遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子   作:名もなきWater

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対峙する者たち

 ◆

 

「――“幻奏の四重奏(カルテット)バースト”!」

 

 歌姫達の柔らかな旋律に支えられ、龍の咆哮が響き渡る。

 幕を下ろす一撃。

 螺旋を描く炎が、戦場に轟音を刻んだ。

 

 ――無音。

 

 訪れるは一瞬の静寂。

 けれど、熱は未だ冷め切らず。

 余韻を刻むように、鼓動だけが戦場に響いていた。

 

「……お楽しみいただけたでしょうか。

 これにて私、柊柚子と榊遊矢によるエンタメデュエルは終了となります。ご清聴、ありがとうございました」

 

 柚子が恭しくお辞儀をする。

 俺もそれに倣って頭を下げる。

 ――榊遊矢と柊柚子。

 俺達にしかできない、タッグデュエルによるエンタメ。

 コンサートというよりはライブに近かったけど……それでも、やれることはやった。

 

「――ん、お見事」

 

 ぱちぱち、と乾いた音。

 顔を上げると――

 グレースは、ゆっくりと柏手を打ち。

 グロリアは、そんな妹に呆れているのか、額に手を当て溜息をついていた。

 

「いいデュエルだったわ。ね、お姉ちゃん?」

「はぁ……全く、何がいいデュエルだ。私達はこれで、榊遊矢に二連敗だぞ。本来ならカードにされていてもおかしくはない」

「でも、しないでしょ? ね、遊矢」

「へ? あ、ああ」

 

 予想外な反応に、つい生返事をしてしまった。

 でも……嘘は言っていない。

 勝ったからといって、カードにする気はない。

 また挑戦してくるなら、受けて立つだけだ。

 

「それじゃ、私達は帰るから。また来るわねー」

「え……は!?」

 

 ひらひらと手を振るグレース。

 ……さらに予想外な反応だった。

 帰る? このタイミングで?

 

「大げさね。そんなに驚くこと?

 負けたから潔く帰る。クロノスだってそうしてたでしょう?」

「いや、だからって……」

 

 グロリアの方を見る。

 相変わらず気ままな妹に呆れていたが、反論する気はないように見えた。

 ……クロノス・デ・メディチ。

 狩りを否定し、神聖な決闘を掲げていた決闘者。

 いつの間にか彼の思想が、戦場全体に影響を与えている。

 

「じゃあね、遊矢。次の挑戦を楽しみにしてなさい」

 

 二人が踵を返す。

 

「止まれ」

 

 ――が。

 その行き先を、一人の男が遮った。

 赤い瞳、青い仮面。

 他のアカデミア兵よりも華やかな軍服は、同時にその男の役職も示していた。

 

「あー……はいはい、私達が悪かったわ。

 この場はアンタたちオベリスク・フォースに任せるから、好きにしなさい」

 

 グレースはバツが悪そうに頭を搔きながら、その男に謝罪した。

 

「そうだな。ならば、好きにやらせてもらおう」

 

 オベリスク・フォース。

 そう呼ばれた男は――ニタリと、下卑た笑みを浮かべた。

 デュエルディスクの起動音。

 一つではない。周囲にいるオベリスク・フォースたちが、我先にとデュエルディスクを展開する。

 

「……え?」

 

 ――ただ。一つだけ違っていたのは。

 彼らは全員、俺達ランサーズではなく、かといってレジスタンスでもなく……姉妹の方を向いていることだった。

 

「……どういうつもり?」

「くくっ……どういうつもりか、だと? タイラー姉妹も腑抜けたものだな。

 見ての通りだ。

 敗者には相応しい末路を。自分達だけ逃れられるとは思わないことだ。

 ――まあ。こうなることは、ある程度予想していたがな」

「予想……?」

「聞き捨てならんな」

 

 グロリアがオベリスク・フォースを睨む。

 

「今の言葉……私達の勝利を信じていなかった。そう言っているように聞こえるが?」

「鈍いな。そう言っているんだ」

 

 オベリスク・フォースは、姉妹を鼻で笑った。

 

「前提が違っていたのさ。お前達は戦士じゃない。敗れたはずの亡霊だった。

 使い物になりそうだったから機会を与えてみたが、結果はこのザマだ」

「ほう……言ってくれるな。雑兵風情が、随分と偉くなったものだ」

「分かっていないようだな。お前達の立場は、既にその雑兵以下だということに」

「……なるほど。若き総司令官殿は、部下の教育が苦手らしい。

 ならばここで一度、上下関係をはっきりさせておこうか」

 

 グロリアもまたデュエルディスクを展開し、彼らと対峙した。

 ……なんだよ、これ。

 

「ちょっと、待てよ! アンタたち、何やってるんだ!」

「何って、見て分からない? 内輪揉めよ」

「はぁ!?」

 

 いつの間にかグレースは奴等から距離を取り、こちら側に避難していた。

 

「内輪揉めって……っていうか、なんでそんな他人事みたいな……」

「敗残兵だから。本来なら私達、とっくにカードにされてたはずだし。誰かさんの気まぐれで見逃されたからこうなってるのよ」

「!

 俺のせい……ってことか」

「違う。

 貴方のお陰ってこと」

 

 グレースは、悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「そこで、一つ質問があるんだけど。

 もしここで、私達が貴方に泣きついたら、貴方は私達を助けてくれるのかしら」

「泣きつくって……そりゃあ、勿論――」

「はいストップ。軽率に答えない」

 

 反射的に答えそうだったところを、人差し指で止められた。

 さっきとは一転、彼女の眼には真剣な色が帯びていた。

 

「いい? 私達と貴方達は敵同士。敵であるはずの私達が、助けを求めている。

 受け入れれば、貴方自身が仲間から孤立する可能性がある。ランサーズからも、レジスタンスからも。それでも貴方は――」

「助けるさ」

「!」

 

 グレースの言葉を遮る。

 言いたいことは分かる。彼女が俺を心配していることも。

 だけど、考えるまでもない。

 

「敵だから助けない? そんなわけないだろ。

 俺が目指すのは、皆が笑顔になれるデュエルだ」

 

 敵味方の分別なく、楽しかったと笑い合う。

 それが俺の目指すデュエルだ。

 

「……へえ。じゃあ、今から私は貴方のファンってことで。

 お姉ちゃんはどうするー?」

「……そうだな。確かにそれも悪くない。何より、こんな連中と縁が切れて清々する」

 

 グロリアは再度、踵を返す。

 オベリスク・フォースから離れ、敵同士の――敵同士“だった”俺達の元へ。

 

「くくっ……やはりこうなったか。

 お前達がアカデミアに執着していないことは知っていた。戦場で敵に回る可能性も計算済みだ」

「!」

 

 姉妹が同時に息を呑む。

 同時に、隊列を組んでいたオベリスク・フォースの陣形が崩れる。

 構えを解き、姿勢を正し、道を開ける。

 やがて――青い兵士達の向こうから、一人の男が姿を現した。

 

「総司令官、よろしくお願いします」

 

 その姿を見た瞬間、グロリアの表情が変わった。

 グロリアだけじゃない。グレースもだ。

 姉妹からは一切の余裕が消え、油断なくその男を見つめている。

 

「あの人は……」

「エド・フェニックス。アカデミア軍の総司令官。敵の親玉のご登場ってワケ」

「エド・フェニックス……」

 

 最初に目についたのは、華美な装飾が施されたマント。

 その下には、整えられたグレーのスーツ。

 マントとは裏腹に飾り気のないそれは、着ている人物の内面を映し出しているようにも思える。

 

「お前が榊遊矢か。

 ……なるほど。確かに面影がある」

 

 一歩、エドが前に出る。

 それに合わせて、俺もヤツに向かい合う。

 

「……アンタが、アカデミアの総司令官。なら――

 ここでアンタを倒せば、次元戦争は終わるのか?」

「短絡的な思考だな。そんな単純なことなら、とうの昔に解決している。

 ……まあいい。今はお前の相手をしている暇はない。そこを退け」

「そう言われて、素直に退くと思ってるのか?」

「いや、お前は退かざるを得ない。何故なら――」

「?

 ――うっ!?」

 

 ――ドクン。

 唐突に。

 胸の奥が、脈を打った。

 

「共鳴しているのか。どうやら、身体は正直らしい」

「は? 何を、言って――……っ!」

 

 また、拍動する。

 同時に、背筋に冷たいものが流れた。

 

 第六感。

 

 ふと、そんな単語が頭を過ぎる。

 五感を超えて、物事の本質を捉える力。

 

 今、まさに、それを感じている。

 何かがいる。

 誰かがいる。

 決して無視できない、自分と同じ存在が。

 

「っ――!」

 

 有り得ないはずの気配を感じて、顔を上げる。

 エド・フェニックスから離れた場所に、そいつはいた。

 

 誰もいない場所に、ただ一人俯いている。

 だけど、分かってしまった。

 笑っている。

 やっと会えた、と。

 俺達の出会いを、心の底から悦んでいる。

 

「来たか。そら、お前に客だ。さっさと鎮めてこい」

 

 エドの言葉が、俺を現実に引き戻した。

 火照った頭が冷静になる。

 確かに、あれは危険だ。

 だからといって、この男を放置していいはずがない。

 

「行け、遊矢」

 

 力強い声が、俺の背中を押した。

 カツン、と小気味の良い下駄の音。

 どっしり構えていた大きな影が、動き出した。

 

「権現……坂……?」

「何を驚く。如何に不動のデュエルといえど、微動だにしないわけではないぞ。

 アカデミア総司令官、エド・フェニックス。ヤツは俺達が抑える。お前はヤツの言う、“客”とやらを倒してこい」

 

 権現坂に続き、沢渡が、柚子が、ゆっくりと頷いた。

 ――ああ、そうだった。

 俺は一人じゃない。

 皆の力を、借りていいんだ。

 

「分かった。頼むぞ、権現坂」

「承知!

 この漢権現坂、必ずやランサーズとレジスタンスを守り抜いてみせる!」

 

 

 ◆

 

 

「――ようやく行ったか」

 

 エドは、背中を向けて離れていく遊矢を見ながら、大げさに溜息をついた。

 

「榊遊矢め、随分と余計な荷物を背負っているらしい」

「それがあいつの強さよ」

 

 権現坂は、まるで自分のことのように、誇らしげに笑っていた。

 

「デュエルで皆を笑顔にする。身に余る大望を小さな身体に収め、ただひたむきに走る。俺とは真逆の強さを持つ決闘者だ」

「真逆、だと?」

「そうとも。

 俺はただ、俺一人のちっぽけな信念のために、不動のデュエルを貫いている。遊矢の背中を見ていると、俺自身の矮小さを思い知らされるのだ。

 なればこそ、俺はお前に負けられん。

 エクシーズ次元を守るため。

 不動のデュエルを貫くため。

 あいつの期待に応えるために――俺は、お前を倒す!」

 

 権現坂がデュエルディスクを展開する。

 それを見たエドに、笑みが浮かぶ。

 

「……やれやれ、暑苦しいヤツだ。だが、その心意気は評価してやろう。

 権現坂と言ったな。お前の実力、この僕自らが測ってやる」

「応とも! では行くぞ!」

 

 

「「決闘(デュエル)――!」」

 

 

 ◆

 

 

「相変わらずだねー、権ちゃん。馬鹿みたいに暑苦しくて真っ直ぐだ。冷静沈着な総司令官殿も、まんまと乗せられちゃって」

「よく言うぜ。てめえだって人のこと言えねーだろうが」

「ははっ、それもそうかも」

 

 軽口の応酬が、戦場の隅で交わされる。

 デニス・マックフィールド。

 沢渡シンゴ。

 違えてしまった二人。

 あるいは、初めから違えていた二人。

 

「で、沢渡。今更僕に何の用?

 あっちではユーリ対遊矢。

 こっちではエド・フェニックス対権ちゃん。

 どっちも油断できない対戦カードだし、できれば観戦したいんだけど」

「遠慮すんなよ。皆で仲良くデュエル大会といこうじゃねえか」

 

 デュエルディスクの起動音。

 デニスは肩を竦める。

 

「はぁ……全くもう、どいつもこいつも暑苦しいなあ」

「おい、デニス。デュエル前に一つ聞かせろ。

 てめえ、なんでそっちにいる?」

「なんでって、融合次元出身だからね。スパイってやつだよ」

「ふざけてんじゃねーぞ。ただのスパイ風情が――」

 

 沢渡の脳裏に、かつてのデニスの姿が過ぎる。

 シンクロ次元でデュエルをするデニス。

 

「――あんな風に、笑うかよ」

 

 その時の彼は、間違いなく笑っていた。

 仮面などではなく、心の底から。

 少なくとも、沢渡にはそう映っていた。

 

「笑うさ。必要ならね」

 

 くすり、と笑みが零れる。

 沢渡の記憶にある、無邪気な笑みとはまるで違う。

 他人を見下し、蔑み、嘲笑する。暴力性に塗れた笑顔だった。

 

「ま、いいや。君程度なら片手間で済むでしょ。

 来なよ、沢渡。今度は、最初から本気でやろう」

「上等だぜ。その腐った笑顔を引っぺがしてやる」

 

 

 ◆

 

 

「――やあ。初めましてだね」

 

 聞き覚えのある声だった。

 見覚えのある顔だった。

 ユーゴよりも、ユートよりも、更に顕著。

 まるで影法師。

 自分自身がそのまま現れたかのようだ。

 

 だけど、違う。

 こいつは、榊遊矢じゃない。

 似ているところはいくつかあっても、所作が全然違う。

 

 ――声が、聞こえる。

 龍の鼓動。

 吼える眼。

 

 黒い何かが、胸の奥を満たしていく。

 こいつは危険だ。

 でも、それだけじゃない。

 危険なのは。

 危険なのは、こいつだけじゃ、ない――?

 

「僕の名前はユーリ。

 さあ、デュエルしようよ」

 

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