遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
「…………なんだ?」
その変化に、ユーリは目を奪われた。
相対する決闘者は榊遊矢。それは間違いない。
だが、その様子は、一ターン前に比べて様変わりしていた。
顕著なのは、瞳。
赤く、黒く、そして深い。底の無い、血の海のようだった。
「俺のターン、ドロー。
魔法カード、《オッドアイズ・フュージョン》を発動。
これにより、ドラゴン族モンスターを融合召喚する」
遊矢が出したのは、モンスターを融合するカード。
「融合……って、何言ってるのさ。
君の手札はあと一枚だけ。融合素材なんてどこにもいないじゃん」
融合召喚はその性質上、二体以上のモンスターを必要とする。
しかし、榊遊矢のフィールドにはペンデュラムカードが一枚のみ。
手札も一枚だけ。融合しようにも、素材となるモンスターがいないのだ。
「いるさ……ここにな」
だが――ユーリの論は、否定された。
遊矢はデュエルディスクを掲げる。
彼の
「常識外の融合は、お前の専売特許じゃない。
俺が融合するのは、
《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》!
そして、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」
二筋の光が、互いを追うように旋回する。緑と赤――二色の輝きが螺旋を描き、空間の一点へと収束していった。
「二色の眼を持つ龍達よ! 原初の渦で一つとなりて、新たな姿に生まれ変わらん!
――融合召喚!
現れろ、レベル7! 万象呑み込む渦動の龍!
《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》!」
閃光の中から、巨大な影が飛び出した。
渦を切り裂き、白緑の翼が大きく広がる。刃を思わせる装甲が眩く煌めき、胸部の青い宝玉が、内側から溢れ出す力を映して輝いた。
「
「オッドアイズ・ボルテックスの効果発動!
特殊召喚に成功した時、相手の攻撃表示モンスター一体を手札に戻す! 俺は、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を選択!」
黒竜の足元に、渦が巻いた。
紫電が迸り、渦は瞬く間に竜の巨体を包み込む。ダーク・リベリオンは翼を広げて抗うが、その抵抗も虚しく、黒い影は逆巻く奔流の中へと呑み込まれていった。
「っ――くそ……!」
ユーリが顔を歪める。
「バトルだ!
《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》で、《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》を攻撃!」
渦竜が翼を広げた。
胸元の青い宝玉が輝き、周囲の空気が渦を巻きながら、その口元へと収束していく。
「だけど、攻撃力はこっちが上! 返り討ちだ!」
「リバースカード、オープン! 速攻魔法《ライフハック》!」
「なっ――」
赤い電流が、毒龍の巨体を直撃した。
全身に散らばる赤い球体が明滅し、禍々しい紫の装甲を稲妻が這う。スターヴ・ヴェノムが身を震わせると、その身体から力が抜け落ちていった。
「これでスターヴ・ヴェノムの攻撃力は2000! ボルテックスを下回った!
バトル続行! やれ、《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》!」
――“烈風のストーム・バースト”!」
竜が咆哮した。
吐き出されたのは、青白い輝きを帯びた螺旋状の奔流。風を巻き込み、空間を捻じ曲げるかのように渦巻きながら、毒龍を一直線に貫いた。
その余波が、ユーリの身体を打ち据える。
ユーリ
LP:2000 → 1750
「っ――だったら、君のドラゴンも道連れさァ!」
だが――終わりではなかった。
消えゆく毒龍の残骸から、どす黒い紫の光が噴き出した。散らばった光の粒子が逆巻く風に乗り、再び一つの巨体を形作っていく。
「《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》の効果発動!
破壊された時、相手フィールドの特殊召喚されたモンスターを、全て破壊する!
飢えた毒龍の牙からは――逃げられない!」
大きく開かれた顎。剥き出しの牙。狙う先は、眼前のオッドアイズ・ボルテックス。
その首元へ、鋭い牙が迫る。
「逃げるつもりは――ない!」
両翼が広がり、渦が逆巻く。
「全て! 正面から捩じ伏せる!」
青い宝玉が、光を帯びた。
「《オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン》の効果発動!
一ターンに一度、
――“サイクロン・フォース”!」
遊矢の
それは緑色の光を放ちながら、ボルテックスの周囲を旋回する。やがて光は渦へと変わり、龍の全身を包み込んだ。
竜の眼が輝く。
渦が嵐となり、毒竜を切り刻んだ。
「何っ――!?」
その衝撃が、再びユーリを襲う。為す術もなく吹き飛ばされ、背中から地面へと叩きつけられた。
「ぐっ――!!」
砂塵が舞い上がる。
しばしの間、フィールドを静寂が支配した。
やがて――
「っ――はぁ……はぁ……は、はは……ハハハ」
荒い息遣いとともに、笑い声が漏れた。
ユーリは片手を地面につき、ゆっくりと身体を起こす。乱れた髪を垂らしたまま、肩で息をしながら、それでも顔を上げた。
その唇には、笑みが浮かんでいた。
「凄い……凄いね、君。
《超融合》でモンスターを奪われて、二体のドラゴンに追い詰められて――それでも、ここまでやれるなんてさあ!
こうなったらとことんやろうよ。さあ、ターンを終了しろ。今度は、僕の――」
ユーリの手が止まる。
彼の視線の先には、悠々とこちらを見下ろす二色の眼。
そして――倒れ伏した決闘者。
榊遊矢は、既に限界を迎えていた。
◆
「――は?」
彼の胸中にあったのは、戸惑い。
榊遊矢。
あれだけの障害を乗り越えたくせに――今は、敗者のように倒れ伏している。
「……ふざ、けるな」
戸惑いはやがて、怒りに変わっていく。
「ふざけるなよ! 何をしているんだ、君は!
まだ――まだ、勝負はついてないだろ!」
拳を握り、行き場のなくなった感情を撒き散らす。
心臓の疼きも、頭に響く誰かの声も、今は邪魔だ。
せっかくのデュエルが、決着もつかず置き去りにされた。盤面は劣勢のはずなのに、勝ってしまっている。
勝利故の屈辱。
ユーリにとっては、初めて味わう感覚だった。
「やれやれ。まるで子供だな。赤馬零王の心労、察するに余りある」
背後から、呆れたような声が響いた。
振り返れば、そこには一人の男が立っていた。整然とした佇まいに、冷ややかな眼差し。まるで、この場の騒動など意に介していないかのようだった。
「……誰、君」
「赤馬零児。君達が心酔している、プロフェッサーとやらの息子だ。
ユート、黒咲隼に続き、榊遊矢。ランサーズの面々が世話になったようだな」
「どうでもいいよ。で、要件は何? もしかして敵討ちとか?」
「まさか。君を倒すのは私の役目ではない。
尤も……君が望むのなら、戦うのも吝かではないが」
「なにそれ。いいよ、めんどくさい。それに――萎えた。
帰る。あとは好きにしなよ」
「ほう……意外だな。てっきり、遊矢に止めを刺すと思ったが」
「ここで君を倒して、まとめてカードにするのは簡単だ。
――でも、それは僕が許さない。
僕にも納得できる勝ち方と、そうじゃない勝ち方があるんだよ」
ユーリは懐から一枚のカードを取り出し、デュエルディスクにセットした。
「!」
――閃光。
デュエルのためのカードではなく、目暗ましのカード。
「じゃあね、赤馬零児。君とのデュエルはお預けだ。
それから――そこで寝ている人に言っといて。次は、完璧に僕が勝つ」
光が止む。
その時にはもう、ユーリの姿は消えていた。