことでは驚かん」

「……そーかい。慣れってのは恐ろしいもんだな。

 ……にしてもやっぱ美味いな。こうなると、何か摘まめるモンが欲しくなるぜ」

 

 クロウはそのまま、ずず、と珈琲を啜る。

 ……あとで相場の倍、いやそれ以上の値段を請求してやろう。キングスケールを叩きつけてくれる。

 

「欲を言えば、こいつを勝利の美酒にしたかったんだけどな」

「フン、情けない奴め。格下と侮るから足元を掬われるのだ」

 

 決勝戦のデュエルを思い出す。

 力の差は殆どなかった。

 むしろ、ライディングデュエルに慣れていない榊遊矢の方が不利だったはずだ。

 

「クロウ・ホーガンともあろう者が後れを取るとは。随分と腕が鈍ったようだな」

「……さあ、そいつはどうかね」

 

 クロウは何故か、得意気に笑みを浮かべる。

 

「腕が鈍ってたのは否定できねーが……そいつを考慮しても、勝てた保障はねえ。

 榊遊矢は強え。そんで、未だに発展途上。何が起きても不思議じゃねえよ」

 

 確信に満ちた……それでいて、挑発じみた視線。

 

「ジャック。俺がここに来たのは、テメエと勝負するためだ」

「勝負だと?」

「ああ……つっても、何もデュエルをしようってわけじゃねえ。

 ちょっとした賭けよ。

 次のデュエル、勝つのはジャック・アトラスか、それとも――榊遊矢か」

「――フン。何を言い出すかと思えば」

 

 クロウの提案を鼻で笑う。

 何が賭けだ。そんな勝負は破綻している。

 

「勝つのは俺だ。結果が見えている勝負を賭けとは言わん」

「――へっ」

 

 クロウもまた、鼻で笑った。

 面白え、と言わんばかりに。

 

「まあ、言いてえことは分かる。確かに、今の遊矢じゃ届かねえかもな。

 だが、万が一ってこともある。勢いに乗った今のあいつなら、あるいは――ってな。

 昔っから、部の悪い賭けは嫌いじゃねえんだ」

「……ほう」

 

 それほどまでに買っているのか、あの榊遊矢という決闘者を。

 かつてコモンズで俺と肩を並べた、この男が。

 

「――面白い。

 ならばもう一度、この俺が直々に見極めてやる」

 

 ヤツが真の意味で、俺を昂らせてくれる決闘者かどうか。

 ――戦いの時は、近い。

 

 ◆

 

『《レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント》の効果発動!

 このカード以外の、全てのカードを破壊する!

 ――“アブソリュート・パワー・インフェルノ”!』

 

 ――その景色が、瞼に焼き付いている。

 灼熱を纏う悪魔龍。

 吹きすさぶ熱風。

 そして、逆光を背に立ち塞がる王者の姿。

 

 前回は、間違えた。

 どれだけ素晴らしいエンタメデュエルだったとしても、当の本人は求めていなかった。

 その答えが、あの僭主。

 俺のエンタメデュエルを、最強の力で否定した。

 そこまでしなくても、勝てていたはずなのに。

 思い返せば、あれがジャックなりの礼儀だったのだろう。

 あのデュエルを思い出すだけで、自分の不甲斐無さに悔しくなる。

 だけど……ようやく、ここまで来た。

 多くのデュエルを経て……明日、もう一度キングに挑む。

 

 勝つために。

 

 ジャック・アトラスがそう望んだから?

 勿論それもある。でも、それだけじゃない。

 何よりも俺自身が、ジャック・アトラスに勝ちたい。

 

「こんな気持ちは、もしかしたら初めてかもしれないな」

 

『私は君に勝っていない。君は私に負けていない。これは、私と君のデュエルの序章に過ぎない。

 ――次に戦う時を、楽しみにしている』

 

「――あ」

 

 そういえば、と思い出す。

 勝ちたいと本気で思った相手は、ジャック以外にもいたはずだ。

 

「……零児」

 

 あのデュエルもそうだった。

 最初はエンタメデュエルから始めて……でも、零児が想像以上に強くて、途中から本気になったんだっけ。

 

「はぁ……中途半端だなあ、俺」

 

 まるで振り子のようだ。

 本気のデュエルとエンタメデュエル、左右にふらふらと揺れている。

 振り切れるほどの覚悟が、まだない。

 ……両立できれば、それが一番いいのに。

 でも、そんな都合のいい答えがあるのか?

 

「……まあ、今はいいか」

 

 遠い未来の話は、一旦置いておこう。

 今はただ――目の前の壁に、全力で挑むだけだ。

 

「あ、そういえば」

 

 デュエルディスクの画面を操作する。

 メールボックス。

 

「げ」

 

 その中には、未読のメッセージが大量に積み重なっていた。

 集中を切らしたくないから、大会中はなるべく見ないようにしてたんだけど……とんでもない悪手だったみたいだ。

 

「柚子、怒ってるだろうなあ」

 

 権現坂と零児、ついでに沢渡も。

 外出先で単独行動。我ながら自分勝手すぎて良心が痛む。

 

「でも、良い土産話ができそうかな」

 

 “お楽しみは、これからだ”

 そう打ち込んで、ランサーズ全員に一斉送信。

 

「これでよし、と。

 どうせなら、最後はきっちり終わりたいよな」

 

 目指すのは終了(ゲームオーバー)ではなく、完了(ゲームセット)

 まずは全力で挑む。

 勝つために。

 ――戦いの時は、近い。

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