遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
灰色の戦場
◆
「集まったようだな。
早速だが、本題に入らせてもらう。事態は一刻を争うのでね」
零児は、いつも通り赤いマフラーを揺らしながら――一堂に会した面々を前に、口火を切った。
「――榊遊矢が、シンクロ次元から消失した。
この件について、諸君らの意見を聞かせてもらいたい」
「消失ぅ? おいおい、何寝ぼけたこと言ってんだ、社長さんよぉ」
金髪をかき上げながら、沢渡が鼻で笑う。
「んなことがあったら、シンクロ次元中大パニックだろ。
大体次元移動ってのは、アンタ直々の承認がなきゃできねーって話だったよな?」
「本当よ!」
「うおっ!?」
息を荒げたまま、柚子が割って入る。
「遊矢は本当にいなくなったの。私の、目の前で」
「お、おう……えっと……まじで?」
さっきまでの調子が、わずかに崩れる。
「聞いての通りだ。信じ難い点は同意するが……今の彼女に嘘をつけるとは思えない。
よって――」
零児は眼鏡の位置を整えた後、一同に向き直った。
「これよりランサーズは、榊遊矢の捜索に当たる。
手がかりを見つけ次第、情報共有を徹底しろ。どんなに些細なことでも構わない」
「捜索って……無茶言ってんじゃねーよ。
シンクロ次元の広さはここ数日で思い知っただろ。手当たり次第ってわけにもいかねーよ」
「だからって、このまま何もしないわけにはいかないでしょ!」
「わ、わかったから、落ち着けって……」
柚子の剣幕に、沢渡はたじろぐ。
「そうそう、沢渡の言う通り。まずは落ち着こう、柚子」
二人の間に、もう一人のランサーズ――デニス・マックフィールドが割り込んだ。
「こういう時はまず、因果関係から洗うのがいいんじゃないかな」
デニスは柚子を落ち着かせるように、人差し指を立ててそう言った。
「因果関係?」
「遊矢がいなくなった原因に心当たりはない?
前後の行動とか、言動とか。どんなことでもいいからさ」
「原因……」
柚子はしばらく考え込んだ後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あの時は確か……遊矢と、クロウって人と話してて……そこにユーゴが来て……突然、ブレスレットが光って……」
「ブレスレットか……怪しいのはそれだね」
「でも、どうして光ったのか全然分からなくて。こんなこと、今までは一度もなかったのに」
「なるほどね。つまり、今初めて条件が揃ったってことだ。
共通点があるとしたら……その場にいたメンバーかな?
クロウって人に、ユーゴ……うーん、まだピースが足りない気もするけど」
お手上げとでも言うように、デニスは両手を上げた。
「ユーゴが……?
でも、ユーゴは何かを企むタイプじゃ……」
「あれ、そうなの? ってことは、事故の可能性が高いのかな」
「いやいや、ちょっと待て。さり気なーく話を進めてるが、そもそもユーゴって誰なんだよ」
とんとん拍子で話を進める二人に、沢渡が待ったをかける。
しかし――
「榊遊矢と同じ顔の決闘者だ」
その疑問に答えたのは、別の者だった。
「んな!? だ、誰だ……?」
第三者の出現に、零児と黒咲を除いた全員の視線が集まった。
使い古した黒コートを羽織り、マスクで顔を隠した少年。
「俺は……ユート。どんなやつかは……見ての通りだ」
警戒を削ぐ為か、少年はマスクを外した。
そこにいたのは、今まさに捜索中の人物――しかし、間違いなく別人の表情だった。
「遊矢と、同じ顔……!? ユーゴと同じ……?」
柚子は驚きのあまり、手で口元を覆った。
ユートは一瞬だけ柚子を見た後、零児へと視線を移す。
「零児。俺と隼はエクシーズ次元へ向かう。その許可が欲しい。
おそらく遊矢は……次元を移動したと思われる」
「次元を移動……!?」
誰かが驚きのあまり声を上げた。
それらとは対照的に、零児はあくまで冷静にユートへ向き直る。
「――ほう。その根拠は何かな」
「ない。ただの勘だ。
だが……最優先で向かうべきはエクシーズ次元だと俺は思う。
スタンダード次元には危険がない上、時間が経てばLDSを通してアンタに連絡がいくだろう。
シンクロ次元には、ジャック・アトラスとクロウ・ホーガンがいる。事情を説明すれば協力してくれるはずだ。
そして融合次元。こちらは逆に、捜索不可能だ。敵の本拠地に何の用意もなく乗り込むわけには行かない」
「なるほど。消去法……いや、合理的判断と言うべきか。根拠なき勘にしては、状況整理ができている」
零児はそう言った後、思索に耽り始めた。
「……意外だな」
「?」
その傍らで、黒咲は腕を組んだままユートへと歩み寄った。
「ユート。お前が榊遊矢にそこまで肩入れするとは」
「……そうだな。興味がない、といえば嘘になる。
無意識に重ねてるのかもしれないな。遊矢と、かつての自分を」
「……笑顔、か」
「……ああ」
二人の視線が虚空へと移る。
それは、かつての故郷――なくなってしまった光景に思いを馳せているようだった。
「デュエルでみんなを笑顔にする。遊矢はそれを、本気で叶えようとしている。
……俺は、諦めてしまったけど」
「仕方あるまい。俺達は常に戦場にいた。生き残るためには……融合次元と戦い続けるためには、子供じみた理想は捨てるしかなかった」
「だが、遊矢は諦めなかった。そしてついに、ジャック・アトラスを打ち負かしたんだ。
正直なところ、俺はあいつが妬ましい。でもそれ以上に、興味がある。どんな形でもいいから、あいつとデュエルをしてみたいんだ」
「ユート……?」
「……すまない。少し話しすぎた。忘れてくれ」
自分の想いを振り払うように、ユートは頭を振った。
「――ではこれより、我々ランサーズはエクシーズ次元へ向かう」
零児がランサーズの面々に向き直り、改めて指示を下す。
「各自、警戒を怠るな。
そして……ユート。ランサーズの責任者として、先に謝罪しておく」
「どういうことだ?」
「シンクロ次元に転移した直後のことを覚えているか?」
「……ああ。
転移した直後、俺と遊矢はランサーズから逸れてしまった。俺は運良く合流できたが」
「そうだ。転移失敗の原因。原理らしきものは解明できたが、対策は未だできていない。よって、今回も我々から逸れると推測できる。
そして……おそらく君は、遊矢と最も近い場所に転移する」
「何故だ?」
「遊矢とユート。君達の間には、ある共通点がある。今はまだ仮説の域を出ないが……いずれ話すと約束しよう。
いずれにせよ、我々のやる事は決まっている。
遊矢を見つけ出し、レジスタンスと合流する」
◆
――冷たい。
背中に伝わる硬い感触が、じわりと体温を奪っていく。
ゆっくりと、瞼を持ち上げる。
視界に飛び込んできたのは――灰色だった。
崩れた天井。ひび割れた壁。風に舞う埃。
空は、どこまでも重く濁った曇天。
「……っ」
息を吸うと、喉に引っかかるような乾いた空気。
――ここは、どこだ?
身体を起こす。瓦礫が崩れる音が、やけに大きく響いた。
見覚えが、ない。
少なくとも――さっきまで自分がいた場所じゃない。
「俺は……確か――」
記憶を辿る。
確か俺は――シンクロ次元で、クロウの家に居て。
それから――
「……柚子?」
……名前を呼んでも返事はない。
嫌な沈黙だけが返ってくる。
立ち上がり、周囲を見渡す。
瓦礫の配置。崩れた構造。
かろうじて形を残した黒板のようなもの。
「ここ……学校、か?」
だけど、それにしては……壊れすぎている。
まるで、意図的に破壊されたかのように。
部屋を出て、辺りを散策する。
外もやはり、似たような景色が広がっていた。
……明らかに、自然にできたものじゃない。
クレーターまみれの、運動場らしき砂場の中心から、建物全体を見渡す。
学校としてはかなりの規模。かつては多くの生徒が通っていたに違いない。
「何があったら、こんな……」
呟いた、その時だった。
――気配。
背筋に、冷たいものが走る。
「……誰だ!」
振り向く。
そこにいたのは――二人の女性だった。
灰色の世界を彩る、鮮やかな金と銀。
だがその視線は、明らかに人に向けるものじゃない。
……狩人。
ふと、そんな単語が頭を過ぎった。
「残党か。到着早々、幸先がいいな、グレース」
「そうね。若き総司令官サマへの手土産にしましょう、グロリア姉さん」
ニタリ。くすり、と。
鏡合わせのような二人組が、真逆の笑みを浮かべている。
「……なに言ってるんだよ」
自然と、一歩引いていた。
理解が追いつかない。
だが、本能だけが警鐘を鳴らしている。
「私達に見つかったのが運の尽きだ」
女性が一歩踏み出す。
瓦礫を踏み砕く音が、やけに重い。
「狩らせてもらおうか……その魂ごと!」
「待ってくれ! 何なんだよ、アンタたちは! ここはどこなんだ!?」
「知れたことを。
ここは戦場。そして――私達の狩場。
この領域に踏み入った決闘者は、例外なくカードにする」
「戦場……?」
その言葉で繋がった。
この荒廃。
この空気。
この殺気。
「まさか、ここは――エクシーズ次元、なのか?」
融合次元の侵攻を受け、壊滅しかけている世界。
こうしている間にも、二つの次元は戦い続けているという――。
――なら。
目の前にいる、この二人は。
「抵抗してもいいのよ?」
剣が実体化する。
いや……あれは、デュエルディスクだ。
左腕の装置から、剣を模した形状のデュエルディスクが展開されていた。
「どうせ――結果は変わらないけど」
◆