遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
――全てが終わった時。
そこに、ユートの姿はなかった。
「ユー……ト?」
ただ一人残された黒咲は、呆然自失のまま呟く。
――隣にいた仲間。
肩を並べてきた好敵手。
違う場所にいても、常に同じ場所を目指していた、掛け替えのない友。
それが、もういない。
「っ――おのれ、貴様等……!」
黒咲の中の闘志が沸き立つ。
だが。
それを支える身体は、もはや言うことを聞かない。
唯一衰えてない眼光だけが、ユーリとデニスを貫いている。
「あーあ、また一人仲間が消えちゃったね。でも、心配しなくていい。君もじきに、同じ場所へ行くことになる」
デニスは、デュエルディスクを黒咲へと向ける。
他の決闘者同様、カードにするためだ。
「――ああ、そっちなんだ」
ぽつり、と。
独り言のように、ユーリが呟いた。
「ん? どしたの、ユーリ」
「行くよ、デニス。どうでもいいでしょ、そんなやつ」
ユーリは踵を返す。
向かう先は――レジスタンスの拠点。
「先に行ってるよ。
早く会いたいな……もう一人の、僕に」
ニタリ、と口元が大きく歪む。
ユーリの意識に、既に黒咲はいなかった。
その代わりにある一点――ある人物に、釘付けになっている。
「ええ? ちょっと、ユーリ?」
デニスは困惑を隠さないまま、その名前を呼ぶ。
しかし、止まらない。止まるはずもなかった。
「参ったな……ユーリってば、いつもこうなんだから」
ポリポリ、と頭をかくデニス。
ユーリの気まぐれさは今に始まったことじゃない。興味をなくしたらそのまま放置、なんてことも珍しくなかった。
「まあ、いいけどね。これくらいは」
そして、デニスがその後片づけをすることも。
「じゃあ改めて。黒咲、何か遺言……は――」
デニスの動きが止まる。
彼の視線の先には、黒咲はいなかった。
代わりにいたのは別の人物。
かつて資料で何度も目にした顔――
「久しぶり、というべきか。デニス・マックフィールド」
赤馬零児。
ランサーズを率いる司令塔。
デニスにとっては、かつての上司でもあった。
「……これはこれは。誰かと思えば、LDSの社長サン。今までどこにいたのかな?」
「大したことはしていない。ただならぬ様子のユートを見つけ、その後をつけた。そして、今の今まで隠れていた」
「へえ。無残に敗北する二人を、助けもせずに見ていただけと」
「必要がないと判断したまでだ。尤も……結果は、ご覧の通りだが」
零児の視線が逸れる。
その先には、負傷してうずくまる黒咲――だけだ。
ユートの姿はない。
「誤算だったね。僕らの強さを見誤った、君のミスだ」
「いや。私が見誤ったのは、あのカードの存在だ。
――《超融合》。
スタンダード次元に残された資料でしか知り得なかったが、まさか実在していたとは。
一つ訊きたい、デニス。
君達は、あのカードをどこまで知っている?」
零児は眼鏡に手を添える――
自分の表情を、警戒心を隠すために。
「どこまで知ってるかって……変なこと訊くね、君も。さっきまでのデュエルを見てたなら分かるでしょ?
ユーリの切札さ。スターヴ・ヴェノムに次ぐ、もう一枚のね。
強力ではあるけど、所詮はただの融合カード。使いこなすには相応の技量が問われる。けど、ユーリなら見ての通りさ。
多分プロフェッサーも、ユーリの実力を信用してあれを渡したんじゃないかな」
「――そう、か」
零児は、眼鏡の位置を整えた後、手を下げた。
「……確かに、恐るべきカードだった。父が託したのも頷ける」
「でしょ? 君も痛い目に遭いたくなかったら、ユーリとのデュエルは避けることを勧めるよ。
じゃ、僕はもう行くから。ユーリに置いてかれちゃうし」
「ほう? 黒咲をカードにするのではなかったのか?」
「らしくない挑発だね。
……今からユーリを読んで、二体一で相手してもいいんだよ?」
二つの視線が交錯する。
デニスとて、赤馬零児の実力は知っている。一対一で戦えば、負ける可能性の方が高い。
だが、ユーリがいれば話は別だ。二体一ならば、いかに赤馬零児とはいえ成す術もないだろう。
問題は――ユーリがそれを聞いてくれるのか、だが。
零児もまた、それを理解している。
仮にここでデュエルを始めた場合、ユーリの気まぐれに全てが掛かっている。
デニスはこれを否と判断し。
零児は、これを成と見た。
「……やれやれ」
だが……零児は、それ以上動こうとはしなかった。
「……理解してくれたみたいだね。じゃ、僕はもう行くよ。勝負は、次に会った時にでもつけようか」
「……そうだな。だがその前に、もう一つだけ訊いておこう」
「えー、まだあ? 質問が多いなあ、社長さんは」
そう言いつつも、デニスに立ち去る気配はなかった。
答える気はあるらしい。
「――デニス・マックフィールド。
それは、本当に君の意志か?」
「……え?」
何を言っているか分からないと言わんばかりの反応に、零児は溜息をついた。
「……融合次元の戦士として、赤馬零王に使い潰される。
そんな結末でいいのかと訊いている」
「――――」
デニスの表情が凍り付く。
笑顔の仮面に、亀裂が入る。
「――いいに決まってるだろ。
僕は、融合次元の戦士だ。ランサーズも、エンタメも、僕にとっては余分なものだ」
能面のような、戦士としての顔。
あるいは――これが、仮面なのか。
戦士の仮面。
笑顔の仮面。
どちらが素顔なのかは、デニス自身ですら分からなくなっていた。
「……そうか。
ならば、私から言えることは何もない。
私の目は節穴だった。それだけのことだ」
言葉はない。
デニスは無言のまま零児に背を向け、ユーリの後を追いかけた。
月が照らす廃墟。
残されたのは、二人の決闘者のみ。
「……ユート。
……瑠璃。
俺は、また……!」
黒咲は無念のまま、拳を地面に打ち付ける。
妹と友。
最も身近だった存在が、二つも奪われたのだ。彼の心情は察するに余りある。
が、だからこそ下手な同情もできない。
「悔しいか。ならば、強くなることだ。」
零児は、敢えて手を差し伸べず……その代わりに、言葉を送る。
「真の強者とは、守るべきものを当然のように守れる者を言う。力を振り回すだけの決闘者は、強者ではない。
――立て、黒咲隼。君にはまだ、守るべきものがあるはずだ」
「……言われるまでもない」
何度打ち倒されようと立ち上がり、最後には勝利する。
それがレジスタンスの志であり、ユートのデュエルだった。
黒咲は立ち上がる。
その目には、不屈の意志が宿っていた。
◆