遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
まぶたの裏に、まだ消え切らない光が差し込んだ。
――歓声の、残響。
「……ん……」
重たい体をゆっくりと起こす。
視界に広がったのは、見慣れない天井だった。
……ここは?
「おっ。やっと起きたか」
横から聞こえた声に顔を向けると、椅子に腰掛けたクロウがこちらを見ていた。
「クロウ……?」
「ったく。心配させやがって」
クロウは腕を組んだまま肩をすくめる。
「お前、ジャックとのデュエルが終わった途端、そのままぶっ倒れて寝ちまったんだぜ」
その言葉で、昨日の光景が一気に蘇る。
『――決して、忘れるな。
この景色を。
お前の魂に、刻みつけておけ』
フレンドシップカップ。
ジャック・アトラス。
そして――観客席を埋め尽くす歓声。
我武者羅に戦った、燃えるようなデュエル。
「……俺、勝ったんだ」
思わず呟く。
「おう。見事なもんだったぜ、チャンピオン様?」
「やめろって、それ……」
苦笑する。
だけど胸の奥には、まだあの高揚感が残っていた。
ジャックに勝った。
あのキングに。
「フレンドシップカップはもう終わったぜ」
クロウが立ち上がりながら言う。
「今は後夜祭ってところだな。
本戦に出られなかった連中も含めて、みんなで好き放題デュエルする時間だ」
「……交流、ってことか?」
「建前はな」
そう言ってから、クロウは少しだけ苦い顔をした。
「トップスは金持ちだからな。俺達と違ってレアカードを山ほど持ってる。
交流って名目で、コモンズの決闘者を叩きのめす。そんな光景も珍しくねえ」
クロウは肩を竦めながらそう言った。
……この世界の歪み。
それは、これまでも何度か目にしてきた。
トップスとコモンズ。埋めようのない上下の隔たり。
「が、今回は事情が違う。
優勝はお前。準優勝は俺。
どっちもトップス出身じゃねえ」
クロウがにやりと笑う。
「要するに、あいつらは肩身が狭いってわけだ。そのせいか、コモンズ共の野次馬も多くてよ。今なら面白いデュエルが見れるかもしれねえ」
クロウは扉の方を指した。
「どうだ? 見に行ってみねえか」
面白いデュエル。
シンクロ次元の決闘者の、一般的なデュエル……か。
……それは、確かに。
もしかしたら、新しいエンタメデュエルのヒントが転がっているかもしれない。
それに――
『――ライディングデュエル、アクセラレーション!』
風を切る感覚。
駆動するエンジン。
脈を打つ鼓動。
そして――それらをまるごと塗りつぶす、熱狂的な歓声。
万雷の、喝采。
最後にぶつけた握り拳。
魂に刻まれた音と景色。
――あの感覚を、もう一度確かめておきたい。
体を軽く動かしてみる。
……問題なさそうかな。
「……そうだな。もう一回だけ、見ておきたい」
この熱が、冷めないうちに。
◆
広場は、人で溢れていた。
歓声とざわめきが入り混じる。
その中心で――威勢のいい声が響いた。
「バトルだ! 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》で攻撃!」
次の瞬間、風が唸る。
緑色の翼を持つ竜が、空を裂くように舞い上がった。
「あれは――」
思わず、目を奪われた。
初めて見るはずのドラゴン。
なのに――目を逸らせなかった。
――夢だ。
昔から何度も見てきた、あの夢。
四体の龍。
喝采。
一人の決闘者。
「――“旋風のヘルダイブスラッシャー”!」
竜が急降下する。
巻き起こる暴風がフィールドを飲み込んだ。
「ぐわあああっ!」
対戦相手の悲鳴。
ライフが一気にゼロになり、デュエルディスクが沈黙した。
「また勝った……」
「何連勝だよ、あいつ……」
観衆のざわめき。
その中心で、勝者の少年が胸を張る。
「――うし!
いいか! よく聞けお前ら!」
ビシッと。
天を衝かんばかりに、空に指を突きつけた。
「俺の名はユーゴ!
いずれこの世界に名を馳せる男だ! 覚えとけよ!」
「…………」
呆気にとられたのか、観衆が静まり返る。
やがてその中から、ぽつりと声が漏れた。
「……融合?」
「融合じゃねえ! ユーゴだ!」
その剣幕に、周囲から笑いが起きた。
――そのときだった。
ユーゴの視線が、ふと群衆の中で止まる。
「――あっ!
おーい! 遊矢! クロウ!」
ユーゴはデュエルフィールドから飛び出し、大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
「フレンドシップカップ見てたぜ!
すっ――げえデュエルだったな! まさかあのジャックに勝っちまうなんてよ!」
「ああ……ありがとう。ユーゴのお陰だ」
「は? 俺?」
なんのことやら、とユーゴは首を傾げる。
「ほら。前に、フレンドシップカップに出ろって言ってくれただろ?」
「あー、そういえばそうだったか?
けど、それは別に関係ないだろ? 全部、お前の努力の結果じゃねーか。あーあ、俺も参加しとけばよかったかなー」
「そういえば、どうしてここにいるんだ? 人を探してるって言ってたよな?」
「あー、それかあ……全然駄目だった。今回も空振り。すっかりやる気をなくしちまった時に……偶然、お前とジャックのデュエルを見てさ!
俺、もう我慢できなくなっちまって! 気付いたらこの会場に来ちまってた!」
「ついって、お前なあ……」
クロウが呆れた声を出す。
だがユーゴは気にする様子もなく、遊矢をまっすぐ見た。
「なあ、遊矢!
せっかくだからさ、今度は俺とデュエルしてくれねーか! 会場はいい感じに温めといたからよ!」
「おお!」
周囲がざわめく。
後夜祭で絶賛大暴れ中の謎の少年。
かのジャック・アトラスを打ち負かした、同じく謎の少年。
名は知られていない。しかし、実力は本物。
遊矢は一瞬だけ面食らう。
だけど――すぐに笑ってデュエルディスクを構えた。
「分かった。実は俺も、お前と戦ってみたかったんだ」
「へっ――そうこなくっちゃな!」
両者の視線が交わる。
――次の瞬間。
デッキが、かすかに震えた。
「■■■■■――!」
「!?」
空気が、裂ける。
耳じゃない。
頭の奥に、直接叩き込まれるような咆哮。
「……?」
――が、何もない。
群がる観客。俺達を見守るクロウ。
さっきと変わらない光景。
「今のは――」
「やっぱり、お前もそう思うよな……クリアウィング」
ユーゴは自分のデッキを見つめ、静かに笑う。
「よし、気合十分! デュエルフィールドに行こうぜ、遊矢!」
「あ……ああ!」
慌ててユーゴを追いかける。
――デュエル場。
二人の目に闘志が宿る。
――その目は、紛れもなく。
決闘者のものだった。