遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
「召喚――《サイレント・マジシャンLV8》……!」
静かな宣言と共に、新たなモンスターが出現する。
光の粒子が収束し、そこに立っていたのは、一人の魔法使いだった。
杖を構えるでもなく、詠唱の気配もない。
ただ、会場に満ちていたざわめきだけが、嘘のように消える。
――この場で、魔法は許されない。そんな予感だけが、確信に変わっていった。
「サイレント……マジシャン……」
柚子は、動揺を隠しながら視線を巡らせる。
――攻撃力3500。
柚子のフィールドには《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》が一体のみ。
――攻撃力2600。
攻撃力は及ばず、伏せカードもない。魔術師の攻撃を防ぐ手立てはない。
ただし、それは通常のデュエルの話。今は違う。
彼女の狙いは――アクションカードだ。
「バトル。サイレントマジシャンで……攻撃」
魔術師が杖を振るい、沈黙を破る。
杖の先に魔力が収束し、光の弾となって音姫を襲う。
「っ……あった! 私はアクション魔法《回避》を発動!」
柚子はアクションカードを拾い、自分のディスクへと叩きつける。
「無駄」
その直後、カードが霧散する。彼女の領域において、あらゆる魔法は沈黙する。
唯一許されているのは、本人の魔術のみ。
音姫は攻撃を《回避》できず、魔力によって消滅した。
――ライフポイント、残り800。
柚子のライフポイントの表示色が、警戒を示す赤色に変わる。魔術師による攻撃か、それ以外の効果ダメージか。いずれにせよ、あと一撃で柚子は敗北する。
「柚子……!」
遊矢は、思わず観客席から身を乗り出した。
……《サイレント・マジシャンLV8》。
あらゆる魔法効果を受け付けない沈黙の魔術師。
柚子が発動したアクション魔法《回避》は、厳密には相手に作用する魔法カード。《回避》が発動しなかったのはそのためだ。
……何か声をかけなければ。そう思い、少女の名前を叫ぶ。
「ゆ――」
だが届かない。遊矢の声は瞬く間に、湧き上がる歓声に飲み込まれた。
「むう……」
その隣で、権現坂は低く唸りながらフィールドを見下ろす。
エースの召喚により形勢が逆転した。鮮やかな逆転劇に、観客は大いに盛り上がっている。
「……敵ながら天晴れ。見事、という他ないな」
権現坂は、隣の遊矢に視線を送る。
遊矢は――食い入るように、デュエルフィールドを見つめている。
視線の先には、膝を突く柚子。
「心配か?」
「……当たり前だ。柚子は俺達の仲間だろ」
「そうだな。だが遊矢、一つ覚えておけ。
今、お前が感じているものは、かつて柚子も感じたことだ」
「え――?」
言葉の意味が理解できず、遊矢は権現坂に問い返した。
「どういう意味だ?」
「分からずともよい。今はただ、信じて見守ることだ。俺達は仲間なのだからな」
――目が合った。
広い会場の中で、柚子は遊矢を真っすぐに見つめる。膝をつき、不安げに。
それでも、次の瞬間――
柚子は、不敵に笑ってみせた。
「私のターン!」
柚子の視線はカードに。
風を切る音が響き、彼女は笑みを浮かべる。
「私は魔法カード《融合》を発動!」
「えっ……!?」
「よしっ……!」
遊矢は驚愕し。
権現坂は、握り拳をぐっと握る。
「――融合召喚!
今こそ舞台に勝利の歌を! 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》!」
◆
LDS主催の恒例行事、舞網デュエルフェスティバル。
古今東西、あらゆる決闘者達を集めた催し。観客席には老若男女を問わず、様々な人で溢れている。
「……ふう」
デュエル場を後にした柚子は、深呼吸を一つ。
勝利の余韻が胸を満たす。
――勝てた。
「柚子ー!」
観客席から下りてきた遊矢、一歩遅れて権現坂が、柚子の下に駆け寄る。
「お疲れ。いいデュエルだったな!」
「まあ、ね。私だって遊勝塾の一員だもの。これくらいはしなくちゃ。
……って言っても、けっこう危なかったけど」
「それにしても、いつ融合召喚なんて覚えたんだよ。塾長さん泣いてたぞ」
「そこは、権現坂にも協力してもらってね」
「え? 権現坂、知ってたのか!?」
「うむ」
遊矢の問いに、権現坂は静かに頷いた。
「とはいえ、俺は練習相手になっただけだ。融合召喚を会得したのは、柚子本人の努力あってこそ」
「努力って……LDSの見様見真似、なんだけどね」
「謙遜するな。たとえそうだったとしても、これほどの大舞台で使いこなし、勝利をもぎ取ったのだ。お前の融合召喚は、既に本物だ」
裏表のない賛辞に、柚子は頬をかいた。
「っていうか、なんで権現坂なんだよ。練習相手なら俺がいるだろー? 同じ遊勝塾なんだし」
「それは……だからその、色々あったの! 色々!」
「色々ってなんだよ……なあ、権現坂」
「この男、権現坂。友の秘密は決して漏らさん」
「えぇ、なんだよそれ」
――ペンデュラム召喚を会得した遊矢に触発されて。
などと、柚子の口からはとても言えなかった。
『お知らせします! LDS特性のランダムマッチングシステムにより、次の組み合わせが決定しましたー!』
備えつけられたスピーカーから、司会者の声がけたたましく響いた。
本フェスの対戦カードは、LDSの収集データを元にしたランダムマッチで決定される。
つまり、ほぼ同じ戦績の決闘者で対戦することになる。
『一人目はぁ――おおっと、またまた遊勝塾!
あのペンデュラム召喚の使い手、榊遊矢だぁー!』
「……俺か」
「また変なことしないでよね。ピエロの恰好で相手を驚かせるとか」
「えー、どうしよっかなー」
「遊ー矢!」
「はいはい、わかったよ。ま、とりあえず行ってくる」
ひらひらと手を振り、遊矢はデュエルフィールドに入場する。
……ピエロの仮装。派手だし面白いけど、今の俺には必要ない。
唯一無二の武器、ペンデュラム召喚。それだけで、エンターテイメントとして成立する。
『続いて二人目!
あのストロング石島に勝利した榊遊矢に挑戦するのはぁ――!
――で、出たぁぁ!!』
マイクを手にした司会者が、実況席から勢いよく立ち上がった。
『これは素晴らしい対戦カードとなりました!
改めまして、あの榊遊矢に挑戦する決闘者はこのお方!』
「……な」
――こつ。
ただ一歩。
それだけで、周囲の視線が吸い寄せられる。
向こうから現れたのは、一人の青年。黒を基調とした装い。背筋を伸ばし、感情を読み取らせない眼差し。
赤馬零児。
その名を知らぬ者は、この場にはいない。
視線が交わる。
片や、驚きと戸惑い。
そしてもう片方は――ただ、確認だけがあった。
榊遊矢に並びうるのは。
赤馬零児に並びうるのは。
この男を置いて、他にはいない。
「……成程。一見の価値ありと見た」
「でしょう? 貴方もそう思いますよね?」
司会者は音声が入らないようマイクを塞ぎながら、隣に座る男に話しかける。
はやる気持ちが抑えられない、といった様子。
観客席も同様だ。
所詮はマイナー塾……そう結論付けていた者達も、一斉に注目する。
「榊遊矢」
名を呼ばれただけで、場が静まり返った。
――心臓が早鐘のように打つ。
焦り、期待、緊張、少しの恐怖――複雑な感情が胸をかき乱す。
「このフェスにおいて、君は守られる存在ではない。試される存在だ。
……もっとも、この程度の試練で測れる器ではない、という声もあるがね」
零児は、デュエルディスクを構えた。
「私とデュエルしてもらおう。
君が“エンタメ決闘者”と呼ばれるに足るかどうか――今、この場で証明してもらう」
遊矢は、息を呑んだまま零児を見つめる。
……これが、自分と同格?
とんだマッチングシステムだ。何かの冗談かと疑いたくなる。
「分かった。このデュエル、受けて立つ」
遊矢は息を整え、デュエルディスクを構える。
観客の視線、柚子の勝利の余韻、そして今ここに立つ相手――すべてを背に、彼の笑みは静かに、自信に満ちていた。