遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
レジスタンス拠点の片隅。
焚き火の火がぱちぱちと爆ぜ、夜風がテントを揺らしていく。
勝利の余韻に沸く者。傷の手当てをする者。束の間の休息を取る者。
そんな喧騒から少し離れた場所で、デニス・マックフィールドは一人、静かに目を細めていた。
「……榊遊矢と天城カイト。まるで正反対の二人がデュエルした結果がこれか」
脳裏に焼き付いているのは、先ほどの決闘。
互いに一切退かない猛攻。
次々と切り札を叩き付け合う、凄まじい速度の応酬。
それでいて。
榊遊矢のデュエルには確かに“魅せる”意志があった。
「怒涛のワンターンキル合戦。エンタメでありながらの真剣勝負。いやはや恐れ入ったよ。君はこういうデュエルもできるんだね」
くすり、と笑う。
どこか楽しげで。
けれど、その瞳には冷静な観察者の色が残っていた。
榊遊矢。
敵として見るなら、あまりにも危うい存在だ。
感情で突っ走る甘さを持ちながら、それでも人を惹き付ける。
しかも厄介なことに、本人にその自覚が薄い。
「……気が重いけど、そろそろ本業に戻らないとね」
独り言のように呟き、デニスはゆっくりと踵を返した。
その表情から、“仲間としての顔”が静かに消えていく。
◆
人気のない廃墟地帯。
崩れた建物の骨組みが月光に照らされ、長い影を地面へ落としている。
瓦礫を踏む音だけが静かに響いていた。
「――さてと。この辺でいいかな」
足を止める。
同時に。
「…………」
背後から向けられる、鋭い気配。
デニスは肩越しに振り返り、わざとらしく目を丸くしてみせた。
「おっと……噂をすればなんとやら。流石はレジスタンスの精鋭。いや、ランサーズの斥候って呼んだ方がいいのかな?」
「今はどちらでもない。ここにいるのは一人の決闘者、ただのユートだ」
闇の中から現れたユートの眼差しは、鋭くデニスを射抜いていた。
「……デニス・マックフィールド。お前に聞きたいことが二つある」
「うん、構わないよ。答えられる範囲でなら、だけど」
軽い口調。
だが、その実、互いに一歩も油断していない。
「一つ目。お前がエクシーズ次元に来るのは、今回が二度目だな?」
「二度目? なんでそう思うの?」
「……遊矢を見ていて思い出したんだ。次元戦争が起きる前に……一度だけ、お前の姿を見たことがある」
ユートは静かに続ける。
「その時は、遠目で見ていただけだったがな。
奇抜なモンスターを使った派手な戦術。即ち――エンタメデュエル」
その言葉に、デニスの笑みがわずかに薄くなった。
「お前はシンクロ次元で、沢渡シンゴや権現坂昇とデュエルをした。その時の戦術は、俺が見たエンタメデュエルと似通っていた」
「……うーん、それはどうだろうね?」
デニスは困ったように首を傾げる。
「デュエルの世界って広いんだよ? 同じ戦術を使う決闘者がいても、おかしくはないんじゃない?」
「……そうだな。そこは否定しない。違うと言うならそれでもいい。本題は次の質問だ」
ユートの声が低く沈む。
「――二つ目。
瑠璃を攫ったのは、“貴様”か?」
「――――」
一瞬、空気が止まった。
デニスは目を閉じる。
そして。
「――さて、答え合わせといこうか」
再び開かれた瞳には、先ほどまでの軽薄さがほとんど残っていなかった。
「まず一つ目。こっちは……悪いけど不正解だ。
答えは三度目。事前調査ってやつでさ。君がボクを見る前に、一度だけ来てたんだよね」
淡々と告げる。
「で、二つ目の質問だけど――」
口元が吊り上がる。
「――正解。黒咲瑠璃を攫ったのは、ボクだ」
「やはり……! 貴様はアカデミアか!」
怒声と共に、新たな影が瓦礫の上へ降り立った。
「おっと……!」
「隼……! 何故ここに……!」
黒咲隼。
怒りを隠そうともしない視線が、デニスを真正面から睨み付ける。
「フン。お前の考えることくらいお見通しだ。大方、一人で決着をつけようとでも思っていたのだろう」
黒咲はユートの隣へ並ぶ。
「お前の覚悟は否定しない。ただし、俺は俺で勝手にやらせてもらう」
「隼……」
「流石、レジスタンスの皆様は仲がよろしいことで」
デニスは肩を竦めた。
「随分と余裕だな。俺とユートが揃った以上、貴様に勝ち目は万に一つもない」
「やれやれ……そういうところだよ」
デニスの声音が冷える。
「だから君達は負けたのさ」
「なんだと……!」
「考えが甘いのはそっちってこと。どうしてボクがこのタイミングで正体を明かしたと思う?」
デニスが視線を横へ流す。
「――君達二人を、まとめて処分するためさ」
「――ねえ? もういい?」
その声は、不意に聞こえた。
瓦礫の奥。
月明かりの届かない暗がりから、一人の少年が姿を現す。
柔らかな笑み。
場違いなほど穏やかな声音。
だが、その瞬間。
ユートの背筋を、凍るような悪寒が駆け抜けた。
似ている。
あまりにも。
自分と。
そして、遊矢と。
まるで鏡写しのような面影。
なのに、その瞳だけは決定的に違っていた。
底知れない愉悦。
獲物を前にした捕食者の光。
「!?」
空気が変わる。
戦場の匂いがした。
「さあ……ハンティングゲームの始まりだ」
デニスが笑う。
その瞬間、廃墟の夜気が一気に張り詰めた。
◆
「敵襲、敵襲ー!」
「わっ!?」
切羽詰まった叫び声に、つい素っ頓狂な声が漏れた。
「な、なんだ? あいつら、急にどうしたんだ?」
沢渡は目を白黒させる。
俺達の困惑を他所に、慌ただしく駆け回るレジスタンス達。
さっきまで束の間の休息に包まれていたキャンプ地が、一気に戦場の顔へ戻っていく。
「繰り返す! 敵襲! 連中が……アカデミアが来たぞー!!」
「なっ……アカデミアって――まさか……!?」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
融合次元。
アカデミア。
頭の中に浮かんだのは、古代の機械兵を従える一人の決闘者……!
「遊矢!? 待って、どこ行くの!?」
「決まってるだろ、最前線だ!」
気付けば、俺は駆け出していた。
「あいつらの強さは本物だ! 真っ先に俺が行かないと――!」
「待て! 落ち着け遊矢!」
「!?」
強い声と共に肩を掴まれ、勢いを止められる。
「権現坂……」
振り返った先で、権現坂は真っ直ぐこちらを見据えていた。
「心が乱れている。いかなる時も不動の心を忘れてはならん」
低く、静かな声。
その一言だけで、熱くなっていた頭が少し冷える。
「……聞かせてくれ、遊矢。融合次元とは、アカデミアとは、それほどの相手なのか」
「……ああ」
自然と拳に力が入る。
「きっと相手は、クロノス・デ・メディチ。アカデミアを率いる教師で、まだ本当の実力を見せていない」
思い出す。
高慢で。
ふざけた口調で。
それでも、底の見えない何かを覗かせていた男。
……誇り高き、決闘者。
「――だからこそ、俺が戦わなきゃいけない」
あの人が何を考えていたのか。
何を隠していたのか。
今度こそ、自分の目で確かめたかった。
「あの人の本心を、今度こそ見極めなきゃいけないんだ」
数秒の沈黙。
それから権現坂は、ふっと口元を緩めた。
「――余計な心配だったか」
「え?」
「では行くぞ柚子、沢渡」
「ええ」
「当然」
「え……ちょっと待てよ、なんで二人まで――」
慌てて振り返る。
すると沢渡が、呆れたように肩を竦めた。
「ばーか、決まってんだろ」
「仲間……でしょう?」
柚子は、当たり前みたいにそう言った。
「――――」
一瞬、言葉を失う。
胸の奥が、少し熱くなる。
シンクロ次元でも、エクシーズ次元でも、一人で何とかしなきゃって思うことばかりだった。
でも、今は違う。
一人じゃない。
「……そっか。そうだよな」
自然と、笑みが漏れた。
「つーわけで、今度は俺の番だ! 新生沢渡シンゴのエンタメデュエル、とくと御覧じろー!」
「あっ! 待てって沢渡!」
沢渡が勢いよく飛び出していく。
本当に自由すぎる。
けど、あいつらしい。
◆
「あのう……すいません。何故ハンティングゲームを始めないのでしょうか」
「黙っていろ」
「え?」
アカデミア兵が戸惑った声を漏らす。
その前方。
二人の女決闘者が、じっとある方向を見つめていた。
「そういうのは後で存分にさせてあげるから。まずは私達が先」
柔らかい声。
だが、その瞳には獲物を前にした獰猛さが宿っている。
「――で、どう? いる?」
「……ああ。いる」
短い返答。
「そ。それならよかった」
まるで待ち合わせでもしていたかのような口調だった。
◆
「ようやく来たか、ユート。早速だが俺と――」
前線へ辿り着くと同時、聞こえてきたのはカイトの声だった。
だが、こちらに気付いた瞬間――
「……何の用だ」
「いや……なんか、ごめん」
露骨にイヤそうだった。
まあ……ユートを期待していた気持ちは分かるけど。
「なんだあ、あの二人。おい遊矢、クロノスってのはどっちだ?」
「え……あの二人って――」
沢渡に言われ、視線を向ける。
そして……理解した。
「ごめん、沢渡、カイト! ここは俺が行く!」
「あ、こら! 俺様の出番だって言ってんだろ!」
「約束が先!」
「はあ? 約束ぅ?」
沢渡の抗議を聞かず、いの一番に駆け出す。
視線の先。
こちらを見つめる二人の決闘者。
知っている。忘れるものか。
誰が何と言おうと、あの二人とは、俺が戦わなければならない。
◆
「……来たか」
先に口を開いたのは、長い金髪の女性――グロリア・タイラーだった。
相変わらずの鋭い目付き。
こちらを試すような視線。
その隣では、グレースが退屈そうに指先を弄っている。
「はぁ、はぁ……ごめん、待った?」
息を整えながら言うと、グレースが即答した。
「待った。五分遅刻」
「げ……ま、まあいいや」
何故か不満げだった。
だけど、不思議な感覚だ。
周囲にはアカデミアとレジスタンスの目。
戦場で再会しているはずなのに、空気が前と違う。
殺意はある。敵意もある。
なのに……今この場にあるのは、“狩る側”と“狩られる側”の空気じゃなかった。
「それより……まずは、二人に感謝を。
ありがとう。約束、守ってくれたんだな」
真っ直ぐに、二人を見つめる。
なんてことない、無視してもいいはずの口約束を、この二人は覚えていてくれた。
「“リベンジする時は真っ先に貴様を狙う”……か」
グロリアが鼻を鳴らす。
「残念だがそれは勘違いだ。あと五分遅ければ、我々は今まで通り、狩りを始めていただろう」
「そうなの?」
グレースが、からかうように横を見る。
「お姉ちゃん、まずは遊矢にリベンジしないとって息巻いてたじゃない」
「……知らんな」
「ふーん。ま、いいけど。
私は賛成だったし。いい加減、ハンティングゲームにも飽き飽きしていたのよね。そのためにあの教師を異動させたんだから」
「異動? それに教師って……」
「貴方が倒したクロノス・デ・メディチのこと。今は多分、総司令官サマの秘書でもやってるんじゃない?」
「秘書……」
脳裏に浮かぶクロノスの顔。
……似合うといえば、似合うけども。
「そんなことよりも――」
グレースの目つきが変わる。
それを合図に、グロリアがデュエルディスクを展開しながら、一歩前に出た。
「榊遊矢。望み通り、リベンジに来てやった。私達とデュエルだ」
「ルールは前回と同じ、タッグフォースルール。さ、そっちもパートナーを選んできなさい」
グレースの意外な要求に、少しだけ戸惑う。
「そんなところまで合わせてくれるのか……じゃあ――」
「俺の出番だな!」
即座に割り込んできた沢渡が、これでもかと胸を張る。
いや、まあ……言うと思ったけど。
「ユート……は、いないな。あいつ、いつの間にいなくなったんだよ……困ったな」
「っておい! 俺様がいるだろ!」
「……相手はアカデミアでも歴戦のタッグなんだよ。俺と沢渡の即席タッグで勝負になるわけないだろ?」
「けど、ユートってやつとは即席だったんだろ? んで、勝ったみたいじゃねえか」
「それはユートの実力あってこそで――」
「この俺がユートより弱いってか!?」
沢渡のめんどくさいスイッチが入ってしまった。
どう説明すればいいんだ、これ。
「――私が出るわ」
聞き慣れた声に、振り返る。
「柚子……?」
柚子は真っ直ぐこちらを見ていた。
「遊矢は今まで、ずっと一人で戦ってきたんでしょ?
だったら……今度は、私も戦う」
「柚子……」
危ないから駄目だ。
これは遊びじゃない。
説得の言葉が次々浮かんでは、霞のように消えていく。
……目を見れば分かった。
柚子は本気だ。
勢いでも、同情でもない。
柚子自身の意思。覚悟の顕れだ。
「――分かった。タッグパートナー、よろしくな」
「ええ」
柚子は小さく頷く。
「……大丈夫。私も何もしてこなかったわけじゃない。絶対に勝ちましょう」
「あ……ああ」
すれ違いざまに、僅かな違和感が走った。
……今までだってタッグデュエルはしてきた。
でも、今の柚子は何か違う。
「む……いかんな。いつもと違って動きが硬い」
後ろから権現坂の声が飛んでくる。
そう、それだ。今の柚子は、どことなく硬い。
「やっぱり、権現坂もそう思うか?」
「ああ……少々、警戒が必要かもしれん。頼むぞ、遊矢」
真面目な顔。
けれど。
「……そういう権現坂も、なんか硬くないか?」
「む……そう、見えるか?」
「ああ。せっかくのタッグデュエルなんだし、もっとリラックスしないと楽しめないぞ?」
「楽しむ、だと……あの二人を相手に、そんな余裕があるのか?」
「まさか、余裕はないよ。でも、楽しめないわけじゃない」
敵同士のはずなのに、不思議と心は沈まない。
これは復讐だけの戦いじゃない。
互いに決着を望んで。
互いに全力をぶつけるための舞台だ。
「今回は、相手が相手だからな」
胸の奥で、高揚感が跳ねる。
「言うなればこれは、エンタメタッグデュエル」
デュエルディスクを構える。
自然と、笑みが浮かんだ。
「さあ――お楽しみは、これからだ!」
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