遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
一際高い丘の上から、眼下の景色を見下ろす。
見渡す限りの灰色。
曇り切った空。明かりの消えた街の残骸。あちこちに蔓延する陥穽。
「なんだよ……これ」
想像以上の有り様に、言葉を失う。
……次元戦争。
融合次元とエクシーズ次元。
アカデミアと名乗る組織と、それに対抗するレジスタンス。
それ自体は知識として知っていた。
けれど……こうして目の当たりにすると実感せざるを得ない。
俺がやってきたデュエルは、あくまでも競技。
本当の戦いというものを、まるで知らなかったのだと。
「行くぞ、遊矢」
ユートは黒いコートを羽織り直し、支度をする。
目的地はレジスタンスの拠点。
そこでランサーズの面々と合流する手筈になっているそうだ。
「……ああ」
灰色の景色から踵を返す。
……罪悪感と焦燥感が、胸の中で渦を巻く。
こうするしかない。
これでいいのか。
目の前に迫っている課題を、後回しにしてるだけじゃないのか。
そんな悩みを振り切るように、ひたすら歩を進める。
「遊矢」
ユートは歩きながら口を開く。
「お前が逃がしたあの二人は、タイラー姉妹と言ってな。アカデミアでも幅を利かせた凄腕の決闘者だったんだ」
「……そうなのか。
なら、次にデュエルする時は気を付けないとな」
「…………」
ユートは足を止め、こちらに振り返った。
それに合わせて、俺も足を止める。
「……念のために確認しておく。
遊矢。お前は何故、あの二人を見逃したんだ」
「見逃すって……俺達はただ、普通にデュエルをしただけだ。捕まえる理由なんかないだろ?」
努めて明るく返答する。
大したことはしていない、と。
「ある」
ユートの声音が低くなる。
「何度も言うように、ここは戦場だ。敵に情けをかける余裕はない。
あの二人をカードにしていれば、レジスタンスの士気も上がっていたはずだ」
「士気、だって……?」
聞き逃せない単語に、思わず眉をしかめた。
「そういうことを言われると、俺は賛成できないぞ。デュエルは皆を笑顔にするものだ。戦争の手段じゃない。
それに、ユートだって――」
「――話は終わりだ。先を急ぐぞ」
ユートは、半ば強引に会話を打ち切り、背を向けて歩き出した。
“……ユートだって、そう思っていたはずだろ?”
最後まで言葉にはできなかった。
なんとなく、踏み込んでほしくないように見えたからだ。
先を行くユートの背中が遠く感じる。
だけど、歩みは止めない。
少しずつ、やるべきことが見えてきた……気がする。
「――なん、だ?」
突然、ユートの足が止まった。
何事かと、前方を確認する。
遥か向こうには、目的地と思わしき拠点。
中心が居住区らしく、大型のテントが幾つも張られている。
周囲には無数のバリケード。
さらにそれを囲うように、沢山の人。
左腕のデュエルディスクからして、全員もれなく決闘者だろう。
「非常事態での臨戦体勢……? 一体何が……」
ユートは焦りを滲ませながらも、周囲の状況を把握する。
少し離れた場所には、もう一つの集団。
青を基調とした制服と仮面。
その先頭には、専用のデュエルディスクを抱えた金髪の男。
……彼らの服装はどことなく、先の姉妹と似ている気がする。
もしかして――
「アカデミア……!」
その瞬間、ユートの雰囲気が変わる。
穏やかな気配は鳴りを潜め、眉間の皺を一層強くした。
「急ぐぞ、遊矢! レジスタンスが交戦中だ。気は進まないだろうが、お前にも手伝ってもらう!」
「は!? 手伝うって、いきなり……!?」
「難しいことはしなくていい! カード化についても一旦置いておく!
とにかく、今は――俺の仲間を守ってくれ……!」
「――――」
その言葉が、何よりも胸に染みた。
とても分かりやすい。
「――分かった。任せてくれ」
断る理由なんて、これっぽっちもなかった。
そうと決まれば善は急げ。
デュエルディスクを起動させ、デッキから一枚のカードを選ぶ。
「遊矢? 何をする気だ?」
「ユートの仲間を守ればいいんだろ? 望むところだ、やってみせるさ。
ただし、俺は俺なりのやり方で行く。ユートには悪いけど、付き合ってもらうからな。
――来い!」
選んだカードを、勢いよくデュエルディスクにセットした。
数秒と待たず、モンスターが実体化する。
――《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》。
異色の双眸を持ち、大地を駆ける赤い龍。
オッドアイズは俺の隣まで歩み寄り、体勢を低くして待機した。
「そのドラゴンは……」
「相棒さ。
さ、乗ってくれ。
俺達はこれから、文字通り戦場を駆け抜ける。
あいつらの戦いを、全力で妨害してやろう」
倒すべきはただ一人。
アカデミアの先頭に立つ一人の男。
その場所に向かって、俺達は走り出した。
◆
戦場の様子は、想定とは大きく異なっていた。
一言で言うなら……『整っている』。
二つの組織が相対している。
片方は融合次元。デュエルアカデミアの戦士達。
もう片方はエクシーズ次元。対抗するレジスタンス。
両者の中心で、更に一人ずつが前に出て、デュエルをしている。
そして、それ以外の者は――意外なことに、見ているだけだった。
デュエルの展開は融合次元の圧倒的有利。勝利は決まったも同然だろう。
その光景に、アカデミアは笑みを浮かべ。
レジスタンスは、悔し気に見守っている。
……それだけだ。
本当にただ、それだけだった。
「これは……どういうことだ」
ユートもまた、困惑の表情を浮かべる。
当事者からしても、この光景は異常らしい。
……戦争と言ったら、最初にイメージするのは“混沌”だ。
だが、ここにはそれがない。
一対一、正々堂々とした決闘。
まるで御前試合だ。
「バトルナノーネ!
《
――“アルティメット・パウンド”!」
アカデミアの決闘者が攻撃の指示を下す。
聳え立つ歯車の巨人が起動し、その巨大な拳を振りかぶった。
狙いはアイアン・ヴォルフ。虎を模した鋼の列車。
「速攻魔法《リミッター解除》を発動!
アイアン・ヴォルフの攻撃力を、ターン終了時まで二倍にする!」
レジスタンスの決闘者が、伏せカードを発動させようとする。
しかし――
「ノン! 相変わらず勉強不足ナノーネ、シニョールアレン!
《
そシーテ――!」
アカデミアの決闘者が、手札から一枚のカードをデュエルディスクにセットした。
「速攻魔法! 《リミッター解除》!」
「何っ――!?」
アレンと呼ばれた少年が、絶望に染まる。
「《リミッター解除》は、機械族モンスターの攻撃力をターン終了時まで二倍にするノーネ!」
その瞬間、《
拳が放たれる。
鋼の列車は粉々に破壊され、爆風と共に消滅した。
「くっ――!」
同時に、少年が膝を突く。
それは、レジスタンス側の敗北を意味していた。
「流石はクロノス教諭だ」
「融合を使うまでもなかったな!」
巻き起こる賞賛の嵐。
クロノスと呼ばれた男は、それらを一身に受けながら少年の元へ歩み寄る。
「……シニョールアレン、覚悟はできてるノーネ?
魂とプライドのアンティ。これに則り、私は今から貴方をカードにしマス。
アカデミアの戦士諸君。諸君らもまた、一人“一枚”カードを提出すること。
そして前回同様、対戦相手が見つからなかった場合は“保留”とするノーネ
「――どうしてだ。どうして、アンタが――」
アレンの呟きに、クロノスは答えない。
デュエルディスクが翳される。
アレンは目を逸らすことなく、その男を睨み続け――
「ヒポッ!」
「――にょ?」
「……は?」
――その瞬間は、永遠に訪れない。
二人の間には、第三者が割り込んでいた。
シルクハットを被った、二足歩行のカバ。
唐突なモンスターの出現に、二人は完全にフリーズしていた。
「これぞ! 《超カバーカーニバル》!」
叩きつけるように、カードをセットする。
その瞬間、サンバ衣装を纏ったカバたちが大勢現れ、一斉に戦場を駆け巡った。
踊る。
踊る。
カバ達は、ただひたすらに踊る。
荒廃した世界は瞬く間に、カラフルかつ珍妙に彩られる。
「なななな、なんナノーネ、このカバさんたちーは――!」
「罠発動、《ドタキャン》! 物騒な展開はノーセンキュー! サボってしまえ、そんなもの!」
「は……? おわ!?」
二枚目のカードをセット。
大量のサンバカバに紛れ、シルクハットのカバがアレンを抱えてとんずらした。
――向かう先は、レジスタンスの拠点。
入れ替わるように、今度は俺自身が前に出る。
「これにて終幕! 魔法カード《トークン収穫祭》!」
三枚目のカードをセット。
サンバカバ達は踊りを止め、それぞれの光を纏う。
そして、打ち上る。さながらロケットの如く。
カバ達は曇り切った空にカラフルな花束を咲かせ、散っていった。
アカデミア、そしてレジスタンス。呆気にとられる一同。
俺は――彼らを前に両手を広げ、声を張り上げた。
「レディース、エーンド、ジェントルメーン!
魅惑のカバ達によるダンスと花火、ご堪能いただけたでしょうか!
私は道化の一座が一人、榊遊矢! 勇敢なデュエル戦士の皆様に、笑顔を届けに参りました!」
「――はぁ?」
「なんだ、あいつ」
アカデミアとレジスタンス、双方から困惑の声が上がった。
無理もない。
でも、それこそが狙い。
「――ゴホン、ゴホン!」
クロノスが大げさに咳払いし、一歩前に出る。
「えー……シニョール遊矢。何が目的かは存じませんが、邪魔はしないでほしいノーネ。
我々が行っているのは神聖なる決闘。戦士もどきのピエロなんか及びじゃないノーネ」
「これは手厳しい。ですが、それは不可能というものです。
だって、ここを退いてしまったら――貴方は彼らを、カードにするのでしょう?」
「……なるほど」
クロノスは衣服の埃を払った後、姿勢を正し、デュエルディスクを構え直した。
自ずと、空気が引き締まる。
「そこまで言うのであれば、相応の覚悟は出来てるノーネ?」
敵意の籠った視線が向けられる。
――目は、背けない。
敵を倒す覚悟は、まだ出来ていないけど。
誰かを守る覚悟なら、とっくに出来ている。
「――当然だろ。
アカデミアの決闘者。今度は、俺とデュエルしろ」
クロノスは、ゆっくりと口角を上げた。
「よろしい。ではここに、新しく誓いを立てるノーネ!
このデュエル、もし私が負けレーバ……その度胸に免じて、アカデミアは撤退すると約束するノーネ!
ただし、私が勝テーバ……貴方は我がアカデミアのコレクション入りナノーネ!」
デュエルディスクが展開される。
――これまでのデュエルとは、明確に違う。
本当の意味での次元戦争が、始まろうとしていた。
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