遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
瓦礫と化した校舎の一角。
崩れた壁の隙間から吹き込む風が、積もった砂埃をさらっていく。
かつては多くの生徒で賑わっていたであろう廊下も、今では足音だけが虚しく響いていた。
そんな中、不意に沢渡シンゴが足を止める。
「お? へっへ、面白そうなもんみっけ」
しゃがみ込み、瓦礫の陰から何かを引っ張り出す。
「沢渡、あまり勝手な行動をするな。今は来たるべき時に備えて休息を――」
呆れ混じりに声を掛けていた権現坂昇も、沢渡の手元を見て言葉を止めた。
「……む? なんだそれは?」
「デュエルマット……みたいだな。手作りの。ここが
沢渡は床に広げられた布を指先でなぞる。
既製品ではない。
布地に線を引き、色を塗り、何度も折り畳んだ跡が残っている。
「かなり使い込んであるようだな」
「懐かしいなー。ガキの頃、パパに買ってもらって遊んでたのを思い出すぜ。ま、俺のはもっとゴージャスなやつだけど」
軽口を叩きながらも、沢渡の視線はどこか感傷的だった。
荒れ果てた廃墟の中で、そのデュエルマットだけが妙に生活感を残していたからだ。
「だが、なぜこんなものがここに?」
「あ? んなもん決まってんだろ? 滅茶苦茶に破壊されてるとはいえ、ここは学校だぜ?」
沢渡は肩を竦める。
「なら、クラスの決闘者全員ぶっ倒して、ナンバーワンを狙うしかねーだろ」
「誰も彼もがお前のように考えるとは限らんだろう」
「けど、ここに通ってた連中はそう考えてたと思うぜ? ボロボロってことは、そんだけ使われてたってことだしな」
確かに、布の端は擦り切れ、表面には細かな傷が無数についている。
何度も広げられ、何度もカードが叩き付けられてきた痕跡だった。
「確かにそうか……さしずめ、歴戦の古戦場といったところか」
「へえ、いいじゃねえか。その言い回し、頂くぜ」
沢渡は口角を吊り上げると、さらに瓦礫を漁り始めた。
「あーそれと、こんなのもあったぞ」
軽い調子で取り出された一枚のカード。
それを見た瞬間、権現坂の目が見開かれる。
「!? そのカードは――」
「《スマイル・ワールド》、だってよ。能天気で単純な魔法カードみてえだが……俺に言わせりゃ、玄人向けだな」
その瞬間だった。
「!?」
場の空気が変わる。
背後から向けられた鋭い視線に、沢渡は思わず肩を跳ねさせた。
「……沢渡。そのカードを見せてみろ」
低く、抑えた声。
赤馬零児だった。
「あ、ああ……まあ、いいけど」
沢渡からカードを受け取った零児は、静かに表面を確認する。
わずかな沈黙。
「……ふむ。確かに《スマイル・ワールド》。コピーカードではない、か……」
零児の横顔には、僅かな緊張が浮かんでいた。
「……なあ、おい。どうしたんだよ社長さんは。カード一枚に血相変えちまって」
「あれは遊矢の父、榊遊勝が使っていたカードだ」
権現坂の説明に、沢渡が素っ頓狂な声を上げる。
「はあ? そんなわけねーだろ。公式記録にはなかったはずだぜ」
「そうだ。公式試合での使用記録はない」
権現坂は静かに頷く。
「あれはかつて遊勝塾でデュエルを教えていた時……真剣勝負ではなく、デュエルそのものを楽しむ時に使っていたカードだ」
「へー……なんか意外だな。あれ、別にレアカードってわけでもなさそうだぜ?」
「その通りだ。デュエルとは、笑顔とは身近なものであると伝えたかったのだろうな」
そこまで言ってから、権現坂は眉をひそめる。
「だが……何故、《スマイル・ワールド》がエクシーズ次元に?」
「足跡だ」
短く告げた零児に、権現坂が視線を向ける。
「零児?」
「妙だとは思わないか?」
零児はカードを見下ろしたまま続ける。
「かつてプロ決闘者だった榊遊勝は、突如として表舞台から姿を消した。
そして現在。エクシーズ次元の学び舎で、榊遊勝の象徴とも言えるカードが落ちていた」
静かな口調だった。
だが、その言葉には確かな重みがあった。
「まさか……榊遊勝は、この次元に来ていたとでも言うのか」
「さて、そこまでは何とも。だが、無関係ではあるまい」
零児はカードを沢渡へ返す。
「いずれにせよ、今は遊矢との合流が先だ」
その言葉を合図にするように、一行は再び歩き出す。
崩壊した学び舎の片隅には、使い込まれたデュエルマットだけが残されていた。
まるで、かつてここに確かに存在していた“日常”の名残であるかのように。
◆
デュエルディスクから光が消える。
静けさの中で、カイトは俺を真っ直ぐ見据えていた。
鋭く、冷たい目。
けど、デュエルを始める前とはどこか違って見える。
「エンタメデュエル……下らん馴れ合いかと思っていたが、違っていたらしい」
低く吐き捨てるような声。
でも、その言葉の中には確かに“認める”響きがあった。
「それとも――お前が、ヤツとは違うのか」
「ヤツ……?」
「榊遊勝。かつて俺達に、エンタメデュエルを広めていた決闘者だ」
「――え?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
父さんの名前。
どうして今、この次元で。
しかもカイトの口から。
「待ってくれ、カイト! どうして父さんの名前を!?」
「榊遊勝を知っている連中は少なくない。何せヤツは一時期、スペード校で臨時教師として雇われていた。あのクロノス・デ・メディチと一緒にな」
エクシーズ次元。
スペード校。
父さんが、ここにいた。
そんなの、考えたこともなかった。
「父さんが……エクシーズ次元に……?」
「瞬く間に姿を消したようだがな」
カイトは興味なさげに視線を外す。
「……貴様等が謳うエンタメデュエルとやら、癪だが認めてやる。
だが、俺には関係のないことだ。
カードにされた連中の恨みを晴らすまで、この戦争を降りるつもりはない」
「…………」
この次元に来てから、ずっとそうだった。
誰も彼もが何かを失っていて、怒りや悲しみを抱えていて。
カイトは、その中心にいる。
弟のために。
仲間のために。
まるで……戦い続けることでしか、立っていられないみたいに。
「カイト……」
何かを言おうとして、結局言葉が出なかった。
「なーんか暗いヤツだな。せっかくのエンタメデュエルだったってのによー」
「……そう言うなよ。あいつは仲間と、弟の想いを背負って戦い続けてるんだ。分かってくれただけでも十分――あれ?」
……ちょっと、待て。
今の声、どこかで聞いたような……
「お前なあ、自分でも言ってたじゃねえか。陰鬱な朝を吹っ飛ばすのがエンタメデュエルだろ? あれじゃテンション下がって逆戻りだぜ」
「……沢渡? なんでここに?」
「は? おいおい、お前まで寝ぼけてんのか? エンタメデュエルのあるところ、沢渡シンゴの姿あり、だろ?」
「そうだっけ?」
「んだとコラ!」
軽口の応酬。
でも今は、その騒がしさが妙に安心できた。
「まあ待て。沢渡の寝言は置いとくとして――やっと会えたな、遊矢」
「権現坂!」
聞き慣れた低い声。
赤い鉢巻を撒いた巨躯の親友が、どこか誇らしげに笑みを浮かべていた。
「スタンダード次元以来、ということになるか」
「そうだな、なんか久しぶりだ」
「シンクロ次元での活躍は聞いている。長い旅だったそうだな」
「まあ、な。本当に色々あってさ。シンクロ次元でもエクシーズ次元でも想定外の連続で――」
言いかけたところで、権現坂が片手を上げる。
「待て、遊矢。積もる話は沢山あるだろうが……相手を間違えているぞ」
「え? ――あ」
その姿を確認した瞬間。
心臓が、跳ねた。
「……遊矢」
柚子がいた。
少し離れた場所で、じっと俺を見ている。
「ゆ……柚子……ってそっか、そりゃいるよな、ランサーズなんだから」
「む? どうした遊矢。なぜそこまで怯える」
「いや、実はシンクロ次元でちょっとな……」
シンクロ次元での再会を思い出す。
事情があったとはいえ、連絡を取らなかったのは完全にこっちが悪い。
「待ってくれ柚子! 俺も遊んでたわけじゃなくてさ、何とか合流しようと頑張ってて――」
「遊矢」
柚子の視線が、真っ直ぐに向けられる。
頭から手、そして足。
全身を確認するように、ゆっくりと動き――
「――よかった」
静かに、胸を撫で下ろした。
「――――」
言葉が出なかった。
責められると思っていた。
呆れられると思っていた。
……我ながら、一体何を考えていたのか。
柚子の顔を見た瞬間、ようやく分かった。
『そうだな。だが遊矢、一つ覚えておけ。
今、お前が感じているものは、かつて柚子も感じたことだ』
以前、権現坂に言われたことが脳裏を過ぎる。
ああ――心配、かけてたんだ。
エクシーズ次元に来る、ずっと前から。
「――うん。ごめんな」
気の利いたことは言えなかった。
でも。
また会えたってことが、今は嬉しかった。