遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
「――重たい」
夏真っ盛りと見紛うほどの日差しが、目に差し込む。
両手には、こんもり膨らんだ買い物袋が一つずつ。
中身は食料・飲料でぎっしりだ。
「クロウめ……元気になったんだから手伝えって言うけどさあ」
直前に手渡された、文字でびっしりのメモを見つめる。
限界まで書き記すためか、一文字一文字はかなり小さい。自分の手汗で滲んでしまったことも相まって、非常に読み辛い。
「っとと。ふう……流石に、限度ってものがあるだろ……」
とはいえ、手を抜くわけにもいかない。
世話になっている、というのもあるが……この食料は、自分達だけのものではないのだ。
ここ数日一緒に暮らして、新しく分かったこともある。
コモンズには、身寄りのない子供を世話している孤児院がそこかしこにあって、クロウは土産を片手にあちこち顔を出しているらしい。
大量に物資を買い込んでいるのは、それが理由だ。
……辛くはないのか、と聞いたことがある。
『――別に、ボランティアのつもりはねえよ。
笑ってるガキどもを見んのが楽しいから、そうしてんだ』
――とのことだ。
「笑顔……か」
クロウのやり方は、俺とは全く違う。
でも――間違いなく、誰かを笑顔にしている。
考えようによっては、エンタメと呼べなくもない……のかもしれない。
「まあ、なんでもいいや。
……さて。将来の下積みだと思って、気合を入れますか」
両手の買い物袋を持ち直し、帰路に着く。
「――遊矢?」
「え?」
その途中。
聞き覚えのある声に、足を止めた。
振り返ると、そこには――
今となっては懐かしい、幼馴染の姿があった。
「……柚子?」
見慣れたツインテールと髪飾り。
首元の音符のアクセサリ。
――お気に入りらしい、手首のブレスレット。
「遊矢――!」
本当に、以前と何も変わらない姿がそこに――
「この馬鹿遊矢! 今まで何してたのよ!」
「ぶはっ――!?」
――訂正。
見慣れた幼馴染は、鬼に変貌していた。
◆
「あっはっはっは――!」
手作り感溢れる一室で、クロウの大笑が響き渡った。
「あのジャック・アトラスをぶっ倒した榊遊矢ともあろうものが、まさか嬢ちゃん一人に形無しとはねえ……。
こいつは傑作だぜ! くくっ……」
「そ、そこまで笑うことはないだろ……」
チラリ、と気づかれないように柚子の様子を探る。
柚子はというと……よほど物珍しいのか、部屋のあちこちを観察していた。
クロウに比べれば、俺達は恵まれた環境で育ってきた。当然と言えば当然か。
――いや、きっと違う。
あれは物色しているんだ。
あとでクロウに文句をつけるに違いない。
今は穏やかに見えるけど、いつ怒り出すか分からない。それが柊柚子なのだ。
「……ん?」
ふと、違和感を覚えた。
柚子がつけている手首のブレスレットが、微かに桃色の光を帯びている……気がした。
「ま、そいつはさておき……よかったじゃねえか、遊矢。ちゃーんと保護者が迎えに来てくれてよ」
「保護者って……柚子がか? 止めてくれよ、それ……」
「――コホン。
保護者の柊柚子です。遊矢を保護していただきありがとうございました」
柚子はまるで、
見せつけるように、
無駄に、
丁寧に、
お辞儀をした。
「おい、柚子――」
「何よ」
「――なんでもないです」
……とても凄みのある視線でした。
榊遊矢と柊柚子の格付けが完了した瞬間である。
クロウはというと……顔を背けて、口を押えて、笑いをこらえていた。
「――はー、笑った笑った。
そんじゃ気を取り直して、デュエルでもすっかあ」
「「……はい?」」
柚子と二人、目を丸くしてクロウを見つめる。
それは……いくら何でも、突拍子が無さすぎないか?
「? んだ、その顔は。
そっちの嬢ちゃんも決闘者なんだよな? だったらあれこれ言葉を交わすより、こっちの方が手っ取り早えだろ?」
「だからって、いきなりデュエルはないだろ? 柚子の気持ちも考えないと」
「ええ、そうこなくっちゃ」
「――って、あれぇ?」
当の柚子は、二つ返事でOKしていた。
「おっ、話が分かるじゃねえか。駄目だぞ遊矢、相手の気持ちもちゃーんと考えねえと」
「なんか、納得いかない」
というか、柚子が思った以上に好戦的だ。
何か理由があるのか……?
「ところで、一つ確認なんですけど……三人ということは、バトルロワイヤル形式でいいんですよね?」
「あー……まあ、そうなるな」
曖昧に返事をするクロウ。
その後――柚子は何故か、一瞬だけこっちを見た。
とっても気持ちのいい笑顔で。
「げ」
ああ……そういうことか。
何と言うか、察してしまった。色々と。
「じゃ、とりあえず表に出るか」
よっこらせ、とクロウが立ち上がる。
その直後――
「ちょーっと待ったぁー!」
扉の外から、耳をつんざくほどの叫び声が聞こえた。
ドタドタという足音。
ほどなくして、灰色の扉が勢いよく開かれた。
「そのデュエル、この俺も混ぜろー!」
現れたのは、白いライダースーツを着た鏡写しの少年。
「おうユーゴ、帰ったか」
「ただいま! って、んなことはいいんだよ!
黙って聞いてりゃ面白そうなこと考えやがって! 相変わらず狡賢い奴らだぜ――って」
ユーゴの視線が順に動き……最後に柚子を見て、止まった。
しかし同時に、柚子は明らかな警戒を帯びる。
「見つけたぜ……リーン!!」
「違うわよ!」
感極まって飛び出したユーゴを、柚子はいつの間にか取り出したハリセンで床に叩きつけた。
「まったくもう」
柚子は溜息をつきながら、ハリセンを収める。
――その途中。
俺の視線は、ある一点に釘付けになった。
――右手のブレスレット。
桃色の宝石が、淡く光っている。
――さっきよりも、強い。
「このハリセンの一撃……リンじゃ、ねえ……。
ってことは、柚子だな」
「他の要素で判断しなさいよ。リンって人のことはよく知らないけど、全部同じってことはないでしょ?」
「いや、同じだ! 柚子だって最初、俺を遊矢だって見間違えただろ?」
「……間違ってない。雰囲気とか服装とか、遊矢とは全然違うもの」
「嘘つくなよ! 俺は覚えてるぜ!
一番最初に目が合った時、真っ先に遊矢ーって叫ん――」
「ふん!」
ハエ叩きの要領で、ユーゴは再び床に叩きつけられた。
「変なこと言わない! 勘違いしないでよね、遊矢! 全然そんなことないから!
全部ユーゴの捏造で――遊矢?」
柚子がこちらを向く。
でも――俺の目は、ブレスレットから一向に離れてくれない。
まるで――自分の中に、もう一人の“視線”が割り込んできたみたいだ。
「……遊矢? ねえ、ちょっと――」
柚子の手が肩に触れる。
その瞬間――再起動したかのように、鼓動が速くなった。
「!? 凄い汗……ねえ、遊矢――」
柚子の目が不安に染まる。
そして、それに呼応したかのように、ブレスレットが光り輝いた。
視界が白く塗りつぶされる。
――音が、一つ消えた。
全てが遠ざかっていく。
あらゆる感覚が、末端から消えていく。
やがて――
最後に残っていた柚子の声も、途切れた。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回よりエクシーズ次元編に入ります。