遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
テントに入った途端、全身から力が抜けた。
張り詰めていたものが切れたみたいに、膝がわずかに揺れる。
シンクロ次元からの転移。
姉妹とのタッグデュエル。
あの男との一戦――クロノス・デ・メディチ。
「――流石に、疲れたな」
いい加減、体力の限界だった。
寝袋の上に腰を下ろし、荷物をまさぐる。
――が、大したものは見つからなかった。
「ほらよ」
「え? ――っとと……!」
突然放られた何かをキャッチする。
何事かと顔を上げると、テントの前には見慣れない少年が一人。
名前は……確か、アレンと呼ばれていた。
「それ、やるよ。レジスタンスの皆から、クロノスを倒してくれた礼だってよ」
渡されたのは、飲料水が入ったペットボトルと、幾つかの携帯食だった。
「いいのか? レジスタンスとアカデミアって戦争中なんだろ?
こういうのって、かなり大事なものなんじゃ……」
「気にするな」
アレンの後ろから、見慣れた顔がもう一人。
ユートだった。
「お前は俺の仲間を助けてくれた。それくらいの礼はさせてくれ。
それに……体力的にも、そろそろ限界だろう?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとな」
苦笑しながら、ペットボトルのキャップを開ける。
一気に呷り、乾いた喉を潤した。
冷たい水が、火照った身体にゆっくりと染み渡っていく。
張り詰めていた心が、少しだけほどけた気がした。
◆
「――今更かもしれないが、改めて自己紹介しておく。
俺はユート。レジスタンスの決闘者で、今はランサーズにも所属している」
「ランサーズにも……?」
レジスタンス所属なのは察してはいたが、こちらは初耳だった。
「でも、他のみんなはユートを知ってるようには見えなかったけど……」
「零児の策だ。俺はいざという時のための懐刀、だったらしい。
表には隼。裏には俺。レジスタンスの決闘者を分けて配置して、監視するのが目的だったんだ」
「監視って、誰をだよ」
「ランサーズだ。
あの男は、自分の組織を完全には信用していない。それと同時に、俺達が融合次元のスパイである可能性も考慮していたんだろう」
ユートは自分のペットボトルを空け、喉を潤す。
……ユートが俺を探していたのも、零児の指示だったらしい。今はランサーズ総出で俺を探している、とのこと。
そう聞くと、少々……どころか、かなり胸が痛い。
スタンダード次元を旅立ってからこっち、単独行動しかしていないじゃないか、俺。
「俺の素性についてはこんなところだ。
次は……アレン」
ユートは、アレンの方を向いた。
「俺にも教えてくれ。今、エクシーズ次元はどうなっているんだ?
俺が知っている戦場は、もっと混沌としたものだった。
アカデミアはハンティングゲームのように俺達を狩り、俺達は奴らに必死に抵抗していた。
だが――」
先程の戦場を思い出す。
アカデミアとレジスタンス。
二つの勢力が見守る中での、一対一の決闘。
「――あんなにも整えられた戦場を、俺は知らない」
「……クロノスだ」
アレンが答える。
その声音には、何か違和感があった。
「何もかも、あの教師が前線に出てから変わったんだ。
つっても、根っこの部分は同じさ。ハンティングゲーム感覚で、俺達を弄んでやがる」
「同じ……?」
「ああ。
……そこのお前」
アレンが、俺の方を見る。
「確か、遊矢って言ったよな。
お前もクロノスとのデュエルで感じただろ。アカデミアの連中の、俺達を虚仮にする視線を。
大勢の前で醜態を晒させ、絶望させてカードにする。
要するに、あいつらは趣向を変えたのさ」
「あの人が……?」
確かに……クロノスとデュエルしている時、アカデミアからは無遠慮な視線を感じた。アレンの感覚は否定し切れない。
だけど、やはり違和感がある。
全力でデュエルをしたから分かる。
クロノス・デ・メディチという決闘者は、何の理由もなく絶望を与える人じゃない。
きっと、彼なりの思惑があるはずだ。
「その顔……何か理由があるはずだ、とでも思ってんだろ。
理由なんかねえよ。クロノスは、元々そういうヤツだったんだ」
吐き捨てるような言い方だった。
まるで、そう思い込まなければいられないみたいに。
「だって、あいつは元々エクシーズ次元の――」
そこで、アレンは唐突に言葉を切った。
奥歯を噛み締めるように、一度だけ息を吐く。
「――いや、なんでもねえ。
スパイの可能性を考えてなかった、俺達の落ち度だ」
「スパイ……だと?」
ユートは、驚きのあまり目を丸くした。
「そっか。ユートは別の学校だから知らねーんだったな。
クロノスは元々、俺達スペード校の教師だったんだよ。新米のくせにエラソーだったけど、授業は分かりやすかったし……一部の生徒に人気があった。
……ま、全部スパイ活動の一貫だったんだろうけどな!」
アレンは苛立ちをぶつけるように、携帯食のバーに噛り付いた。
……クロノスは元々、エクシーズ次元で教師をしていた。
融合次元の侵略を円滑にするための、スパイ活動……。
……本当に?
「遊矢。俺達が再会したあの場所を覚えているか?
破壊されていて分かりづらかったかもしれないが……あれが、スペード校だ」
「!」
再会した場所――つまり、あの姉妹とデュエルした場所。
……確かに、学校の面影があった。
クロノスの使うカードは《
あれだけ強力なカードならば、あの有り様も頷ける。
「お前ら、あそこを見てきたのか……なら、後は大体分かるだろ。
クロノスが正体を明かした時に、あの学校が戦場になって、多くの犠牲が出た。その時から、何もかもおかしくなっちまったんだ」
「それは――カイトも、か」
ああ、とアレンは頷いた。
確か……黒いコートを羽織り、赤いスカーフを手に巻いた青年。
アカデミアとレジスタンスが乱戦になりかけた時、いの一番に戦場を駆けようとしていた。
「カイトは、アレンと同じスペード校出身の決闘者でな。圧倒的な実力から、トップクラスの成績を誇っていた。俺や隼も、何度か手合わせしたことがある。
だが……あの時のあいつは、何かおかしかった。あんなに余裕のないカイトは、今まで見たことがない」
「弟だ。
クロノスが正体を現した時。あの時の戦いで、あいつの弟が犠牲になったんだ」
「な……」
ユートは、言葉を失った。
「それからさ、カイトがああなったのは。
たった一人でアカデミアの決闘者を全員倒そうとしている。レジスタンスとは拠点が同じってだけで、碌に関わろうとしない。
文字通り、復讐の鬼になっちまった」
アレンはそう言って、テントの天井を仰ぎ見る。
それは、かつての仲間の姿を思い出しているようにも見えた。
「……レジスタンスのみんなも、カイトの気持ちは分かってるんだ。だからこそ止められねえし……止めるつもりもねえ。
俺達は何としてもアカデミアを倒す。でないと、カードにされた仲間達に合わせる顔がねえからな。
ユートだってそうだろ?」
「…………」
クロノスの言葉が、不意に脳裏を過った。
――決闘者それぞれが、魂の赴くままに戦っているというコト。
そこに割って入る覚悟が、貴方にはあるのですカ?
覚悟。
ああ――それなら、ある。
勝つため。奪い返すため。
そのための覚悟は、未だに持てないけど。
「駄目だ。
そんな気持ちでデュエルしたって、いい結果にはならない」
――誰かを笑顔にするためなら、何度でも立ち入ってやるさ。
「……言ってくれるじゃねえか。
お前、確かスタンダード次元の決闘者だったな。流石、戦場を知らないヤツは言うことが違うぜ」
「別に、レジスタンスの気持ちを否定するつもりはない。アレンの言う通り、俺は戦場を知らないからな」
ユートは瑠璃。
カイトは弟。
そして、スペード校という学び舎。
エクシーズ次元の決闘者は皆、大切な何かを失っている。仇討ちのために立ち上がる彼らを否定することはできない。
「ただ――その先を考えないのは、違うだろ?」
「……はあ?」
アレンは、少しだけ苛立ったように眉を寄せ、首を傾げた。
「例えばさ。次元戦争が全部終わったら、二人は何がしたい?」
アレンとユート。二人に、今後の展望について聞いてみる。
しかし――
「終わったらって……知らねえよ」
「考えたこともなかったな」
返ってきた答えは、後ろ向きなものだった。
「……なんだよ。ユートまでそんなこと言うのかよ」
「なら、遊矢は何かあるのか?」
「勿論あるさ。
俺はまず、全部の次元を旅したいと思ってる。
シンクロ次元での経験は、何もかもが新鮮で、驚きの連続だった。エクシーズ次元と融合次元にも、きっと俺の知らない何かがある。
その上で――俺は、最高のエンタメデュエリストになる。
スタンダード、融合、シンクロ、エクシーズ。全ての次元を横断し、笑顔を振りまく。そんな決闘者になりたい」
「――――」
「……なんだよ、それ。無理に決まってるだろ、そんなの」
「できるかどうかは関係ない。俺はただ、そういうものを目指したいってだけさ」
綺麗事でも、理想論でもいい。
先の見えない世界を、闇雲に走るのではなく。
輝く星を頼りに、ゆっくりでも歩いていきたい。
――たどり着けなくても、構わない。
そこから見える景色は、今よりも素晴らしいものになっているはずだから。
「だから……ユート、アレン。頼みがあるんだ」
二人を真っすぐに見つめて、言う。
明るい未来のために、真っ先にやりたいことを。
「カイトとデュエルさせてくれ。
あの人は、きっと誰より強くて、誰よりデュエルを愛していたはずだ。
だから――最高の決闘者と、最高のエンタメデュエルがしたいんだ」
◆
翌日。
夜明けは、唐突だった。
バサリ、という何かの音。
それと同時に、淡い光が差し込んだ。
重い瞼を開ける。
そこには――後光を背に立つ、青年の姿があった。
「どうした、カイト」
「ユート……何故貴様がここにいる」
「ああ……昨日、三人で話し込んでいてな」
「三人……?」
カイトがテントの中に見回す。
ユートに、俺、そしてアレン。
流石と言うべきか、俺以外の二人は既に目が覚めているようだった。
「……次元戦争中だというのに、呑気な奴らだ」
「そう言うな。
俺達は仲間だ。時には、腹を割って語り合うことも必要だろう」
「貴様等と馴れ合うつもりは毛頭ない。
――だが。確かめなければならないことはある」
カイトの視線が俺に移る。
――昨日も向けられた、敵意の籠った視線。
寝起きで呆けていた頭が、否応なく覚醒する。
「表へ出ろ、榊遊矢。俺とデュエルだ」
◆
「正直、驚いたな。まさか向こうからデュエルを申し込んでくるなんて」
デュエルディスクとデッキを用意しながら、カイトを見る。
カイトは既に準備を終えており、目を閉じて静かに待っていた。
朝焼けも相まってか、空気は澄んでいる。
正しく、決闘前の一幕と呼ぶに相応しい。
「カイトはカイトで、遊矢を試すつもりだったんだろう。
アカデミアとレジスタンスの戦いをあんな方法で収めたのは、お前が初めてだったからな」
ユートは、呆れたように溜息をついた。
「む……なんだよそれ。お前まで文句があるのかよ」
「いや。俺はあの結果で納得している。
お前は俺の仲間を守ってくれた。今の時点で十分過ぎる戦果だ。
ただ――他の奴らは、そうもいかない」
ユートもまた、カイトの方に目を向ける。
「遊矢。差し出がましいが、もう一つ頼みがある。
カイトに、デュエルの楽しさを思い出させてやってほしい」
「思い出す?」
「今のカイトは、家族を失ったことで復讐に囚われている。
あいつにはもう一つ、自分を支える柱が必要だ」
「ユート……」
それは、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
怒り。憎しみ。復讐。
時に実力以上の力を発揮するが、同時に脆い。
否定すべきではないが、肯定すべきでもない。
「俺達エクシーズ次元の決闘者は、戦場の空気に慣れ過ぎた。戦場を知らないお前だからこそ、それができると思っている」
「……そっか」
俺と彼らの最も大きな違い。
それは、デュエルへのスタンス。
戦争か、試合か。
今、求められているのは――後者。
そんな時こそ、エンタメデュエルの出番だ。
「――ああ。任せてくれ」
カイトの前に立つ。
そして俺は――両手を目一杯広げ、高らかに、声を張り上げた。
「――レディース、エーンド、ジェントルメーン!」
身支度をしていた者が、こちらを見る。
朝食を取っていた者が、こちらを見る。
そして――沈黙を守っていたカイトが、こちらを見た。
「エクシーズ次元の決闘者の皆様、おはようございます!
唐突ですが、目覚まし代わりにデュエルの閲覧など如何でしょう!
対戦カードはまず私、榊遊矢! そして、レジスタンスが誇る最強デュエリスト、カイト!
興味を惹かれた方、どうか足を止めてご照覧あれ!」
この場にいる全員が、俺達二人に釘付けになった。
「……どういうつもりだ。
このデュエルを、見世物にでもするつもりか」
「まさか。見世物になるのは俺一人さ。陰鬱な朝を吹き飛ばすのも、エンタメデュエリストの役目ってね。
それに……このデュエルは、俺の実力を確かめるのが目的なんだろ?
だったら、審査員は多い方がいい」
「愚かだな。クロノスを倒すほどの決闘者が、自ら道化に成り下がるとは」
「成り下がった、なんて思ってないさ。
俺のデュエルで誰かの心を揺らせたのなら――それは、俺の勝ちだ。たとえどんな結果であっても」
俺にとって、デュエルの勝敗は本題じゃない。
勝利を目指さないデュエルは相手を不快にする。だから勝利を目指す。
そして大事なのは、笑って終わること。相手の心に残ることだ。
「いくぞ、カイト。道化なりの戦いってものを見せてやる」
「――来い」
戦いの火蓋が、切って落とされた。
◆